憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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3月16日付朝日新聞社説に、「サウジアラビアと日本」の関係のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

まず社説は、「サウジアラビアのサルマン国王が日本を訪れた。サウジ国王の来日は46年ぶりだった。

 安倍首相との会談で、経済を軸に、文化や防衛など広い分野での交流を深める合意をした。

 国王は、中東も含むアジア各国を訪問中だ。閣僚や王族ら1000人以上を連れてきた意気込みの背景には、世界最大の石油輸出国が抱える悩みがある。

 歳入の7割の頼る原油の価格低迷で財政赤字が膨らんだ。

 世界的な省エネ、脱化石燃料の潮流に加え、シェールガスの台頭で今後も原油需要の大幅な伸びは見込めそうにない。

 オイルマネーに頼る国家運営の限界が見える一方、若年層を雇用する産業が十分にない。

 01年の米国多発テロでは、実行犯の多くがサウジ出身だった。若者の不満の蓄積は、過激派の温床となる。サウジを最大の原油輸入元とする日本にとって、この国の安定は死活問題だ。

 「脱石油」の改革を後押しする意義は十分ある。」と切り出した。

 続けて社説は。「しかし一方で、外交の基盤とすべき価値観の原則を忘れてはならない。

 サウジは絶対君主制の国だ。国際社会が普遍的な共有をめざすズ有や人権が厳しく制限されている。

 その統治に対しも、改革を求める責任を日本はおろそかにしてはならない。

 イスラム教の中でも厳格なワッハーブ主義に基づく政教一致を国是としており、政党活動は禁じられ、表現の自由もも規制されている。

 女性の地位は低く、車の運転もできない。

 これまで西側社会は石油と引き換えに非民主主的な体制をほぼ黙認してきた。

 だが、サウジが真意に改革を望むならば、体制そのものも見直すべきだ。

 サウジが掲げる成長戦略には女性の労働参加推進なども盛られてはいる。だが、それがかけ声だけに終わぬよう、日本は注視していく必要がある。」と指摘した。

 最後に社説は、「サウジの対外政策についても懸念がある。近隣のもう一つの大国イランと昨年、断行した。

 サウジは、欧米がイランと結んだ核開発をめぐる合意に反発している。

 両国の対立の激化は、中東の深刻な緊張を招く。

 サウジ南隣のイエメンの内戦は、サウジとイランの代理戦争と化している。サウジなどによる空爆の人道被害は、戦争犯罪との指摘もある。日本の防衛協力は慎重であるべきだ。

 イランとも良好な関係を持つ日本がなすべきは、両国の緊張緩和を粘り強く働きかけていくことだ。

 目先の商機だけにとらわれず、長い目で中東の安定に資する支援を強めたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 46年ぶりに「サウジアラビアのサルマン国王が日本を訪れた」とのこと、

 「歳入の7割を頼る原油の価格低迷で財政赤字が膨らんだ」とのこと、

 オイルマネーに頼る国家運営に限界が見える一方、若年層を雇用する産業が十分ない」とのこと、

 「01年の米同時多発テロでは、実行犯の多くがサウジ出身だった」とのこと、

 「サウジは絶対君主制の国だ。」とのこと、

 「イスラム教の中でも厳格なワッハーブ主義に基づく政教一致を国是としており、政党活動は禁じられ、表現の自由も規制されている。女性の地位は低く、車の運転もできない。」とのこと、

 「近隣のもう一つの大国イランと昨年、断交した。

 サウジは、欧米がイランと結んだ核開発をめぐる合意に反発している。両国の対立の悪化は、中東の深刻な緊張を招く」とのこと、

 「サウジは隣国のイエメンの内戦は、サウジとイランの代理戦争と化している」とのこと、等々を知ることができた。

 国王訪日のこの機会に、内政不干渉、互恵平等の精神で、日本がサウジ、イラン等中東諸国との友好関係を深め、もって中東の安定に資することを、期待したい。

 


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by sasakitosio | 2017-03-20 16:40 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月15日付朝日新聞社説に、稲田防衛相の答弁・釈明のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「国会答弁の重みを、稲田防衛相は理解していないのではないか。閣僚としての責任が厳しく問われる事態だ。

 国有地売却問題で揺れる「森友学園」の代理人弁護士を稲田氏が務めたかどうか。

 一昨日の参院予算委員会で、稲田氏は「裁判に行ったことはない」と言い切っていた。

 どころが、学園が2004年に起こした民事訴訟で、稲田氏が原告側代理人として出廷したことを示す大阪地裁の記録がみつかったと報道された。

 すると稲田氏はきのう自らの出廷を認めたうえで、答弁を訂正し、謝罪した。

 森友学園の理事長を退任する意向を示した籠池泰典しが、稲田氏夫妻がかって「私の顧問弁護士だった」と語ったことについても,昨日になって一転、「夫が顧問弁護士契約を結んでいた」と認めた。

 基本的な事実関係について、事実に反する国会答弁を繰り返していたことになる。」と切り出した。

 続けて社説は、「耳を疑うのは稲田氏の記者会見での釈明だ。

 「私は本当に自分の記憶に基づいて答弁をしている。従って私の記憶に基づいた答弁であって、虚偽の答弁をしたという認識はない」

 こんな言い訳が通るなら、都合の悪い事実を隠したり、ごまかしたりしたことが後に明らかになっても、「記憶に基づいた答弁だった」と言えば済むことになりはしないか。

 閣僚の国会答弁は歴史として後世に残る。不明確な点があれば答弁を保留し、事実を確認したうえで答弁すべきだ。

 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)をめぐっても、稲田氏の答弁は信頼性を欠いた。

 陸上自衛隊部隊が派遣されている首都ジェバでの昨年7月の大規模な戦闘を「衝突」と言い張った。なぜ「戦闘」と認めないかを問われると、「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではない」と答えた。

