憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:朝日新聞を読んで( 738 )

3月5日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、世論調査部長・前田直人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「国会が風雲急を告げている。焦点は、学校法人「森友学園」への国有地売却問題。

 国政ニュースに冷たかったテレビの情報番組も、せきを切ったように報じ始めた。

 「国会紛糾、森友学園で安倍首相追求 国による便宜は」

 「昭恵夫人2時間絶賛「公立小だと揺らぐ」」

 「土地取引問題 海外は」

 参院予算委の論戦が始まった翌日朝刊のテレビ欄には、こんなメニューがづらり。海外メデイアも注目し、米ワシントン・ポスト紙は「日本の首相が最大の危機に直面している」と報じた。一大スキャンダルの様相である」と切り出した。

 続けて筆者は、「不可解な土地取引。

 「安倍晋三記念小学校」の名を使った寄付集め。

 「名誉校長」に首相夫人の安倍昭恵氏。

 加えて、幼稚園の運動会の選手宣誓で園児に「安倍首相がんばれ 安保法制国会通過よかったです」などと安倍首相を礼賛させる場面を捉えたテレビ映像は、「大炎上」の引き金となった。

 気になるのは、戦前教育を肯定するような右派人脈と安倍政権の関係である。

 その映像が放映されれ前の2月23日、稲田防衛大臣は衆院予算委で、こんな答弁をした。

 「教育勅語の中の親孝行とかは良い面だ。文科省が言う、丸覚えさせることに問題があるということはどうなのかと思う。どういう教育をするかは、その教育機関の自由でもあると思います」

 森友学園の幼稚園は、戦前教育の基本理念となった教育勅語を院児たちに素読させている。親孝行などの道徳とともに、天皇の臣民としての秩序を説く教育勅語。

 その核心は次に一文にある。

 「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」

 難解だが、訳せば「万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気を奮い一身を捧げ皇室国家の為につくせ」(1930年文部省訳)。

 いざとなれば天皇のために命を捧げよということである。それを幼稚園で丸覚えとは、背筋が寒くなる。

 最近では「非常にしつこい」などと学園側を突き放す首相も2月17日の衆院予算委では、「私の考え方に非常に共鳴している方」と言っていた。

 「共鳴」から(しつこい)へ。態度は急変した。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「札束をコンニャクなる隠語まで飛び出す疑惑の連鎖。

 それでも、高支持率ゆえの慢心か、国会の閣僚席は弛緩している。

 1日の参院予算委で共産の小池晃氏が自民議員事務所の内部記録を暴露したとき。首相や麻生太郎財務相らはなぜか笑っていた。

 首相は野党の追及に「印象操作だ」と反発するが、学園の籠池奉典理事長は安倍政権を後押ししてきた保守系支持団体・日本会議のメンバー。

 あまたの不可解な事実を前に「記録がない」という逃げの一手では、「共鳴」の闇は晴れようもない。

 記録がないなら、当時の財務省理財局長らの記憶を引き出せばいい。

 右派との接点。

 そしておごり。

 いろんな意味で、政権の体質が問われている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ワシントンポスト紙は「日本の首相が最大の危機に直面している」と報じた」とのこと、

 「不可解な土地取引。

 「安倍晋三記念小学校」の名を借りた寄付集め。

 「名誉校長」に首相夫人の安倍昭恵氏。

 加えて、幼稚園の運動会の選手宣誓で園児に「安倍首相がんばれ 安保法制国会通過 よかったです」などと安倍首相を礼賛させる場面を捉えたテレビ映像は「大炎上」の引き金となった。」とのこと、

「2月28日、稲田朋美防衛大臣は 衆院予算委員会で、こんな答弁をした。「教育勅語の中の親孝行とかは良い面だ。文科省が言う、丸覚えさせることに問題があるということはどうなのかと思う。どういう教育をするかは、その教育機関の自由であると思います」とのこと、

 教育勅語の核心は、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無垢ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」である」とのこと、

 等々を知ることができた。

 「右派との接点。そして、おごり、いろんな意味で、政権の体質がとわれている」との筆者の指摘は、その通りだと思った。


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by sasakitosio | 2017-03-08 19:34 | 朝日新聞を読んで | Trackback

33日付朝日新聞朝刊17面に、「異論のススメ」という欄がある。筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。今日はこの筆者は学ぶことにした。

 まず筆者は、「トランプ大統領の就任から1カ月以上たっても、いまだに、この人物の言動が世間を騒がせている。とりわけ大手メデイアとの対立は激しくなっているが、この対立の様相を報じるのがまたメデイアであり、こうなると、審判が試合に参加しているような、あるいは、一方の側の選手が実況中継しているような感じでもある。

 それでは困るとばかりに、トランプ氏は「メデイアは嘘つきだ」という「フェイク・ニュース(偽りニュース)」を報道している、という。

 それに対して、メデイア側は、トランプ大統領は事実を尊重しない、と批判する。

 少し気の利いた識者は、今日の政治は「ポスト・トゥル―ス」の政治、つまり「真実」が意味をなさなくなった政治だ、という。

 トランプ氏を選出した昨年11月の大統領選など、まさしく「ポスト真実」の選挙だった、というわけである。いわば、あの大統領選挙がフェイクだったといいたいのであろう。

 トランプ氏の発言が、「事実との食い違い」という点であまりにお粗末である(たとえば、先日スウェーデンでテロが起きたかのような発言など)ことは事実で、確かに思慮あるべき大統領としては論外と言いたくなる。

 ところが、私にもっと興味深く思われるのは、多くの人が、特にトランプ支持者は、彼の発言が事実に合致しているかどうかなど、さして問題にしていないように見える点である。

