憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:朝日新聞を読んで( 820 )

815日付朝日新聞社説に、「72年目の815日」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「あの戦争のころ、世の中はどんな色をしていたのか。

 世の中はすべてがモノクロームだったようなイメージがある。 そう話す若者たちがいる。

 目にする空襲や戦地の映像はどれもモノクロだから、と。

 「「戦時下」って、自分とは別次元のまったく違う世界だと感じていた」

 戦中の暮らしを描いたアニメ映画「この世界の片隅に」で主人公の声を演じた、24歳ののんさんもそう語った。

 今年も815日を迎えた。

 「不戦の誓いとか戦争体験の継承とか言われても、時代が違うのだから」。若い世代からそんな戸惑いが聞こえてくる。

 たしかに同じ歴史が繰り返されることはない。

 戦争の形も時代応じて変わる。だが、その土台を支える社会のありように共通するものを見ることができる。そこに歴史の教訓がある。」と切り出した。

 続けて社説は、「日中戦争が始まった翌月の19378月。作家の永井荷風は日記に書いた。

 「この頃東京住民の生活を見るに、彼らは相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれ喜べるが如き状況なり」

 軍需産業の隆盛で日本はこの年、23%という経済成長率を記録。世は好景気にわいた。

 戦線が中国奥地に広がり、泥沼化した2年後の東京・銀座の情景もさほどかわらない。

 映画館を囲む人々の行列。女性たちは短いスカートでおしゃれを楽しむ。流行は、ぼたんの花のようなえんじ色とやわらかい青竹色。夜になればサラリーマンはネオンの街に酔った。

 戦地はあくまでも海の向こう。都会に住む人の間には「どこに戦争があるのか」という、ひとごとのような気分があったと当時の記録にある。

 どこに、の答えが見つかった時にはもう遅い。

 <戦争が廊下の奥に立っていた>。

 この年そう詠んだ新興俳句の渡辺白泉は、翌年、創作活動を理由に治安維持法違反の疑いで逮捕される。白泉が言い当てたように、時代は日常と非日常とを混在させながら流れていった。」と教えてくれる。

 さらに社説は、「社会が息苦しさを増す過程で最初にあらわれ、後戻りすることがなかったのは、多様性の否定だった。

 朝鮮、台湾の植民地や沖縄で日本への同化教育が行われ国内でも天皇機関説事件などによって、学問や言論の自由が急速に失われていく。

 享受している生活が、そうした価値と引き換えであることに気が付かなった人、気づいたけれども声に出さなかった人。その後の日本人にどんな運命が待ち受けていたかを、後の世代は知っている。 

 歴史の高みから「分岐点」を探し、論じるのはたやすい。ではいまの社会は、数十年後の日本人からどんな評価を受けるだろうか。

 作家の半藤一利さんは、近代以降の日本は40年ごとに興亡の波を迎えてきたと説く。

 幕末から日露戦争まで。

 そこから先の大戦に敗れるまで。

 次は焼け跡からバブル経済まで。

 興隆と衰退が交互にあり、今は再び衰退期にあると見る。

 「人々は約40年たつと、以前の歴史を忘れてしまう。日中戦争や太平洋戦争の頃のリーダーで日露戦争の惨状をわかっていた人は、ほぼない。今の政治家も同じことです」と教えてくれる。

 最後に社説は、「半藤さんも、ほかの学者や研究者と同様、「歴史は繰り返す」と安易に口にすることはしない。歴史という大河をつくるひとつひとつの小さな事実や偶然、その背後にある時代背景の複雑さを知るからだ。

 それでも近年、そうした歴史に通じた人々から「戦前と似た空気」を指摘する声が相次ぐ。

 安保法制や「共謀罪」法が象徴のように言われるが、それだけではない。もっと奥底にあるもの、いき過ぎた自国第一主義、他国や多民族を蔑視する言動、「個」より「公の秩序」を優先すべきだという考え、権力が設定した国益や価値観をに異を唱えることを許さない風潮など、危うさが社会を覆う。

 「歴史をつくる人間の考え方や精神はそうかわらない」と半藤さんは警告する。

 一方で、かっての日本と明らかに違う点があるのも確かだ。

 表現、思想、学問、などの自由を保障した憲法をもち、育ててきたこと。軍を保有しないこと。

 そして何より、政治のゆくへを決める力を、主権者である国民が持っていること。

 72年前には破局を迎えた日本と地続きの社会に生きている己を自覚し、再び破局をもたらさぬよう足元を点検し、おかしな動きがあれば声を上げ、ただす。

 それが、今を生きる市民に、そしてメデイアに課せられた未来への責務だと考える。

 1945815日。空はモノクロだったわけではない。夏の青空が列島に広がっていた。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「日中戦争が始まった翌月の1937年8月。作家の永井荷風は日記を書いた。「この頃東京住民の生活を見るに、彼らは相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれを喜ぶべきが如くなり」」とのこと、

 「軍需産業の隆盛で日本はこの年、23%という経済成長率を記録。好景気にわいた」とのこと、

 「戦線が中国奥地に広がり、泥沼化した2年後の東京・銀座の情景もさほど変わらない。」とのこと、

 「戦地はあくまで海の向こう。都会に住む人の間には「どこに戦争があるのかな」という、ひとごとのような気分があったと当時の記録にある」とのこと、

 「<戦争が廊下の奥に立ってゐた>。この年そう詠んだ新興俳句の渡辺白泉は、翌年創作活動を理由に治安維持法違反の疑いで逮捕される。」とのこと、

 「作家の半藤一利さんは、近代以降の日本は40年ごとに興亡の波を迎えてきたと説く。

幕末から日露戦争まで。そこから先の大戦に敗れるまで。次に焼け跡からバブル経済まで。興隆と衰退が交互に在り、今は衰退期にあると見る」とのこと、

 「そうした歴史に通じた人々から「戦前と似た空気を指摘する声が相次ぐ」とのこと、

 「一方で、かっての日本と明らかに違う点があるのも確かだ。

 表現、思想、学問などの自由を保障した憲法をもち、育ててきたこと。軍を保有しないこと。そして何より、政治に行くへを決める力を、主権者である国民が持っていることだ」との指摘、等々を知り理解できた。