 自衛隊派遣の正当性を主張したい政権の思惑に合わせるため、現実をねじ曲げた答弁だ。本末転倒も甚だしい。」と指摘した。

 最後に社説は、「稲田氏と籠池氏の主張の矛盾は他にもある。

 たとえば、籠池氏は稲田氏と「2年か1年前に業界の筋の会合でお目にかかって直接話した」としているが、稲田氏は籠池氏とは「ここ10年来、全くあっていない」と語っている。

 正しいのはどちらか。

 やはり籠池氏の国会招致が不可欠だ。

 国防を預かる稲田氏の答弁の信頼性そのものが揺らぐ、深刻な事態である。

 任命権者の安倍首相の対応も問われている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「耳を疑うのは稲田氏の記者会見での釈明だ。

 「私は本当に自分の記憶にもとづいて答弁している。従って私の記憶に基づいた答弁であって、虚偽の答弁をした認識はない」」とのこと、

 「陸上自衛隊部隊が派遣されている首都ジェバでの昨年の7月の大規模な戦闘を「衝突」と言い張った。なぜ「戦闘」と認めないかを問われると、「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではない」と答えた」とのこと、等々を並べて改めて考えた。

 現役の弁護士である稲田氏の弁護活動や、政府与党の取り巻きの思考環境に、普通の市民の一人として、ものすごく疑問を持った。

 社説指摘のように、ごまかしたことが後で明らかになっても、「記憶にもとづいた答弁だった」と言えば済むことになり、自衛隊の派遣を正当化を主張したい政権の思惑に合わせるため「現実をねじ曲げた答弁」で本末転倒も甚だしい、等々のことになり、めちゃくちゃとしか言いようがない。


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by sasakitosio | 2017-03-20 16:04 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月9日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「札幌・丸山一帯は雪が積もっていた。北東側に明治中期からの墓地がある。

 太ももまで雪に埋まっり悪戦苦闘して上ると、最高点付近に英語で刻んだ墓石があった。

 「HAROLD M LANE」「PAULINE R S LANE 」。

 戦前戦後北大で英語を教えたレーン夫妻だ。

 学生に慕われ、週末の夜は北大構内にある官舎を開放し,子弟の会話を楽しんだ。

 敬虔なクエーカー教徒で、第一次大戦の際,ハロルドは信条に従って、良心的兵役拒否を貫いたのち、来日した。

 穏やかな生活が生涯続くはずだった。だが、1941年(昭和16年)12月8日、日本海軍機がハワイ・真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争が勃発してから暗転する。

 8日の札幌は粉雪が舞っていた。官舎のベルが鳴った。扉を開けると特別高等警察の捜査員が立っていた。

反体制運動や反戦反軍活動を取り締まる政治警察である。

 軍機保護法違反。

 軍事上の機密探知、収集、漏洩を罪とする戦前の法律で、最高刑は死刑。

 夫妻はその容疑で逮捕され、北大工学部学生の宮沢弘幸らも連行された。

 大審院(現最高裁)の確定判決などによると、北海道根室の海軍飛行場の存在などいくつかの「軍機」を、宮沢がレーン夫妻を経て、米国側に漏らした、とされた。

 根室飛行場は何度も新聞記事になったほか、地元紙が作った売った絵葉書にも描かれていた。公判で弁護士が「「周知の事実」と主張したが、「軍機」になった。

 ハロルド、宮沢は懲役15年,ポーリンに12年。宮沢は43年6月、網走刑務所に収監され、夫妻は同月米国に送還された。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「宮沢を冤罪から救出したのは、戦後、日本を占領した連合国軍総司令部(GUQ)が45年10月4日に出した「人権指令」だ。政府に政治犯の即時釈放や政治警察の廃止、軍機保護法や治安維持法など自由を弾圧する全法規の廃停止を求めた。

 6日後、宮沢は出所した。

 捉えられて4年近く、衰弱しきっていた。感染した結核に抗しきれず47年2月22日になくなる。

 自由や人権を否定した暗黒事件だが、宮沢の死と戦後、北大に復帰したレーン夫妻が口をつぐんだことに加え、事件が秘密ベールに包まれて容疑をかけられた人が分断されてしまい長く知られなかった。

 摘発当時も詳しく報じられなかった。朝日新聞は宮沢らが逮捕された翌日、他の事件とまとめて「外国人スパイ一斉検挙」とだけ掲載した。

 新聞が真実追求の力をなくし、権力の言いなりになった証拠だ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「先の指令や日本国憲法で、私たちには基本的人権、思想信条や言論出版の自由が与えられた。しかし、権力の行使に不都合な事実の公開に、今も国家は牙をむく。

 72年5月の沖縄返還の際、日米協定では米側が「自発的に支払う」となっていた変換される土地の原状回復費400万ドルを日本が「確保する」とする密約を結んだのに、政府はその密約の存在を否定し続けた。

 密約の存在を示す極秘公電を持ち出した外務事務官と受け取った毎日新聞記者(当時)西山大吉さん(86)は国家公務員法違反で起訴され有罪が確定した。

 起訴状では「ひそかに情を通じて」と書き、国家が男女関係を暴露した。)は訴える。

 返還により佐藤栄作元首相はノーベル平和賞に輝いた。

 米国立公文書館の情報公開で、2000年5月、交渉と最終結果を記した公文書が開示され、400万ドルを含む2億ドルの「裏負担」が明らかになった。

 だが日本政府は公式には認めていない。

「米国の情報公開がなかったら、半永久的に表沙汰にならなかった。権力はウソをつくんだぞ、ということを密約事件は今も警告しています」と西山さんは話す。

 14年12月に防衛機密などの漏洩を防ぐ特定秘密保護法が施行され、いま、犯罪を計画した段階で処罰できる共謀罪の趣旨を盛り込んだ法律が導入されようとしている。

 自由や人権への牙を強める道具の賛否で新聞界は割れ、逆に肩入れする人さえいる。

 宮沢の妹。秋間美江子さん(90)は訴える。

 「私たちのような家族をまた作ってはいけない。あなた方これからの時代の人たち、頑張ってください」。

 この言葉が今ほど新聞人に突き刺さる時代はない」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 1941年12月8日、「軍機保護法違反、軍事上の機密の探知、収集、漏洩を罪とする戦前の法律で、」最高は死刑。夫妻はその容疑で逮捕され、北大工学部生の宮沢弘幸も連行された」とのこと。