 「スウェデンでテロはなかった」という「事実」を突き付けられてもさして動揺もしないのであろう。

 ここにかなり興味深いことがあるが、考えようによっては大変深刻な事態だとも言える。

 メデイアは。トランプ氏は事実を平気でねじ曲げる、と批判する。ということは、メデイアは事実に基づいて報道を行っている、ということであろう。

 しかし、では「事実と何か」と問えば決して話は簡単ではない。

 先の大統領選挙では、米国の大半の大手メデイアはヒラリー・クリントンの優勢を伝えていた。

 この「予測」は、各種の取材に基づく、つまり「事実」によるものだった。しかし、ある日本のジャーナリストは、現地に行って集会に出かければ、トランプ陣営の方にはるかに熱気を感じるといい、トランプ勝利を予測していた。

 彼の皮膚感覚のようなものであろう。では、この場合「事実」はどちらにあったのだろうか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「われわれが「世界」について知るのはほとんどメデイアを通してである。

 例えばトランプ氏がどのような人物であるかもメデイアを通して知りうるだけである。

 メデイアが提供する情報をわれわれは「事実」だと思っている。 では、メデイアは本当に「事実」を報道しているのだろうか。

 そう簡単には言えない、と述べたのは、「世論」を書いた米国のジャーナリストであるリップマンであった。1922年だから100年近くも前のことだ。

この古典的な書物において、彼は、メデイアが言う「事実」なるものは、その取材者の世界観や先入観によって「世界」を恣意的に切り取ったものだ、という。

 それは、ジャーナリストの悪意というより、人間の認識そのものの構造なのだ。

 「世界全体」などわれわれは見ることも知ることもできない。

 せいぜいその一部を切り取るのだが、その切り取り方にすでに先入観が持ち込まれている。こういうのである。

 そして、リップマンが警鐘を鳴らしたのは、疑似的な「事実」をもとにメデイアが作り出す「世論」が現実に政治を動かすからである。

 「世論」が民主政治を動かす「神」のごときものとなれば、自己主張を「事実らしく」みせて「世論」を形成することで政治に影響を与えることができるだろう。

 トランプ氏からすれば、メデイアは最初から偏った報道で世論をつくりだしている、といいたいのであろう。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ところで、今日、われわれはもはや、トランプ氏と同様、「客観的な事実」などというものを容易には信じられない世界にいる。

 たとえば、東京都の豊洲市場予定地についての確たる「事実」はどこにあるのだろうか。南スーダンで何が起きているのだろうか。

 すべて「見方」の問題ではないか、言うほかない。

 そして、民主主義というものは、客観的で確かな事実や真実などわからない、という前提に立っている。

 それより、人々がそれをどう判断し、どう解釈するかという個人の見解の自由に基盤を置いているのだ。

 だから、古代ギリシャのポリスの民主政治においては、「事実」はどうあれ「説得」する技術を教えるソフィストが大活躍したのである。

 トランプ氏がもしも「事実」より「説得」によって政治は動く、と考えているとすれば、彼こそ最も民主主義的な大統領だということになるだろう。

 メデイアが「事実」を持ち出して争っても分が悪いのだ。

 「ポスト真実」は今始まったことではない。

 民主政治と不可分である。

 われわれが頼りにすべきものは、「事実」そのもというより、それについて発言する人物(あるいはメデイア)をどこまで信用できるか、という「信頼性」だけなのである。

 その信頼性を判断するのは結局われわれ一人一人なのである。

 われわれにその判断力や想像力があるかどうかが政治の分かれ目になるのであろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「メデイアは本当に「事実」報道しているのだろうか。そう簡単には言えない、と述べたのは、「世論」を書いた米国のジャーナリストであるリップマンであった。1922年だから、100年近く前のことだ」とのこと、

 「この古典的な書物において、彼は、メデイアが言う「事実」なるものは、その取材者の世界観や先入観によって「世界」を恣意的に切り取ったものだ、という。それは、ジャーナリストの悪意というより、人間の認識そのものの構造なのだ。

 「世界全体」などわれわれは見ることも知ることもできない。せいぜいその一部を切り取るのだが、その切り取り方にすでに先入観が持ち込まれている。こういうのである」とのこと、

 「そして、リップマンが警鐘を鳴らしたのは、疑似的な「事実」をもとにメデイアが作り出す「世論」が現実の政治を動かすからである」とのこと、

 「トランプ氏からすれば、メデイアは最初から偏った報道で世論を作り出している、といいたいのであろう」とのこと、等々を教えてもらった。

 また、「ところで今日、われわれはもはや、トランプ氏と同様、「客観的な事実」などというものを容易に信じられない世界にいる」とのこと、

 「民主主義というものは、客観的で確かな事実や真実などわからないという前提に立っている、それより、人々がそれをどう判断し、どう解釈するかという個人の見解の自由に基礎をおいているのだ」とのこと、

 「だから、古代ギリシャのポリスの民主政治においては、「事実」はどうあれ「説得」する技術を教えるソフィストが大活躍したのである」とのこと、

等々も教えてもらった。

 最後に筆者は「われわれが頼りにすべきものは、「事実」そのものというより、それを発言する人物(あるいはメデイア)をどこまで信用できるか、という「信頼性」だけなのである」との指摘、

 「その信頼性を判断するのは結局われわれ一人一人なのである。」との指摘、

 「われわれにその判断力や想像力があるかどうかが政治の分かれ目になるであろう」との指摘、等とはその通りだと思った。
 そして、その素養を涵養するのが、やはり新聞であることに難しさがある、と思った。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-03-07 07:06 | 朝日新聞を読んで | Trackback

31日付朝日新聞社説に、「森友学園」のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「こどもの教育法として望ましい姿とはとても思えない。

