憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:朝日新聞を読んで( 836 )

8月27日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「新しい政治団体「日本ファーストの会」の名称が物議を醸している。「排他的だ」と批判の的になっている。

 「ファースト」という言葉と、そこに込められたメッセージはあちこちの国の政治の言語空間に侵入している。

 たとえばトランプ米大統領は「アメリカ・ファースト」、フランス大統領選挙で決戦まで残った右翼のルペン候補は「フランス人優先」をスローガンに掲げた。ポピュリスト政治家が前面に押し出そうとするイメージだ。

 だれかを優先するということは、ほかの誰かを後回しにするのだろうか。

 誰を後回しにするのだろうか。

 国の名前と結びつくと、他国や外国人を後回しにすると聞こえる。だが、それで収まっていない。

 トランプ大統領の場合も、自国を優先するような主張をしながら、同じ社会に暮らす人たちの多くを遠ざける意図を込めていた。移民であったり、イスラム教徒であったり、リベラルな考え方の人たちだったり、メディイアであったり。

 のけ者になり後回しにされるのは、同胞の中の特定グループや個人に他ならない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「大統領や首相になったたいていの政治家が最初に演説で言及することがある。

 自分は「すべての国民」のために働く、という誓いだ。

 フランスのマクロン新大統領は当選が決まった5月7日の夜、パリ・ルーブル宮の中庭で演説をした。その中で、彼の考え方に共感しない人たちに「(自分の当選を)白紙委任とは思っていない」「あなたたちの不同意も尊重する」と呼びかけた。さらに、「ルペン候補に投票したひとたちについて」と言葉を続け、わき起こったやじを鎮めながら「彼らの怒りや苦悩、心情も尊重する。ただ、彼らが過激な主張の政治家に投票する理由が今後なくなるように全力を尽くす」と宣言した。

 昨年、英国で欧州連合離脱を決めた国民投票を受けて就任したメイ首相は「私は、すべての市民の統一を信じる。だれであろうと、どこの出身であろうと私たちの一人一人の統一を」と述べた。

 選挙は、人々の利害や考え方の違いを巡って争われる。社会の分断があらわになり、候補者も分断線を見定めて支持を固めようとする。民主的な選挙には避けられない過程でもある。

 だが、その後は話が別だ。政権の座に就いたものが責任を負うのは、多数派ではなく、「すべての国民」に対して。

 だから、社会の分断を放置せず、再び統合する姿勢を宣言する。自分を選挙で批判した「こんな人たち」も、為政者として守るべき国民や市民であることを確認しなければならない。

 あのトランプ大統領でさえ就任演説で「すべての国民への忠誠を誓い」をうたったのはその姿勢を装うためだろう。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「ナショナル・アイデンティティー」という概念を使ってつかめた気になる「日本人らしさ」や「フランス人の本質」などというものは幻影にすぎないーーー。

 フランスの人口動態学者エルベ・ルブラーズ氏が近著「アイデンティティーの不快感」でそう書いていた。

 グローバル化の進展などで、国家や国民という枠組みがぼやけて後退しているので、穴を埋めるようにさかんに持ち出されだした言葉だという。

 あいまいなだけに、いい加減で恣意的に意味を込めやすい。だから、人々を統合するより,だれかを本当の国民でない、とのけ者にする口実に使われる。結局「水が土台を崩すみたいに、国家と国民を侵食していく」

 本を読みながら、自国や自国民の「優先」を強調する政党名や政治スローガンの流行がはらむ危うさを思った。

 グローバル化や少子高齢化という難題に打つ手がない国家と連帯感を失っていく国民。そんな実態を覆い隠して人を誘うイメージをふりまく。

 それは本当に「すべての国民」を指しているのだろうか。」と指摘して締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「新しい政治団体「日本ファーストの会」の名称が物議を醸した。「排他的だ」と批判の的になっている」とのこと、

 「トランプ大統領もルペン氏の場合も、自国を優先するような主張をしながら、同じ社会に暮らす人たちの多くを遠ざける意図を込めていた。 移民であったり、イスラム教徒であったり、リベラルな考え方の人たちだったり、メデイアであったり」とのこと、

 「ナショナル・アイデンティティー」という概念を使ってつかめた気になる「日本人らしさ」や「フランス人の本質」などというものは幻影にすぎないー。フランスの人口動態学者エルベ・ルブラーズが近著「アイデンティティーの不快感でそう書いていた」とのこと、

 「本を読みながら、自国や自国民の「優先」を強調する政党名や政治スローガンの流行がはらむ危うさを思った」とのこと、

 等々を知ることができた。

 筆者の「だれかを優先するというのは、ほかの誰かを後回しにするという意味だ」、「のけ者になり後回しにされるのは、同胞の中の特定のグループや個人にはかならない」、「グローバル化や少子高齢化という難題に打つ手がない国家と連帯感を失った国民。そんな実態を覆い隠して人を誘うイメージを振りまく」、等々の指摘は、全くその通りだと思った。小池都知事の「都民ファースト」で後回しにされたのは「自民党」で、それが「都民」にヒットしたのかな?