「ハロルド、宮沢は懲役15年、ポーリンには懲役12年。宮沢は43年6月、網走刑務所に収監され、夫妻は同9月米国に送還された」とのこと。

 「宮沢を冤罪の獄から救出したのは、戦後日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)が45年10月に出した「人権指令」だ。

 政府に政治犯の即時釈放や政治警察の廃止、軍機保護法や治安維持法など自由を弾圧する全法規のはい停止を求めた」とのこと。

 「6日後、宮沢は出所した。捉えられて4年近く、衰弱しきっていた。感染した結核に抗しきれず47年2月22日に亡くなった」とのこと。

 75年5月の沖縄返還の際の密約問題で、

 「密約の存在を示す極秘公電を持ち出した外務事務官と受け取った毎日新聞記者(当時)西山大吉さん(85)は国家公務員法違反で起訴され有罪が確定した」とのこと、

 「返還により佐藤栄作元首相はノーベル平和賞に輝いた。米国立公文書館の情報公開で、2000年5月交渉と最終結果を記録した公文書が開示され、400万ドルを含む2億ドルの「裏負担」が明らかになった。だが、日本政府は公式には認めていない。」とのこと。

 「14年12月に防衛機密などの漏洩を防ぐ特定秘密保護法が施行され、いま、犯罪を計画した段階で処罰できる共謀罪の趣旨を計画した段階で処罰できる共謀罪を盛り込んだ法律が導入されようとしている」とのこと。等々を知ることができた。

 為政者は、近々に戦争を準備・想定して、戦争反対の国民運動を封じ込めようとして得いるのだろうか?

 今は戦前ではない、基本的人権を保障した日本国憲法が存在している。

 曲がりなりにも70年以上、国民主権、民主主義を経験してきている。

 人権規制の法律や戦争法が強行されても、憲法はまだ変えられていない。

 憲法の砦があり、立憲主義を守る「戦い」が残っている。 また、佐藤栄作元首相のノーベル平和賞の受賞は、ノーベル平和賞の価値に疑問を持った瞬間だった。いご、その感情は今も続いている。


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by sasakitosio | 2017-03-20 14:49 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月14日付朝日新聞朝刊7面に、「波聞風問」と言う欄がある。筆者は、編集委員・原真人氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「いま日本で最も脚光をあびる経済学者といえば、ノーベル賞経済学者のクリストファー・シムズ米プリンストン大教授だろうか。

 「デフレ脱却のため日本政府は財政再建をやめるべきだ」という大胆な提言で注目されている。

 先月来日したシムズ氏は当局者らを訪ね、

「2%インフレ目標を達成するまで消費増税を中止せよ」

 「財政再建目標を放棄すべきだ」などと提案して回った。

 関係者のひとりは「めちゃくちゃな提案だと思った」と話す。」と切り出した。

 続けて筆者は、「シムズブームの火付け役は安倍首相のブレーン、浜田宏一米エール大めいっよ教授だ。浜田氏はこれまで金融政策でインフレを起こそうというリフレ政策の提唱者だった。昨秋これがうまくいってないと認める一方で、シムズ理論を「目からうろこが落ちた」と絶賛。アベノミクスへの採用を官邸に働きかけている」と切り出した。

 続けて筆者は、「シムズ理論は、物価水準は日知人が国家財政の先行きをどう見るかで決まる、という経済理論にもとづく。それに従うと、政府が財政再建の努力をやめればインフレがおきる、インフレで政府の借金は実質負担がへる、それで財政赤字が解消できるという。

 すでに日本政府の借金は先進国で最悪だ。日本銀行が事実上、財政ファイナンスで謝金膨張を支えてもいる。シムズ理論はまるで毒を食らわば皿まで式の発想ではないか。」と指摘した。

 さらに筆者は、「そういえばリフレ政策もノーベル賞学者のポール・クルーグマン教授が20年ほど前に言い出したのが最初だった。

 日銀はインフレを起こすために「無責任」と思われるくらい金融緩和を続けよ、という提案だ。

 シムズ理論も無責任さを求める点でそれとよく似ている。今度は「財政も無責任であれ」と言うものだ。

 肝に銘じておきたいのは、ノーベル賞学者の提言が常に正しいとは限らないことだ。

 クルーグルマン氏は先の主張を「日本では有効でなかった」と、後に取り下げ修正した。

 無責任な政策でインフレになれば、超インフレや財政破綻までまで突き進む危険もつきまとう。

 万一そうなったら、無責任な政府が国民生活の救済に責任を取れるだろうか。

 そもそも1億2200万人の国民生活をを危険にさらしてでも物価上昇をさせなければいけないのか。

 そうまでいうなら、確実に人々のインフレ予想を生むてっとり早い方法がある。

 政府が「消費税を毎年1~2%幅ずつ引き上げる」と宣言すればいいのだ。」と指摘した。

最後に筆者は、。「だが安倍政権は「景気に影響がある」と消費税に冷淡で先送りを続ける。

 その一方で、異常な金融政策を使ってでもインフレをおこそうとするのが不思議だ。

 インフレだろうと消費増税だろうと、物価上昇と通じた国民負担であることに変わりないのに。

 「インフレ税」は制御しにくく、人々の負担が不公平でもある。ならば、民主主義の手続きを経て整然と決める消費増税の方がはるかに正統、ずっとマシではないか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ノーベル賞経済学者のクリストファー・シムズ米プリンストン大学教授」と言う人がいること。

その教授が「デフレ脱却のため日本政府は財政再建をやめるべきだ」という大胆な提言で注目されて、いるとのこと。

 「シムズ理論は、物価水準は人々が国家財政の先行きをどう見るかできまる、と言う経済理論にもとづく。それに従うと、政府が財政再建の努力をやめればインフレが起きる。インフレで政府の借金は実質負担が減る。それで財政赤字が解消できるという」とのこと。

 等々を知ることができた。

 筆者の「そもそも1億2700万人の国民生活を危険にさらしてでも物価を上昇させなければならないのか」との根本的な疑問は、よく理解でき共鳴できた。

 インフレ誘因だけが目標ならば、トマピケティがいう、「公務員の賃金アップ」をしたらどうか?

