憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:朝日新聞を読んで( 787 )

813日付朝日新聞社説に、エネルギー基本計画のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「電気や熱などのエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直し論議を始めた。

 世耕弘成経産相は「基本的に骨格は変えない」と語った。

 しかし、小幅な手直しで済む状況ではない。

 今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。世界に目を向けると、先進国を中心とした原子力離れに加え、地球温暖化対策のパリ協定発効に伴う脱石炭火力の動き、風力・太陽光など再生可能エネルギーの急速な普及と言った変化の大きな波が起きている。

 日本でも将来像を描き直す必要がある。

 まず土台に据えるべきは脱原発だ。温暖化防止との両立はたやすくはないが、省エネ・再エネの進化でハードルは下がってきた。経済性や安定供給にも目配りしながら、道筋を探らなくてはならない。」と切り出した。

 続けて社説は、「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「需要なベースロード電源」と位置づけた。

 新規制基準にそって再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる。

 計画をもとに経産省が15年にまとめたエネルギー需給見通しは、原発回帰の姿勢がさらに鮮明だ。30年度に発電量の2割を原発でまかなうと想定する。30基ほどが動く計算で、再稼働だけでなく古い原発の運転延長か建て替えも多く必要になる。

 だが、原発政策に中立的な専門家からも「現実からかけ離れている」と批判が出ている。

 事故後、原発に懐疑的な世論や安全対策のコスト増など、内外で逆風が強まっているからだ。

 原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている。

 次の基本計画では、原発を基幹電源とすることをやめるべきだ。「依存度低減」を空証文にせず、優先課題に据える。そして、どんな取り組みが必要かを検討し、行程を具体的に示さねばならない。」と指摘した。

さらに社説は、「脱原発と温暖化対策を同時に進めるには、省エネを徹底し、再エネを大幅に増やすことが解になる。

 コストの高さなどが課題とされてきたが、最近は可能性が開けつつある。

 省エネでは、経済成長を追求しつつエネルギー消費を抑えるのが先進国の主流だ。ITを使った機器の効率的な制御や電力の需要調整など、技術確信が起きている。

 かって石油危機を克服した時のように、政策支援と規制で民間の対応を強く促す必要がある。

 再エネについては、現計画も「導入を最大限加速」とうたう。ここ数年で太陽光は急増したが、風力は伸び悩む。発電量に占める再エネの割合は1割台半ばで、欧州諸国に水をあけられている。

 本格的な普及には障害の解消が急務だ。例えば、送電線の容量に余裕がない地域でも、再エネでつくった電気をもっと流せるように、設備の運用改善や、必要な増強投資を促す費用負担ルールが求められる。

 世界では風力や太陽光は発電コストが大きく下がり、火力や原子力と対等に競争できる地域が広がっている。日本はまだ割高で、設備から運用まで効率化に知恵を絞らなければならない。

 再エネは発電費用を電気料金に上乗せする制度によって普及してきたが、今度は国民負担を抑える仕組みづくりも大切になる。

 一方、福島の事故後に止まった原発の代役として急増した火力発電は、再エネ拡大に合わせて着実に減らしていうべきだ。

 現計画は、低コストの石炭火力を原発と並ぶ基幹電源と位置づけ、民間の新設計画も目白押しだ。しかし、二酸化炭素の排出が多いため、海外では依存度を下げる動きが急務だ。火力では環境性に優れる天然ガスを優先する必要がある。」と指摘した。

 最後に社説は、「今回の計画見直しでは、議論の進め方にも問題がある。

 経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部らが並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人々は一握りだ。

 これで、実のある議論になるだろうか。海外の動向や技術、経済性に詳しい専門家を交え、幅広い観点での検討が欠かせない。

 資源に乏しい日本では、エネルギーの安定供給を重視してきた。その視点は必要だが、原発を軸に政策を組み立てる硬直的な姿勢につながった面がある。

 世界の電力投資先は、すでに火力や原子から再エネに主役が交代した。国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「電気や熱などエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直しを論議を始めた」とのこと、

「今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。」との指摘、

 「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「重要なベース電源」と位置づけた。新規制基準に沿って再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる」との指摘、

 「原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている」との指摘、

 「経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部が並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人は一握りだ」との指摘、

 「世界の電力投資先は、すでに火力や原子力から再エネに主役が交代した」との指摘、

 等々を知って、社説の「国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない」との意見に賛同し、あわせて日本の企業が再エネ社会をリードし、日本国内の雇用増に貢献してほしいと思った。 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-19 06:34 | 朝日新聞を読んで | Trackback

811日付朝日新聞社説に、加計学園問題が載った。

 今日は、この社説に学ぶことにした。

まず社説は、「新たな事実が、また明らかになった。

 加計学園の獣医学部新設問題で、学園の事務局長が愛媛県今治市の課長らとともに154月に首相官邸を訪れ、国家戦略特区を担当する柳瀬唯夫・首相秘書官(当時)に面会していた。

 朝日新聞の取材に関係者が認めた。県と市が特区に手を挙げる2か月も前のことだ。

 秘書官は各省庁から選ばれた官僚で、一番近いところで首相を支える。その人物が、構想が正式に提案される以前に、市の職員らにわざわざ時間を割く。この特別扱いは何ゆえか。

 柳瀬氏は先月の参院予算委員会で、面会について「記憶にない」を繰り返した。納得する人がどれだけいるだろう。

 合わせて浮上するのは、安倍首相の答弁に対する疑念だ。

 首相は加計学園が戦略特区に関わっているのを知ったのは、事業主体に決まった171月だという。柳瀬氏が面会した時点で「今治と加計は一体」と認識したとみるのが自然だが、それから19か月もの間、情報は首相と共有されなかったのか。改めて説明を求める。」と切り出した。

 続けて社説は、「新事実はこれだけではない。

今治市が名乗りをあげた156月、別の学園幹部が特区ワーキンググループ(WG)による同市へのヒアリングに出席し、発言していたことがわかった。

 しかし、公表された議事要旨にはその記録はない。より詳しい議事録が後日公表されると言われていたが、両者はほぼ同じものだという。

 「議論はすべてオープン」で「一点の曇りもない」――。首相とWGがしてきた説明に、いくつもの疑問符が付いた。

 信じられないのは、154月の官邸の入館記録も、6月のWGの議事録要旨の基になった速記録も、いずれも「廃棄した」と政府が説明し、、平然としていることだ。

 真相を解明するカギになりそうな物証は、官邸にも内閣府にも一切残ってない。何ともおかしな話である。」と指摘した。

 最後に社説は、「他にも、競合相手を押しのけ「今治―加計」に決着するまでの関係大臣の協議内容なども判然とせず、行政の意思決定の道筋をたどることは、きわめて難しくなっている。