 日本国憲法の下で、小学校から大学、就職、自立自営、老後と迎え、子ども二人を6年大学へ通わせ、子供の自立、孫が4人。日本の歴史の中で一番国民が幸せな時代を生きて今にあると思っている。この平和な日本が一日でも長く続くように行動したい、と思っている。

 


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by sasakitosio | 2017-08-21 06:00 | 朝日新聞を読んで | Trackback

815日付朝日新聞朝刊4面に「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集員・原真人氏だ。

 今日は、この筆者はに学ぶことにした。

 まず筆者は、「企業経営者たちの間でマネジメントの神様ピーター・ドラッカー(1909~2005)の人気はいまも健在だ。

 何年か前には高校野球の女子マネージャーがドラッカー理論を学んでチーム改革に乗り出す小説が大ヒットした。

 その言葉には、企業ならずともどんな組織にも当てはまる真理があるのだろう。

 著書にこんな一節がある。

 「正しい問題提起への間違った答えは修正がきく。

 しかし、間違った問題的への正しい答えほど修正の難しいものはない」(「ドラッカー365の金言」) 
 ふと浮かぶののは、日本銀行の
2%インフレ目標である。

 13年春、就任早々の黒田東彦総裁が脱デフレを目指して「2年で達成する」と電撃的に打ち出した目標だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「先月、黒田総裁はその達成時期を6回目の延期を発表した。短期決戦のはずが気が付けば、67年で、という長期戦に。

 もはや泥沼の様相と言ってもいい。

 そもそも2%の設定には無理がある。日本ではこの20年、消費税などの特殊な時期を除いて実現したことがない高いインフレ水準だ。それに物価は景気が熱を帯びて上がるもので、物価を上げて景気をよくするというリフレ論というのは順序が逆転したヘンテコな理論なのである。

 日銀の過ちは、その理論のって目標達成まで緩和を止めない、むしろ強化する、との立場を取っていることだ。

 緩和の行き過ぎはすでに大きな副作用、弊害を生んでいる。

 金利なき世界は銀行の事業モデルを破壊し、日銀マネー市場は官製化が進む。

 おきて破りの国際買い支えは、政府の財政健全化の意欲をなえさせている。

 政策の出口で想定される国民負担額は膨張の一途だ。2%を求めて政策を強化すればするほど、事態は悪化していくようである。」と指摘した。

さらに筆者は、「それでも日銀はかたくなな姿勢を崩さない。米欧の中央銀行がみな2%目標を掲げており、一人日銀だけが目標水準を下げれば円高が進んで景気が悪化するとの論法だ。

 「それはまったくのウソです」

 そう反論するには先月まで日銀政策委員会の審議委員だった木内登英氏である。

 民間エコノミスト出身の氏は委員の任期中、黒田日銀の超緩和路線に異を唱え続けた。 

 「物価はそれぞれの国の文化を反映する固有のもの。国際基準などない。各国に適正物価があり、2%ありきはおかしい。この目標に理論も理屈もない」と木内氏。

 日銀が目指すべきは物価と経済の安定だ。

 インフレ率は数年ゼロ%ほどで見事に安定している。

 失業率は歴史的低さだ。

 そこで物価水準だけ引き上げようと超緩和を続ければ、かえって不安定のタネをまき散らす。

 ドラッカーは「ひとたび正しい問題提起を得るならば解決は容易である」とも言う。

 早く「正しい問題提起」に立ち戻るべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「物価は景気が熱を帯びると上がるもので、物価を上げて景気を良くするというリフレ論というのは順序が逆転したヘンテコな理論なのである」との指摘、

 「日銀の過ちは、その理論にのって目標達成まで緩和を緩めない、むしろ強化することだ」との指摘、

 「金利なき世界は銀行の事業モデルを破壊し、日銀マネーで市場は官製化が進む」との指摘。
 「おきて破りの国債の買い支えは、政府の財政健全化の意欲をなえさせている。」との指摘、

 「インフレ率はここ数年ゼロ%ほどで見事に安定している。失業率は歴史的低さだ。そこで物価水準だけ無理に引き上げようと超緩和を続ければ、かえって不安定のタネをまき散らす」との指摘、等々の指摘は理解し、納得できた。

 民主主義の国の日銀総裁だから、総裁を変えるか、正しい問題提起をするか、いずれも簡単にできそうな気がするが?国会で、「正しい問題提起」の必要性をぶち上げる議員はいないものか?

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-20 19:10 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月19日付朝日新聞朝刊1面に、「負動産時代」という欄がある。筆者は、大津知義氏だ。

 今日はこの記事に学ぶことにした。

 まず記事は、「東京都心から電車で45分のベットタウン。埼玉県坂戸市内の市道沿いに、異様な外観の3階建てマンションが立つ。築40年、大半をつたに覆われ、外壁は汚れて黒ずむ。階段はさびて崩れて落ちそうだ。

 店舗スペースに当たる1階の4部屋を所有する不動産業・恩田商店の恩田義雄社長は「解体して更地で売りたいが、反対する所有者がいて、できずにいる」と打ち明ける。

 恩田社長によると、建物は分譲マンション。

 7年ほど前、マンションをどうするか所有者間で話し合いを始めた。このときすでに、住んでいる人はほとんどおらず、修繕などの管理もされていなかった。分譲当初から正式なマンション管理組合もなかった。