 自分が青年の頃、ベースアップが年30%以上ありそれが3年ほど続いたことを思い出す。確かに、物価は上がったかもしれないが、年末調整が第二のボーナスと、サラリーマンは喜び、消費は伸びたのではないか。首相は経済団体や労働団体に「賃上げ」要請をする前に、自らの決断で実行できる「公務員の賃金アップ」をなぜやらないのだろう?そうすれば、労働者全体の賃金アップにつながり、消費も伸び、景気も活況を呈するようになるのでは?

 そして、労働団体もマスメデイアもなぜそのことを、大きな声でいわないのだろうか?

 不思議でならない?? 


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by sasakitosio | 2017-03-20 12:18 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月9日付朝日新聞社説に、原発のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「東日本大震災からまもなく6年。

 復興はまだ道半ばだが、とりわけ原発被災地の福島県では今も8万人が避難生活を強いられ、原発事故の被害とその処理費用は膨らみ続けている。

 にもかかわらず、政権は原発を「重要な基幹電源」として今後も積極的に使う構えだ。

 事故の惨禍を目の当たりにしてもなお、原発に頼り続けることに理はあるのだろうか。

 政府や電力業界が言うように、本当に「原発は安い」のか。」と切り出した。

 続けて社説は、「東京都内のホール。

 福島第一原発事故で全町避難を強いられた福島県浪江町が2月に開いた住民との懇談会で、避難者たちが次々に悲痛な声を上げた。

 「除染が終わったと連絡が来たが、線量は十分下がっていない。これでは家に帰れない」

 「私たちは原発事故で町を追い出された。帰れない人には東電が家賃を払い続けるべきだ」

 浪江町の中心部は今月末には避難指示が解除され、住民は戻れるようになる。ただ、楢葉町など指示がすでに解除された地区では帰還率が1割ほどのところが多く、先行きは厳しい。

 炉心溶融を起こした原子炉の内部は、惨状がようやく見え始めたところだ。高熱で曲がった鉄格子、こびりついた黒い塊・・・・。

 東京電力は2号機に調査ロボットを投入したが、人間なら数分足らずで致死量に達する強い放射線や堆積物に途中で阻まれた。溶け落ちた核燃料を取り出す道筋は見当もつかない。

 賠償や除染、廃炉などの費用について経済産業省は昨年末総額21.5兆円に上るとの見通しを示した。

 従来想定の2倍で、巨額の負担が電気料金や税金として国民にのしかかる。そもそも、壊された生活や地域社会など金銭では表せない被害もある。痛手は計り知れない。」と指摘した。

 さらに社説は、「政府は東電をつぶさないため、支援策のテコ入れに乗り出した。東電や原発を持つ電力大手各社が負担してきた賠償費を、今後40年間にわたって、電力自由化で参入した「新電力」にも一部負担させる方針だ。

 これは、自由化をめざす消費者の利益より、原発の保護を優先するやり方にほかならない。

 原発を持たない新電力にも原発固有のコストを押し付け、大手の負担を軽くするからだ。

 なりふり構わぬ姿勢から浮かび上がるのは、原発はもはや強力な政策支援がないと成り立たないという実態である。

 それでも、経産省は「福島事故の費用を織り込んでも、原発のコスト面の優位性は変わらない」と言う。

引き合いに出すのは15年に示した試算だ。

 原発を新設する場合の発電コストについて、火力や自然エネルギーなど他の電源より低いとする。

 30年度時点で必要な電気の2割ほどを原発で賄う政策の根拠としている。

 だが、これにはさまざまな疑問が出ている。

 原発に批判的な専門家は「試算は、原発を大きなトラブルなく長く運転できることが前提。過去の稼働状況や費用の実績を基に計算すれば、発電コストは高くなる。建設費用も震災後は世界的に上昇している」と指摘する。

 経産省の資産には、費用の見積もりが仮置きにすぎない項目も目に付く。

 たとえば核燃料サイクルは技術が確立されておらず、具体的な進め方未定の部分が多い。長年の懸案である高レベル放射性廃棄物の最終処分場選びは遅々として進まない。

 これらは既存の原発にもかかわる問題だ。

 歴代の政権は、原発推進の旗を振りつつ、「負の課題」については先送りやその場しのぎを繰り返してきた。そんなやり方は、もはや限界だ。」と指摘した。

 最後に社説は、「今年は国のエネルギー基本計画を見直す時期にあたる。

 この機をとらえ、原発をはじめ各電源の経済性やリスク、利点を調査し、新計画に反映させるべきだ。

 原発推進派だけでなく、批判的な専門家も招き、多角的に検討することが欠かせない。

 海外に目を向ければ、ドイツや台湾が脱原発を決めた。

 他の先進国でも原発を前倒しで閉鎖したり、原発への依存度を下げる目標を掲げたりする動きが出ている。安全性を重視する社会では、事故や廃棄物への対策が解決できない原発は、手に余るものになりつつある。

 そのきっかけとなったのが、福島の事故だった。

 安全規制の強化とコストの上昇は最近の東芝の経営危機にもつながった。

 安倍政権がなすべきなのは、原発を取り巻く現実や再稼働に慎重な民意に向き合い、原発への依存度を着実に下げていく具体策を真剣に練ることである。

 閉鎖的な「原子力ムラ」の論理が幅を利かせ、安全神話がはびこった結果、福島で何が起きたか。この6年間を今一度思い起こし、エネルギー政策を合理的で持続可能なものに作り変えねばならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「被災地の福島県では今も8万人が避難生活を強いられ」ているとのこと、

