憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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6月18日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・福島申二氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「梅雨入りの雨にぬれる長崎の浦上天主堂で、胴体を失って頭部だけが残った二つにマリア像を見た。

 同じ祭壇に安置された聖母はそれぞれに、20世紀に起きたむごい戦禍を私たちに伝える。

 長崎の原爆投下と、スペインのゲルニカへの無差別爆撃である。

 かって、浦上天主堂の正面祭壇には美しい寄席木造りのマリア像が置かれたいた。

 しかしあの日、爆心地から500メートルにあった天主堂は一瞬のうちに壊滅する。

 秋になって復員してきた一人の神父が、廃墟のがれきから奇跡のようにマリアの頭部を見つけた。かき抱くように持ち帰って大切にしたのが、今では知る人も増えた「被被爆のマリア」である。

 ゲルニカ空爆は、原爆より8年前の1937年4月26日に起きた。民衆を標的にした空からの無差別殺戮の先駆けとされ、ピカソが怒りの絵筆をとった対策でも知られる。

 ここでも破壊された教会から焼け残ったマリア像の頭部が見つかり、長く大切に保管されてきた。

似た過去を持つ二つのマリアは、互いの都市の人々を平和交流で結んだ。

 原爆投下から70年の一昨年には、先方から長崎にマリアのレプリカが送られて教会の祭壇に安置された。ゲルニカに始まる非人道の行き着いた先が原爆投下だったことを思えば、焦土に残った二つのマリアは、偶然とはいえ何かの意思が働いたかのように思われてならない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「この4月、ゲルニカは空爆から80年を迎えた。今度は長崎からの巡礼団が被爆マリアのレプリカを携えて追悼行事に出席した。

 マリアのほおは黒く焼け焦げ、水晶の両眼は失われて深い空洞となって、ひとたび見れば忘れがたい。

 「戦争の犠牲者や今も苦しむ人々に悲しげに寄り添い、もう争いはやめよと語りかけてくるお顔です」と、巡礼団を率いる高見三明大司教(71)は言う。

 自身も母親の胎内で被爆し、祖母ら身内が亡くなった。その高見さんが「被爆国の自覚がない。あまりにも」と言葉を強めるのが、核兵器禁止条約交渉への日本の不参加だ。

 3月末、国連議場の無人の日本政府代表席に、「あなたがここにいてほしい」と英語で書かれた嘆きの折り鶴が置かれたのを、ニュース写真などでご記憶のかたもあろう。

 日本政府の軍縮大使は核保有国に足並みをそろえるように、わざわざ核禁止条約への批判を強い調子で演説した上で議場から去って行った。

 いかにアメリカの「核の傘」を頼む立場にせよ、これで唯一の戦争被爆国として世界への役どころを捨ててしまったことになる。

日本は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を目指してきたはずだった。

 この15日から再開された詰めの交渉会議にも日本の姿はない。

 長崎で原爆に遭い、7年前に90歳で他界した歌人竹山広さんの最晩年の一首が被爆者の失望を集約していないか。

 <原爆を知れるは広島と長崎にて日本という国にあらず>

 核廃絶への願いを込めて日本から世界に広まった折り鶴が、今、現実を言い訳に理想を退ける日本政府への嘆きとなって差し向けられている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ゲルニカの無差別空爆はドイツ軍によって行われた。その後パリを占領したナチスの将校がピカソのアトリエを検問にきて,机上にあった怒りの絵「ゲルニカ」の写真を指して聞いたという。

 「これを描いたのはあなたか」

 ピカソは答えた。

 「いや、君たちだ」

 そのドイツも第2次大戦後期に連合国軍の激しい都市爆撃を浴びた。全土の死者は60万人とも言われる。

 米軍の空爆に焦土と化した日本も、中国では無差別爆撃を繰り返した。加害も被害も、正義も悪も、いともたやすく反転する。

 そうした中で、ピカソが描いたように、おびただしい無辜の生が断ち切られてきた。

 昨今の国際情勢は不穏できな臭く、現実的という言葉が幅を利かせる時代である。

 こんな時こそ、現実につき従うばかりの僕になることを拒みたい。

 理念の羅針盤、それを見失うまいと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 筆者は「梅雨入りの雨にぬれる長崎の浦上天主堂で、胴体を失って頭部だけ残った二つのマリア像を見た」とのこと、

 「同じ祭壇に安置された聖母はそれぞれに、20世紀に起きたむごい戦禍を私たちに伝える。

長崎への原爆投下と、スペインのゲルニカへの無差別攻撃である」とのこと、

 ゲルニカは「ピカソが怒りの絵筆をとった大作でも知られる」とのこと、

 「原爆投下から70年の一昨年は、先方から長崎にマリアのレプリカが贈られて教会の祭壇に安置された」とのこと、

 「この4月、ゲルニカが空爆から80年を迎えた。今度は長崎からの巡礼団が被爆マリアのレプリカを携えて追悼行事に出席した」とのこと、等々を知った。

 この二つのマリア像の惨禍と二つの教会の交流が、戦争のない世界への一歩となることを期待したい。ちなみに、ピカソのゲルニカは、新聞の記事で知って、2014年末から2015年正月にかけて、スペインへピカソのゲルニカを見に行ってきた。ピカソの直線的描写法が、苦痛にゆがむ馬の顔、人の顔をリアルに表わすことを、初めて知った。

 また、「核兵器禁止条約交渉への日本の不参加」を、高見さんが「被爆国の自覚がない。あまりにも」と言葉を強める「気持ち」は、よく理解できた。

 内村鑑三が「戦争ほど、人にとって最大罪悪はありましょうか」と言ったと聞いたが、戦争を罪悪と言い切れる「為政者」をどうやって誕生させるか、生きている限り追求し続けたい。