 話し合いで更地にして売る方向になったが、一人が反対して暗礁に乗り上げた。

 分譲マンションを建て替えるには全住民の5分の4以上の賛成が必要だ。

 さらに、取り壊したうえで、細かく区分して所有している土地を売り払うには、原則として全員の同意がいる。

 解体に反対する男性(65)は、一室を事務所として使っている。

 取材に対し、「ローンは完済しているのでここだとタダ。退去すれば、部屋を借りなければならずお金がかかる。あと半年か1年使いたい」と答えた。

 別の所有者の男性(75)は困り切っている。

 「建物の一部が崩れてけが人がでたら、所有者が賠償請求される。行政からも注意されているので放置したくない。でも取り壊せない」」と教えてくれる。

 続けて記事は、「売るに売れず、処分に困る「負動産」は地方やリゾート地だけの問題ではない。

 所有者間の意見がまとまらず老朽化対策が進まないマンション、所有者不明で塩漬けになった土地など、大都市圏にも「負動産」は忍びよっている」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「分譲マンションを建て替えるには全住民の5分の4以上の賛成が必要だ」とのこと、

 「さらに、取り壊した上で、細かく区分して所有している土地を売り払うには全員の同意が要る」とのこと、等々を改めて知ることになった。

 物事を決めるのに、5分の4の多数決、や全会一致を条件とした現在のルールは、多様な人間、経済状態の変化、等を考えると抜本的な改正をしないといけない、と思った。
 マンションも、法制度も、人間社会も高齢化社会ということか!


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by sasakitosio | 2017-08-20 07:49 | 朝日新聞を読んで | Trackback

813日付朝日新聞社説に、エネルギー基本計画のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「電気や熱などのエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直し論議を始めた。

 世耕弘成経産相は「基本的に骨格は変えない」と語った。

 しかし、小幅な手直しで済む状況ではない。

 今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。世界に目を向けると、先進国を中心とした原子力離れに加え、地球温暖化対策のパリ協定発効に伴う脱石炭火力の動き、風力・太陽光など再生可能エネルギーの急速な普及と言った変化の大きな波が起きている。

 日本でも将来像を描き直す必要がある。

 まず土台に据えるべきは脱原発だ。温暖化防止との両立はたやすくはないが、省エネ・再エネの進化でハードルは下がってきた。経済性や安定供給にも目配りしながら、道筋を探らなくてはならない。」と切り出した。

 続けて社説は、「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「需要なベースロード電源」と位置づけた。

 新規制基準にそって再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる。

 計画をもとに経産省が15年にまとめたエネルギー需給見通しは、原発回帰の姿勢がさらに鮮明だ。30年度に発電量の2割を原発でまかなうと想定する。30基ほどが動く計算で、再稼働だけでなく古い原発の運転延長か建て替えも多く必要になる。

 だが、原発政策に中立的な専門家からも「現実からかけ離れている」と批判が出ている。

 事故後、原発に懐疑的な世論や安全対策のコスト増など、内外で逆風が強まっているからだ。

 原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている。

 次の基本計画では、原発を基幹電源とすることをやめるべきだ。「依存度低減」を空証文にせず、優先課題に据える。そして、どんな取り組みが必要かを検討し、行程を具体的に示さねばならない。」と指摘した。

さらに社説は、「脱原発と温暖化対策を同時に進めるには、省エネを徹底し、再エネを大幅に増やすことが解になる。

 コストの高さなどが課題とされてきたが、最近は可能性が開けつつある。

 省エネでは、経済成長を追求しつつエネルギー消費を抑えるのが先進国の主流だ。ITを使った機器の効率的な制御や電力の需要調整など、技術確信が起きている。

 かって石油危機を克服した時のように、政策支援と規制で民間の対応を強く促す必要がある。

 再エネについては、現計画も「導入を最大限加速」とうたう。ここ数年で太陽光は急増したが、風力は伸び悩む。発電量に占める再エネの割合は1割台半ばで、欧州諸国に水をあけられている。

 本格的な普及には障害の解消が急務だ。例えば、送電線の容量に余裕がない地域でも、再エネでつくった電気をもっと流せるように、設備の運用改善や、必要な増強投資を促す費用負担ルールが求められる。

 世界では風力や太陽光は発電コストが大きく下がり、火力や原子力と対等に競争できる地域が広がっている。日本はまだ割高で、設備から運用まで効率化に知恵を絞らなければならない。

 再エネは発電費用を電気料金に上乗せする制度によって普及してきたが、今度は国民負担を抑える仕組みづくりも大切になる。

 一方、福島の事故後に止まった原発の代役として急増した火力発電は、再エネ拡大に合わせて着実に減らしていうべきだ。

 現計画は、低コストの石炭火力を原発と並ぶ基幹電源と位置づけ、民間の新設計画も目白押しだ。しかし、二酸化炭素の排出が多いため、海外では依存度を下げる動きが急務だ。火力では環境性に優れる天然ガスを優先する必要がある。」と指摘した。

 最後に社説は、「今回の計画見直しでは、議論の進め方にも問題がある。

 経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部らが並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人々は一握りだ。

 これで、実のある議論になるだろうか。海外の動向や技術、経済性に詳しい専門家を交え、幅広い観点での検討が欠かせない。

 資源に乏しい日本では、エネルギーの安定供給を重視してきた。その視点は必要だが、原発を軸に政策を組み立てる硬直的な姿勢につながった面がある。

 世界の電力投資先は、すでに火力や原子から再エネに主役が交代した。国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「電気や熱などエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直しを論議を始めた」とのこと、

「今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。」との指摘、

 「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「重要なベース電源」と位置づけた。新規制基準に沿って再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる」との指摘、

 「原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている」との指摘、

 「経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部が並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人は一握りだ」との指摘、