 「政権は原発を「重要な基幹電源」として、今後も積極的に使う構えだ」とのこと、

 「炉心溶融を起こした原子炉の内部は、惨状がようやく見え始めたところだ」とのこと、

 「賠償や除染。廃炉など費用について経済産業省は昨年末総額21.5兆円にのぼるとの見通しをしめした。従来想定の2倍」とのこと、

 「なりふり構わぬ姿勢から浮かびあがるのは、原発はもはや強力な政策支援がないと成り立たないという実態である」との指摘、

 「それでも、経産省は「福島事故の費用を織り込んでも、原発のコスト面の優位性は変わらない」と言う」とのこと、

 「海外に目を向ければ、ドイツや台湾が脱原発を決めた」とのこと、

 「安全規制の強化とコストの上昇は最近の東芝の経営危機につながった」とのこと、

 等々を知ることができた。

 社説が「閉鎖的な「原子力ムラ」の論理が幅を利かせ、安全神話がはびこった結果、福島で何が起きたか。」と指摘し、「この6年間を今一度思い起こし、エネルギー政策を合理的で持続可能なものに作り替えなければならない」と提案している。その通りだ。

 原発事故を奇禍として、「原子力ムラ」を解体・破壊し、エネルギー転換で日本経済復興、世界の再生エネルギー産業のリーダー国となる。

 原発事故は平和革命の文字通り「起爆剤」、なんてことにならないだろうか?
 破壊され失われるのは、「原子力ムラ」「原発産業」「原発」。

 誕生するのは、再生可能エネルギー産業、脱「放射能の不安」の社会へ。


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by sasakitosio | 2017-03-20 07:17 | 朝日新聞を読んで | Trackback

32日付朝日新聞社説に、「東電と原発」のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「福島第一原発の事故を起こした東京電力は本当に反省しているいるのだろうか。

 そんな根本的な疑問を抱かせる事態が起きている。

 東電が早期の再稼働をめざす柏崎刈羽原発(新潟県)6.7号機で、重要施設の耐震性不足など重大な事実が次々と明らかになった。6年前の事故を受けて定められた新たな規制基準による審査が、原子力規制委員会で大詰めを迎えた中での話である。」と切り出した。

 続けて社説は、「規制委が東電の広瀬直己社長を呼び、「社長の責任で総点検し、信頼できる申請書を出し直してほしい」(田中俊一委員長)と強く求めたのも当然だ。

 事故前より厳しくなった新規制基準も、規制委による最低限の要求に過ぎない。

 最新の知見に常に目を配り、より高い安全性を確保する最大に責任は電力会社にある。

 不都合な情報を軽んじたり、対応が遅れたりする会社に、原発を運転する資格はない。」と切り出した。

 続けて社説は、「規制委が広瀬社長を呼び出したきっかけは、柏崎刈羽原発で緊急時対策所と位置づけてきた免震重要棟の耐震問題だ。

 東電は、「震度7に耐えられる」と説明してきたが、審査の中で、想定される地震の半分の揺れでも揺れ幅が限度を超える可能性を認めた。

 14年には分かっていたという。「部署間の連絡不足で情報が共有されなかった」と東電は弁明したが、それで許される話ではない。

 柏崎原発では、防潮堤の地盤が地震で液状化する恐れがあることなども、東電は最近まで明らかにしなかった。規制委からは「東電は不備を率直に示さない」などと批判が相次ぐ。

 地元自治体も同じだ。

 再稼働に慎重な米山隆一・新潟県知事は、東電への不信感をあらわにした。

 再稼働に一定の理解を示してきた桜井雅浩・柏崎市長も、昨年明らかになった福島第一原発で炉心溶融隠しなどと合わせ「東電の体質への不安が高まった」と述べ、再稼働を「認めない可能性もある」と話す。」と使役した。

 最後に社説は、「東電は07年の新潟中越沖地震で柏崎刈羽原発の事務棟が壊れたことを教訓に、免震重要棟の導入を各地で進め、福島第一原発の事故では現場指揮所となった。

 ただ、免震工法では新基準を満たすのが難しいケースがあることも、他の電力会社の審査で分かっていた。学ぶ姿勢が足りないとの指摘もある。

 東電は、組織や社風から見直すべきだと何度も指摘された。もう一度、繰り返すしかない。改めて自覚してほしい」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「規制委が東電の広瀬直己社長を呼び、「社長の責任で総点検し、信頼できる申請書を出し直してほしい」(田中俊一委員長)と強く求めた」とのこと、

 「柏崎刈羽原発では、防潮堤の地盤が液状化する恐れがあることなども、東電は最近まで明らかにしてこなかった」とのこと、等々を知ることができた。

 改めて、前知事泉田氏の踏ん張りに「故郷を離れた新潟県人」の一人として、感謝したい。

 そして、社説の「不都合な情報を軽んじたり、対応が遅れたりする会社に、原発を運転する資格はない」との指摘に、共鳴する。東電までが「ポスト真実」であっては、本当に困ります。

 


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by sasakitosio | 2017-03-19 10:29 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月10日付朝日新聞朝刊17面に、「クルーグマン コラム」という欄がある。 筆者は、米ニューヨーク市立大学教授・クルーグルマン氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ジェフ・セッションズ米司法長官のうそがばれた。上院の指名公聴会で2016年の大統領選の期間中にロシア当局と接触したことを否定していたが、実際には駐米ロシア大使と2度面会していた。しかも、大使は大物スパイでもあると報じられている。

 この事実が明るみに出たため、セッションズ氏は、ロシアが大統領選に介入したした疑惑の捜査に関与しないと言わざるをいなくなった点は、見過ごせない。

そうでなければ、トランプ陣営と結託していた可能性があるロシアの疑惑の捜査は、彼が指揮していただろう。

 だが、セッションズ氏ばかりに焦点を当てるのはやめよう。何しろ閣僚ではほかにも、スコット・ブルイット環境保護局(EPA)長官、トム・プライス厚生長官、ステーブン・ムニューシン財務長官といった人たちがうそをついている。

 そして、マイケル・フリン氏もこの仲間に入るはずだった。だが、大統領補佐官はだったフリン氏は、セッション氏と同じように駐米ロシア大使との接触についてうそをついたことをメデイアに暴かれ、そして、辞任せざるを得なくなった。