 そして、ふと、「00ファースト」は「自分ファースト」のカモフラージュかもしれない、とも思った。


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by sasakitosio | 2017-09-02 07:01 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月25日付朝日新聞朝刊社説に、トランプ大統領と白人至上主義のことが載った。

 今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「この大国を率いる資質があるのだろうか。トランプ大統領が就任して7カ月、米国の政界と多くの国民が悩んでいる。

 「この国を偉大にしてきたものがなんだったのか、それは今日でも何なのか、彼は理解しているように見えない」

 与党共和党の上院外交委員長コーカー氏はこう語り、大統領としての能力に疑問を呈した。

 「米国を再び偉大にする」という政権の看板と裏腹に、政治の混迷は深まるばかりだ。

 与党からも苦言が出たのは、トランプ氏がとりわけ重大な過失を犯したからだ。

 米国の難題である人種差別を巡り、社会の分断を再燃させたのだ。」と切り出した。

 続けて社説は、「発端は、バージニア州であった白人至上主義団体の集会だ。反対した市民との衝突で死傷者が出た事態について、トランプ氏は「双方」に非があるとし、差別団体と抗議の市民を同列視するような認識を示した。

 移民国家米国が誇るべき価値とは、民族や文化の多様性であり、それを認め合う寛容さだろう。

 特定の民族が優越するという考え方は、米国にも国際社会にも、認める余地はまったくない。

 米国の経済が大きく発展したのも、自由と平等という建前で世界の頭脳と活力を吸い寄せてきたからだ。人種差別に対する公の拒否は、公民権闘争など苦難の歴史を経て築いた米社会の共通ルールのはずだ。

それを大統領自らが揺るがすのは愚行というほかない。

 差別思想への拒絶と、平等の原則の厳守を明確な公式見解として言明すべきだ。

 財界と軍は敏感だった。

 主要企業の首脳らでつくる政策助言機関は抗議の辞任が相次ぎ、解散した。

 陸海空の制服組トップは「人種差別、過激主義、憎悪を許容しない」と表明した。

 最後に社説は、「米政権への不安な視線は、国際社会も共有している。米国第一主義を推進した首席戦略官バノン氏が突然更迭されたが、それを機にトランプ外交は変わるのか。北朝鮮問題などを抱える日本も注視せざるを得ない。

 トランプ氏は今週、アフガニスタンを支える目的などで米軍の駐留継続を明言した。

 撤退の主張からの転換だが、「大統領としての判断は当初の直感とは違うものだ」と釈明した。

 ならばこの際、もっと国内外の現実を直視してもらいたい。

 温暖化対策、移民政策、通商政策などでの一方的な変更や主張が招いている混乱は、米国と世界の信頼関係を損ねている。

 トランプ氏が今すべきは、米社会の亀裂の修復と、現実的な政策を真剣に練ることだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「「この国を偉大にしてきたものがなんだったのか、それは今日でも何なのか、彼は理解しているように見えない」与党共和党の上院外交委員長コーカー氏はそう語り、大統領としての能力に疑問を呈した」とのこと、

 「移民国家米国が誇るべき価値とは、民族や文化の多様性であり、それを認め合う寛容さだろう。」との指摘、

 「米国の経済が大きく発展したのも、自由と平等という建前で世界の頭脳と活力を吸い寄せてきたからだ」との指摘、

 「人種差別に対する公の拒否は、公民権闘争など苦難の歴史を経て築いた米社会の共通ルールのはずだ」との指摘、

 「温暖化対策、移民政策、通商政策などでの一方的な変更や主張が招いている混乱は、米国と世界の信頼関係を損ねている」との指摘、

等々を知ることができた。

 トランプ大統領が就任して7カ月、米国の政界と多くの国民が悩んでいるとのことは、アメリカの民主主義が生きている証拠だと、思って安心している。そしてまた、トランプ氏が大統領に当選した、アメリカに民主主義の危機的状況を感じてもいる。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-26 19:36 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月23日付朝日新聞社説に、「森友学園問題」が載った。

 今日はこのこの社説に学ぶことにした。

まず社説は、「学校法人・森友学園への国有地売却問題で、財務省近畿財務局が学園側に「いくらなら買えるか」と、支払い可能額をたずねていたーーー。複数の関係者が朝日新聞にそう証言した。

 財務省の佐川宣寿・前理財局長は国会で「「(価格を)提示したこともないし、先方からいくらで買いたいと希望があったこともない」と述べたが、虚偽答弁だった可能性が出てきた。」と切り出した。

 続けて社説は、「意図的なうそであれば国民を愚弄する話で、隠蔽にも等しい。説明が事実と違う疑いが浮上した以上、同省は交渉の詳細をを示し、価格決定にいたる経緯を説明する責任がある。

 問題のやりとりは、学園の前理事長の籠池泰典容疑者が土地購入を申し入れ、代理人弁護士を通して近畿財務局などと去年3月に協議した際のものだ。

 学園側は「新たなごみが見つかった」とし、「できるだけ安く買いたい」と伝えた。

 これに対し理財局は地中の埋設物の除去費として、国費で1億3千万円をすでに負担しており、「それより安くはならない」と説明、学園側は「払えるのは1億6千万円まで」と具体的な希望額を明示していた。

 約3か月後の売却された価格は1億3400万円。学園側の希望かなえ、財務局の示した「下限」に近い額だった。」と指摘した。

 さらに社説は、「改めて指摘しておきたい。この土地の更地の鑑定価格は9億5600万円。財務局はここから、ごみ撤去費として8億1900万円などを値引いた。

 国民の共有財産である国有地を処分する場合、厳正な手続や審査を経て契約内容を決めるのが筋だ。

 今回、借地契約から売買に切り替え、10年分割払いを認めたのも異例だった。

 国は「適正に処理された」と説明し、学園への「特別な便宜」を否定する。

 ならばだれがいつ、どんな交渉をして決めてのか、つまびらかにしてもらいたい。」と指摘した。

 最後に社説は、「値引きの根拠となった21枚の現場写真によると、「新たなごみ」の判別が困難なばかりか、国が国会に説明した「深さ3.3メートル」まで大量のごみが埋まっている状況は、とても確認できない。価格の目安を先に決めたうえで、それに合わせるようにごみの撤去費を積算した疑いがぬぐえない。