 「世界の電力投資先は、すでに火力や原子力から再エネに主役が交代した」との指摘、

 等々を知って、社説の「国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない」との意見に賛同し、あわせて日本の企業が再エネ社会をリードし、日本国内の雇用増に貢献してほしいと思った。 


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by sasakitosio | 2017-08-19 06:34 | 朝日新聞を読んで | Trackback

811日付朝日新聞社説に、加計学園問題が載った。

 今日は、この社説に学ぶことにした。

まず社説は、「新たな事実が、また明らかになった。

 加計学園の獣医学部新設問題で、学園の事務局長が愛媛県今治市の課長らとともに154月に首相官邸を訪れ、国家戦略特区を担当する柳瀬唯夫・首相秘書官(当時)に面会していた。

 朝日新聞の取材に関係者が認めた。県と市が特区に手を挙げる2か月も前のことだ。

 秘書官は各省庁から選ばれた官僚で、一番近いところで首相を支える。その人物が、構想が正式に提案される以前に、市の職員らにわざわざ時間を割く。この特別扱いは何ゆえか。

 柳瀬氏は先月の参院予算委員会で、面会について「記憶にない」を繰り返した。納得する人がどれだけいるだろう。

 合わせて浮上するのは、安倍首相の答弁に対する疑念だ。

 首相は加計学園が戦略特区に関わっているのを知ったのは、事業主体に決まった171月だという。柳瀬氏が面会した時点で「今治と加計は一体」と認識したとみるのが自然だが、それから19か月もの間、情報は首相と共有されなかったのか。改めて説明を求める。」と切り出した。

 続けて社説は、「新事実はこれだけではない。

今治市が名乗りをあげた156月、別の学園幹部が特区ワーキンググループ(WG)による同市へのヒアリングに出席し、発言していたことがわかった。

 しかし、公表された議事要旨にはその記録はない。より詳しい議事録が後日公表されると言われていたが、両者はほぼ同じものだという。

 「議論はすべてオープン」で「一点の曇りもない」――。首相とWGがしてきた説明に、いくつもの疑問符が付いた。

 信じられないのは、154月の官邸の入館記録も、6月のWGの議事録要旨の基になった速記録も、いずれも「廃棄した」と政府が説明し、、平然としていることだ。

 真相を解明するカギになりそうな物証は、官邸にも内閣府にも一切残ってない。何ともおかしな話である。」と指摘した。

 最後に社説は、「他にも、競合相手を押しのけ「今治―加計」に決着するまでの関係大臣の協議内容なども判然とせず、行政の意思決定の道筋をたどることは、きわめて難しくなっている。

 透明さを欠き、国民の知る権利を踏みにじる行為と言わなければならない。支持率が急落し、東京都議選で大敗して以降、首相はしきりに「反省」を口にし、辞を低くする。だが、加計学園が選ばれるまでに実際に何があったのかを、包み隠さず明らかにならなければ、国民の信頼を取り戻すことなど望むべくもない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「加計学園の獣医学部新設問題で、学園の事務局長が愛媛県今治市の課長らとともに154月に首相官邸を訪れ、国家戦略特区を担当する柳瀬唯夫・首相秘書官(当時)に面会していた。朝日新聞の取材に関係者が認めた」とのこと、

 「柳瀬氏は先月の参院予算員会で、面会について「記憶にない」を繰り返した。」とのことの疑問、

 「首相は、加計学園が戦略特区にかかわっているいるのを知ったのは、事業主体に決まった171月だという。柳瀬氏は面会した時点で「今治と加計は一体」と認識したとみるのが自然だが、それから19か月もの間、情報は首相と共有されなかったのか。」との疑問、

 「今治市が名乗りを上げた158月、別の學園幹部が特区ワーキンググループ(WG)による市へのヒアリングに出席し、発言していたことが分かった」とのこと、

 「信じられないのは、154月の官邸の入館記録も、6月のWGの議事要旨の元になった速記録も、いずれも「廃棄した」と政府が説明し、平然としていることだ」との疑惑、

 等々を知ることができた。

 社説を読む限り、答弁は透明さを欠き、国民の知る権利を踏みにじる行為が、そのまま放置されていて、それを政権与党が隠蔽を擁護している様相だ。日本の民主主義は終わったの感がしてならない。政治家は与野党を問わず、安倍内閣打倒を叫び、行動すべきではないか、と思った。


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by sasakitosio | 2017-08-16 18:52 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月9日付朝日新聞朝刊11面に、「コラムニストの目」という欄がある。

 筆者は、トーマス・フリードマン氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「10年ほど前に、二つの「プラットホーム(情報配信基盤)」企業が米カリフォルニア州に突如出現した。

 話題をさらった一つはウーバーで、携帯電話の簡単な操作でタクシーを呼び、運転手に指示し、運賃を支払い、運転手を評価できるプラットファームを生み出した。このサービスは急成長し、あらゆる人々が空き時間にタクシー運転手になった。

 ただウーバーが明らかにした最終目標は「自動運転車」だった。

 もう一つはAirbnb(エアビーアンドビー)だ。世界中の人が全く見知らぬ人に空いた寝室を何時でも貸し出せる、非常に効率的な信頼できるプラットホームを作った。Airbnbは急成長を続け、今では毎年、ヒルトン系列のホテル全体に匹敵する部屋数を増やしている。

 だが、ウーバーが自動運転車を目指すように、Airbnbも別の目標を持っている。それは「自ら動く人間」と私が呼ぶ人々を生み出すことだ。

 だから、Airbnbが5年後、世界最大規模の家の賃貸サービスであり続けるだけでなく、仕事を生み出す世界最大のプラットフォームの一つになっても驚きはない。Airbnbは信頼のプラットフォームの拡大を粛々と進め、空き部屋の貸し出しだけ活動を超え、人々の情熱を職業につなげ、より多くの「自ら動く人間」を力づけることを可能にしているのだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「心配ご無用、私はAirbnbの株を持っているわけではない。(そうだったらいいのだが)。