 


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by sasakitosio | 2017-06-20 15:18 | 朝日新聞を読んで | Trackback

65日付朝日新聞朝刊6面に、「コラムニストの目」という欄がある。

 筆者は、ロジャー・コーエン氏だ。記事は、NY・タイムズ、516日付け、抄訳だ。

 まず記事は、「フランス大統領選でエマニュエル・マクロン氏を最年少の大統領としてエリゼ宮(大統領府)に招き入れたのは、英国に拒まれ、トランプ米大統領にあざ笑われた「欧州」という醜いアヒルの子だった。

 マクロン氏は選挙戦を通じ、欧州連合(EU)と共通通貨ユーロを強く支持した。

 親EUの主張は勝利への切符にならない危うさがあった。

 だが、右翼・国民戦線のマリーヌ・ルペン氏はEUとユーロをめぐる公の場での議論によって自滅した。

 5月の決選投票を数日後に控えた最後のテレビ討論で、ルペン氏は失態を演じた。

 英国がユーロを導入していたと思っていたようで、EU離脱の決定によって英国経済が好転したと主張。フランスでは自国通貨フランとユーロの併用の必要性をまくしたてた。

 マクロン氏の反論は素早かった。

 フラン復活の翌日には、国民の預金の価値が20~30%目減りするだろうと主張。

 フランとユーロを併用すれば、大小を問わず欧州経済に組み込まれている企業は、機能しなくなると切り返した。

 ルペン氏は重大な読み違いをした。

 フランスは英国ではない。

 EUの創設メンバーなのだ。

 政治学者ジャック・ルプニク教授はこう語った。 

「EUはドイツ人にとっては償い。フランス人意とっては(中略)野望だった」」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「仏独の連帯は冷戦後、ドイツ統一で均衡が失われて難航したものの、欧州の理念を一丸となって推し進める姿勢は基本であり続ける。

 英国のEU離脱の決定と、フランス人が「新ヤルタ体制」と呼ぶ脅威のおかげで、その理念が輝きを取り戻しつつある。

 この21世紀版ヤルタ体制について、元欧州議会議員は仏紙ルモンドのインタビューで「EUと欧州人の独立に敵意を隠さない米ロ連携」と定義した。

 トランプ政権下の米国が自由な世界を先導する役割を放棄したことで、欧州こそが自由世界の価値を守る役割を担おうという意識を呼び起こした。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「メルケル独首相は9月の選挙で勝利する公算が大きい。マクロン、メルケル両氏はともに、情熱はあふれる欧州人だ。

 ロシアのプーチンの脅威、トランプ氏の価値のない米外交政策、英国の利己的な振る舞いは、勢いづく経済回復と相まって、欧州連邦化の夢を呼び覚ます機会を生み出した。2017年は欧州の年になるかもしれない。(◎2017.THE NEWYORK TIMES)」として締めくくった。 

 読んで勉強になった。

 「政治学者のジャック・ルプニク教授はこう語った。「EUはドイツ人にとっては償い。フランス人にとっては(中略)野望だった。」」とのこと、

 「この21世紀版ヤルタ体制について、元欧州議会議員は仏紙のインタビューで「EUと欧州人の独立に敵意を隠さない米ロ連携」と定義した」とのこと、

 「米国が自由な世界を先導する役割を放棄したことで、欧州こそが自由な世界の価値を守る役割を担うという意識を呼び起こした」とのこと、等々を知ることができた。

 世界連邦の実現こそ、世界平和の終着点ではないか、と思っている自分にとって、欧州連邦化はその大きな一歩だと思い続けてきた。

 だから、EUと欧州の独立にみならって、東アジア連邦へと進み、その先に世界連邦への道をぜひ展望したいものだと、思っている。

 


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by sasakitosio | 2017-06-11 10:46 | 朝日新聞を読んで | Trackback

65日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、編集委員・松下秀雄氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ひとたび恐怖や不安に覆われると、「自由な社会」は簡単に壊れるものなのか。

 9.11同時多発テロ後の米国の経験を振り返り、そんなことを考えた。

 事件の翌月、捜査機関の権限を拡大する愛国者法が成立。

 これを根拠に、米国家安全保障局(NSA)は市民の通信記録などを収集、大規模な監視活動を始める。

 活動を内部告発したのが、エドワード・スノーデン氏。

 経過を記録したドキュメンタリーや、氏の著作に触れ、市民の「丸裸」ぶりにぞっとした。

 誰と会っか。

 何を買ったか。

 どのウエブサイトをみたか。

 全行動を把握できるというのである。

 一方で政府の活動は、明かせば安全が脅かされるとベールに覆われる。

 監視の実態も隠された。

 スノーデン氏が暴いた活動の中には、当局が過激とみなすイスラム教徒の性癖の調査も、公にすれば評判を落とし、影響力を削げるともくろんだ。

 政府から市民の活動が丸見え、市民からは政府が見えない、その非対象は何をもたらすか。

 スノウ―デン氏こう警鐘を鳴らす。

 「国民は、権力に反対する力を潰される。政府と国民の力のバランスが変わり、支配するものと、支配される者になる。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「なぜ9.11後の米国に関心を抱いたか。

 日本でいま起きていることと、どこか通じるように思えたからだ。

 特定秘密保護法に安全保障法制、審議中の「共謀罪」。

 いずれも安全が脅かされるから、危険を避けるためだからといった理由が挙げられた。

 これに対し、政府の活動が隠される、市民が監視されるなどと批判が起きたが、内閣支持率は下がらない。海外でのテロ、核やミサイル実験。

 不安にさらされているとき、「安全のため」といわれると、自由や人権は二の次になるからだろうか。

 市民が政府を監視する手立てはやせ細る。

 防衛省も財務省も文部科学省も、日報や交渉記録などを「廃棄した」「確認できない」と突っぱねる。

 いや、あるという前文科事務次官は「出会い系」への出入りを暴かれ、信用ならぬやつだと言わんばかりの人格攻撃をかける。

 さらに、一部メデイアの報道ぶり。

 「権力の監視」はどこへやら、今や政権の広報かと見まごうばかりだ。

 政治記者になって23年、ここまでの光景は初めて見る。

 スノーデン氏の言葉通り、政府と市民の関係が変わりつつあるのか?