 透明さを欠き、国民の知る権利を踏みにじる行為と言わなければならない。支持率が急落し、東京都議選で大敗して以降、首相はしきりに「反省」を口にし、辞を低くする。だが、加計学園が選ばれるまでに実際に何があったのかを、包み隠さず明らかにならなければ、国民の信頼を取り戻すことなど望むべくもない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「加計学園の獣医学部新設問題で、学園の事務局長が愛媛県今治市の課長らとともに154月に首相官邸を訪れ、国家戦略特区を担当する柳瀬唯夫・首相秘書官(当時)に面会していた。朝日新聞の取材に関係者が認めた」とのこと、

 「柳瀬氏は先月の参院予算員会で、面会について「記憶にない」を繰り返した。」とのことの疑問、

 「首相は、加計学園が戦略特区にかかわっているいるのを知ったのは、事業主体に決まった171月だという。柳瀬氏は面会した時点で「今治と加計は一体」と認識したとみるのが自然だが、それから19か月もの間、情報は首相と共有されなかったのか。」との疑問、

 「今治市が名乗りを上げた158月、別の學園幹部が特区ワーキンググループ(WG)による市へのヒアリングに出席し、発言していたことが分かった」とのこと、

 「信じられないのは、154月の官邸の入館記録も、6月のWGの議事要旨の元になった速記録も、いずれも「廃棄した」と政府が説明し、平然としていることだ」との疑惑、

 等々を知ることができた。

 社説を読む限り、答弁は透明さを欠き、国民の知る権利を踏みにじる行為が、そのまま放置されていて、それを政権与党が隠蔽を擁護している様相だ。日本の民主主義は終わったの感がしてならない。政治家は与野党を問わず、安倍内閣打倒を叫び、行動すべきではないか、と思った。


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-16 18:52 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月9日付朝日新聞朝刊11面に、「コラムニストの目」という欄がある。

 筆者は、トーマス・フリードマン氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「10年ほど前に、二つの「プラットホーム(情報配信基盤)」企業が米カリフォルニア州に突如出現した。

 話題をさらった一つはウーバーで、携帯電話の簡単な操作でタクシーを呼び、運転手に指示し、運賃を支払い、運転手を評価できるプラットファームを生み出した。このサービスは急成長し、あらゆる人々が空き時間にタクシー運転手になった。

 ただウーバーが明らかにした最終目標は「自動運転車」だった。

 もう一つはAirbnb(エアビーアンドビー)だ。世界中の人が全く見知らぬ人に空いた寝室を何時でも貸し出せる、非常に効率的な信頼できるプラットホームを作った。Airbnbは急成長を続け、今では毎年、ヒルトン系列のホテル全体に匹敵する部屋数を増やしている。

 だが、ウーバーが自動運転車を目指すように、Airbnbも別の目標を持っている。それは「自ら動く人間」と私が呼ぶ人々を生み出すことだ。

 だから、Airbnbが5年後、世界最大規模の家の賃貸サービスであり続けるだけでなく、仕事を生み出す世界最大のプラットフォームの一つになっても驚きはない。Airbnbは信頼のプラットフォームの拡大を粛々と進め、空き部屋の貸し出しだけ活動を超え、人々の情熱を職業につなげ、より多くの「自ら動く人間」を力づけることを可能にしているのだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「心配ご無用、私はAirbnbの株を持っているわけではない。(そうだったらいいのだが)。

 だが創業当時から、創業者の一人でCEO(最高経営責任者)のブライアン・チェスキー氏との対話を通じ、Airbnbの動向を追ってきた。

 それは、私たちが今日直面する最も厄介な社会的な問いへの答えの一部を出してくれると思うからだ。

 その問いとは、「私たちの仕事はすべて、機械とロボットに奪われてしまうのか」というものだ。

 答えはこうだ。「ただ指をくわえてみているだけなら、そうなるかもしれない」。だからAirbnbはそうはさせないようにプラットフォームをつくっている。すべては、部屋を貸す人々がお客さんにこう話しかけるところから始まった。

 「やあ、部屋を気に入ってくれているとうれしいよ。ところで、私はいい料理人でもあるんだ。夕食会を用意しましょうか」このような流れは今まさに始まったところだ。

 「わたしたちは庭を作って、一つの植物を植えた。それがホームシェアリング(民泊)だった」。チェスキー氏はサンフランシスコで朝食取りながら説明した。「今、この庭でほかのどんなものが育つか見ているところなんだ」

 何が育ってるかを見るには、Airbnbのウエブサイトの「宿泊先」ではなく「体験」をクリックしてほしい。自分の情熱から利益を生み出し、内に秘めていた職人技を第2の仕事につなげようとしている無数の人々が見つかるだろう。

 たとえば、ルカさんロレンツォさんのチームは一人152ドルで、イタリアのフィレンツエを訪れる7人を郊外の森にある古民家でいちからパスタを作る旅を案内。

 また、ロンドンでは1人84ドルで、帽子デザイナーのサラさんと一緒に世界で一つだけの帽子を作る方法を3時間で学べる。

 Airbnbの「体験」のサイトが今年、10倍の規模に成長したのは驚くに値しない。チェスキー氏は「人生における最大の資産は家ではなく、それぞれの人が持つ時間と可能性であり、私たちはそれを引き出すことができる」と説明。

 そして自分が引退するときに「Airbnbが世界に1億人の企業家を生み出したと言いたい。」と語った。

 だが、米国内の雇用をめぐる今日の議論には、過剰な恐怖と想像力の欠如が目立つ。それは、「私たちが亡くなっていくものばかりに目を向けているからだ」とチェスキー氏は言った。

 「これからやって来るものに注目する必要がある」」と指摘した。

 最後に筆者は、「実際、この時代の素晴らしい点は、2万5千人を雇用する自動車工場をもつフォード社が町にやってくるのを待つ必要がないことだ。そうした工場は、今では2500台のロボットと千人の人間からなる。