 学校法人森友学園(大阪市)が運営する幼稚園が、運動会の選手宣誓で園児にこんな発言をさせていた。

 「日本を悪者として扱っている中国、韓国が心改め、歴史でうそを教えないようお願いいたします」

 「安倍首相がんばれ」

 「安保法制国会通過、よかったです」

 運動会とはおよそ関係のない話で、異様さに耳を疑う。」と切り出した。

 続けて社説は、「教育基本法は、特定の政党を支持するなどの政治教育や政治的活動を禁じている。

 安倍首相自身、自らへの「応援」について国会で「適切でないと思う」と述べた。当然だ。

 深く理解できる年代でもない子に、他国名を挙げて批判させたり、法の成立をただ「よかった」と言わせたりすることが教育に値するだろうか。

 他者を排し、一つの考え方を植え付けるような姿勢は、公的制度にのっとった公教育としてふさわしくない。

 「自他の敬愛と協力」の重視を求める教育基本法の趣旨にも反する。

 この幼稚園は、園児に教育勅語を素読させてもいる。学園が4月に開校予定の小学校でも同様に素読させるとしている。

 教育勅語は、天皇を頂点とする秩序を説き、戦前の教育の基本理念を示したものだ。「基本的人権を損ない、国際信義に対して疑問を残す」などとして、48年衆参両院で排除・失効の確認が決議されている。この経緯からも、素読は時代錯誤だ。

 首相の妻の安倍昭恵氏は、幼稚園での講演で「この幼稚園でやっていることが本当に素晴らしい」と語ったという。

 教育内容をどこまで知っていたのか。

 小学校の名誉校長を辞したが、経緯はなお不明なことが多い」と指摘した。

 最後に社説は、「首相は当初、学園や理事長について「妻から先生の教育に対する熱意は素晴らしいと聞いている」と肯定的に語っていたが、その後、「学校で行われている教育の詳細は全く承知していない」などと距離を置き始めた。いかにも不自然だ。

 小学校用地の国有地の払い下げ問題も解明にはほど遠い。

 値引きの根拠になったごみの撤去費用は、なぜ専門業者を通さずに算出されたのか。

 ごみは一部しか撤去されていないのになぜ国は確認しなかったのか。

 昨日の参院予算委員会でも異例さの説明はついていない。

 売買契約に関する交渉記録が廃棄されたのも都合がよすぎる話だ。

 さらなる事実解明のために、国会は理事長や財務省幹部を参考人招致する必要がある。」として締めくくった。

 読んで驚いた。日本国憲法が公布(昭和21113)1946年)、施行(昭和2253)1947年)から70年余が経て、いまだに、教育勅語を幼稚園児に暗唱させていた「学校法人」があったことに、驚いた。戦後の主権者教育に、なにか重大な欠陥があったような気がした。

 「教育勅語は、天皇を頂点とする秩序を説き、戦前の教育の基本理念を示したものだ。

 「基本的人権を損ない、国際信義に対して疑問を残す」などとして、48年に衆参両院で排除・失効の確認が決議されている。」とのこと、を初めて知った。

 「安倍首相の妻の安倍昭恵氏は「この幼稚園でやっていることが本当に素晴らしい」と語った」とのこと、

 「首相は当初、学園や理事長について「妻から

先生の教育に対する熱意は素晴らしいと来ている」と肯定的に語っていた」とのこと、等を知ることができた。

 「小学校用地の国有地払下げ問題も解明にはほど遠い」との社説の指摘はその通りだと思った。


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by sasakitosio | 2017-03-04 19:10 | 朝日新聞を読んで | Trackback

224日付朝日新聞朝刊17面に、「池上彰の新聞ななめ読み」という欄がある。筆者は、池上彰氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「トランプ大統領が誕生してアメリカで流行語となった言葉が二つ。

 「オルタナティブ・ファクト」と  「フェイクニュース」です。

 「オルタティブ・ファクト」とは「もう一つの事実」という意味です。大統領就任式の観客数について、「オバマ大統領の就任式より少なかった」とメデイアが報じたことに対し、大統領報道官は、「過去最高だった」と批判しました。

 この発言について、テレビ番組で追及された大統領顧問は、報道官はオルタナティブ・ファクトを述べた」と言い張りました。

 驚くべき発言です。

 事実でないことを「もうひとつの事実」だと言い張るのですから。

 ところが、日本の国会でも「オルタナティブ・ファクト」が語られました。

 自衛隊が国連平和維持活動(PKO)で派遣されている南スーダンで去年起きた事件について、「戦闘」ではないかと問われた稲田朋美防衛相は「国際的な武力紛争の一環として行われる人の殺傷や物の破壊である法的意味の戦闘行為は発生していない」と強調しました。

 銃撃戦が起きていたも、「法的意味の戦闘行為は発生していない」。

まさに「オルタナティブ・ファクト」ではありませんか。

 トランプ大統領の側近を笑っていられないです。」と指摘した。

 続けて筆者は、「ではもう一つのフェイクニュースはどうか。

 ことらもアメリカはすごいですね。

 216日、トランプ大統領は記者会見を開き、「フェイクニュース」という言葉を連発しました。

 たとえば、トランプ氏の陣営が。選挙期間中に、ロシア側と電話でやりとりしていたという報道について「フェイクニュースだ」と否定。

 その一方で、こうした情報が情報機関から漏洩したことを調査するといったのです。

 漏えいが事実であることを認めながら、それを報じることはフェイクニュースになる。支離滅裂です。

 この記者会見を報じた「ニューヨーク・タイムズ」は、「ファクトチェック」(事実確認)のコーナーで内容を検証しました。たとえばトランプ大統領が「ロナルド・レーガン以来最大数の大統領選挙人を獲得した」と述べた点について、オバマ大統領もクリントン大統領もブッシュ(父)大統領もトランプ氏より多くの選挙人を獲得していると、トランプ大統領のウソを指摘しています。」と教えてくれる。

さらに筆者は、「このファクトチェックの手法を朝日新聞も採用すると210日朝刊で明らかにしています。

 <「内容は本当か」という疑問がある▽「ミスリードかもしれない」という印象を与えるーーーなどの基準に基づき、政治家の発言を随時取り上げます>と告知しています。

 そこで取り上げたのが、安倍首相の130日の参院予算委員会での発言でした。

 憲法改正について問われると、「具体的な案については憲法審査会で議論すべきだというのは私の不動の姿勢だ」と述べ、「どのような条文をどう変えていくかということについて、私の考えは(国会審議の場で)述べてない筈であります」と答えています。