 その表れが「安倍1強」なのか?」と指摘した。

 最後に筆者は、「身の危険を感じる時、安全優先になるのは世の常だろう。

 けれども政府を監視できなければ、その危険がどれほどのものか、不安をあおられていないかもわからない。

 ナチス・ドイツの国家元帥、ゲーリングはこういった。

 「人々は指導者の意のままになる。「我々は攻撃されかけている」といい、平和主義者を「愛国心に欠け、国を危険にさらしている」と非難する。それだけで良い」

 そうしてナチスは全権を掌握し、戦争に突き進んだ。忘れてならない教訓である。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「スノーデン氏が暴いた活動の中には、当局が過激とみなすイスラム教徒の性癖の調査も、公にすれば評判を落とし、影響力を削げるともくろんだ」とのこと、

 「特定秘密保護法や安全保障法制、審議中の「共謀罪」。いずれも安全が脅かされているから、危険を避けたためだからといった理由が挙げられた」との指摘、

 「身に危険を感じる時、安全最優先になるのは世の常だろう。けれども政府を監視できなければ、その危険がどれほどのものか、不安をあおられていないかも分からない」との指摘、

 「ナチス・ドイツの国家元帥、ゲーリングは「人々は指導者の意のままになる。「我々は攻撃されかけている」といい、平和主義者を「愛国心に欠け、国を危険にさらしている」と非難する。それだけで良い」と言っている」とのこと、等々を知ることができた。

 平和主義者の一人として、「愛国心に欠け、国を危険にさらしている」との非難に対し、どう理論構築すればいいのだろうか、自問する。

 平和主義者こそ真の「愛国者・愛国民」なのだと、その実現のために平和主義者は「攻撃を防ぐ」ことに身を挺して、先頭になって実行するということを、自衛隊を派遣する前に「総理大臣・防衛大臣・外務大臣」が敵国・敵地に乗り込み戦争を避ける交渉をすることを、どのような手立てで国民に信用してもらえるか、急ぎ「考察」する必要がある、と思った。

 


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by sasakitosio | 2017-06-11 10:09 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 64日付朝日新聞3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は。編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「フランスでイスラム信仰拠点のひとつであるパリ大モスクが「フランスにおけるイスラム宣言」を発表した。

 「フランスはイスラムの地ではない。複数の宗教の信徒や無神論者らも暮らす地である。

 すべてのイスラム教徒はフランス共和国の法と価値観を尊重しなけらばならない。

 たとえば神への冒涜や宗教の劇画も合法だ。傷つけられたと主張はできるが、その禁止を要求したり暴力で反応してはならない」

 「今日の社会では、身体への刑罰や一夫多妻は正当化されない。また、男女の平等は当然のことである」

 出したのはことし3月末。

 大統領選擧を翌月に控え、イスラム系移民を問題視する右翼政党のマリーヌ・ルペン候補が勢いづいていた。結局、当選はしなかったものの、、決選にまで残る戦いぶりだった。

 相次いだテロなどの影響でイスラムへの警戒感が高まった結果でもある。

 イスラム教徒にとって、やりきれない空気は消えない。それはフランスだけではない。

 「イスラム教徒が少なくなるのは、明らかによいことだ。」――

 英国のマンチェスターでのテロが起きたあと、イスラムをテロの元凶であるかのように発言する論者が英BBCのテレビ番組に登場。

 イスラム教団体が抗議文をだした。

 各地で、信徒にとって憂鬱な日々が続いている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「宣言は画期的との評価もあったが、それ自体の中では「単に、今日の現実に中で教義を明確にするもの」と規定している。

 何かを大きく変えたわけではない。

 では今なぜあらためて?

「困ったことになったいう思いが動機です」と大モスクの責任者、ダリル・ブバクール師。

 イスラムとは,聖戦と称してテロを起こす「ジハーディスト」の思想のことだという見方が蔓延し、ルペン氏のように排他的な主張への支持が広がる。

 いっしょくたにしないでほしい、と訴えるためだったという。

 「私も原理主義者は嫌い。だから脅かされて、警察に守ってもらったことさえあるくらいなのに」

 「宣言」前文も「政治、メデイア、知識人などのあらゆる分野で高まる、イスラム教徒という少数派を悪魔視する姿勢の高まり」に強い懸念を示している。

 イスラム恐怖症あるいは反イスラム神経症などと呼ばれれる現象だ。

 こうした言説を唱える側がしばしば根拠にするのが「政教分離」の原則である。

 たとえば、学校がスカーフ姿のイスラム教の女子生徒に、退学を迫る。スカーフは宗教への帰国をこれ見よがしに示すもの、との考えによる。

 女性抑圧の象徴との見方もある。

 だが退学まで持ち出しては、社会を寛容にするための原則が結局、不寛容である言い訳になっているように見える。」と指摘した。

 最後に筆者は、「大モスクはパリの学術の中心、カルチエラタンに近接している。その姿は優美で、観光名所でもある。

 建てられたのは1926年、政教分離を求めた法律は、それより20年あまり前に制定されている。にもかかわらず、このモスクの建設には国家が資金を援助し、落成式には大統領も出席した。