 安倍首相は今月の内閣改造後、「謙虚に,丁寧に、国民の負託に応える」と述べたが、野党の求める国会の早期召集には応じていない。

 一日も早く国会を開き、佐川氏や、学園の小学校の名誉校長を務めた首相の妻の昭恵氏らを招致すべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「財務省の佐川宣寿・前理財局長は国会で「(価格を)提示したこともないし、先方からいくらで買いたいと希望があったこともない」と述べたが、虚偽答弁だった可能性が出てきた」とのこと、

 「問題のやりとりは、学園の前理事長の籠池泰典容疑者が土地購入を申し入れ、代理人弁護士を通して近畿理財局などと去年3月に協議した際のものだ」とのこと、

 「約3か月後に売却された価格は1億3400万円。学園側の希望をかなえ、財務局の示した「下限」に近い額だった」とのこと、

 「この土地の更地の鑑定価格は9億5600万円。財務局はここから、ごみ撤去費として8億1900万円などを引いた」とのこと、

 「値引きの根拠になったとされる21枚の現場写真によると、「新たなごみ」の判別が困難なばかりか、国が国会で説明した「深さ3.8メートル」まで大量のごみが埋まっている状況は、とても確認できない。」とのこと、

 「価格の目安を先に決めたうえで、それに合わせるようにごみ撤去費を積算した疑いがぬぐえない」とのこと、等々を改めておさらいをすることができた。

 そして、「政府は一日も早く国会を開き、佐川氏や学園の小学校の名誉校長を務めた首相の妻のア昭恵氏らを招致すべきだ」との社説の主張に賛同する。 
 ここまで、事実関係が明らかになっても、しらを切りとおす内閣・政府関係者の精神構造をどうなっているんだろう?こんな集団に政権をゆだね続けて、日本は大丈夫なのだろうか?

 

 

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-25 06:45 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月22日付朝日新聞社説に、「微小プラごみ」のことが載った。 今日はこの社説に学習することにした。

 まず社説は、「海に流れ込んだ微細なプラスチックが生態系を脅かしている。危機感を持って対策を急ぐ必要がある。

 世界の海で、大きさ5ミリ以下のマイクロプラスチック(MP)の検出が相次いでいる。

 主な発生源は、陸域に捨てられたペットボトルやレジ袋といったプラスチック類だ。

 雨で流され、川を経て海へ出ると、波や紫外線の作用で細かく砕かれる。洗顔料や化粧品などに配合されている微粒子や、プラスチック素材の衣服から洗濯で流れる繊維も多いという。

 MPは、海底に堆積しているポリ塩化ビフェニール(PCB)のような有害物質を吸収しやすい。魚介類が誤って摂食することもわかっており、食物連鎖で人間や池の生物に悪影響が出る恐れが指摘されている。」と切り出した。

続けて社説は、「ダボス会議で知られる世界経済フォーラムは昨年、少なくとも年800万トンのプラスチック量が海に流出しているとの推計を示し、2050年までに海中の魚の重量を超える」と警告した。」と切り出した。

 続けて社説は、「今年6月にあった主要7か国(G7)環境相会合は「地球規模の脅威だ」と訴えた。

 海中に漂うMPの回収は不可能に近い。

 プラスチックごみの流入を抑えることが急務だ。

 環境省の調査では、日本周辺海域で世界平均の27倍ものMPが検出されている。

 中国やインドネシア、フィリピンなどアジアのごみが海流の影響で集まっている可能性がある。

 一方、日本由来のごみも北米や太平洋の島々に多く漂着している。

 日本は近隣諸国との協力強化に動いておるが、日本国内からのプラスチックごみを大幅に減らす取り組みも求められよう。

 海外では身の回りのプラスチックを減らそうとする動きが進む。欧州連合は14年、レジ袋の使用量を一人年40枚以下にする目標を打ち出し、フランスは昨年配布を禁止した。

 米国では15年、微粒子を配合した商品の製造を禁じる法律が成立した。」と教えてくれる。

 最後に社説は「日本では年平均で一人300枚のレジ袋を使うとされるが、削減策は流通事業者と自治体に任せだ。微粒子も、化粧品の業界団体が昨年3月、自主規制を呼びかけたにとどまる。

 MP問題に詳しい高田秀重・東京農工大教授は「消費者はもっと関心を」と訴える。

 買い物時はバッグを持参し、レジ袋は断る。

 微粒子入りの商品は避ける。

 消費者が意識を持って行動すれば、生産者や流通業者、国も動かずにいられなくなる。

 一人一人の問題として、できることを考えたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「世界の海で、大きさ5ミリ以下のマイクロプラスチック(MP)の検出が相次いでいる。」とのこと、

 「主な発生源は、陸域に捨てられたペットボトルやレジ袋といったプラスチック類だ」とのこと、

 「MPは、海底に堆積しているポリ塩化ビフェニール(PC)のような有害物質を吸着しやすい」とのこと、

 「ダボス会議で知られる世界経済フォーラムは昨年、少なくとも年800万トンのプラスチックが海に流出しているとの推計を示し、2050までに海中のプラスチックの量が「世界中の魚の重量を超える」と警告した」とのこと、