 未来は、地域ならではの特性や熟練した職人、人間の才能を活用することを学ぶ地域社会にかかっている。

 ケンタッキー州ルイビルにエッフェル塔はないが、素晴らしいバアーボン・ウイスキーの蒸留所が林立し、数えきれないほどの観光の機会を作り出している。

 自動車産業で知られるデトロイトにピラミッドはないが、モータウンの音楽に彩られた歴史があり、さまざまなアーテストが観光客向けのコンサートやツアーを企画している。

 これが、米国の中間層の雇用をめぐる課題に対する唯一の答えではない。Airbnbのようなプラットホームはその一つに過ぎない。

 だが、多くの人が自らの情熱を掘り起して喜びと収入を見出していることに奮起しなければならない。

 Airbnbの体験のプラットホームはいま、訪問客が地元の人のようにくらし、その過程で地域社会を豊かにし、新たな雇用を生み出すことを可能にしている。

 チェーニー氏はこう結論付ける。

 これまでの企業がしてきたことの大半は、「自分たちがほしいものを作るために天然資源を引き出して使うことだった」。今日の新しいプラットフォームは、「自分たちがなりたかった自分になる」ために、人間の潜在的な可能性を引き出しているのだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「10年ほど前、二つの「プラットフォーム(情報配信基盤)」企業が米カリフォルニア州に突如出現した」とのこと、

 「話題をさらった一つはウーバーで、携帯電話の簡単な操作でタクシーを呼び、運転手を評価できるプラットフォームを生み出した。このサービスは急成長し、あらゆる人々が空き時間にタクシー運転手になった」とのこと、

 「ただウーバーが明らかにした最終目標は「自動運転車」だった」とのこと、

 「もう一つはAirbnb(エアービーアンドビー)だ。世界中の人が全く見知らぬ人に空いた寝室を何時でも貸し出せる、非常に効率的な信頼できるプラットフォームを作った。Airbnbは急成長を続け、今では毎年、ヒルトン系列のホテル全体に匹敵する部屋数を増やしている」とのこと、

 「だが、ウーバーが自動運転を目指すように、Airbnbも別の目標を持っている。それは「自ら動く人間」と私が呼ぶ人々を生み出すことだ。」とのこと、

 「チェスキー氏は「人生における最大の資産は家ではなく、それぞれの人が持つ時間と可能性であり、私たちはそれを引き出しことができると」説明」とのこと、

 「米国内の雇用をめぐる今日の議論には、過剰な恐怖と想像力の欠如が目立つ。それは「私たちが亡くなっていくものばかりに目を向けているからだ」とチェスキー氏は言った。「これからやって来るものに注目する必要がある。」」とのこと、

 「チェスキー氏はこう結論づける。これまでの企業がしてきたことの大半は、「自分たちがほしいものを作るために天然資源を引出して使うことだった」。今日の新しいプラットフォームは、「自分たちがなりたかった自分になる」ために、人間の潜在的な可能性を引き出しているのだ」とのこと、等々を初めて知ることができた。

 確かに今日、日々の暮らしの中に、ウーバー、自動運転車、家の賃貸サービス等々の言葉を見るようになった。

 それが、二つのプラットホームに由来することも初めて知った。

 また、「私たちがなくなっていくものばかりに目を向ける」のではなく、「これからやって来るものに注目する必要がある」との指摘は、日本における「少子高齢化」対策にピッタリの指摘のような気がした。

 まさに未来志向で、暮らしも、社会も、国家も、世界も、見ていけば、先に必ず明るい未来があるのかもしれない、と思った。

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-16 15:30 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月6日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。 筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「選挙でトップの座を勝ち取った政治が、共感する仲間と「新党」をつくり議会選でも多数派を確保するーー。

 そっくりの現象が続いた。 6月のフランス国民議会選挙と7月の東京都議会選挙だ。

 エマニュエル・マクロン仏大統領も小池百合子都知事も伝統的な大政党から飛出し、既成政党にいた議員らさえも自陣営に合流させた。

 その一人である石毛都議は、民進党に所属し都連の選対委員長だったけれど、選挙前に離党。無所属ながら都民ファーストの推薦を受けて選挙に臨み、当選後に正式に移った。

 「裏切り者」「けしからん」などと批判も受けた。けれども、従来の支持者のあいだでも「いいんじゃないか」と肯定的な反応の方がずっと多かったともいう。

 「当選しないと仕事ができません。議席の少ない会派では自前でできることも限られる。都民の期待に応えるために決意しました。民進党にいたままでは選挙は苦しかったと思う」

 若いころに仏ストラスプール大学などで学び仏語を話し、フランスの事情にも通じている。

 「国と自治体という違いはあるけれど、票を左右の大政党に入れても救わらなかった人たちの支持を得た点で似ている」と感じる。

 「政治エリートらへの不満、不信を抱く人たちの票の受け皿になったのでしょう。世界の民主主義で見られる現象で、米国のトランプ旋風とも通じるところがあるのでは」と話す。

 小池知事自身、「実は彼(マクロン氏)と私はまったく同じことをやっていることに気づきました」と月刊誌「正論」8月号で語っている。

 政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募らせる人々。その不満の「受け皿」を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、2人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「そもそも2人が議会で確保した「与党」は「政党」なのだろうか。

 学習院大学の野中尚人教授は、マクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルから考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る。他方、石毛都議も都民ファーストは「準備段階」にあるという。

 どちらもどこへ向かうのか、まだはっきりしない。「20世紀型」の政党か、あるいは新しい形を創造するのか。いずれにしろ、人気の高い政治リーダーとその仲間という政党未満のグループのままでは、行政府を相対化する議会の視点を持つのは容易ではあるまい。

 「行政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう。

 ただ、議員と議会が真価が問われる場面は来る。マニフェストなどで想定されていなかった重大事が起きたときなどだ。「たとえば4年前、英政府のシリア軍事介入を下院が否決した。与党の保守党が多数派だったにもかかわらず、です」

 政府に同調するばかりでなく、その時の民意をくみ取って、必要なら自律的な判断をくだす。それが求められる。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の付属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた。

 近年、各地で続く劇的な政治現象はそんな議会や政党への異議申し立てともいえる。

 だとすると、フランスや東京都で起きているのは、行政による議会支配の流れを止める動きなのだろうか。むしろ、行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える。

 新しい政治勢力がどんな形であれ「代表されていない」という感覚を解消できるかどうか。難しい課題だと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「学習院大学の野中尚人教授はマクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルから考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る」との指摘、

 「「今日政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう」との指摘、

 「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の付属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた」との指摘、

 「フランスや東京都で起きているいるのは、行政による議会支配の流れを止める動きになるだろうか。むしろ。行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える」との指摘、等々の指摘で多くの考えるヒントを得た。