 だが創業当時から、創業者の一人でCEO(最高経営責任者)のブライアン・チェスキー氏との対話を通じ、Airbnbの動向を追ってきた。

 それは、私たちが今日直面する最も厄介な社会的な問いへの答えの一部を出してくれると思うからだ。

 その問いとは、「私たちの仕事はすべて、機械とロボットに奪われてしまうのか」というものだ。

 答えはこうだ。「ただ指をくわえてみているだけなら、そうなるかもしれない」。だからAirbnbはそうはさせないようにプラットフォームをつくっている。すべては、部屋を貸す人々がお客さんにこう話しかけるところから始まった。

 「やあ、部屋を気に入ってくれているとうれしいよ。ところで、私はいい料理人でもあるんだ。夕食会を用意しましょうか」このような流れは今まさに始まったところだ。

 「わたしたちは庭を作って、一つの植物を植えた。それがホームシェアリング(民泊)だった」。チェスキー氏はサンフランシスコで朝食取りながら説明した。「今、この庭でほかのどんなものが育つか見ているところなんだ」

 何が育ってるかを見るには、Airbnbのウエブサイトの「宿泊先」ではなく「体験」をクリックしてほしい。自分の情熱から利益を生み出し、内に秘めていた職人技を第2の仕事につなげようとしている無数の人々が見つかるだろう。

 たとえば、ルカさんロレンツォさんのチームは一人152ドルで、イタリアのフィレンツエを訪れる7人を郊外の森にある古民家でいちからパスタを作る旅を案内。

 また、ロンドンでは1人84ドルで、帽子デザイナーのサラさんと一緒に世界で一つだけの帽子を作る方法を3時間で学べる。

 Airbnbの「体験」のサイトが今年、10倍の規模に成長したのは驚くに値しない。チェスキー氏は「人生における最大の資産は家ではなく、それぞれの人が持つ時間と可能性であり、私たちはそれを引き出すことができる」と説明。

 そして自分が引退するときに「Airbnbが世界に1億人の企業家を生み出したと言いたい。」と語った。

 だが、米国内の雇用をめぐる今日の議論には、過剰な恐怖と想像力の欠如が目立つ。それは、「私たちが亡くなっていくものばかりに目を向けているからだ」とチェスキー氏は言った。

 「これからやって来るものに注目する必要がある」」と指摘した。

 最後に筆者は、「実際、この時代の素晴らしい点は、2万5千人を雇用する自動車工場をもつフォード社が町にやってくるのを待つ必要がないことだ。そうした工場は、今では2500台のロボットと千人の人間からなる。

 未来は、地域ならではの特性や熟練した職人、人間の才能を活用することを学ぶ地域社会にかかっている。

 ケンタッキー州ルイビルにエッフェル塔はないが、素晴らしいバアーボン・ウイスキーの蒸留所が林立し、数えきれないほどの観光の機会を作り出している。

 自動車産業で知られるデトロイトにピラミッドはないが、モータウンの音楽に彩られた歴史があり、さまざまなアーテストが観光客向けのコンサートやツアーを企画している。

 これが、米国の中間層の雇用をめぐる課題に対する唯一の答えではない。Airbnbのようなプラットホームはその一つに過ぎない。

 だが、多くの人が自らの情熱を掘り起して喜びと収入を見出していることに奮起しなければならない。

 Airbnbの体験のプラットホームはいま、訪問客が地元の人のようにくらし、その過程で地域社会を豊かにし、新たな雇用を生み出すことを可能にしている。

 チェーニー氏はこう結論付ける。

 これまでの企業がしてきたことの大半は、「自分たちがほしいものを作るために天然資源を引き出して使うことだった」。今日の新しいプラットフォームは、「自分たちがなりたかった自分になる」ために、人間の潜在的な可能性を引き出しているのだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「10年ほど前、二つの「プラットフォーム(情報配信基盤)」企業が米カリフォルニア州に突如出現した」とのこと、

 「話題をさらった一つはウーバーで、携帯電話の簡単な操作でタクシーを呼び、運転手を評価できるプラットフォームを生み出した。このサービスは急成長し、あらゆる人々が空き時間にタクシー運転手になった」とのこと、

 「ただウーバーが明らかにした最終目標は「自動運転車」だった」とのこと、

 「もう一つはAirbnb(エアービーアンドビー)だ。世界中の人が全く見知らぬ人に空いた寝室を何時でも貸し出せる、非常に効率的な信頼できるプラットフォームを作った。Airbnbは急成長を続け、今では毎年、ヒルトン系列のホテル全体に匹敵する部屋数を増やしている」とのこと、

 「だが、ウーバーが自動運転を目指すように、Airbnbも別の目標を持っている。それは「自ら動く人間」と私が呼ぶ人々を生み出すことだ。」とのこと、

 「チェスキー氏は「人生における最大の資産は家ではなく、それぞれの人が持つ時間と可能性であり、私たちはそれを引き出しことができると」説明」とのこと、

 「米国内の雇用をめぐる今日の議論には、過剰な恐怖と想像力の欠如が目立つ。それは「私たちが亡くなっていくものばかりに目を向けているからだ」とチェスキー氏は言った。「これからやって来るものに注目する必要がある。」」とのこと、

 「チェスキー氏はこう結論づける。これまでの企業がしてきたことの大半は、「自分たちがほしいものを作るために天然資源を引出して使うことだった」。今日の新しいプラットフォームは、「自分たちがなりたかった自分になる」ために、人間の潜在的な可能性を引き出しているのだ」とのこと、等々を初めて知ることができた。