 「日本では年平均で1人300枚のレジ袋を使うとされるが、削減策は流通事業者と自治体任せだ」とのこと、等々を初めて知った。

 「2050年までに海中のプラスチックの量が「世界中の魚の重量を超える」との世界経済フォーラムの警告はびっくりした。

 自分としても、これからはレジ袋はもらわない、今あるレジ袋は大切に使い、最後はごみと一緒に清掃工場で燃してもらうことにした。


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by sasakitosio | 2017-08-25 06:34 | 朝日新聞を読んで | Trackback

817日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。 筆者は、GLOBE編集長・国末憲人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「こんなところに来る暇があったら、バカンスにでも行けばいいのに」

 ランナさん(84)は笑いながら、私を自宅に招き入れてくれた。

 ウクライナ北部のクポワトイェ村に、彼女は暮らしている。チェルノブイリ原発から南東に20キロあまり。一帯は、土壌や地下水の放射能汚染が深刻だ。

 台所から、酢漬けのキュウリを彼女は持ち出してきた。畑で採れたという。

 「いっぱい実ったんだ。遠慮しないで」

 放射線が気になるが、あまりに屈託なく勧められるので、一口かじってみる。みずみずしさとほのかな苦み。「これもどうぞ」と差し出された自家製ウオッカを口に含むと、50度近いアルコールで口の感覚がマヒしてきた」と切り出した。

 続けて筆者は、「チェルノブイリ原発事故後、クポワトイェ村を含む半径30キロ前後は立ち入り制限区域と定められ、居住が禁止された。約12万人の住民は全員避難させられた。周囲の大地は無人になったはずだった。

 実際には、故郷への懐かしさのあまり多くのお年寄りが勝手に帰村している。放射能や不便さをものともせず、当局の退去要請を無視して暮らす。「サマーショール」(自発的な帰還者)と呼ばれる人々だ。

 ランナさんはその一人。事故でいったんキエフに避難したものの、翌年村に戻った。現在は妹のソフィアさん(80)と二人くらし。

 足腰が悪く寝たきりのソフィアさんの面倒を見ながら、畑を耕し、2週間に1度来る行商から肉や魚を買う。井戸から水をくみ上げる作業が一番大変だという。

 「この村に生まれ、ここでずっと生きてきた。死ぬ時もここがいい」

 クポワトィェ村には現在、ランナさんのようなお年寄りが18人暮らす。大部分がおばあさんで、男は5人だけ。ランナさんの夫も7年前に村で亡くなった。「女は長生きするんだよ」

 サマショールに対し、政府は電気やガスなど最低限の援助を続けている。健康面の不安もあって放置できないが、かといって手厚く支援すると帰還を促しかねない。難しい問題だという。

 この村の北西にあるチェリノブイリ市は、原発から約16キロしか離れていない。事故の際に風上だったことから放射性物質の直撃をのがれたものの、住民は全員避難させられた。制限区域の管理者や放射線の影響を調べる研究者たちが週4日間駐在するだけで、永住者はいないことになっている。

 しかし、、実際にはここにもサマショールが何人かいる。市郊外に暮らすエフゲニーさん(80)はその一人。「ここは汚染がひどいけど、日本も大変だね」と、返答に困るようなあいさつで迎えてくれる。

 地元の学校で技術科の教師を務めていた。事故後、街にやってきた放射線計測の専門家たちと掛け合い、装置を修理する技術者としての職を得た。

 「以後そのままここに暮らしている。住み慣れたところが一番いいね」」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「若い人で制限地区に住もうとする人はいない。サマショールはみんな高齢者だ。

 私は8年前、ウクライナ当局の民族調査団と共にこれらの村を訪れた。当時のサマショールは200人前後。そのうちの1組、原発の風下わずか7キロの村の70代のサワさん、オレーナさん夫婦を訪ね、暮らしぶりや土地に伝わる民話を聴いた。

 「放射線なんて、ウオッカを飲んだら飛んでいくよ」。そう話していた夫婦の消息を今回たどった。5年ほど前、当局の説得に応じて2人は村を離れたという。間もなくオレーナさんが世を去り、3年前にサワさんも亡くなった。

 8年前にやはり訪れた原発の西25キロのルビャンカ村も、廃村になっていた。6人いたお年寄りの行方は分からない。サンショールの数は近年激減しているという。

 原発周辺は、ウクライナでも特に開発が遅れた田舎だった。村にはキリスト教到来以前の民間信仰が残り、民謡や民話が息づいていた。その文化と記憶も、急速に失われつつある。

 暮らしが消える。村も畑も、荒涼たる無人の地に還る。原発事故は何を引き起こしたのか。一角に立ってしばし考えた。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 読み終わって、青森県六ケ所村(まだ行ったこともないのに)に思いを馳せてしまった。

 「チェルノブイリ原発事故後、クポワトイェ村を含む半径30キロ前後は立ち入り制限区域と定められ、居住が禁止された」とのこと、

 「実際には、故郷への懐かしさのあまり多くの年寄が勝手に帰村している」とのこと、

 「「サマーショル」(自発的帰還者)と呼ばれる人たちだ」とのこと、

 「クポワトイェ村には現在、ランナさんのような年寄りが18人暮らす。大部分がおばあさんで男は5人だけ」とのこと、

「サマーショールに対し、政府は電気やガスなど最低限の援助をしている」とのこと、

 「若い人で制限区域に住もうとする人はない。サマショールはみんな高齢者だ」とのこと、

 「8年前、ウクライナ当局の民族調査団とともにこれらの村を訪れた。当時のサマショールは200人前後」とのこと、

 「8年前にやはり訪れた原発に西25キロのルビャンカ村も、廃村になっていた。6人いたお年寄りの行方はわからない」とのこと、

 等々を知ることができた。 

 チェルノブイリは1986年4月26日、福島は2011年3月11日に事故は起きた。

日本はウクライナと違って、狭い国だ。故郷を捨てて行く場所も限られている。原発事故の30年先に、福島はどうなっているのだろうか?