 今やトランプ政権の幹部の中で、宣誓した上でついたうそがばれない人の数を数える方が、ばれた人を数えるよりはやい。偶然に起こったことではない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「かって、米国の政治文化の批評家たちは、政治家が常に情報を操作していることを糾弾したものだった。それには根拠があった。政治家たちは、やっかいな事実を軽く扱い、自らの行動を実際よりはるかに良く見せることが当たり前になっていた。

 だが、情報操作の時代は終わったことが明らかになっている。代わって、露骨で恥知らずな欺瞞の時代になった。

 もちろん、うその蔓延には、トップに立つ男の性格が反映している。

 これまで、どの大統領も、あるいはどんな主要政治家も、ドナルド・トランプ氏ほど自由にかつしょっちゅう、うそをついたことはない。

 これは、単にトランプ氏の話にとどまらない。

 すくなくともこれまでのところ、彼はうまく逃げ切っているが、数多くの人々の協力があってこそできている。

 共和党議員のほぼ全員、多数の有権者、そしてかなりのメデイアが加担している。

 重要なのは、「政治家はいままでいつもうそをついていたし、これからもずっとそうだろう」などと、冷笑するだけで済まさないことだ。トランプ氏のやり方は、これまで私たちが経験してきたすべてと異次元のレベルにある。

 ひとつ例をあげると、かって政治家が真っ赤なうそをつくのは、簡単に調べがつかない、秘密の話やら、闇取引やらに限られていた。だが、現大統領は、3年前にモスクワでミスユニバースの大会を開催し、つい昨年には「私はロシアをよく知っている」と明言しながら、先月に「ロシアにこの10年、電話をかけていない」という男だ。

 政策に関しても、政治家が虚偽の説明をするのは、これまでならば比較的検証しづらい主張に限られていた。ジョージ・W・ブッシュ元大統領は、減税の主な対象は中間層だと力説したことがある。事実ではなかったが、それを明らかにするにはかなり膨大な計算を思案ければならなかった。

 しかし、トランプ氏の主張は、殺人発生率がこの45年間で最悪だというものだ。だが、発生率は2015年に上昇したとはいえ、1990年の半分しかない。さらに、主張の間違いが証明された後も、とにかく繰り返し続けている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ここで問われるのは、いったい誰が彼を止められるか、という点だ。

 共和党議員が道徳性にかけ、大統領を制止するような行動をとりそうもないことは、日に日にはっきりしてきている。

 たとえ、外国勢力のスパイに[政権を]打倒しようとする動きがあり、政権幹部がそのストーリーに一枚かんでいる可能性が現実的になあったとしても、状況は変わりそうにない。

 富裕層の減税と貧困層への給付の削減を行える限り、ひるむことはなさそうだ。

 現在の選挙制度の状況では、本選挙が多くの政治家にとってあまり意味をなさなくなっている。

 つまり、現実的には共和党予備選の有権者が政治を決している。

 やっかいな真実は決して入り込まない、FOXニュースの世界しか知らない人たちだ。

 ジャーナリズムはどうなっているのか?

 言論界も私たちを失望させるのか?

 公平を期すために言うと、トランプ政権発足がの数週間には、ジャーナリズムの栄光の日々があった。

 独裁気質の連中が隠し通そうとしている秘密を、記者たちは洗い出してきた。そのプロ意識と勇気は、高く評価しなければならない。

 だが問題は、その後にトランプ大統領が議会で行った施政方針演説への反応だ。

 大半のニュースメデイアを見ると、絶望を感じる。

 演説内容は、うそとひどい政策提案だらけだった。

 それがプロンプターに映し出され、落ち着いた口調で読み上げられると、誰もが突然「うそつき長官」を「大統領にふさわしい」と断言するようになった。

 たったそれだけで、かってなく欺瞞に満ちた男の禊が済み、米国の最高位に就任できるのなら、絶望的だ。

 そんなことが再び起きないように、願おう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「いまやトランプ政権の幹部の中で、宣誓した上でついたうそがばれていない人を数える方が、ばれた人を数えるより早い」との指摘、

 「情報操作の時代は終わったことが明らかになっている。代わって、露骨で恥知らずな欺瞞の時代になった」との指摘、

 「どの大統領も、あるいはどんな主要な政治家も、ドナルド・トランプ氏ほど自由かつしょっちゅう、うそをついたことはない」との指摘、

 「トランプ氏のやり方は、これまで私たちが経験してきたすべてと異次元のレベルにある」との指摘、

 「さらに、主張の間違いが証明された後も、とにかく繰り返し言い続ける」との指摘、等々の指摘はよく理解できた。

 筆者は、「ここで問われるのは,いったいだれが彼を止めるか、と言う点だ」と、問いかける。誰も彼のうそを止めることができない、と思う。彼にもうそを言う自由が基本的人権で保障さいるのだから。ではどうするか、みんなでうそから出た「指示・命令」には従わないことが、一番効き目があるのではないか。

 それこそ、主権者国民の人権度、民主主義度が試される。

 ひるがえって、連日ニュースを面白くしている「稲田防衛大臣」も、トランプ大統領と似ているような気がしてならない。

 

 


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by sasakitosio | 2017-03-16 17:33 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月11日付朝日新聞15面に。「風」と言う欄がある。筆者は、アメリカ総局長・山脇岳志氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、米国市民であろうが、まだ日本国籍のままであろうが、彼らは危険だ。日本人は、全滅するまで米国にとって懸念材料であり続ける」