 確かに今日、日々の暮らしの中に、ウーバー、自動運転車、家の賃貸サービス等々の言葉を見るようになった。

 それが、二つのプラットホームに由来することも初めて知った。

 また、「私たちがなくなっていくものばかりに目を向ける」のではなく、「これからやって来るものに注目する必要がある」との指摘は、日本における「少子高齢化」対策にピッタリの指摘のような気がした。

 まさに未来志向で、暮らしも、社会も、国家も、世界も、見ていけば、先に必ず明るい未来があるのかもしれない、と思った。

 


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by sasakitosio | 2017-08-16 15:30 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月6日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。 筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「選挙でトップの座を勝ち取った政治が、共感する仲間と「新党」をつくり議会選でも多数派を確保するーー。

 そっくりの現象が続いた。 6月のフランス国民議会選挙と7月の東京都議会選挙だ。

 エマニュエル・マクロン仏大統領も小池百合子都知事も伝統的な大政党から飛出し、既成政党にいた議員らさえも自陣営に合流させた。

 その一人である石毛都議は、民進党に所属し都連の選対委員長だったけれど、選挙前に離党。無所属ながら都民ファーストの推薦を受けて選挙に臨み、当選後に正式に移った。

 「裏切り者」「けしからん」などと批判も受けた。けれども、従来の支持者のあいだでも「いいんじゃないか」と肯定的な反応の方がずっと多かったともいう。

 「当選しないと仕事ができません。議席の少ない会派では自前でできることも限られる。都民の期待に応えるために決意しました。民進党にいたままでは選挙は苦しかったと思う」

 若いころに仏ストラスプール大学などで学び仏語を話し、フランスの事情にも通じている。

 「国と自治体という違いはあるけれど、票を左右の大政党に入れても救わらなかった人たちの支持を得た点で似ている」と感じる。

 「政治エリートらへの不満、不信を抱く人たちの票の受け皿になったのでしょう。世界の民主主義で見られる現象で、米国のトランプ旋風とも通じるところがあるのでは」と話す。

 小池知事自身、「実は彼(マクロン氏)と私はまったく同じことをやっていることに気づきました」と月刊誌「正論」8月号で語っている。

 政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募らせる人々。その不満の「受け皿」を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、2人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「そもそも2人が議会で確保した「与党」は「政党」なのだろうか。

 学習院大学の野中尚人教授は、マクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルから考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る。他方、石毛都議も都民ファーストは「準備段階」にあるという。

 どちらもどこへ向かうのか、まだはっきりしない。「20世紀型」の政党か、あるいは新しい形を創造するのか。いずれにしろ、人気の高い政治リーダーとその仲間という政党未満のグループのままでは、行政府を相対化する議会の視点を持つのは容易ではあるまい。

 「行政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう。

 ただ、議員と議会が真価が問われる場面は来る。マニフェストなどで想定されていなかった重大事が起きたときなどだ。「たとえば4年前、英政府のシリア軍事介入を下院が否決した。与党の保守党が多数派だったにもかかわらず、です」

 政府に同調するばかりでなく、その時の民意をくみ取って、必要なら自律的な判断をくだす。それが求められる。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の付属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた。

 近年、各地で続く劇的な政治現象はそんな議会や政党への異議申し立てともいえる。

 だとすると、フランスや東京都で起きているのは、行政による議会支配の流れを止める動きなのだろうか。むしろ、行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える。

 新しい政治勢力がどんな形であれ「代表されていない」という感覚を解消できるかどうか。難しい課題だと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「学習院大学の野中尚人教授はマクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルから考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る」との指摘、

 「「今日政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう」との指摘、

 「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の付属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた」との指摘、

 「フランスや東京都で起きているいるのは、行政による議会支配の流れを止める動きになるだろうか。むしろ。行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える」との指摘、等々の指摘で多くの考えるヒントを得た。

 「政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募られせる人々。その受け皿を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、二人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない」との筆者に指摘は、その通りだと思った。

 主権者の教育水準も高まり、行政の提案や議員の議決に満足しきれない国民が、特に70年以上戦争せず、しかも世界有数の経済大国・文化大国・教育大国になった日本では、世界のどこよりも増えているかもしれない。

 「代表されていない」という感覚を解消するには、間接民主主義から直接民主主義に転換するのが一番いいかもしれないが、それには憲法改正はじめ、国民合意に時間がかかりそうだ。

 そこで、差し当って、国政、県政、市政、町政、村政すべてにわたって、国民投票、県民投票、市民投票、町民投票、村民投票を採用し、議会及び議員は国民・県民・市民・町民・村民による投票を尊重することにしたら、いいかもしれないと思った。 

 


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by sasakitosio | 2017-08-16 09:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月6日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。

 筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「選挙でトップの座を勝ち取った政治が、共感する仲間と「新党」をつくり議会選でも多数派を確保するーー。

 そっくりの現象が続いた。 6月のフランス国民議会選挙と7月の党と議会選挙だ。

 エマニュエル・マクロン仏大統領も小池百合子都知事も伝統的な大政党から飛出し、既成政党にいた議員らさえも自陣営に合流させた。

 その一人である石毛都議は、民進党に所属し都連の選対委員長だったけれど、選挙前に離党。無所属ながら都民ファーストの推薦を受けて選挙に臨み、当選後に正式に移った。

 「裏切り者」「けしからん」などと批判も受けた。けれども、従来の支持者のあいだでも「いいんじゃないか」と肯定的な反応の方がずっと多かったともいう。

 「当選しないと仕事ができません。議席の少ない会派では自前でできることも限られる。都民の期待に応えるために決意しました。民進党にいたままでは選挙は苦しかったと思う」