 


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by sasakitosio | 2017-08-23 19:59 | 朝日新聞を読んで | Trackback

816日付朝日新聞社説に、「学びの保障 広く早く」の見出しで、教育問題が載った。

 今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「多くの人が大学や短大、専門学校で学ぶことにいかなる意義があり、コストを社会全体でどう分かち合うべきか。そんな議論が活発になっている。

 安倍首相が改憲項目の一つとして「高等教育の無償化」の方針を打ち出したからだ。

 もっとも、先んじて提唱した日本維新の会に同調するため提案との見方がもっぱらで、自民党内もまとまっていない。

 無償化は法律を改めれば実現できる。わざわざ改憲を持ち出すまでもない。

 ただ「高等教育を万人に開かれたものも」という考え方は自体は正しく、その重要性はますます高まっている。

 憲法26条は「能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利」を保障し、これを受けて教育基本法は、人種や信条などに加え、経済的地位によっても教育上差別されないと定めている。

 国は教育の機会均等の実現に努める責務がある。改憲に政治エネルギーを費やすよりも、この現憲法の精神を、確実に実践してしていくことが肝要だ。」と切り出した。

 続けて社説は、「東大の小林雅之教授らの調査で、年収400万以下の家庭では1千万超の家庭では、私大への進学率に倍近い開きがある。

 国立大に進んでも授業料が年間約54万円とかなりの負担だ。

 資格や収入の形で恩恵を受けるのだから、学費は本人や家庭が負担するのは当たり前だとという考えが、根強くある。

 だが技術革新や国際化に伴い、仕事に求められる知識や技能レベルは上がっている。

 いまや高等教育はぜいたく品ではない。

 貧富による進学格差を放置するとどうなるか。

 貧困が再生産され、社会に分断をもたらし、国の根幹をきしませる。逆に、大学や専門学校で学び、安定した収入を得る層が厚くなれば、税収が増えて社会保障などを支える。

お金の問題で高等教育をあきらめる人がいるのは、日本全体の損失だという認識を共有したい。

 一律無償化には3.7兆円の財源が必要で、直ちに実現するのは難しい。まずは奨学金制度の改善を急ぐべきだ。」と指摘した。

 最後に社説は、「日本の奨学金は貸与型が9割近くを占め、返済の不要な国の給付型奨学金がやっと段階的に始まったが、対象は1学年2万人と極めて少ない。

 有利子型を無利子型に置き換えてゆき、給付型も広げる。授業料減免も組み合わせ、負担軽減を進める必要がある。

 放課後の学習支援など、大学進学前の小中高段階からの支援も重要だ。

 手を尽くして、26条は真に息づく社会を築きたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「東大の小林雅之らの調査では、年収400万以下と1千万超の家庭では、私大への進学率に倍近い開きがある」とのこと、

 「貧富による進学格差を放置するとどうなるか。貧困が再生産され、社会に分断をもたらし、国の根幹をきしませる」とのこと、

 「お金の問題で高等教育をあきらめる人がいるのは、日本全体の損失だとの認識を共有したい」との指摘、

 「一律無償化には3.7兆円の財源が必要」とのこと、

 「日本の奨学金は貸与型が人数で9割を占め、かつ利息のあるタイプが主体」とのこと、

 「返済に不要な国の給付型奨学金がやっと段階的に始まったが、対象は1学年2万人と極めて少ない」とのこと、等々を知ることができた。

 社説で「有利子型を無利子型に置き換えてゆき、給付型も広げる。授業料減免も組み合わせ、負担軽減を進める必要がある」と指摘しているが、賛成である。

 そのうえで、社説の「お金の問題で高等教育をあきらめる人がいるのは、日本全体の損失だという認識を共有したい」意見には、120%賛成だ。

 そして、一律無償化を直ちに実行するには、3.7兆円の財源が必要だとのことであるが、その財源・コストは社会全体で負担すべきだと思う。

 ただ、納税者が気持ちよく増税を受け入れるためには、天下り完全撤廃など、公務員が私利私欲・省利省益に走らない「保証」をどうつけるかが大きな課題だ、と思った。

 


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by sasakitosio | 2017-08-22 06:43 | 朝日新聞を読んで | Trackback

815日付朝日新聞社説に、「72年目の815日」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「あの戦争のころ、世の中はどんな色をしていたのか。

 世の中はすべてがモノクロームだったようなイメージがある。 そう話す若者たちがいる。

 目にする空襲や戦地の映像はどれもモノクロだから、と。

 「「戦時下」って、自分とは別次元のまったく違う世界だと感じていた」

 戦中の暮らしを描いたアニメ映画「この世界の片隅に」で主人公の声を演じた、24歳ののんさんもそう語った。

 今年も815日を迎えた。

 「不戦の誓いとか戦争体験の継承とか言われても、時代が違うのだから」。若い世代からそんな戸惑いが聞こえてくる。

 たしかに同じ歴史が繰り返されることはない。

 戦争の形も時代応じて変わる。だが、その土台を支える社会のありように共通するものを見ることができる。そこに歴史の教訓がある。」と切り出した。

 続けて社説は、「日中戦争が始まった翌月の19378月。作家の永井荷風は日記に書いた。

 「この頃東京住民の生活を見るに、彼らは相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれ喜べるが如き状況なり」