 第一次世界大戦でフランスのために戦い倒れた約7万人ものイスラム教徒をたたえようと、前からあった計画が一気に進んだのだという。

 政教分離法にふれるのを避けるため特別法さえ制定した。

 イスラム教徒の大半は北アフリカの仏植民地出身者だ。文化や宗教が異なるとしても「同胞」である。

 植民地政策の一つとして宗教的なアプローチも欠かせなかったのだろう。

 大原則も都合のいいようにすり抜けたり解釈しなおしたりする政治と、それを支える言論。

 大モスクは大統領選でマクロン候補支持を訴える声明をだした。

 「私たちのような少数派を保護するのは国家の役割のはず。大統領になった彼に期待します」とブバクール師は話した。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 今年3月、「パリ大モスクが「フランスにおけるイスラム宣言を発表した」とのこと、

 中に「フランスはイスラムの地ではない。複数の宗教の信徒や無神論者らも暮らす地である。

総てのイスラム教徒はフランス共和国の法と価値観を尊重しなければならない。たとえば神への冒涜や宗教の戯画も合法だ。傷つけられたと主張はできるが、その禁止を要求したり暴力で反応してはならない」とあること、

 「今日の社会では、身体への刑罰や一夫多妻制は正当化されない。また、男女の平等は当然のことである」とあること、等を教えてくれる。

 「大モスクはパリの学術の中心、カルチェラタンに近接している」とのこと、

 「建てられたのは1926年。政教分離を定めた法律はそれより20年あまり前に制定されている。にもかかわらず、このモスクの建設には国家が資金を出し、落成式には大統領も出席した」とのこと、

 「政教分離法に触れるのを避けるため特別法さえ制定した」とのこと、等々を知ることができた。

 あらゆる宗教が、宗教の教義をかざしての「暴力」や「戦争」を罪悪視し、信者に徹底すべきだ、と思った。

 宗派の教義を「暴力や戦争」の免罪符には絶対にならないと信徒に徹底すべきだ、とも思った。

 また、殺人を始め犯罪行為を起こすものを出した宗派は、宗派として、その結果責任を負うべきだと思った。

 


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by sasakitosio | 2017-06-10 06:35 | 朝日新聞を読んで | Trackback

6月6日付の朝日新聞社説に、「首相らの答弁」の見出しで、今国会の審議のことが載った。

 まず社説は、「驚き、あきれ、不振がいっそう募る。きのうの国会で、安倍総理の友人が理事長を務める加計学園に関する首相らの答弁を聞いた率直な感想だ。

 獣医学部新設に関し、文部科学省が内閣府から「官邸の最高レベルが言っている」などと言われたと記録された文書について、政府は「存在を確認できない」で押し通してきた。

 同省の前川喜平・前事務次官が本物だと証言しているのに、だ。

 きのうの国会では民進党議員が、この文書が添付されたとみられるメールの写しに記載がある文科省職員10人の名前を読み上げ、文書の内容が省内で共有されていたのではないか、とただした。

 文科省幹部は「今名前を挙げていただいた人と同姓同名の職員は実際にいる」と認めた。

 民進党議員が文書の再調査を求めたのは当然だろう。

 だが松野文科相は「出どころ、入手経路が明らかにされていない場合は、その存否や内容の確認の調査は行わない」などと拒んだ。

信じられない。

 この論法が通用するのなら、あらゆる内部告発が「出どころ、入手経緯が不明だ」として、

あったことがなかったことにされかねない。」と指摘した。

 続けて社説は、「国民の知る権利への重大な背信行為である。 

 政権に有利であれ、不利であれ、文書やメールの存在を示す一定の根拠があれば、まずは事実を調べる。それが責任ある行政の取るべき行為ではないか。再調査もせず、なかったことにして葬ろうとする姿勢を見ていると、政府が事実として発表することは信じられるのかという疑問さえ浮かぶ。

 首相は国会で「問題の本質は岩盤規制にどのように穴をあけていくかだ」と述べた。

 だが問われているのは、そこに中立性や公平性、透明性が担保されていたかどうか、いわば「穴の開け方」なのだ。

 首相がかって学園の監事を務めるなど理事長との親密な関係に加え、妻昭恵さんも含む家族ぐるみの付き合いだ。

 首相側近の萩生田光一内閣官房副長官も一時、学園から月10万円の報酬を受け、今も名誉客員教授だ。

 きのうの審議では、首相夫妻のミャンマー訪問に理事長が同行したことも明らかになった。

 政権と加計学園のこんな関係が、国家戦略特区の決定過程をゆがめなかったかが問われるのは当たり前だ。

 「印象操作だ」という首相に批判は通らない。

 国会が閉会すれば、いずれ忘れられる。

 首相らがそう考えて幕引きを急いでいるとしたら、国民も甘く見られたものだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「あらゆる内部告発が「出どころ、入手経緯が不明だ」としてあったことがなかったことにされかねない」との指摘、

 「再調査もせず、なかったことにして葬り去ろうとする姿勢を見ていると、政府が事実として発表することは信じられるのかという疑問さえ浮かぶ」との指摘、

 「首相は国会で「問題の本質は岩盤規制にどのような穴をあけていくかだ」と述べた。だが問われているのは、そこに中立性や公平性、透明性が担保されていたかどうか。いわば「穴の開け方」なのだ」との指摘、等々はその通りだと思った。

 また、「首相がかって学園の監事を務めるなど理事長との親密な関係に加え、妻昭恵さんも含む家族ぐるみの付き合いだ」とのこと、

 「首相側近の萩生田光一内閣官房副長官も一時、学園から月10万円の報酬を受け、今も名誉客員教授だ」とのこと、

 「機能の審議では、首相夫妻のミャンマー訪問に理事長が同行したことも明らかになった」とのこと、等々を知った。

 安倍首相と加計学園理事長との交友関係を見ると、情ある人間ならば、自分お出来ることはやってあげたくなるのが、当たり前ではないか!