 これについてファクトチェックで「誤り」と指摘。

 実際には20132月の衆議院予算委員会で憲法改正について問われ、「3分の1をちょっと超える国会議員が反対すれば、指一本触れることができないということはおかしいだろうというのが私の考え方だ」と答弁している。

 また、120日の施政方針演説で「兼山のハマグリは、土佐の海に定着しました。そして350年の時を経た今も、高知の人々に大きな恵みをもたらしている」という発言について、「言い過ぎ」と判定。

 高知県漁業振興課によると、15年ハマグリの漁獲高は、約400キロ、60万円相当で「大きな恵み」には程遠かったと指摘しています。

 メデイアが発言をいつも監視すること。

 それが、政治家に無責任な発言をさせない効果を発揮します。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「オルタナティブ・ファクト」とは「もう一つの事実」という意味です」とのことで、

 「フェイクニュース」=「虚偽ニュース」のことらしい、

 「ファクトチェック」=「事実確認」のことらしい。

 年寄りには、カタカナ文字が文章の中にあらわれるとパニックだ。辞書を引いたり、ネットで意味検索をかけたり。

 だが、このファクトチェックの手法朝日新聞も採用すると210日朝刊で明らかにしている」とのこと、

 朝日新聞を読む楽しみが一つ増えた。

 

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-02-26 07:21 | 朝日新聞を読んで | Trackback

224日付朝日新聞朝刊17面に、「池上彰の新聞ななめ読み」という欄がある。筆者は、池上彰氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「トランプ大統領が誕生してアメリカで流行語となった言葉が二つ。

 「オルタナティブ・ファクト」と  「フェイクニュース」です。

 「オルタティブ・ファクト」とは「もう一つの事実」という意味です。大統領就任式の観客数について、「オバマ大統領の就任式より少なかった」とメデイアが報じたことに対し、大統領報道官は、「過去最高だった」と批判しました。

 この発言について、テレビ番組で追及された大統領顧問は、報道官はオルタナティブ・ファクトを述べた」と言い張りました。

 驚くべき発言です。

 事実でないことを「もうひとつの事実」だと言い張るのですから。

 ところが、日本の国会でも「オルタナティブ・ファクト」が語られました。

 自衛隊が国連平和維持活動(PKO)で派遣されている南スーダンで去年起きた事件について、「戦闘」ではないかと問われた稲田朋美防衛相は「国際的な武力紛争の一環として行われる人の殺傷や物の破壊である法的意味の戦闘行為は発生していない」と強調しました。

 銃撃戦が起きていたも、「法的意味の戦闘行為は発生していない」。

まさに「オルタナティブ・ファクト」ではありませんか。

 トランプ大統領の側近を笑っていられないです。」と指摘した。

 続けて筆者は、「ではもう一つのフェイクニュースはどうか。

 ことらもアメリカはすごいですね。

 216日、トランプ大統領は記者会見を開き、「フェイクニュース」という言葉を連発しました。

 たとえば、トランプ氏の陣営が。選挙期間中に、ロシア側と電話でやりとりしていたという報道について「フェイクニュースだ」と否定。

 その一方で、こうした情報が情報機関から漏洩したことを調査するといったのです。

 漏えいが事実であることを認めながら、それを報じることはフェイクニュースになる。支離滅裂です。

 この記者会見を報じた「ニューヨーク・タイムズ」は、「ファクトチェック」(事実確認)のコーナーで内容を検証しました。たとえばトランプ大統領が「ロナルド・レーガン以来最大数の大統領選挙人を獲得した」と述べた点について、オバマ大統領もクリントン大統領もブッシュ(父)大統領もトランプ氏より多くの選挙人を獲得していると、トランプ大統領のウソを指摘しています。」と教えてくれる。

さらに筆者は、「このファクトチェックの手法を朝日新聞も採用すると210日朝刊で明らかにしています。

 <「内容は本当か」という疑問がある▽「ミスリードかもしれない」という印象を与えるーーーなどの基準に基づき、政治家の発言を随時取り上げます>と告知しています。

 そこで取り上げたのが、安倍首相の130日の参院予算委員会での発言でした。

 憲法改正について問われると、「具体的な案については憲法審査会で議論すべきだというのは私の不動の姿勢だ」と述べ、「どのような条文をどう変えていくかということについて、私の考えは(国会審議の場で)述べてない筈であります」と答えています。

 これについてファクトチェックで「誤り」と指摘。

 実際には20132月の衆議院予算委員会で憲法改正について問われ、「3分の1をちょっと超える国会議員が反対すれば、指一本触れることができないということはおかしいだろうというのが私の考え方だ」と答弁している。

 また、120日の施政方針演説で「兼山のハマグリは、土佐の海に定着しました。そして350年の時を経た今も、高知の人々に大きな恵みをもたらしている」という発言について、「言い過ぎ」と判定。

 高知県漁業振興課によると、15年ハマグリの漁獲高は、約400キロ、60万円相当で「大きな恵み」には程遠かったと指摘しています。

 メデイアが発言をいつも監視すること。

 それが、政治家に無責任な発言をさせない効果を発揮します。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「オルタナティブ・ファクト」とは「もう一つの事実」という意味です」とのことで、

 「フェイクニュース」=「虚偽ニュース」のことらしい、

 「ファクトチェック」=「事実確認」のことらしい。

 年寄りには、カタカナ文字が文章の中にあらわれるとパニックだ。辞書を引いたり、ネットで意味検索をかけたり。

 だが、このファクトチェックの手法朝日新聞も採用すると210日朝刊で明らかにしている」とのこと、

 朝日新聞を読む楽しみが一つ増えた。

 

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-02-26 07:21 | 朝日新聞を読んで | Trackback

2月22日付朝日新聞朝刊17面に、「ピケティ コラム」という欄がある。筆者は、パリ経済大学教授・トマ・ピケティ氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「トランプ」と「ブレグジット(英国のEU離脱)で、西洋の民主主義モデルが失速している。中国メデイアはこの状況に大喜びだ。