 「政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募られせる人々。その受け皿を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、二人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない」との筆者に指摘は、その通りだと思った。

 主権者の教育水準も高まり、行政の提案や議員の議決に満足しきれない国民が、特に70年以上戦争せず、しかも世界有数の経済大国・文化大国・教育大国になった日本では、世界のどこよりも増えているかもしれない。

 「代表されていない」という感覚を解消するには、間接民主主義から直接民主主義に転換するのが一番いいかもしれないが、それには憲法改正はじめ、国民合意に時間がかかりそうだ。

 そこで、差し当って、国政、県政、市政、町政、村政すべてにわたって、国民投票、県民投票、市民投票、町民投票、村民投票を採用し、議会及び議員は国民・県民・市民・町民・村民による投票を尊重することにしたら、いいかもしれないと思った。 

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-16 09:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月6日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。

 筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「選挙でトップの座を勝ち取った政治が、共感する仲間と「新党」をつくり議会選でも多数派を確保するーー。

 そっくりの現象が続いた。 6月のフランス国民議会選挙と7月の党と議会選挙だ。

 エマニュエル・マクロン仏大統領も小池百合子都知事も伝統的な大政党から飛出し、既成政党にいた議員らさえも自陣営に合流させた。

 その一人である石毛都議は、民進党に所属し都連の選対委員長だったけれど、選挙前に離党。無所属ながら都民ファーストの推薦を受けて選挙に臨み、当選後に正式に移った。

 「裏切り者」「けしからん」などと批判も受けた。けれども、従来の支持者のあいだでも「いいんじゃないか」と肯定的な反応の方がずっと多かったともいう。

 「当選しないと仕事ができません。議席の少ない会派では自前でできることも限られる。都民の期待に応えるために決意しました。民進党にいたままでは選挙は苦しかったと思う」

 若いころに仏ストラスプール大学などで学び仏語を話し、フランスの事情にも通じている。

 「国と自治体という違いはあるけれど、票を左右の大政党に入れても救わらなかった人たちの支持を得た点で似ている」と感じる。

 「政治エリートらへの不満、不信を抱く人たちの票の受け皿になったのでしょう。世界の民主主義で見られる現象で、米国のトランプ旋風とも通じるところがあるのでは」と話す。

 小池知事自身、「実は彼(マクロン氏)と私はまったく同じことをやっていることに気づきました」と月刊誌「正論」8月号で語っている。

 政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募らせる人々。その不満の「受け皿」を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、2人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「そもそも2人が議会で確保した「与党」は「政党」なのだろうか。

 学習院大学の野中教授は、マクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルからあ考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る。他方、石毛都議も都民ファーストは「準備段階」にあるという。

 どちらもどこへ向かうのか、まだはっきりしない。「20世紀型」の政党か、あるいは新しい形を創造するのか。いずれにしろ、人気の高い政治リーダーとその仲間という政党未満のグループのままでは、行政府を相対化する議会の視点を持つのは容易ではあるまい。

 「行政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう。

 ただ、議員と議会が真価が問われる場面は来る。マニフェストなどで想定されていなかった重大事が起きたときなどだ。「たとえば4年前、英政府のシリア軍事介入を下院が否決した。与党の保守党が多数派だったにもかかわらず、です」

 政府に同調するばかりでなく、その時の民意をくみ取って、必要なら自律的な判断をくだす。それが求められる。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の附属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた。

 近年、各地で続く劇的な政治現象はそんな議会や政党への異議申し立てともいえる。

 だとすると、フランスや東京都で起きているのは、行政による議会支配の流れを止める動きなのだろうか。むしろ、行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える。

 新しい政治勢力がどんな形であれ「代表されていない」という感覚を解消できるかどうか。難しい課題だと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「学習院大学の野中尚人教授はマクロン氏の共和国前進について「20世紀的な組織政党モデルから考えるとまだ政党ではない。そうなるかどうかはこれから。今はまだ過渡的な運動体」と見る」との指摘、

 「「今日政府に調子のいい政治家が登場すると、議会に追随する人は必ず出てくる。行政府を握ったものが議会で多数派の形成に向かうのをやめさせるわけにもいかない」と野中教授はいう」との指摘、

 「多くの国で、議会や政党の力が弱まり、政府の附属物のようになっている。

 国民の声に耳を傾けるよりも政府の方針を支える機関になりはてて、「代表されていない」という感覚を蔓延させた」との指摘、

 「フランスや東京都で起きているいるのは、行政による議会支配の流れを止める動きになるだろうか。むしろ。行政と議会の一体化をいっそう強めようとする動きに見える」との指摘、等々の指摘で多くの考えるヒントを得た。

 「政党につながりを感じることができなくなり、「代表されていない」といういら立ちを募られせる人々。その受け皿を用意する。それは代表制民主主義が危機に直面する時代、議会選挙での勝利の方程式かもしれない。だが、二人のやり方が問題を解決できる政治への方程式とは限らない」との筆者に指摘は、その通りだと思った。

 主権者の教育水準も高まり、行政の提案や議員の議決に満足しきれない国民が、特に70年以上戦争せず、しかも世界有数の経済大国・文化大国・教育大国になった日本では、世界のどこよりも増えているかもしれない。

 「代表されていない」という感覚を解消するには、間接民主主義から直接民主主義に転換するのが一番いいかもしれないが、それには憲法改正はじめ、国民合意に時間がかかりそうだ。

 そこで、差し当って、国政、県政、市政、町政、村政すべてにわたって、国民投票、県民投票、市民投票、町民投票、村民投票を採用し、議会及び議員は国民・県民・市民・町民・村民による投票を尊重することにしたら、いいかもしれないと思った。 

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-16 09:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback

812日付朝日新聞朝刊7面に、「在キューバの米国とカナダの外交官やその家族に、耳が聞こえなくなるなどの原因不明の症状が出ている」ことが載った。

 今日はこの記事を学習することにした。

 まず記事は、「在キューバの米国とカナダの外交官やその家族に、耳が聞こえなくなるなど原因不明の症状が出ていることが分かった。

 米連邦捜査局(FBI)などの捜査では、音波などを使った高性能な機器で攻撃された可能性があるという。米国務省は9日、対抗措置として5月に在米キューバ外交官2人を国外追放した。」と切り出した。

 続けて記事は、「米国務省報道官は9日「首都ハバナに住む数人の外交官に症状が出た」とだけ述べ、詳細を明らかにしなかったが、AP通信によると、症状が出たのは外交官5人前後とその配偶者。