 軍需産業の隆盛で日本はこの年、23%という経済成長率を記録。世は好景気にわいた。

 戦線が中国奥地に広がり、泥沼化した2年後の東京・銀座の情景もさほどかわらない。

 映画館を囲む人々の行列。女性たちは短いスカートでおしゃれを楽しむ。流行は、ぼたんの花のようなえんじ色とやわらかい青竹色。夜になればサラリーマンはネオンの街に酔った。

 戦地はあくまでも海の向こう。都会に住む人の間には「どこに戦争があるのか」という、ひとごとのような気分があったと当時の記録にある。

 どこに、の答えが見つかった時にはもう遅い。

 <戦争が廊下の奥に立っていた>。

 この年そう詠んだ新興俳句の渡辺白泉は、翌年、創作活動を理由に治安維持法違反の疑いで逮捕される。白泉が言い当てたように、時代は日常と非日常とを混在させながら流れていった。」と教えてくれる。

 さらに社説は、「社会が息苦しさを増す過程で最初にあらわれ、後戻りすることがなかったのは、多様性の否定だった。

 朝鮮、台湾の植民地や沖縄で日本への同化教育が行われ国内でも天皇機関説事件などによって、学問や言論の自由が急速に失われていく。

 享受している生活が、そうした価値と引き換えであることに気が付かなった人、気づいたけれども声に出さなかった人。その後の日本人にどんな運命が待ち受けていたかを、後の世代は知っている。 

 歴史の高みから「分岐点」を探し、論じるのはたやすい。ではいまの社会は、数十年後の日本人からどんな評価を受けるだろうか。

 作家の半藤一利さんは、近代以降の日本は40年ごとに興亡の波を迎えてきたと説く。

 幕末から日露戦争まで。

 そこから先の大戦に敗れるまで。

 次は焼け跡からバブル経済まで。

 興隆と衰退が交互にあり、今は再び衰退期にあると見る。

 「人々は約40年たつと、以前の歴史を忘れてしまう。日中戦争や太平洋戦争の頃のリーダーで日露戦争の惨状をわかっていた人は、ほぼない。今の政治家も同じことです」と教えてくれる。

 最後に社説は、「半藤さんも、ほかの学者や研究者と同様、「歴史は繰り返す」と安易に口にすることはしない。歴史という大河をつくるひとつひとつの小さな事実や偶然、その背後にある時代背景の複雑さを知るからだ。

 それでも近年、そうした歴史に通じた人々から「戦前と似た空気」を指摘する声が相次ぐ。

 安保法制や「共謀罪」法が象徴のように言われるが、それだけではない。もっと奥底にあるもの、いき過ぎた自国第一主義、他国や多民族を蔑視する言動、「個」より「公の秩序」を優先すべきだという考え、権力が設定した国益や価値観をに異を唱えることを許さない風潮など、危うさが社会を覆う。

 「歴史をつくる人間の考え方や精神はそうかわらない」と半藤さんは警告する。

 一方で、かっての日本と明らかに違う点があるのも確かだ。

 表現、思想、学問、などの自由を保障した憲法をもち、育ててきたこと。軍を保有しないこと。

 そして何より、政治のゆくへを決める力を、主権者である国民が持っていること。

 72年前には破局を迎えた日本と地続きの社会に生きている己を自覚し、再び破局をもたらさぬよう足元を点検し、おかしな動きがあれば声を上げ、ただす。

 それが、今を生きる市民に、そしてメデイアに課せられた未来への責務だと考える。

 1945815日。空はモノクロだったわけではない。夏の青空が列島に広がっていた。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「日中戦争が始まった翌月の1937年8月。作家の永井荷風は日記を書いた。「この頃東京住民の生活を見るに、彼らは相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれを喜ぶべきが如くなり」」とのこと、

 「軍需産業の隆盛で日本はこの年、23%という経済成長率を記録。好景気にわいた」とのこと、

 「戦線が中国奥地に広がり、泥沼化した2年後の東京・銀座の情景もさほど変わらない。」とのこと、

 「戦地はあくまで海の向こう。都会に住む人の間には「どこに戦争があるのかな」という、ひとごとのような気分があったと当時の記録にある」とのこと、

 「<戦争が廊下の奥に立ってゐた>。この年そう詠んだ新興俳句の渡辺白泉は、翌年創作活動を理由に治安維持法違反の疑いで逮捕される。」とのこと、

 「作家の半藤一利さんは、近代以降の日本は40年ごとに興亡の波を迎えてきたと説く。

幕末から日露戦争まで。そこから先の大戦に敗れるまで。次に焼け跡からバブル経済まで。興隆と衰退が交互に在り、今は衰退期にあると見る」とのこと、

 「そうした歴史に通じた人々から「戦前と似た空気を指摘する声が相次ぐ」とのこと、

 「一方で、かっての日本と明らかに違う点があるのも確かだ。

 表現、思想、学問などの自由を保障した憲法をもち、育ててきたこと。軍を保有しないこと。そして何より、政治に行くへを決める力を、主権者である国民が持っていることだ」との指摘、等々を知り理解できた。

 日本国憲法の下で、小学校から大学、就職、自立自営、老後と迎え、子ども二人を6年大学へ通わせ、子供の自立、孫が4人。日本の歴史の中で一番国民が幸せな時代を生きて今にあると思っている。この平和な日本が一日でも長く続くように行動したい、と思っている。

 


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by sasakitosio | 2017-08-21 06:00 | 朝日新聞を読んで | Trackback