 「環球時報」(中国共産党機関紙・人民日報系の国際情報紙)は何段にもわたって、ナショナリズム、排外主義、分離主義、リアリティー番組、俗悪さ、拝金主義をないまぜにして危険な状態だと告発している。

 それらは西洋が世界に押し付けたがる「自由選挙や素晴らしい政治制度」が行くつく先であって、お説教はもう結構だ、と。

 中国当局は最近、「グローバル経済ガバナンスにおける政党の役割」についての国際アシンポジュームを開いた。

 この機会に中国共産党が発してメッセージはまったく明快だ。中国共産党は9千万人の党員を擁し、成人人口の約10%に相当するが、これは米国フランスの大統領候補者選びへの参加率に匹敵するもので、このような堅固な媒介機関をよりどころにするからこそ、審議して決定することが可能となり、アイデンティティーに左右されることなく、安定し調和がとれ考え抜かれた成長モデルを構想することもできる、と言いたいのだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「このような振る舞いで、中国の自信過剰という誤りに陥っているのではないか。

 中国モデルの限界はよく知られている。

 第一に透明性が全くなく、体制の不透明さを非難する人々を容赦なく抑圧することが挙げられる。

 公的な統計によると、中国は経済成長の恩恵が均等に分配され、格差は小さいままだ。

 しかし、リー・ヤン、ガブリエル・ズックマンと行った最近の私たちの調査結果(インターネットのサイトWID.warldで閲覧可能)から分かることは全く違う。

 未公開資料の組み合わせ、特に税や資産データを、全国調査や国家会計報告と突き合わせてみると、公的データは中国の不公平レベルとその進行具合を、かなり過小評価していることがわかるのだ。

 1978~2015年、中国が経済成長によって貧困国から脱して事は明白だ。

 世界のGDPに占める中国のシェアは1978年にはせいぜい4%だったが、2015年には18%になった。人口の割合は22%から19%へと若干減少したにもかかわらず、である。

 15年時点のユーロに換算した[物価水準を考慮する]購買力平価を用いると、一人当たりの国民所得は1976年に150ユーロ程度だったのが、2015年には、月ほぼ1千ユーロに増加。中国の平均収入がいまだに欧州や北米の3分の一~4分の1だとしても、上位10%の富裕層、つまり1億3千万もの人々は、富裕国に等しい平均年収を手にしているのだ。

 問題は、下位50%の所得層での所得の伸びが、平均の2分の1だったことだ。

 私たちの推計は中国の不平等の下限と考えるべきだが、それでも国民所得における下位50%のシェアは、1978~2015年に28%から15%まで落ちた一方、上位10%の富裕層のシェアは26%から41%に上昇した。

 この格差の広がりは衝撃的だ。

 中国社会の不平等のレベルは、明らかに欧州レベルを超え、猛烈な勢いで米国のそれに近づいているのだ。

 私有財産の集中に至っては、さらに劇的な形で格差の広がりが認められる。

 1995~2015年に、上位10%の富裕層が保有する私有財産のシェアは、41%から67%に上昇した。

 この20年間で、スウエーデンよりも低かった割合が、米国に近い水準になったのだ。

 この期間に不動産はほぼ全面的に民営化されたわけだが、この取得をめぐって大きな不平等があり、また部分的な私企業化が、非常に不透明な条件のもとでごく限られたグループの人たちにだけ可能だったことを示している。

 このペースでいけば、中国は一種の「富者の共産主義」を発展させる」恐れがある。

 資本主義国以上に私有財産の集中が進み、全てを共産党一党が把握するという状態である。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「しかし、本質的な違いがあることも強調しておかなければならない。

 中国では、不動産、企業、土地、インフラ、施設など(公的資本と民間資本の総和である)国民資本のうち国の持ち分が、大幅に減ったとはいえ、いまだに大きい。私たちの推計によれば、1978年にはこうした公的資本は国民資本の70%にそうとうしており、206年以降は30%程度に落ち着いているものの、経済危機以降は若干上昇すらしていて、公的企業の復活がうかがえる。

 それに対して資本主義国では、公的資本の割合は1950~80ねんまでの(公営企業と私営企業が混在した)混合経済時代にはだいたい20~30%だったが、80年以降に公共資産が民営化され、負債が増えるにつれてこの数字は急落した。

 2007年時点では負債が資産を上回った公的資本がマイナスだったのは、イタリア一国だけだった。

 それが2015年には、米国、英国そして日本もマイナスになる(フランスとドイツの公的資本はかろうじてプラスである)
 言い換えると、民間資産の所有者が国民資本のすべてを保持するだけでなく、将来の税収を引き出す権利もをも有するということだ。

 これは、政府の財政統治能力に重大な制限をかけることになる。

 中国政府の情勢は、それよりは前途有望だ。ただし、その可能性を大多数の人々のために役立てられるということを当局が証明すればの話だ。

 もはや中国人は西洋から教えられることを望んではいない。

 だがその一方で、最高指導者たちの説教にずっと我慢できるかどうかも、定かではないのである。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「環球時報」(中国共産党機関紙、人民日報系の国際情報紙)は何段にもわたって、ナショナリズム、排外主義、分離主義、リアリティー番組、俗悪さ、拝金主義をないまぜにして危険な状態だと告発している。」とのこと、

 「中国モデルの限界はよく知られている。第一に透明性が全くなく、体制の不透明さを非難する人々を容赦なく抑圧することが挙げられる」とのこと、

 「問題は、下位50%の所得層での所得の伸びが、平均の2分の1だったことだ。

 私たちの推計は中国の不平等の下限と考えるべきだが、それでも国民所得における下位50%のシェアは、19782015年に28%から15%に落ちた一方、上位10%の富裕層のシェアは26%から41%に上昇した。