 2016年秋ごろから、突然耳が聞こえなくなるなど原因不明の症状に悩まされ始めたという。

 中には頭痛や吐き気なども伴い症状が重い人もおり、一部の外交官は予定の任期を切り上げて帰国した。その後、FBIの捜査で攻撃の可能性が分かった。

 カナダ政府も10日、少なくとも一人の在キューバのカナダ人外交官が、耳が聞こえなくなる症状を訴えたことを明らかにした。

 AP通信によると、米政府は、キューバ政府が関与しないところで第三国が攻撃した可能性も視野に入れて捜査しているという。」と指摘した。

 最後に記事は、「キューバ政府は9日、「在キューバの外交官やその家族がキューバ国内で危害を加えられることは許されない」との声明を発表し、調査を約束した。

 カナダは15年に米国とキューバが国交を正常化した際、交渉の仲介役となっている。」として締めくくった。

 読んで驚いた。

 「在キューバの米国とカナダの外交官やその家族に、耳が聞こえなくなるなどの原因不明の症状が出ていることが分かった」とのこと、

 「AP通信によると、症状がでたのは外交官5人前後とその配偶者。2016年秋ごろから、突然耳が聞こえなくなるなど原因不明の症状に悩まされ始めたという。中には頭痛や吐き気などを伴い症状が重い人もおり、一部の外交官は予定を切り上げて帰国した。FBIの捜査で攻撃の可能性が分かった」とのこと、

 「カナダ政府も10日少なくとも1人の在キューバ外交官が、耳が聞こえなくなる症状を訴えたことを明らかにした」とのこと、等々を知ることができた。

キューバとアメリカの国交回復を、手放しで喜んでいる人ばかりでないことに気付かされた。

 国家間の有効は善、紛争は悪、と単純に考えていたのだが?

  

 

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-14 07:51 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月3日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。

 筆者は、編集委員・上田俊英氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「高知県西南部の黒潮町。入野松原は延長4キロもの砂浜に沿った、広大な松林だ。数十万本のクロマツの林は、国の名勝に指定されている。7月20日、早朝の松林はひっそりと静まり返っていた。

 この辺りは、鎌倉期ごろまで、海沿いに広がる湖、「潟」だったらしい。今から1300年以上も前の684年、日本列島を巨大地震が襲う。

 「白鳳地震」。

 「日本書紀」に「土佐の国では広大な土地が水没して海になった」とする記述が残る。

 黒潮町域の被害は不詳だが、今の町の前身の一つ、旧大方町の「町史」は「大方は大潟の転字ではないか」と記す。

 白鳳地震で陥没した入野平野に海水が浸入し大きな潟になったというのである。

 松原を進むと、一角に加茂八幡宮があった。境内に二つの石碑が立つ。

 「安政津波の碑」は幕末の1854年、「南海大地震の碑」は」敗戦直後の1946年、それぞれこの地を襲った巨大地震を伝える。

 「満眼に全家なし」

 「家の漂流する事数を覚ず」と、安政津波の碑は記す。見渡す限り家はすべてなくなり、無数の家が漂流した。津波は7度に及び、田やあぜは「海と成る」とある。当時の土佐藩では、この地震と津波で370余の命が奪われた。

 神社のそばに、真新しい「津波避難タワーが見えた。太い鋼管をくみ上げたやぐらのような構造で、上部の避難フロアは標高17.5メートル。百人を収容できる。

 そう、ここは巨大津波の町、太平洋沖の南海トラフ沿いで巨大地震が起これば、最大で34.4メートルの津波が襲うと想定されている。その高さは全国最大だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「黒潮町の浜町地区は、もう一つの町の前身、旧佐賀町の中心だ。カツオの一本釣り漁の拠点として栄えてきた。

 細い道を挟んで家々がひしめくこの漁師集落にも津波避難タワーがあった。

町内に6か所建設されたタワーの中で最後に、今春完成した。

 高さ22メートル、避難フロアの標高は25.3メートルで、230人収容できる。

 147段の階段を上って避難フロアに出ると、眼前に太平洋が広がっていた。

 東北・三陸沿岸の被災地でよく見る巨大な防潮堤や防波堤はない。ここでは人々がまさに海と一体となって生きている。

 「このタワーは町の約160の避難場所の一つ。高台へ逃げる203ほどの避難道も8割が完成しました」と、町地域住民課の吉門要さん(29)は説明してくれた。

 海の反対側を見ると、きれいに整備された避難道が裏山へと続いているのが見えた。

 浜町地区に津波の第一波が押し寄せるには、地震発生から10~20分後。タワーは、それまでに高台にたどり着けない「非難困難区域」の住民のための避難場所だ。

 「うちの地区で「想定外」とか「まさか」とか、そんな言葉は使わないようにする。そのために、とにかく避難訓練をして、足りないものは町に要望していく」と、区長の吉本幸さん(81)は言った。タワーや避難道は、その成果である。」と教えてくれた。

 最後に筆者は、「政府の検討会が2012年3月末に34.4メートルの津波想定を発表した直後、黒潮町の大西勝也町長(46)は役場の全職員を防災担当とし、町内の61地区に割り振った。

 「当時、「逃げない」「逃げても無駄」という町民が多くいたことは事実。

 でも、それは本音なのか。

 町民は何を恐れているのか。

 客観的に評価することから始めた。

 地区ごとに町民との対話集会や懇談会を重ね「助かるとはどういうことか」「助かるために何が必要か」を話し合った。

 さらに世帯ごとに「自力避難の可否」「避難先」「非難にかかる時間」「非難上の心配事」などを記した「非難カルテ」をつくってもらい、これを基に地区の人々が主体となって防災計画づくりを進めている。目標は、「犠牲者ゼロ」ある。

 「地域にとって一番大切なのは、自分たちが住んでいるところに誇りを持つこと。「こんな町 危ない」と一時は失いつつあったその誇りを町民が自らの力でとりもどしてきた」と、大西町長は話した。

 地域への誇りを、どうやって取り戻すか。それは東日本大震災の被災地が抱える課題でもある。「復興とはどういうことか」。皆で、あらためて考えたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「今から1300年以上も前の684年、日本列島を大地震が襲う。「白鳳地震」。