 ただその地位と権限が総理ということだった、そんな構図のような気がした。公私混同のそしりをまぬかれない事態だが。

 


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by sasakitosio | 2017-06-09 06:42 | 朝日新聞を読んで | Trackback

6月6日付朝日新聞朝刊30面に、「問う「共謀罪」学問の世界から」という欄がある。

 発言者は、歴史学者・加藤陽子さん(56)だ。

 聞き手は後藤遼太氏だ。

 今日はこの記事に学ぶことにした。

 まず記事は、「政府の怒りの裏にあるものを歴史は教えてくれる。

 国連特別報告者のカナタチ氏が日本に示した「共謀罪」をめぐる文書は、プライバシー監視について国際人権法と整合しているか教えてほしいというものです。

 これに対する日本政府の見解は、文面から怒りの湯気が立つようでした。「「共謀罪」は国際組織犯罪防止条約を結ぶため必要だ」と前提を述べ、「なぜ187の締約国にも懸念を表明しないのか」とカナタチ氏をなじったのです。

 国連の委嘱を受けた人物の要求に対して開き直りの抗議。

 既視感がある。
 1931年の満州事変後、リットン卿が国際連盟の委嘱で報告書は発表した「リットン調査団」。その時の抗議と似ています。

 日本は「事変の発端となった鉄道爆破は中国の仕業」という虚偽を前提にしていた。

 そして「満州国」建設の裏に日本軍がいたと非難されると、「他の列強もやったこと」と開き直る。

 「共謀罪」も、実は条約に加わるために不可欠ではないとガイドラインからは読み取れる。 

 前提に虚偽があるから、外からの干渉にあれだけ神経質になる。」と教えてくれる。

 続けて記事は、「歴史は単純には繰り返さないが、やはり類似点を見いだせる。

 一連の応酬は「共謀罪」の変質をあぶり出すように見えます。

 共通するのは「偽りの夢」と「国民の人気」です。

 満州事変当時は世界不況。

 日本の農村も苦しんでいたが、政党内閣には農民を救えなかった。ビジョンを掲げたのが軍部でした。

 「満州が手に入れば好景気になる」とあおり、国民人気を獲得します。

 いざ戦争になれば、搾取され徴収されのは農民でした。

 「見果てぬ夢」を掲げて後戻りできなくなったところで、国際連盟の指摘に過剰反応。

 今と似てませんか。

 「五輪で景気が良くなる」と「見果てぬ夢で」国民を期待させ「「共謀罪」でテロを防がなければ開催できない」とあおる。

 法案成立直前までこぎ着けたのに、国連特別報告者からの「待った」に怒り狂ってしまった。」と教えてくれる。

 最後に記事は、「「戦前より民主政治は成熟している。心配は杞憂だ」と言われるけど、想い出してください。1925年に治安維持法を成立させたのは、リベラル加藤高明内閣でした。

 法制局が当初出した案は、条文で「憲法上の統治組織、納税義務、兵役義務、私有財産制を変革する行為」と、犯罪行為を限定していた。

 護憲内閣には「弾圧なんか絶対ない」と自信があり、結局「国体(天皇制を中心とした国のあり方)の変革」というあいまいな処罰対象で成立させてしまう。

 ツケは10~15年後に回ってきます。

 極めて脆弱な法律を、安定した力を持つ政党内閣が自信満々に作ってしまったという怖さ。

 このおごりを忘れてはいけません。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「国連の委嘱を受けた人物の要求に対しての開き直りの抗議に既視感がある」とのこと、

 「1931年の満州事変後、リットン卿が国際連盟の委嘱で報告書を発表した「リットン調査団」。その時の抗議に似ています。」とのこと、

 「一連の応酬は「共謀罪」の本質をあぶりだすように見えます。共通するのは「偽りの夢」と国民の「人気」です」とのこと、

 「満州事変当時は世界不況。日本の農村も苦しんでいたが、政党内閣は農民を救えなかった。ビジョンを掲げたのは軍部でした。

 「満州が手に入れば好景気になる」とあおり、国民の人気を獲得」とのこと、

 「「五輪で景気が良くなる」と「見果てぬ夢」で国民を期待させ、「共謀罪」でテロを防がなければ開催できない」と煽る」とのこと、

 「法案成立までこぎ着けたのに、国連特別報告者からの「待った」に怒り狂ってしまった」とのこと、

 等々を知ることができた。

 たしかに、満州事変のときの「虚偽」と調査団にたいする「開き直り」、共謀罪の「虚偽」と国連特別報告者に対する「開き直り」、等はよく似ていると思った。両者における、「過程の酷似」はそうだとしても、「結果の酷似」は絶対避けたい、と思った。


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by sasakitosio | 2017-06-08 06:36 | 朝日新聞を読んで | Trackback

5月30日付朝日新聞朝刊7面に、「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集委員・多賀谷克彦氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「先日、小学生を対象にしたプログラミングの教室に伺った。