 この格差の広がりは衝撃的だ。

 中国社会の不平等のレベルは、明らかに欧州のレベルを超え、猛烈な勢いで米国のそれに近づいているのだ」とのこと、

 「私有財産の集中に至っては、さらに劇的な形で格差の広がりが認められる。

 19952015年に、上位10%の富裕層が保有する私有財産のシェアは、41%から67%に上昇した」とのこと、

 「このペースでいけば、中国は一種の「富者の共産主義」を発展させる恐れがある」とのこと、等々を知ることができた。

 筆者の著作「21世紀の資本論」を読んで、歴史的に「格差」を解消したのは、革命と戦争であった、ことを知った。確かに、平和革命はシステムを破壊し、暴力革命は財産とシステムを破壊し、戦争は財産を破壊し、システムや財産の蓄積から生じる「格差」を結果的に解消してきたのかもしれないと、思った。

 アメリカも中国も、体制は違っても、「格差の拡大」が止まらないとしたら、人類を等しく豊かにする「経済」「政治」のシステムは、どのようなものになるのだろうか?

 社会の変化のスピードが人の一生より短くなったような「今日」、持続可能な「理念」をどうやって創造するのか?

 釈迦やソクラテスや孔子がいなくなってから約2500年経つが、人類は存亡の岐路にあるのだろうか?

 


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by sasakitosio | 2017-02-25 12:03 | 朝日新聞を読んで | Trackback

2月19日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜の想う」という欄がある。筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「たいていの米国人は自由より安全を望んでいる」と米情報機関の幹部が話す。

 オリバー・ストーン監督の最新映画「スノーデン」の中で、印象に残るセリフの一つである。自分が働く機関の監視活動に疑問を抱き始めた主人公に上司がそう話す。

 実話に基づくこの作品は、米機関のやりたいほうだいの情報収集活動を生々しく描いている。

 テロ対策の名の下に、米国内外の疑わしい人物だけでなく、各国の政治家、実業家からおびただしい数の一般市民に至るまで、ありとあらゆるメールや電話を盗み見し盗聴する。

 実際にエドワード・スノーデン氏本人が英ガーデアン紙などの協力を得て、その実態を公表したのは2013年。

 同盟国の首脳や市民、自国民さえ対象にしていたと明らかになった当時の衝撃が、映画で新あらためてよみがえる。

 自分も監視されている。どこで何を見られているかわからない、丸裸にされているーーー。

 底知れない不安を、主人公自身も経験する。自分の恋人がほかの男性とどんなつきあいをしていたか。それを、上司から知らされるのだ。

 テロ対策という当初の目的からはみ出して、政治権力の監視活動はどこまでも暴走する。「安全のため」という口実を人々が受け入れ続けるかぎり。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「「屈服しない者たち」という本が一昨年フランスで出版された。著者はブルガリア出身でパリを拠点に活躍。今月7日、77歳の生涯を終えた著名な思想家ツベタン・トドロフ氏。

 政治と社会の理不尽に立ち向かい、ひるまなかった人たちの評伝集で、南アフリカで人種隔離政策と闘ったマンデラ氏や旧ソ連の非人間的な政治体制を告発し続けた作家のソルジェニーツィン氏らが並ぶ。その最後にスノーデン氏を取り上げている。

 市民の自由の領域を侵す米情報機関の監視を「米国憲法に対する行政府による一種のクーデター」と考え、告発に踏み切ったのがスノーデン氏だ、と書く。

 いくつかの規則に違反したとしても、彼の行為は良心に従った「市民的不服従」だと評している。

 トドロフ氏によると、政治権力が市民監視にのめり込むのは「すべてを知ることは、すべての権力を握ることにつながる」と考えるから。

 また、だれかが自分を監視しているとつねに意識する社会では、人と人の間の信頼が消滅するとも指摘する。

 人々が連帯しない社会。

 それこそ権力が思い通りにしやすい社会である。

 昨年5月、パリの自宅であったとき、トドロフ氏は、個人をもっと開放するはずだったコミュニケーション技術の発達、ネット社会の広がりが、皮肉にも権力による市民監視をはるかに容易にすると警告していた。「安全のため」を理由とすれば「民主主義国家も、ナチスや共産主義国家に似てくる」。

 20代まで全体主義体制の母国に暮らした人の語り口は物静かだが、確信に満ちていた。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「米国のトランプ大統領もまた「安全」をしばしば口にする為政者だ。就任早々、中東・アフリカ7か国からの入国を一時停止する大統領令を出した。「国民の安全のため」という理由だ。

 禁止措置は米国で厳しい批判にさらされているが、7か国の選び方も奇妙だ。

 たとえば、なぜサウジアラビアがその中に入っていないのだろうか。9.11米国同時多発テロの実行犯19人のうち15人はサウジ人だった。「安全のため」を言い募るわりには、どんな根拠でリスクを計算したのかわからない。

 政治家が声高に「安全のため」を語るとき、本当は自らの権力強化のためではないのか。

 「安全のため」なら仕方がないと思ったとたん、からめ取られているのかもしれない。なぜなら、あなたも私も普通の市民の大半は監視する側ではなく、監視される側になるからだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「「たいての米国人は自由より安全を望んでいる」と米情報機関の幹部が話す。

 オリバー・ストーン監督の最新映画「スノーデン」の中で、印象に残るセリフの一つである」とのこと、

 「テロ対策という当初の目的からは見出して、政治権力の監視活動はどこまでも暴走する。」とのこと、

 「「屈服しない者たち」という本が1昨年フランスで出版された。著者はブルガリア出身でパリを拠に活躍、今月7日、77歳の生涯を終えた著名な思想家ツベタン・トドロフ氏。」とのこと、

 その本の中でトドロフ氏は「市民の自由の領域を侵す米情報機関の監視を「米国憲法に対する行政府による一種のクーデター」と考え、告発に踏み切ったのがスノウデン氏だと、書く。」とのこと、