 ワシントンの中心部、スミソニアン国立歴史博物館での特別展「不正を正す(Righting a Wrong)」の主展示室はそんなパネルから始まる。

 第2次大戦中の1943年、ジョン・デウィット中将が語った言葉である。デウィット中将は、米国西部で、日本人の強制収容所を進めた責任者だった。

 75年前の2月19日は、日系人の強制収容につながる大統領令9066号が発令された日にあたる。来年の2月19日まで特別展は続く。」と切り出した。

 続けて筆者は、「 戦時中,約12万人の日系人が全米10か所の強制収容所に送られた。このうち約3分の2の日系人は米国生まれで、米国の市民権を持っていた。

 米国人であろうがなかろうが、日本という国に関係しているというだけで、強制的に収容され、有刺鉄線の中で暮らさなければならなかった。その生活は最長で4年続いた。

 デウィット中将のパネルの向かいには、大統領令の原本と複製が展示されている。さらに進むと、収容所で撮影された当時の写真や、収容された人が作った手彫りの工芸品、兵士の無事を祈って作られた千人針などが展示され、収容所の暮らしぶりが紹介されている。

 博物館で、展示が開始された日、コロラド州などの強制収容所で暮らしたロバート・フチガミさんの姿があった。

 収容されたのは12歳のとき、どこに行くのか知らされず、鉄道の駅に集合するように言われた。旅行に行くと思ったという。

 母は大切にしていた着物などをトランクに詰めて収容所に送ったが、到着したときトランクのカギは壊され、中身はなかった。自宅や農場も失った。

 フチガミさんが懸念しているのは、トランプ大統領が出した大統領令である。

 中東・アフリカ諸国の市民の入国を一時的に禁じた大統領令について「我々が過去に標的とされたのと同様に、いま、イスラム教徒の人々が標的にされている。

 イスラム教徒は危険だというプロパガンダが広められている」と語った。

 展示室は、レーガン大統領と日系人たちが写っている大きな写真パネルで締めくくられている。

 1988年、レーガン大統領氏は日系人収容の誤りを認め、1人2万ドルを補償する法案に署名した。強制収容から半世紀近くたったとはいえ、誤りを公式に認めたことは、認めないよりもずっと良い」教えてくれる。

 最後に筆者は、「館長のジョン・グレー氏は「最も重要な教訓は、過ちが起きた過去を調べ、理解することです」と話す。

 「それが未来における過ちを防ぐことにつながる」。

 自分自身が向き合いたくないことについても、調べようという意思を持つのが大事だとグレー氏は言う。

 トランプ氏は、選挙中、日系人強制収容所の是非について質問され、答えを避けた。

 この特別展は、トランプ大統領にこそみてもらいたいのだが。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ワシントンの中心部、スミソニアン国立アメリカ歴史博物館での特別展「不正を正す(Righting a Wrong)」が開催中であり、来年の2月19日まで特別展は続くとのこと。

 「75年前の2月19日は、日系人の強制収容につながる大統領令9066号が発令された日にあたる」とのこと。

 「戦時中、約12万人の日系人が全米10か所の強制収容所に送られた。このうち約3分の2の日系人は米国生まれで、米国の市民権を持っていた」とのこと。

 ロバート・フチガミさん、当時12歳が強制収容所に送られたとき、「母は大切にしていた着物などをトランクに詰めて収容所に送ったが、到達したときトランクの鍵は壊され、中身はなかった。自宅や農場も失った」とのこと。

 「1988年、レーガン氏は、日系人収容の誤りを認め、1人2万ドルを補償する法案に署名した」とのこと。等々のことを知ることができた。

 今6月の発表会の準備で、内村鑑三ゆかりのものを調べているが、講談の中で、内村鑑三が「戦争は善良な国民や、若者をけだものにする、だから絶対反対しなければならない」と言っていたことを思い出した。

 米国での「日系人の強制収容」、ドイツでの「アウシュビッツ」、日本にかかわる「南京大虐殺」「従軍慰安婦」問題、等々すべて戦争が元であった、と思う。

 だから、憎むべきは戦争であり、責任を問われるべきは戦争始めた人々ではないか、と思っている。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-03-14 07:28 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月10日付朝日新聞社説に、稲田防衛大臣の資質のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「稲田防衛相に閣僚としての資質があるのか。重大な疑義を抱かざるを得ない発言である。

 稲田氏は8日の予算委員会で、教育勅語について次のように語った。

 「日本が道義国家を目指すというその精神は今も取り戻すべきだと考えている」

 「教育勅語の精神である道義国家を目指すべきでること。

 そして親孝行だとか友達を大切にするとか、そういう核の部分は今も大切なものとして維持しているところだ」

 天皇を頂点とする国家を目指し、軍国主義教育の根拠となったのが教育勅語だ。明治天皇直々の言葉として発布され、国民は「臣民」とされた。

 親孝行をし、夫婦仲良く。そんな徳目が並ぶが、その核心は「万一危急の大事が起こったならば、大儀に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家のために尽くせ」(戦前の文部省訳)という点にある。

 いざというときには天皇に命を捧げよーーーー。それこそが教育勅語の「核」にほかならない」と切り出した。

 続けて社説は、「稲田氏のいう「道義国家」がなんなのかは分からない。ただ、教育勅語を「全体として」(稲田氏)肯定する発言は、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という憲法の理念と相いれない。

 教育勅語は終戦後の1948年、衆院で排除の、参院で失効確認の決議がされた。

 衆院決議は勅語の理念は「明らかに基本的人権を損ない、且つ国際信義に対し疑点を残す」とした。

 当時から、「いいことも書いてある」などとする擁護論もあった。

 これに対し、決議案の趣旨説明に立った議員は「勅語という枠の中にある以上、勅語そのものがもつ根本原理は認めることができない」と言い切っている。

 当時の文相も、「教育勅語は明治憲法を思想的背景としており、その基調において新憲法の精神に合致しないのは明らか」と本会議で答弁した。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「こうした議論を踏まえることなく、勅語を称揚する姿勢は閣僚にふさわしいとは思えない。

 まして稲田氏は自衛隊を指揮監督する立場の防衛相である。

 軍国主義の肯定につながる発言は国内外に疑念を招く。

 安倍政権では、教育勅語を擁護する発言が続く。

 2014年に当時の下村博文・文科相は、勅語が示す徳目について「至極まっとう。今でも十分通用する」などと語った。

 こうした主張は政権全体のものなのか。

 安倍首相は明確な説明をすべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「天皇を頂点とする国家をめざし、軍国主義教育の根拠となったのが教育委勅語だ」とのこと、