 「日本に書紀」に土佐の国で広大な土地が水没して海になった」とする記述が残る」とのこと、

 「加茂八幡宮の境内に二つの石碑が立つ」とのこと、

 「「安政津波の碑」は幕末の1854年、「南海大地震の碑」は1946年に、それぞれこの地を襲った巨大地震を伝える」とのこと、

 「「満眼に全家なし」「家の漂流する事数を覚ず」と安政津波の碑は記す。」とのこと、

 「当時の土佐藩では、この地震と津波で370余の命が奪われた」とのこと、

 「神社のそばに、真新しい「津波避難タワー」が見えた。太い鋼管を組み上げたやぐらのような構造で、上部の避難フロアは標高17.5メートル。100人を収容できる」とのこと、

 「地区ごとに町民との対話集会や懇談会を重ね「助かるとはどういうことか」「助かるために何が必要か」を話し合った」とのこと、

 「さらに、世帯ごとに「自力避難の可否」「避難先」「非難にかかる時間」「非難上の心配事」などを記した「非難カルテ」を作ってもらい、これらをもとに地区の人々が主体となった防災計画づくりを進めている。目標は「犠牲者ゼロ」である」とのこと、等々を知ることができた。

 町長を先頭に地域が一体となって「犠牲者ゼロ」を目指した取り組みの実戦には頭が下がった。

 

 

 

 

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-11 15:01 | 朝日新聞を読んで | Trackback

7月30日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。

 筆者は、編集委員・福島申二氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「戦争にテロ、憎しみの連鎖を断ち切れずにいるこの地上で、一粒の希望の種のような記事を6月末の新聞で見た。

 南米コロンビアで、半世紀にわたる闘争を続けてきた反政府ゲリラ組織が、政府との和平合意に基づいて武装解除を終えた。

 自動小銃など多くの武器が国連派遣団に引き渡され、約7千人のメンバーは戦闘服を脱いだ。

 その一人のことががよかった。

 「敵を殺す生活から、子を育て、種をまく人生が始まる」。12歳で戦争孤児になり、戦闘員なった30代の男性だ。

 国民同士が殺し合った歴史と憎しみの克服はよういではあるまい。

 しかし、そこには未来から差し込む光がある。

 和平を導いた同国のサントス大統領には昨年ノーベル平和賞が送られている。

 そして、これを「明」とするなら、平和賞を巡る「暗」のニュースが、同じ紙面に並ぶように乗っていた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「西側で死にたい」、と見出しにあった。獄中で末期がんを病む中国の民主化活動家、劉暁波氏が欧米への移送を望んでいると記事は伝えていた。

しかし、望みはかなわぬまま、2週間後に拘束下で死去したのは周知のとおりである。

 あたり前のことだが、ノーベル平和賞は栄誉の裏には不幸をはらむ。戦乱でも抑圧でも、事態が深刻で、虐げられた人々が多いほど衆目を集める。ときには受賞者自身が苦難を象徴することがある。

 平和賞の歴史をひもとくと、獄中で受賞し、しかも獄死した人物が劉氏の前に1人だけいる。

 「カール・フォン・オシエツキーの生涯」(加藤善夫著、晃洋書房)という本にいきさつは詳しい。台頭するナチズムに立ち向かった。ドイツの言論人にして平和運動家だった。

 身に危険が迫るなか、周囲は亡命を勧めたがオシエツキーは拒み続けた。その理由を大意こう述べている。

 「国境を超えてしまったものが故郷に叫びかけても、その声はうつろである。その者は外国の宣伝ピーカーの一つになってしまう。有効に闘うことを望むなら、国内にとどまって普通の人々と運命を共有しなければならない」

 同じ志を、劉氏も持っていたのだと思う。

 天安門事件のときは「安全地帯であった米国から忠告を振り切って帰国した。事件で投獄されたが、釈放後も亡命の道は選ばず執筆活動を続けた。発表文の末尾には年月日と「北京の自宅にて」と記すのが常だったという。

 さかのぼれば、オシエツキーへの受賞はヒトラーを激憤させ、のちにノーベル賞委員会は全員ナチスに逮捕された。しかしこのとき示された反ファシズムの先見性と勇気は、戦後に「永久的功績」とたたえられることになる。

 片やその時代、諸国の指導層は急伸するナチスに優柔不断な態度を取り、それがひいては、「民主主義の敵」に取り返しのつかぬ弾みをつけさせたとされる。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「5年前のこと、アウンサンスーチー氏がノルウェーのオスロでノーベル平和賞の「受賞演説」に立った。1991年の受賞の時には軍政下のミャンマーで自宅監禁を強いられていて、式に出席できなかた。祖国に民主化が兆すなかで21年後の登壇がかなえられた。

 そのような日が、劉氏に来ることはなかった。

 だが抑圧の苦境で「最大の善意を持って政権の敵意に向き合う」と述べていた言葉に、多くの人が非暴力抵抗の気高さを見た。

 時代も状況も異なるが、ノーベル平和賞の歴史において中国政府は、ナチスドイツと並ぶ汚名を刻んだといっても過言ではない。

 冒頭のコロンビアの話が一粒の希望の種なら、劉氏は一粒の麦であろう。「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」。名高い言葉を恐れるかのように中国国内の締め付けは厳しさを増す。

 一つのノーベル賞の背後に、どれだけの理不尽と悲嘆があるかを想像したい。国際社会は腫物にさわるかのような優柔不断と沈黙で、自由と民主主義の普遍的な価値を損ねてはなるまい。それでは、劉氏を二度死なせることになる。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「南米コロンビアで、半世紀にわたる闘争を続けてきた反政府ゲリラが、政府との和平合意に基づいて武装解除を終えた」とのこと、

 「和平を導いた同国のサントス大統領には昨年のノーベル平和賞が贈られるている」とのこと、

 「平和賞の歴史をひもとくと、獄中で受賞し、しかも獄死した人物が劉氏の前に一人だけいる。

 「カール・フォン・オンエツキ―の生涯「(加藤善夫著、晃洋書房)という本にいきさつは詳しい。台頭するナチズムの立ち向かった、ドイツの言論人にして平和運動家だった」とのこと、

 「身に危険が迫るなか、周囲は亡命を勧めたがオシエツキーは拒み続けた。その理由を大意こう述べている。

 「国境を越えてしまったものが故国に呼びかけても、その声はうつろである。その者は外国の宣伝スピーカーの一つになってしまう。有効に闘うことを望むなら、国内にとどまって普通の人々と運命を共有しなければならない」とのこと、