 若いころに仏ストラスプール大学などで学び仏語を話し、フランスの事情にも通じている。

 「国と自治体という違いはあるけれど、票を左右の大政党に入れても救わらなかった人たちの支持を得た点で似ている」と感じる。

 「政治エリートらへの不満、不信を抱く人たちの票の受け皿になったのでしょう。世界の民主主義で見られる現象で、米国のトランプ旋風とも通じるところがあるのでは」と話す。

 小池知事自身、「実は彼(マクロン氏)と私はまったく同じことをやっていることに気づきました」と月刊誌「正論」8月号で語っている。

 政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募らせる人々。その不満の「受け皿」を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、2人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「そもそも2人が議会で確保した「与党」は「政党」なのだろうか。

 学習院大学の野中教授は、マクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルからあ考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る。他方、石毛都議も都民ファーストは「準備段階」にあるという。

 どちらもどこへ向かうのか、まだはっきりしない。「20世紀型」の政党か、あるいは新しい形を創造するのか。いずれにしろ、人気の高い政治リーダーとその仲間という政党未満のグループのままでは、行政府を相対化する議会の視点を持つのは容易ではあるまい。

 「行政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう。

 ただ、議員と議会が真価が問われる場面は来る。マニフェストなどで想定されていなかった重大事が起きたときなどだ。「たとえば4年前、英政府のシリア軍事介入を下院が否決した。与党の保守党が多数派だったにもかかわらず、です」

 政府に同調するばかりでなく、その時の民意をくみ取って、必要なら自律的な判断をくだす。それが求められる。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の附属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた。

 近年、各地で続く劇的な政治現象はそんな議会や政党への異議申し立てともいえる。

 だとすると、フランスや東京都で起きているのは、行政による議会支配の流れを止める動きなのだろうか。むしろ、行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える。

 新しい政治勢力がどんな形であれ「代表されていない」という感覚を解消できるかどうか。難しい課題だと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「学習院大学の野中尚人教授はマクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルから考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る」との指摘、

 「「今日政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう」との指摘、

 「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の附属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた」との指摘、

 「フランスや東京都で起きているいるのは、行政による議会支配の流れを止める動きになるだろうか。むしろ。行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える」との指摘、等々の指摘で多くの考えるヒントを得た。

 「政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募られせる人々。その受け皿を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、二人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない」との筆者に指摘は、その通りだと思った。

 主権者の教育水準も高まり、行政の提案や議員の議決に満足しきれない国民が、特に70年以上戦争せず、しかも世界有数の経済大国・文化大国・教育大国になった日本では、世界のどこよりも増えているかもしれない。

 「代表されていない」という感覚を解消するには、間接民主主義から直接民主主義に転換するのが一番いいかもしれないが、それには憲法改正はじめ、国民合意に時間がかかりそうだ。

 そこで、差し当って、国政、県政、市政、町政、村政すべてにわたって、国民投票、県民投票、市民投票、町民投票、村民投票を採用し、議会及び議員は国民・県民・市民・町民・村民による投票を尊重することにしたら、いいかもしれないと思った。 

 


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by sasakitosio | 2017-08-16 09:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback

812日付朝日新聞朝刊7面に、「在キューバの米国とカナダの外交官やその家族に、耳が聞こえなくなるなどの原因不明の症状が出ている」ことが載った。

 今日はこの記事を学習することにした。

 まず記事は、「在キューバの米国とカナダの外交官やその家族に、耳が聞こえなくなるなど原因不明の症状が出ていることが分かった。

 米連邦捜査局(FBI)などの捜査では、音波などを使った高性能な機器で攻撃された可能性があるという。米国務省は9日、対抗措置として5月に在米キューバ外交官2人を国外追放した。」と切り出した。

 続けて記事は、「米国務省報道官は9日「首都ハバナに住む数人の外交官に症状が出た」とだけ述べ、詳細を明らかにしなかったが、AP通信によると、症状が出たのは外交官5人前後とその配偶者。

 2016年秋ごろから、突然耳が聞こえなくなるなど原因不明の症状に悩まされ始めたという。

 中には頭痛や吐き気なども伴い症状が重い人もおり、一部の外交官は予定の任期を切り上げて帰国した。その後、FBIの捜査で攻撃の可能性が分かった。

 カナダ政府も10日、少なくとも一人の在キューバのカナダ人外交官が、耳が聞こえなくなる症状を訴えたことを明らかにした。

 AP通信によると、米政府は、キューバ政府が関与しないところで第三国が攻撃した可能性も視野に入れて捜査しているという。」と指摘した。

 最後に記事は、「キューバ政府は9日、「在キューバの外交官やその家族がキューバ国内で危害を加えられることは許されない」との声明を発表し、調査を約束した。

 カナダは15年に米国とキューバが国交を正常化した際、交渉の仲介役となっている。」として締めくくった。

 読んで驚いた。

 「在キューバの米国とカナダの外交官やその家族に、耳が聞こえなくなるなどの原因不明の症状が出ていることが分かった」とのこと、

 「AP通信によると、症状がでたのは外交官5人前後とその配偶者。2016年秋ごろから、突然耳が聞こえなくなるなど原因不明の症状に悩まされ始めたという。中には頭痛や吐き気などを伴い症状が重い人もおり、一部の外交官は予定を切り上げて帰国した。FBIの捜査で攻撃の可能性が分かった」とのこと、

 「カナダ政府も10日少なくとも1人の在キューバ外交官が、耳が聞こえなくなる症状を訴えたことを明らかにした」とのこと、等々を知ることができた。

キューバとアメリカの国交回復を、手放しで喜んでいる人ばかりでないことに気付かされた。

 国家間の有効は善、紛争は悪、と単純に考えていたのだが?