815日付朝日新聞朝刊4面に「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集員・原真人氏だ。

 今日は、この筆者はに学ぶことにした。

 まず筆者は、「企業経営者たちの間でマネジメントの神様ピーター・ドラッカー(1909~2005)の人気はいまも健在だ。

 何年か前には高校野球の女子マネージャーがドラッカー理論を学んでチーム改革に乗り出す小説が大ヒットした。

 その言葉には、企業ならずともどんな組織にも当てはまる真理があるのだろう。

 著書にこんな一節がある。

 「正しい問題提起への間違った答えは修正がきく。

 しかし、間違った問題的への正しい答えほど修正の難しいものはない」(「ドラッカー365の金言」) 
 ふと浮かぶののは、日本銀行の
2%インフレ目標である。

 13年春、就任早々の黒田東彦総裁が脱デフレを目指して「2年で達成する」と電撃的に打ち出した目標だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「先月、黒田総裁はその達成時期を6回目の延期を発表した。短期決戦のはずが気が付けば、67年で、という長期戦に。

 もはや泥沼の様相と言ってもいい。

 そもそも2%の設定には無理がある。日本ではこの20年、消費税などの特殊な時期を除いて実現したことがない高いインフレ水準だ。それに物価は景気が熱を帯びて上がるもので、物価を上げて景気をよくするというリフレ論というのは順序が逆転したヘンテコな理論なのである。

 日銀の過ちは、その理論のって目標達成まで緩和を止めない、むしろ強化する、との立場を取っていることだ。

 緩和の行き過ぎはすでに大きな副作用、弊害を生んでいる。

 金利なき世界は銀行の事業モデルを破壊し、日銀マネー市場は官製化が進む。

 おきて破りの国際買い支えは、政府の財政健全化の意欲をなえさせている。

 政策の出口で想定される国民負担額は膨張の一途だ。2%を求めて政策を強化すればするほど、事態は悪化していくようである。」と指摘した。

さらに筆者は、「それでも日銀はかたくなな姿勢を崩さない。米欧の中央銀行がみな2%目標を掲げており、一人日銀だけが目標水準を下げれば円高が進んで景気が悪化するとの論法だ。

 「それはまったくのウソです」

 そう反論するには先月まで日銀政策委員会の審議委員だった木内登英氏である。

 民間エコノミスト出身の氏は委員の任期中、黒田日銀の超緩和路線に異を唱え続けた。 

 「物価はそれぞれの国の文化を反映する固有のもの。国際基準などない。各国に適正物価があり、2%ありきはおかしい。この目標に理論も理屈もない」と木内氏。

 日銀が目指すべきは物価と経済の安定だ。

 インフレ率は数年ゼロ%ほどで見事に安定している。

 失業率は歴史的低さだ。

 そこで物価水準だけ引き上げようと超緩和を続ければ、かえって不安定のタネをまき散らす。

 ドラッカーは「ひとたび正しい問題提起を得るならば解決は容易である」とも言う。

 早く「正しい問題提起」に立ち戻るべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「物価は景気が熱を帯びると上がるもので、物価を上げて景気を良くするというリフレ論というのは順序が逆転したヘンテコな理論なのである」との指摘、

 「日銀の過ちは、その理論にのって目標達成まで緩和を緩めない、むしろ強化することだ」との指摘、

 「金利なき世界は銀行の事業モデルを破壊し、日銀マネーで市場は官製化が進む」との指摘。
 「おきて破りの国債の買い支えは、政府の財政健全化の意欲をなえさせている。」との指摘、

 「インフレ率はここ数年ゼロ%ほどで見事に安定している。失業率は歴史的低さだ。そこで物価水準だけ無理に引き上げようと超緩和を続ければ、かえって不安定のタネをまき散らす」との指摘、等々の指摘は理解し、納得できた。

 民主主義の国の日銀総裁だから、総裁を変えるか、正しい問題提起をするか、いずれも簡単にできそうな気がするが?国会で、「正しい問題提起」の必要性をぶち上げる議員はいないものか?

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-20 19:10 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月19日付朝日新聞朝刊1面に、「負動産時代」という欄がある。筆者は、大津知義氏だ。

 今日はこの記事に学ぶことにした。

 まず記事は、「東京都心から電車で45分のベットタウン。埼玉県坂戸市内の市道沿いに、異様な外観の3階建てマンションが立つ。築40年、大半をつたに覆われ、外壁は汚れて黒ずむ。階段はさびて崩れて落ちそうだ。

 店舗スペースに当たる1階の4部屋を所有する不動産業・恩田商店の恩田義雄社長は「解体して更地で売りたいが、反対する所有者がいて、できずにいる」と打ち明ける。

 恩田社長によると、建物は分譲マンション。

 7年ほど前、マンションをどうするか所有者間で話し合いを始めた。このときすでに、住んでいる人はほとんどおらず、修繕などの管理もされていなかった。分譲当初から正式なマンション管理組合もなかった。

 話し合いで更地にして売る方向になったが、一人が反対して暗礁に乗り上げた。

 分譲マンションを建て替えるには全住民の5分の4以上の賛成が必要だ。

 さらに、取り壊したうえで、細かく区分して所有している土地を売り払うには、原則として全員の同意がいる。

 解体に反対する男性(65)は、一室を事務所として使っている。

 取材に対し、「ローンは完済しているのでここだとタダ。退去すれば、部屋を借りなければならずお金がかかる。あと半年か1年使いたい」と答えた。

 別の所有者の男性(75)は困り切っている。

 「建物の一部が崩れてけが人がでたら、所有者が賠償請求される。行政からも注意されているので放置したくない。でも取り壊せない」」と教えてくれる。

 続けて記事は、「売るに売れず、処分に困る「負動産」は地方やリゾート地だけの問題ではない。

 所有者間の意見がまとまらず老朽化対策が進まないマンション、所有者不明で塩漬けになった土地など、大都市圏にも「負動産」は忍びよっている」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「分譲マンションを建て替えるには全住民の5分の4以上の賛成が必要だ」とのこと、