 大阪・千里の駅前ビルの一室で、子ども10人がパソコンと向き合う。レゴの教材を使って、疑似紙幣を読み取り、チャージするICカードシステムをつくっていた。

 パソコンの画面上で、さまざまな機能を持つブロックをつなぎ合わせ、プログラムを組み立てる。模型が実際に動いたときは満面の笑みだった。

 教室のコーチ役で人工知能(AI)を研究する大学院生は「楽しみながら論理的な思考が身に付きます」と言う。

 この教室は阪神電鉄と読売テレビが昨年来、一挙に13校開設した。

 生徒は1千人に上る。彼らの生き生きした様子を見て、20年後の活躍に期待したいとも思った。」と切り出した。

 続けて筆者は、「ところが、今の企業社会では、この分野の人材が不足しているという。とりわけ話題のAI,いろんなものがインターネットにつながるIoTなど、最先端の技術者は1万5千人、3年後には5万人不足するという推計がある。

 どうすればいいのか。

 AIは自社ビジネスに関係あるのか。

 社内に人材はいるのだろうか。

 立ちすくむ経営者は少なくないと聞く。

 例えば、AIを作る人材、米西海岸の大学でコンピューターサイエンスを学んだ新卒者は年収2千万という。

 日本の年功型賃金にはなじまない報酬だ。

 また、AIの研究者やデータサイエンティストと呼ばれる技術者は、20代、30代が多い。

 彼らを採用しても、誰がマネジメントすればいいのだろう。

 経営共創基盤取締役の塩野誠さんは指摘する。

 AIの技術者を自ら採用するのか、別の分野の人材を育てるか、自社にノウハウがない場合、他社を買収するのか、委託するのか、提携するのか。

 「どれも日本企業が苦手なところ。日本企業には、AIは技術課題だけではなく、経営課題でもある」と言う。」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「トヨタは自動運転を念頭に、米国にAI研究の新会社を設立した。10億ドルを投じるという。みんなが同じようにできるわけでもない。でも、何もしないのは不安だ。

 空調大手のダイキン工業の十河政則社長は「来春の採用からAI、IoTを担う人材として100人の別枠を設けて育てる」と言う。米国に人材育成に備える情報拠点を設ける準備も進めている。

 企業規模を問わずに使えるAIの汎用プラットフォームと作ろうという企業もある。

 京大、阪大の研究性らが設立したエクサインテリジェンス取締役の粟生万琴さんは「大学の最先端技術と企業ニーズをつなげたい」という。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「プログラムを学ぶ小学生らに、どんな環境を残せば残せばいいのか。

 企業は専門知識を評価する報酬制度を用意できるだろうか。

 大学は世界に通用する研究態勢を整えられだろうか。

 文部科学省は社会の変化を見通した人材育成のビジョンを作れるだろうか。

 AIから課題が見えてくる」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「この教室は阪神電鉄と読売テレビが昨年来、一挙に13校を開設した。生徒は1千人に上る。」とのこと、

 「今の企業社会では、この分野の人材が不足しているという。とりわけ話題のAI,色んなものがインターネットにつながるIoTなど、最先端の技術者は15千人、3年後には5万人不足するとういう推計がある」とのこと、

 「AIをつくる人材、米西海岸の大学でコンピューターサイエンスを学んだ新卒者は年収2千万という」とのこと、

 「AIの研究者やデータサイエンティストと呼ばれる技術者は、20代、30代が多い。」とのこと、

 「トヨタは自動運転を念頭に、米国にAI研究の会社を設立した。10ドルを投じるという」とのこと、

 「空調大手のダイキン工業の十河政則社長は「来春の採用からAi,IoTを担う人材として100人を別枠を設け、育てる」と言う」とのこと、

 「企業規模を問わずに使えるAIの汎用プラットホームをつくろうという企業もある」とのこと、等々を初めて知ることができた。

 また筆者は、AIからの見えてくる課題を挙げた。 

 ①プログラミングを学ぶ小学生に、どんな環境を残せばいいのか。

 ②企業は専門知識を評価する報酬制度を用意できるだろうか。

 ③大学は世界に通用する研究体制を整えられるだろうか。

 ④文部科学省は社会の変化を見通した人材育成のビジョンを作れるだろうか。

 この課題の中に、平和が続き、医学知識の普及などで健康寿命が大幅に伸びた今日、定年後の高齢者の再教育・再活用も、入れてほしいと思った。有能で健康な高齢者に、夢と希望を与えて、日本社会を活性化しよう!

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-06-04 14:31 | 朝日新聞を読んで | Trackback

5月31日付朝日新聞社説に、「加計学園問題」が載った。今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「安倍首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐり、前文部科学事務次官の前川喜平氏が新たな証言をした。

 昨年9月~10月、和泉洋人・首相補佐官に首相官邸に複数回呼ばれ、新設を認める規制改革を早く進めるよう求められた。

 和泉氏はその際、「総理は自分の口から言えないから、私がかわりに言う」と述べたという。

 事実なら、すでに明らかになった内閣府からの求めに加え、首相補佐官も「総理」の名を直接あげて、文科省に働きかけていたことになる。

 証言は、国家戦略特区という政権の目玉政策に公私混同があった疑いを抱かせる。

 国政への信頼がいっそう揺らいでいることを政権は自覚すべきである。

 信じられないのは、事実関係を調査し、国民に対して説明する姿勢が首相らに全く見られないことだ。」と指摘した。

 続けて筆者は、「菅官房長官は記者会見で政府として調査はしないとし、「前川さんが勝手に言っていることに、いちいち政府として答えることはない」と突き放した。

 首相は国会で「改革を進めていくうえで常に抵抗勢力がある。抵抗勢力に屈せずにしっかりと改革を前に進めていくことが大切だ」と述べた。

 だが今回、問われているのは特区で獣医学部新設を認めることの是非ではない。

 トップダウンで規制に風穴を開ける特区である以上、首相が指導力を発揮することは当然だろう。

 問題はその手続きが公平、公正で透明であるかどうかだ。

 行政府として当然の責務を安倍政権は軽んじている。そう思わざるを得ない証言や文書がこれだけ明らかになっている。

 特区であれ、通常の政策であれ、行政府として、それを進める手続きが妥当であると国民や国会から納得が得られるようなものでなくてはならない。

 なのに首相は自ら調べようとせず、「私が知り合いだから頼むと言ったことは一度もない。 そうではないというなら証明してほしい」と野党に立証責任を転嫁するような発言をした。