 「同じ志を、劉氏も持っていたのだと思う。 

 天安門事件のときには「安全地帯」であった米国から忠告を振り切って帰国した。事件で投獄されたが、釈放後も亡命の道を選ばず執筆活動を続けた。発表文の末尾には年月日と「北京の自宅にて」と記すのが常だったという」とのこと、

 「さかのぼれば、オシエツキーへの受賞はヒトラーを激憤させ、のちにノーベル賞委員会の委員は全員ナチスに逮捕された」とのこと、

 「劉氏は苦境の中で「最大の善意をもって政権の敵意に向き合う」と述べていた言葉に、多くの人がい暴力の気高さをみた」とのこと、

 等々を知ることができた。

 佐藤前総理がノーベル平和賞を送られた時は、昨今の受賞者のように、日本中で喜び合った印象はない。自分的には、佐藤前総理にノーベル平和賞が送られたことによって、今まで持っていた「ノーベル平和賞」へのイメージが一気に損なわれたという気がした、ことを思い出した。

 しかし、劉氏とオシエツキー氏へのノーベル賞は、ノーベル賞の価値を格段に向上させたことは、間違いない、と思った。

 命がけで、ナチスと闘い、一党独裁国家の習近平氏と闘う、その勇気は一体どこから来るのだろうか? 
 日本政府のお墨付き「有識者」に、彼らの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい、と切に思った。

  

 

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-03 06:31 | 朝日新聞を読んで | Trackback

7月27日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「7月初旬、ソバ畑は可憐な白い花が咲き競っていた。会津盆地北西に位置する福島県喜多方市を訪ねた。

 江戸期から明治初頭にかけて、侍の町、会津若松に対し、周辺の農産物の流通や隣県・越後(新潟県)との交易を担う商都として発展。

 いまも市街地を水田や畑が囲む商と農の地だ。

 そんな穏やかな風景の所々に「自由万歳圧政撲滅」の幟が上がり、闘いの嵐が吹き荒れた時がある。

 明治15(1882)年、旧薩摩藩士、三島通庸が現在の知事に当たる福島県令に赴任してからである。

 「土木県令」の異名を持ち、道路や大型施設の建設を熱心に進めた。特に道路の建設を熱心に進めた。特に道路は経済発展の起爆剤だけでなく時代の変化を住民に示す役割を期待した。

 会津若松を中心に日光(栃木県)、新潟、米沢(山形県)3方面に延びる「三方道路」を打ち出す。

 費用の集め方が乱暴で強権的だった。

 会津地方6郡の住民15歳以上60歳以下の男女に、毎月1日間、2年にわたり道路建設につくことを求め、できないなら男は1日15銭、女は10𥒎の「代夫銭」を治めよ、と定めた。

 そればかりか、工事開始前にも3か月分の「代夫銭」の負担を命じた。

 米一升で5銭前後の当時、夫婦で75銭は重い。路線から遠い住民から反対の声があがった。

 赴任の翌月、三島は「集会届」を厳達。

 政治談議でない集まりも禁じた。

 政府も「集会条例」を改定、政党員の舞簿提出を義務付け、地方支部の設置を禁止した。

 福島の自由民権運動の拠点、自由党福嶋支部は解消を余儀なくされる。聞く耳持たずの弾圧に、民衆は反発の火種を炎上させる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「市北部の久山寺に行く。

 史跡案内は「会津各村の総代74名が日没ころから会合し、自分たちの権利を恢復し、幸福を保全することを盟約」「同盟に加わった4083名には、一人10銭づつ拠出を決め」「民意を無視して強行されつつある三方道路の開削を訴訟で覆そうとはかった」と記す。

 集会届をかいくぐって集まった人たちの怒りと熱気が、今も伝わる。

 元県立高校教諭で自由民権運動の研究家、山崎四朗さん(76)は「寺は住民が集まって話し合う場所でした。会津盆地の東西南北から代表が来ました」と話す。

 三島は反対派住民を拘束させ、代夫銭を拒む家の財産を差し押さえ競売にかけた。

 農民らは警察に財産保護願を出して抵抗したが、逆に誣告罪で告発される始末。

 11月28日、捉えられた農民を心配した人々が、逮捕の理由を問いただそうと、喜多方の南、弾正ケ原にに集結。

 警察に向かうが、何者かの投石をきっかけに抜刀した警官が農民を襲い、暴力沙汰になる。

 事件を聞いた三島は「官民乱暴セシニツイテハ好機会故、関係ノモノ総テ捕縛セヨ」と指令。和解や説得の余地はなかった。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「三島と農民との対立の構図はその後も続く。

 三浦文次、横山信六、原利八の喜多方農民を含む急進的活動家たちは、三島ら政府要人をの暗殺を計画して途中で露見。

 明治17年9月、茨城県の加波山で武装蜂起するが逮捕される。

 三浦、横山は死刑、原も北海道空知の囚人収容施設で獄死する。

 喜多方市熱塩加納町の曹洞宗示現寺の境内には「事件の意義と自由の魁となった志士たちの遺徳や業績を偲び、今後の国づくりや地域づくりへの情熱が呼び起こされることを祈念」して、地元の有志が建てた彼ら3人の顕彰墓が残されている。

 彼らの遺族の一人にお会いした。

 仏間に志士の写真が掲げられていた。

 「権力者は自分たちの都合のいいように歴史を書いていく。それを私らがあきらめるか、反抗するか。自分にできるかどうかわからないが、いいところもあった彼らの思いや行いを、語り継いでいかなければならないと思います」と、静かだが確かな口調で話された。

 私たちは、先人が理不尽な権力、強圧的な政治でも、ずっと従順に服してきたと思いがちだ。

 しかし、最初から敵視し、人として尊重しない相手には、屈せず、抗い闘った民衆がいたことを忘れてはならない。

 真っ当な批判もきちんと受け止めず、逆に「印象操作」と言いつのる権力者と三島がダブって見える。

 私たち、とりわけ新聞人はいまこそ、勇気を奮って、「ならぬものはならぬ」と声を上げるときである。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。 

 筆者は「7月初旬。ソバ畑は可憐な白い花が咲き誇っていた。会津盆地北西に位置する福島県喜多方市を訪ねた」とのこと、

「穏やかな風景の所々に「自由万才 圧政撲滅」の幟があがり、闘いの嵐が吹き荒れた時があった。明治15年(1882)年、旧薩摩藩士三島通庸が現在の知事に当たる福島県令に赴任してからのである」とのこと、