 「さらに、取り壊した上で、細かく区分して所有している土地を売り払うには全員の同意が要る」とのこと、等々を改めて知ることになった。

 物事を決めるのに、5分の4の多数決、や全会一致を条件とした現在のルールは、多様な人間、経済状態の変化、等を考えると抜本的な改正をしないといけない、と思った。
 マンションも、法制度も、人間社会も高齢化社会ということか!


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by sasakitosio | 2017-08-20 07:49 | 朝日新聞を読んで | Trackback

813日付朝日新聞社説に、エネルギー基本計画のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「電気や熱などのエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直し論議を始めた。

 世耕弘成経産相は「基本的に骨格は変えない」と語った。

 しかし、小幅な手直しで済む状況ではない。

 今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。世界に目を向けると、先進国を中心とした原子力離れに加え、地球温暖化対策のパリ協定発効に伴う脱石炭火力の動き、風力・太陽光など再生可能エネルギーの急速な普及と言った変化の大きな波が起きている。

 日本でも将来像を描き直す必要がある。

 まず土台に据えるべきは脱原発だ。温暖化防止との両立はたやすくはないが、省エネ・再エネの進化でハードルは下がってきた。経済性や安定供給にも目配りしながら、道筋を探らなくてはならない。」と切り出した。

 続けて社説は、「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「需要なベースロード電源」と位置づけた。

 新規制基準にそって再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる。

 計画をもとに経産省が15年にまとめたエネルギー需給見通しは、原発回帰の姿勢がさらに鮮明だ。30年度に発電量の2割を原発でまかなうと想定する。30基ほどが動く計算で、再稼働だけでなく古い原発の運転延長か建て替えも多く必要になる。

 だが、原発政策に中立的な専門家からも「現実からかけ離れている」と批判が出ている。

 事故後、原発に懐疑的な世論や安全対策のコスト増など、内外で逆風が強まっているからだ。

 原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている。

 次の基本計画では、原発を基幹電源とすることをやめるべきだ。「依存度低減」を空証文にせず、優先課題に据える。そして、どんな取り組みが必要かを検討し、行程を具体的に示さねばならない。」と指摘した。

さらに社説は、「脱原発と温暖化対策を同時に進めるには、省エネを徹底し、再エネを大幅に増やすことが解になる。

 コストの高さなどが課題とされてきたが、最近は可能性が開けつつある。

 省エネでは、経済成長を追求しつつエネルギー消費を抑えるのが先進国の主流だ。ITを使った機器の効率的な制御や電力の需要調整など、技術確信が起きている。

 かって石油危機を克服した時のように、政策支援と規制で民間の対応を強く促す必要がある。

 再エネについては、現計画も「導入を最大限加速」とうたう。ここ数年で太陽光は急増したが、風力は伸び悩む。発電量に占める再エネの割合は1割台半ばで、欧州諸国に水をあけられている。

 本格的な普及には障害の解消が急務だ。例えば、送電線の容量に余裕がない地域でも、再エネでつくった電気をもっと流せるように、設備の運用改善や、必要な増強投資を促す費用負担ルールが求められる。

 世界では風力や太陽光は発電コストが大きく下がり、火力や原子力と対等に競争できる地域が広がっている。日本はまだ割高で、設備から運用まで効率化に知恵を絞らなければならない。

 再エネは発電費用を電気料金に上乗せする制度によって普及してきたが、今度は国民負担を抑える仕組みづくりも大切になる。

 一方、福島の事故後に止まった原発の代役として急増した火力発電は、再エネ拡大に合わせて着実に減らしていうべきだ。

 現計画は、低コストの石炭火力を原発と並ぶ基幹電源と位置づけ、民間の新設計画も目白押しだ。しかし、二酸化炭素の排出が多いため、海外では依存度を下げる動きが急務だ。火力では環境性に優れる天然ガスを優先する必要がある。」と指摘した。

 最後に社説は、「今回の計画見直しでは、議論の進め方にも問題がある。

 経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部らが並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人々は一握りだ。

 これで、実のある議論になるだろうか。海外の動向や技術、経済性に詳しい専門家を交え、幅広い観点での検討が欠かせない。

 資源に乏しい日本では、エネルギーの安定供給を重視してきた。その視点は必要だが、原発を軸に政策を組み立てる硬直的な姿勢につながった面がある。

 世界の電力投資先は、すでに火力や原子から再エネに主役が交代した。国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「電気や熱などエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直しを論議を始めた」とのこと、

「今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。」との指摘、

 「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「重要なベース電源」と位置づけた。新規制基準に沿って再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる」との指摘、

 「原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている」との指摘、

 「経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部が並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人は一握りだ」との指摘、

 「世界の電力投資先は、すでに火力や原子力から再エネに主役が交代した」との指摘、

 等々を知って、社説の「国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない」との意見に賛同し、あわせて日本の企業が再エネ社会をリードし、日本国内の雇用増に貢献してほしいと思った。 


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by sasakitosio | 2017-08-19 06:34 | 朝日新聞を読んで | Trackback