 考え違いもはなはだしい。」と指摘した。

 最後に社説は、「政府が説明責任を果たさないなら、国会が事実究明の役割担う必要がある。

 前川氏をはじめ関係者の国会招致が不可欠だ。

 自民党の竹下旦国会対策委員長が前川氏の証人喚問について「政治の本質に何の関係もない」と拒んでいるは、全く同意できない。

 問われているのは、政治が信頼に足るかどうかだ。

 それは政治の本質にかかわらないのか、」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「菅官房長官は記者会見で政府として調査しないとし、「前川さんが勝手に言っていることに、いちいち政府として答えることはない」と突き放した」とのこと。

 この首相や官房長官が事実関係を調査し、国民に対して説明する姿勢が全く見られない「現実」は、政府は前川喜平前次官の発言を否定できない、何よりの証拠ではないのか。

 野党やマスメデイアには、政府が告訴も告発もできず、ただ「前川発言や文書」を無視し居直っていることの意味を「深堀りと深詰め」してほしいと思った。

 


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by sasakitosio | 2017-06-04 13:40 | 朝日新聞を読んで | Trackback

5月27日付朝日新聞朝刊17面に、「政治季評」という欄がある。

 筆者は、早稲田大学教授・豊永郁子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「森友学園問題について考えた。

 これは政治家の口利きで政府が一民間事業者に国有地の払い下げについて利便を図るという、よくある政官民癒着の話ではないか。

 だが、それだけでは割り切れない何かを感じた人が多かっただろう。

 首相夫人の関与に世間の注目が集まり、夫人が公人か私人かという論点が国会で大真面目に論じられたりした。

 そんな中、ふと、この事件の気持ち悪さは、民間業者から政治家への見返りが、通常の票や政治献金ではなく、イデオロギー的忠誠や個人崇拝のジェスチァーであったことからくるのだろうと思った。

 そういえば、社会的・経済的な制裁や報酬をちらつかせてイデオロギー的な迎合を求めるのは、安倍政権一流の新しい国民へのアプローチであった。

 実際私たちを驚かせたのは、森友学園での教育の内容である。

 単に右翼的というのではない。

 異様なのは、安倍氏への個人崇拝が盛り込まれている点だ。

 学園の当時の理事長、籠池泰典氏としては、イデオロギー的ジェスチァーによって利便が得られるなら安いものと考えたのかも知れない。

 現に、国会の証人喚問などで、氏は首相への忠誠を簡単に翻している。

 しかし、私が何より注目したのは、安倍氏も籠池氏も、次世代へのイデオロギー教育の重要性がよくわかっている点だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「若い頃は、政治にとって最も重要なのは教育だと言われてもピンとこない。

 気の長い迂遠な話だと思う。

 ところが、世の中の風潮ががらりと変わるのを何度か体験すると、変化の駆動力が世代の交代にあるらしいこと、新しい世代があっという間に育つことに気づかされる。

 つまり次世代への教育が、意外に早く大きな効果をもたらすことを知る。

 実際、それは新しい価値観を持った若者たちを5年、10年のうちに世の中に送り込める。

 これによって、支配的イデオロギーを覆すことも可能だ。

 安倍氏とその周辺は、第一次政権時代あるいはその前から、このことを意識していたのだろう。そのイズムは徐々に目鼻を整え、浸透できる場所に浸透してきた。

 その一つの結晶が森友学園だったのだろう。

 飼い犬に手をかまれたからといって、安倍氏を侮ってはいけない。

 冷笑を浴びた10年前の「美しい国」キャンペーンも空振りではなかった。安倍氏は攻める場所と効果の時を心得ているようだ。

 リベラルはこれにどう対抗するのか。

 世代交代の油断のならなさには、2400年前にプラトンが着目している。

 著書「国家」の第8巻では、国制(政治体制)の類型と変化をめぐる議論にこのテーマが絡められる。

 巻の冒頭、プラトンは、想像上の理想国家を描き出す。

 哲学を治めた王が統治し、統治を補佐する戦士集団は、私有財産を持たず共同生活を送る。

 理想国家が実現するのは、優秀者支配制だ。

 智者が支配し適材適所が行われる「最善の国制」である。

 そしてこのあとプラトンは、理想国家がいくつかの国制を経て、「最悪の国制」、すなわち僭主(暴虐な独裁者)が支配する僭主独裁制に至る道筋を考察する。

 まず、優秀者支配制は解体が必至だ。

 解体は、世代交代が早晩もたらさす統治者たちの質の低下に始まり、勝利を善とし、戦士階級が支配する名誉支配体制に帰結する。

 だが無教養な支配者たちは富の誘惑に弱く、国制は、富を善とし、財産の多寡が支配者を決める寡頭制に変化する。

 寡頭制のもとでは、貧富の差が国民を分断し、貧民や無頼の徒も表れ。

 やがて革命がおこり、何でもありの民主制が生まれる。

  民主制では自由が善だ。すべての価値観が平等であり、どんな生き方も称揚される。

 無頼たちはいまや政治家となって民衆の喝さいをを競う。彼らの中の一人を民衆が押し立て、他もその一人に従うとき、独裁制が誕生する。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「ではそれぞれの国制と同じ価値観を持ち、国制を成り立たせる人間がどうして生じるのか。