 筆者は「市北部の久山寺に行く。史跡案内は「会津各村の総代74名が日没ごろから会合して、自分達の権利を恢復し、幸福を保全する盟約」「同盟に加わった4083名には、一人10銭づつ拠出を決め」「民意を無視して強行されつつある三方道路の開削を訴訟で覆そうとはかった」と記す」とのこと、

 「三島は反対派住民を拘束させ、代夫銭を拒む家の財産を差し押さえ競売にかけた。農民らは警察に財産保護願を出して抵抗したが、逆に誣告罪で告発される始末。」とのこと、

 「三島と農民との対立の構図はその後も続く。

 三浦文次、横山信六、原利八の喜多方農民を含む急進的な活動家たちは、三島ら政府要人の暗殺を計画して途中で露見。明治17年9月、茨城県の加波山で武装蜂起するが逮捕される。 三浦、横山は死刑、原も北海道空知の囚人収容所で獄死する」とのこと、

 「喜多方市熱塩町の曹洞宗示現寺の境内には「事件の意義と自由の魁となった志士たちの遺徳や業績を偲び、今後の国づくりや地域づくりへの情熱が呼び起こされることを祈念」して、地元の有志が建てた彼ら3人の顕彰碑が残されている」とのこと、等々を知ることができた。

 またまた、知らなかったことで、知っておくべきこと、の一つを教えてもらった。

 いまは、日本国憲法の下で、基本的人権が守られている。新聞も朝日、毎日、東京等々、権力監視を怠らない新聞社がある。

 普通選挙もある、国民投票もある。デモもできる、国会前での集会もできる。多数の国民がその気にさえなれば、内閣はいつでも変えられる時代だ!!

 

 

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-02 06:41 | 朝日新聞を読んで | Trackback

7月31日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、政治部次長・高橋純子氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「週に一度はランチに通う、お気に入りの定食屋さん。味がよく値段も手ごろな人気店。満席のため並んで待つこともしばしばだった。

 ところが、仕事の都合で3カ月ほどご無沙汰したのち訪ねたら、客は私一人だけ。どこか荒んだ空気が漂う店内で焼き魚定食を食す。

 ん? 変わらずおいしい。でもこれは早晩つぶれるなと店を出た。その通りになった。

 本当の原因は知らない。ただ、たとえ味や値段は変わらなくても、かっての行列が途絶え閑散ととした店に通う気はしない。

 人気が衰えた店はどうにも陰気で、ますます客足を遠のかせるーーーそうです。

 私はこの思い出話に、安倍内閣の支持率続落を重ね合わせているわけです」と切り出した。

 続けて筆者は、「支持率に一喜一憂するのは端的に言って愚かしい。
 しかし、現政権にとって支持率の低下は致命的だ。

 なぜか。

 安倍晋三首相が自らの政治の正当性を、支持率の高さによって根拠づけてきたからだ。

 4月。民進議員が森友問題に関し、世論調査では「納得できない」が約8割として首相に説明を促すよう求めると、「内閣支持率は53%。民進党の支持率もご承知の通り」と薄笑いを浮かべ、拒んだ。

 少数意見に耳を傾ける。幅広い合意を得る。政治の正当性は、プロセスが正しくあることによって担保されうるのに、どれもこれもかなぐり捨てて、「数」を頼みに暴走を繰り返した。それでも首相が高い支持率を維持できたのは「フィルター」の効果によりところが大きい。

 「私たちは、(略)ファン越しに、というかファン込みで、アイドルを見るのである。ファンの人垣は、一種のフィルターの役割を果たす。ファン以外には何の価値もないそのアイドルの一挙手一投足に、少なくとも価値があるであろうことを認識させる効果ぐらいはある」(ナンシー関「何様のつもり」)

 有名無名、首相の熱烈なファンは確かにフィルターとして機能し、「強引」「傲慢」は「実行力」に変換されて拡散、ファンの外側に分厚い「消極的支持層」を育んできた。

 どころがその、なんたってアイドルな構図が崩れた。
 いつ?
 「安倍やめろ!」の横断幕が広げられ、「帰れ」コールを書いた都議選の最終日だ。

 首相がコールを無視し、人垣の内側にとどまっていれば、往時に比べ衰えたとはいえフィルター効果が稼働し、「一部に抗議の声」で終わったかもしれない。

 しかし、首相はよりによって「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と、ファン越しに首相を見ていた消極的支持層までをも指さしてしまった。人垣の外の世界と直つながり、フィルターを自ら無効化しちゃたのだ。

 俺様何様真っ逆サマー。暑い。」と指摘した。

 最後に筆者は、「はてさて内閣改造である。人気が下がったのも、店の空気が荒んだのも、「お前のせいだ」と言われている店長指導でスタッフを入れ替え「冷やし中華始めました」ならぬ「丁寧始めました」としたくらいで各足は戻るか。そんな例、過去にあった。

 記憶に御座いません。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「4月。民進党議員が森友問題に関し、世論調査では「納得ができない」が8割として首相に説明を促すよう求めると、「内閣支持率は53%。民進党の支持率もご承知の通り」と薄笑いを浮かべ、拒んだ」とのこと、

 「有名無名、首相の熱烈なファンは確かにフィルターとして機能し、「強引」「傲慢」は「実行力」に変換されて拡散、ファンの外側に分厚い「消極的支持層」を育んできた」とのこと、

 「ところがその、なんたってアイドルな構図が崩れた。いつ?「安倍やめろ!」の横断幕が広げられ、「帰れ」コールが響いた都議選最終日だ」とのこと、

 「首相はよりによって「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と、ファン越しに首相を見ていた消極的支持層までをも指さしてしまった。

 人垣の外の世界と直につながり、フィルターを自ら無効化しちゃったのだ!!」とのこと、

 等々を知ることができた。

 また、ナンシー関「何様のつもり」の存在を教えてもらい、中で「私たちは、(略)ファン越しに、というかファン込みで、アイドルを見るのである。ファンの人垣は、一種のフィルターの役割を果たす。ファン以外に何の価値もないそのアイドルの一挙手一投足に、少なくとも価値があるであろうことを認識させる効果ぐらいはある」とあることを知った。

 大勢の人を集めて、主催者を価値あるものの如くみせ、参加者を自己陶酔させる。そんな、光景を歴史的にも、今日的にも数多く見ている。そのことの意味を初めて知ることができた。

 歴史の風雪にも耐える「人」「モノ」を見極める「眼力」を磨き、フィルターに惑わされないようにしなければ、と思った。

 

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-08-01 07:23 | 朝日新聞を読んで | Trackback