  

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-14 07:51 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月3日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。

 筆者は、編集委員・上田俊英氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「高知県西南部の黒潮町。入野松原は延長4キロもの砂浜に沿った、広大な松林だ。数十万本のクロマツの林は、国の名勝に指定されている。7月20日、早朝の松林はひっそりと静まり返っていた。

 この辺りは、鎌倉期ごろまで、海沿いに広がる湖、「潟」だったらしい。今から1300年以上も前の684年、日本列島を巨大地震が襲う。

 「白鳳地震」。

 「日本書紀」に「土佐の国では広大な土地が水没して海になった」とする記述が残る。

 黒潮町域の被害は不詳だが、今の町の前身の一つ、旧大方町の「町史」は「大方は大潟の転字ではないか」と記す。

 白鳳地震で陥没した入野平野に海水が浸入し大きな潟になったというのである。

 松原を進むと、一角に加茂八幡宮があった。境内に二つの石碑が立つ。

 「安政津波の碑」は幕末の1854年、「南海大地震の碑」は」敗戦直後の1946年、それぞれこの地を襲った巨大地震を伝える。

 「満眼に全家なし」

 「家の漂流する事数を覚ず」と、安政津波の碑は記す。見渡す限り家はすべてなくなり、無数の家が漂流した。津波は7度に及び、田やあぜは「海と成る」とある。当時の土佐藩では、この地震と津波で370余の命が奪われた。

 神社のそばに、真新しい「津波避難タワーが見えた。太い鋼管をくみ上げたやぐらのような構造で、上部の避難フロアは標高17.5メートル。百人を収容できる。

 そう、ここは巨大津波の町、太平洋沖の南海トラフ沿いで巨大地震が起これば、最大で34.4メートルの津波が襲うと想定されている。その高さは全国最大だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「黒潮町の浜町地区は、もう一つの町の前身、旧佐賀町の中心だ。カツオの一本釣り漁の拠点として栄えてきた。

 細い道を挟んで家々がひしめくこの漁師集落にも津波避難タワーがあった。

町内に6か所建設されたタワーの中で最後に、今春完成した。

 高さ22メートル、避難フロアの標高は25.3メートルで、230人収容できる。

 147段の階段を上って避難フロアに出ると、眼前に太平洋が広がっていた。

 東北・三陸沿岸の被災地でよく見る巨大な防潮堤や防波堤はない。ここでは人々がまさに海と一体となって生きている。

 「このタワーは町の約160の避難場所の一つ。高台へ逃げる203ほどの避難道も8割が完成しました」と、町地域住民課の吉門要さん(29)は説明してくれた。

 海の反対側を見ると、きれいに整備された避難道が裏山へと続いているのが見えた。

 浜町地区に津波の第一波が押し寄せるには、地震発生から10~20分後。タワーは、それまでに高台にたどり着けない「非難困難区域」の住民のための避難場所だ。

 「うちの地区で「想定外」とか「まさか」とか、そんな言葉は使わないようにする。そのために、とにかく避難訓練をして、足りないものは町に要望していく」と、区長の吉本幸さん(81)は言った。タワーや避難道は、その成果である。」と教えてくれた。

 最後に筆者は、「政府の検討会が2012年3月末に34.4メートルの津波想定を発表した直後、黒潮町の大西勝也町長(46)は役場の全職員を防災担当とし、町内の61地区に割り振った。

 「当時、「逃げない」「逃げても無駄」という町民が多くいたことは事実。

 でも、それは本音なのか。

 町民は何を恐れているのか。

 客観的に評価することから始めた。

 地区ごとに町民との対話集会や懇談会を重ね「助かるとはどういうことか」「助かるために何が必要か」を話し合った。

 さらに世帯ごとに「自力避難の可否」「避難先」「非難にかかる時間」「非難上の心配事」などを記した「非難カルテ」をつくってもらい、これを基に地区の人々が主体となって防災計画づくりを進めている。目標は、「犠牲者ゼロ」ある。

 「地域にとって一番大切なのは、自分たちが住んでいるところに誇りを持つこと。「こんな町 危ない」と一時は失いつつあったその誇りを町民が自らの力でとりもどしてきた」と、大西町長は話した。

 地域への誇りを、どうやって取り戻すか。それは東日本大震災の被災地が抱える課題でもある。「復興とはどういうことか」。皆で、あらためて考えたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「今から1300年以上も前の684年、日本列島を大地震が襲う。「白鳳地震」。

 「日本に書紀」に土佐の国で広大な土地が水没して海になった」とする記述が残る」とのこと、

 「加茂八幡宮の境内に二つの石碑が立つ」とのこと、

 「「安政津波の碑」は幕末の1854年、「南海大地震の碑」は1946年に、それぞれこの地を襲った巨大地震を伝える」とのこと、

 「「満眼に全家なし」「家の漂流する事数を覚ず」と安政津波の碑は記す。」とのこと、

 「当時の土佐藩では、この地震と津波で370余の命が奪われた」とのこと、

 「神社のそばに、真新しい「津波避難タワー」が見えた。太い鋼管を組み上げたやぐらのような構造で、上部の避難フロアは標高17.5メートル。100人を収容できる」とのこと、

 「地区ごとに町民との対話集会や懇談会を重ね「助かるとはどういうことか」「助かるために何が必要か」を話し合った」とのこと、

 「さらに、世帯ごとに「自力避難の可否」「避難先」「非難にかかる時間」「非難上の心配事」などを記した「非難カルテ」を作ってもらい、これらをもとに地区の人々が主体となった防災計画づくりを進めている。目標は「犠牲者ゼロ」である」とのこと、等々を知ることができた。

 町長を先頭に地域が一体となって「犠牲者ゼロ」を目指した取り組みの実戦には頭が下がった。

 

 

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-11 15:01 | 朝日新聞を読んで | Trackback