 「トドロフ氏によると、政治権力が市民監視にのめり込むのは「すべてを知ることは、すべての権力を握ることにつながる」と考えるから。」とのこと、

 「9.11米同時多発テロの実行犯19人のうち15人はサウジ人たった。」とのこと、

 「政治家が声高に「安全のため」を語るとき、本当は自らの権力強化のためではないのか。「安全のため」なら仕方がないと思ったとたん、からめ取られているのかもしれない」との指摘、すべて理解でき納得できた。からめ取られないように、気をつけねば、と思った。


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by sasakitosio | 2017-02-22 06:44 | 朝日新聞を読んで | Trackback

2月14日付朝日新聞朝刊11面に、「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集委員・多賀谷克彦氏だ。

 まず筆者は、「「東京五輪の選手村で、日本産の食材をたくさん提供できればいいのですが・・・・」。

 昨年末、ある会合で同じテーブルだったイオンアグリ創造社長の福永康明さん(47)の話は意外だった。

 海外での和食の評価は高いはずだ。訪日外国人も屋台で日本食材をほおばっている。

 それも安全安心の評価を得ているからこそ。

 「どうしてですか」と思わず尋ねた。

 福永さんは「農産物の生産工程を管理する国際規格の認証を得た生産者がすくないからです」と言う。」と切り出した。

 続けて筆者は、「欧州ではGLOBAL G.A.P.(Good Agricultural Practice)という規格をとった農産物が流通量の7~8割を占め、全世界では17万件が取得する。ロンドン五輪では、この規格か,同等の規格認証を得た生産者の食材が中心になったという。

 ところが、日本の取得生産者はイオンアグリなど約400件にとどまる。

 そもそも、G-GAPの誕生は1990年代、欧州で食品の安全性を問う事故がたび重なったからという。

 大手小売業が生産者に、 農薬の使用基準などの対策を求め、話し合って基準をまとめていった。

 今では、ドイツの非営利組織が基準を管理し、第三者機関が生産者を審査している。

 では、なぜ日本では広がなかったのか。

 青森県の五所川原農林校がG-GAPを取り、生徒らが作ったリンゴを中国に売りに行ったと聞いた。

 校長の山口章さん(59)に聞くと「G-GAPは海外市場へのパスポートです。国内市場は縮小するばかり。農業を目指す生徒に未来のない農業を継がせるわけにはいかない」と熱く語った。

 認証取得では、生徒10数人の構内選抜チームが必要な書類づくりから、農場の整備、審査員とのやり取りまでこなした。中国への輸送手段から販売までも生徒がになった。現地では、試食用を含め900個持ち込んだリンゴを2日間で売り切ったという。

関わった生徒の多くが農業を継ぐ意思を固めている。

 ある父親は「農作業の手伝いしかできなかったのに、生産者として議論ができるようになった」と話したという。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「イオンの福永さんもG-GAPの効果を言う。「点検項目に沿って作業すれば、食品安全、環境保全、労働安全の手順を、どの農場でも同じように管理できる。まさに農業の産業化です」

 日本が誇る農作物、東京五輪にとどまらず、海外に売り込むには、消費者の以前に、供給する側のこう売り業者の理解が欠かせない。そのためには「丹精込め、安全安心な方法でつくっています。おいしいですよ」と言うだけでは手にしてもらえない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「青森県の五所川原農林高校がG-GAPを取り、生徒らがつくったリンゴを中国へ売りに行った」とのこと、

「現地では、試食用を含め900個持ち込んだリンゴを2日間で売りきった」とのこと、等々を知った。

 日本の高校生もなかなかのものだと感心した。

 願わくば、日本版「G-GAP」ができるといいなあ、とも思った。


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by sasakitosio | 2017-02-21 06:51 | 朝日新聞を読んで | Trackback

2月19日付朝日新聞朝刊17面に、「風」という欄がある、筆者は、ヨーロッパ総局長・石合力氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「首脳間の握手が話題を呼んだのは日米だけではない。

 トランプ大統領と最初に会う外国首脳として1月末に訪米したメイ英国首相は、ホワイトハウスでの共同会見に向かう際、並んで歩くトランプ氏とほんの一瞬、手をつないだ。

 象徴的な場面だが、英テレグラフ紙はワシントン政府筋を引用して、トランプ氏が米英の「特別な関係」からではなく、会談や坂道に対する恐怖症からメイ氏の手をつかんだ、と報じた。それに応じたメイ氏は「米大統領が必要な時に安定と支えになった」(英BBC)というわけだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「共通の価値観と言語(英語)を持ち,対ナチス戦、対ソ冷戦をともに戦った米英の「特別な関係」は、自他ともに認める最も親しい同盟関係だ。首脳会談の前日、米フィラデルフィアで演説したメイ氏は、80年代のサッチャー英首相とレーガン大統領の蜜月に触れ、「特別な関係を新たなものにしよう」と呼びかけた。テロの脅威を念頭に「我々が再び、ともに先頭に立つ時が来た」とも訴えた。 

戦後70年余の歴史を振り返ると、米英も常に一枚岩の結束だったわけではない。

 英外交関係者が語り継ぐのは、1956年のスエズ動乱(第二次中東戦争)の際の対応だ。

 対エジプト政策で米国と異なる対応を取り、軍事侵攻をしたことで、スエズ運河の権益を失い、中東での主導権を米国に引き渡すことになった。

 その「トラウマ」以後、米国の重要な外交方針には必ず同調することが英外交の不文律になった。

 03年のイラク戦争で当時のブレア英首相は最後までブッシュ米大統領を支持した理由の一因とも指摘される。」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「メイ首相訪米の数日前、ロンドンで日英の外交関係者と駐在の日本企業関係者、ジャーナリストらが意見交換する場があった。