 「その核心は「万一危急の大事が起こったならば、大儀に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ」(戦前の文部省訳)」とのこと、

 「教育勅語は終戦後の1948年、衆院で排除の、参院で失効確認の決議がされた」とのこと、

 「衆院決議は勅語の理念は「明らかに基本的人権を損ない、且つ国際信義に対して疑点を残す」とした」とのこと、

 「当時の文相も「教育勅語は明治憲法を思想的背景としており、その基調において新憲法の精神に合致しないのは明らか」と本会議で答弁した」とのこと、

 等々を知ることができた。

 そして、「教育勅語を「全体として」(稲田氏)肯定する発言は、国民主権、平和主義、基本的人権」の尊重という憲法の精神と相いれない」との社説の指摘は、よく理解できた。大臣として、稲田朋美氏はいかがなものかと、思った。


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by sasakitosio | 2017-03-13 06:37 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月5日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・福島申二氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「先日訪ねた長崎県原爆資料館で一枚の写真を見た。二人の会話が聞こえてくるようないい写真である。

 「こうやって折るんですよ」

 「けっこう難しいなあ」―――といったような。

 二人とは、アメリカの駐日大使だったキャロライン・ケネディ氏と、大統領だったオバマ氏。

 ケネディ氏から資料館の中村明俊館長に届いた新年のあいさつ状に、折鶴を練習する両人のスナップ風の写真が添えられていた。

 そんな「特訓」の成果であろう。オバマ氏の手になる折ずる二羽が。長崎市に贈られた。去年広島市に贈ったのとは別に長崎の為に折ったと言い、写真と一緒に期間展示されている。きっちりと折られた2羽を見ながら、おそらくぎこちなく、しかも丁寧に動いたであろうオバマ氏の指先を想像した。

 館長の中村さんは、青来有一の筆名を持つ芥川賞作家でもある。「手は心につながっていると言いますが、写真も鶴もオバマさんという人間への信頼と敬意を感じさせるものがあります」

 ひるがえって思う。

 トランプ大統領の心につながる指先には、「鶴を折る」に象徴される根気と意志と繊細さが備わっているだろうか。その指先はもっぱらツイッターに向かい、気に食わない相手を攻撃する発信に余念がない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「気に食わない相手の一つが、自分に批判的なメデイアである。

 といっても、大統領と報道機関のいさかいはトランプ氏に始まったことではない。

 たとえば建国の父の一人ジェファーソン。

 第三代大統領につく前には「新聞なき政府と、政府なき新聞の、どちらかを選べというなら、私は躊躇なく後者を選ぶ」と述べたことはよく知られている。

 それが2期目の就任演説では「新聞の砲列は、無責任という鋳型がつくるあらゆる形の弾丸を込めて、容赦なく我々に発射した」と非難に変わる。

 そしてとうとう「新聞を読まない者の方が、読むものより正しくものを知っている」と捨てぜりふめいた書簡を記すに至った。

 そのジェファーソンの言う「新聞の砲列」を題名にした、キューヨーク・タイムズの名記者で副社長だったジェームズ・レストンの本を久しぶりにめくってみた(邦題は「新聞と政治の対決」)。

 歴代大統領とメデイア、つまりニュースされる側とする側のせめぎあいなどをめぐって興味の尽きない一冊だ。レストン自身の主張としてこんな一節がある。

 「世界に運命を左右する実力を持つ米国政府。

 特に大統領個人のためになるのは、イエスマンの新聞ではなく、その反対、すなわち砲列のごとくかまびししく、しかも正確に発射される、批判と事実の活発な砲撃なのだ」。

 新聞人の独善とみる向きがあるかもしれないが、前任オバマ氏は、この言葉の意味するところを心に留めていたと思われる。

 在任中最後の記者会見でこんな風に語っている。

 「必ずしもあなた方の記事が愉快なわけではなかった。しかしそれこそが、みなさんとの私の正しい関係でしょう」。

 それに比して,意に染まないメデイアを「米国民の敵」とののしり、会見から締め出す現職は、幼児性の中に嗜虐が透けて見えるようで不気味である。」と指摘した。

 最後に筆者は、「米国カリフォルニアで港湾労働をしながら思索を深め、「波止場の哲人」と呼ばれたエリック・ホッファーの残した一つの言葉が、トランプ氏の本質をついているように想われてならない。

 「粗雑さとは、弱者による強さの模倣である」(「魂の錬金術」から)

 挑発する。

 壁をつくる。

 記者を締め出す。

 世界が驚く軍拡予算をぶち上げ、核兵器における世界一を強調する。

 つまりは誰にも逆らわせないーーーーーー。

 トランプ氏が国民に示す「強さ」とは、実のところは弱い人間による粗暴なのだと、波止場の哲人なら見抜くかもしれない。

 長崎の話にもどれば、象徴的な言い方ではあるが、トランプ氏の指先は「核のボタン」の上に置かれている。

 長崎であった何人かの被爆者から不安の声が漏れていた。

 その指先が鶴を折る光景を想像するのは、いまのところ難しい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「オバマ氏の手になる折鶴2羽が、1月に長崎市に贈られた」とのこと、

 オバマ氏は在任中最後の記者会見で、「必ずしもあなた方の記事が愉快だったわけではなかった。しかしそれこそが、皆さんと私の正しい関係でしょう」とかたったとのこと、

 「波止場の哲人」と呼ばれたエリック・ホッファーの残した言葉に、「粗暴さとは、弱者による強さの模倣である」とあるとのこと、等々を知ることができた。

 また筆者の「意に染まないメデイアを「米国の敵」とののしり、会見から締め出す現職は、幼児性の中に嗜虐が透けて見えるようで不気味である」とに指摘は、共感できた。その不気味さが、北朝鮮の幼児性にどのように反応するのだろうか?

 不気味さに上に不気味さが重なる、そんな気分だ?


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by sasakitosio | 2017-03-09 06:27 | 朝日新聞を読んで | Trackback