 例えば、トランプ政権が暴走、迷走したとき、日英で力を合わせて食い止めることができるかどうか・・・・。

 日英同盟でひそかに対米戦略を練ることなど現実にはありえないだろう。

 ただ、対イランや北朝鮮など個別の政策で政策協調を重ね、日英それぞれが米国に働きかけることは無意味ではないはずだ。その辺りが参加者の共通認識だった。

実際、トランプ氏が出した中東・アフリカ7か国からの入国を一時禁じる大統領令にはメイ氏、安倍晋三首相とも「米国の内政問題」との立場から明確な批判を避けた。

 ブレグジッと(EUからの英国離脱)を控え、米国との貿易協定を急ぎたい英国、北朝鮮の核ミサイル危機が高まるなか同盟の結束を維持したい日本。

 ともに人権など価値観の共有より、トランプ氏と手を組むことを優先した。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「メイ氏の前任者キャメロン氏は野党時代の06年、英国は過去半世紀、常に米国の「ジェニア(格下の)パートナー」だったと述べたうえで、こう発言したことがある。

 「米国との友情において、我々は信頼できる関係であるべきだが、隷属的ではいけない」

 「自国第一」を掲げるトランプ氏にどう向き合うか。

 ともに、「弟分」の日英で真剣に知恵を出し合うことが必要な時代なのかもしれない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「英外交関係者が語り継ぐのは、1956年のスエズ動乱(第2次中東戦争)の際の対応だ。対エジプト政策で米国と異なる対応を取り、軍事侵攻をしたことで、スエズ運河などの権益を失い、中東での主導権を米国に引き渡すことになった」とのこと、

 「メイ首相訪米の数日前、ロンドンで日英の外交関係者と駐英の日本企業関係者、ジャーナリストらが意見交換する場があった」とのこと、

 「元英国の首相キャメロン氏が野党時代の06年「米国との友情において、我々は信頼できる関係であるべきだが、隷属的ではいけない」と言っている」とのこと、等々を知ることができた。

 「自国第一」を掲げるトランプ氏にどう向き合うのか。戦後の歴代政府が米国追随できた日本は、アメリカの急変に、どう対応しようとしているのだろうか?

 英国並みに「弟分」でおれるのだろうか?

 

 


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by sasakitosio | 2017-02-20 17:56 | 朝日新聞を読んで | Trackback

2月19日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、政治部次長・高橋順子氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「類は友を呼ぶ。

 日米首脳会談から1週間余、この言葉を噛みしめている。脳内BGMは「世界は二人のために」。

 どこへ行くのかあなたと2人、厚遇、おべっか、ナイスショット。

 2人は「嗤う」が板についているという点では「類」だと私は思っている。

 人をバカにしたり見下したりは誰しもついつい普通にあるが、それと「嗤う」ではステージがちがう。

 あざけって、わらう。

 さげすんで、わらう。

 なかなかできることではない。ある意味才能。ほめてないけど。」と切り出した。

 続けて筆者は、「1月26日、衆院予算委員会。民進党の大西健介氏が質問をしている最中、ツツーと安倍晋三首相が退席した。

 え?なに?トイレ?騒然とする委員室。

 やがて戻ってきた首相は、ズボンをすり上げるしぐさに続き、両手を挙げて伸びをして、閣僚からドット笑いが起きた。

 国会審議を軽んじている。

 カリカリと質問する野党議員を見下し、嗤っているーーー。

 「真意」はこの際関係ない。

 権力者の言動はそれ自体がメッセージだからだ。

 ああ。心がザラザラする。

 お前は無力だ、お前のやることには何の価値もないというメッセいージを、まんまと感受してしまった。

 嗤われる側はそうやって少しずつ気力をそがれ、政治のダイナミズムは失われる。

 もちろん逆に、嗤う権力者を痛快で頼もしいと感じる人もいるだろう。

 だが、嗤いは嗤いを、軽蔑は軽蔑を招き、社会はすさむ。

 そう。俳優のメリル・ストリーブさんが先月、ゴールデングローブ賞の授賞式で、かの大統領を念頭にスピーチしたようだ。

 「衝動的に人を侮辱するパフォーマンスを権力のある人が演じれば、あらゆる人たちの生活に影響が及び、他の人たちも同じことをしてもいいという、ある種の許可証を与えることになるのです」」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「嗤われるのは。数の力という「現実」に抗し、理念や理想を語る者。

 所与の現実から最大限の利益を得ることに腐心する「現実主義者」にとって、理想なんて1円にもならないキレイゴトだから。

 しかしーー。現実ってなんだ?

 「現実とはこの国では端的に既成事実と等置されます。

 現実的たれということは、既成事実に屈服せよということにほかなりません」(丸山真男「「現実」主義の陥穽」)

 そのように捉えられた現実は、容易に「仕方がない」に転化する。こうした思考様式がいかに広く戦前戦時の指導者層に食い入り、日本の「現実」を泥沼に追い込んだか。

 丸山はこう、言葉を継ぐ。

 「ファシズムに対する抵抗力を内側から崩していったのもまさにこうした「現実」観ではなかったでしょうか」

 既成事実への屈服が、さらなる屈服を生む。

 対米追従は仕方がない。

 沖縄に米軍基地が集中するのは仕方がない・・・。

 現状追認の無限ループ、そんな「仕方ない帝国」に生きていて楽しい?

 嗤われたら笑い返せ。

 現実は「可能性の束」だ。

 私もあなたも一筋の可能性を手に、この世に生まれてきたのだ。」として締めくくった。

 高橋従子氏は相変わらず、威勢がいい。読んで面白かった。

 「嗤われたら笑い返せ」は、日々の生活に実践したい。ただし、にやりと笑い返したい。「嗤う」権力者の無知蒙昧をそっと諭すように。

 ためには、知性的にも、経験的にも、精神的にも、かなりの高みに「存在」していることが、不可欠だ。

 国会での質問者に、期待したいが、ないものねだりかもしれない。

 既成事実を飲み込み、踏まえて、既成事実での利得者も被害者も、賛成者も反対者も、納得できる「提案」を、筆者も含めた「日本の有識者」の皆さんに期待したい。手遅れや想定外などという言い訳を聞きたくないので!

 

 


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by sasakitosio | 2017-02-19 17:32 | 朝日新聞を読んで | Trackback