 その説明が面白い。

 端的には、親子間の確執があればよい。

 優秀者支配制的な内面を持つ父親への母親の愚痴は、息子を名誉支配的な人間に育てるだろう。

 名誉支配的な家庭の若者は、親の不名誉な失脚を契機に、カネがすべての寡頭制的な人間に転じる。

 けちくさい寡頭制的な親に反発する息子は、悪い友人お誘いで様々な欲望を解き放ち、民主制的な人間に生まれ変わる。

 民主制的な親の子供には、最初からタガがない。

 誰かに強烈な欲望を植え付けられ、これが他の総ての欲求を圧倒するとき、彼は僭主独裁的な人間となる。

 いかにもありそうな話ばかりではないか。

 親たちの奉じる国制がどんなに磐石でも、こうした子供たちによって次の国制の誕生が促される。

 さて、世代交代が絡むがゆえに、私たちが思う以上に政治体制は変わりやすく、変化も唐突でありうる。

 何でもありの民主制をすでに経験した感のある私たちは、そろそろ民主制の次におこる「最悪の国制」にあっという間に陥る可能性に注意した方がよい。

 森友学園流のイデオロギー教育に対する呑気が禁物なのは無論である。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「そういえば、社会的・経済的な制裁や報酬をちらつかせてイデオロギー的な迎合を求めるのは、安倍政権一流の新しい国民へのアプローチであった」との指摘、

 「実際、私たちを驚かせたのは、森友学園での教育の内容である。単に右翼的というのではない。異様なのは、安倍氏への個人崇拝が盛り込まれている点だ。」との指摘、等々の指摘はその通りだと思った。

 また、「世帯交代の油断のならなさには、2400年前にプラトンが着目している」とのこと、

 「著書「国家」の8巻で、巻の冒頭、プラトンは理想国家を描き出す」とのこと、

 「理想国家が実現するのは、優秀者支配制だ」とのこと、

 「そしてこのあとプラトンは、理想国家がいくつかの国制を経て、「最悪の国制」すなわち僭主(暴虐な独裁者)が支配する僭主独裁制に至る道筋を考察する」とのこと、

 「優秀支配制から名誉支配制に帰結する」とのこと、

 「名誉支配制から寡頭制に変化する」とのこと、

 「寡頭制から民主制が生まれる」とのこと、

 「民主制から独裁制が誕生する」とのこと、等々を教えてくれる。

 さらに筆者は、「プラトンはそれぞれの国制と同じ価値を持ち、国制を成り立たせる人間がどうして生じるかの説明」が面白い、という。

 「優秀者支配制的な内面を持つ父親への母親の愚痴は、息子を名誉支配的な人間に育てるだろう」と指摘、

 「名誉支配的な家庭の若者は、親の不名誉な失脚を契機に、カネがすべての寡頭制的な人間に転じ得る」との指摘、

 「けちくさい寡頭制的な親に反発するその息子は、悪い友達の誘いで様々な欲望を解き放ち、民主制的人間に生まれ変わる」との指摘、

「民主制的な親の子供には、最初からタガが無い。誰かに強烈な欲望を植え付けられ、これが他の総ての欲求を圧倒するとき、彼は僭主的な人間となる」との指摘、等々は2400年前のプラトンの著作が、今も通用することに、驚いた。

 最後に筆者は「世帯交代が絡むが故に、私たちが思う以上に政治体制は変わりやすく、変化も唐突でありうる」と教えてくれる。

 民主制の次におこるという「最悪の国制」にあっという間に代わる可能性には、注意をしなければ、と思った。

 


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by sasakitosio | 2017-06-02 14:17 | 朝日新聞を読んで | Trackback

5月23日付朝日新聞朝刊7面に、「波聞風問」という欄がある。

 筆者は、編集委員・堀篭俊材氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「安倍晋三首相が憲法9条などを見直す方針を打ち出した。財界でも経団連と経済同友会が、憲法問題について久しぶりに議論を始める。

 経済同友会で14年前、憲法について意見書をまとめた伊藤忠商事元常務の高坂節三さん(80)は思い起こす。

 湾岸戦争前年の1990年夏、「イラクがクウェ―トに侵攻した」のニュースが入ると、米コロンビア大学であった経営者セミナーは重い雰囲気に包まれた。

 教授は「あなたの国はどうする」と聞かれ、各国から集まった企業の幹部たちが「イラクを武力で制裁すべきだ」と口にする中で、唯一の日本人だった高坂さんは黙っていた。

 昼食を共にした米ボーイング社の幹部から「ペルシャ湾のタンカーはほとんど日本向けだ。日本は何もしないのか」と問われた高坂さんは「憲法上の制約で、武力による制裁は応援できない」と答えるのが、やっとだった。

 企業の海外展開が進み、日本の国際貢献の在り方が問われ、「財界も憲法について真剣に考えるようになった」と高坂さんは振り返る。」と切り出した。

 続けて筆者は、「同友会が2003年に改憲に踏み込んだ意見書をまとめると、日本商工会議所や経団連も続いた。

 憲法9条について当時、同友会が「改めるのをためらうべきでない」としたほか、日商は「戦力の保持」、経団連は「自衛隊の保持」の明記を提言した。

 戦争体験を持つ護憲派の財界人が退いた。

 米国での同時多発テロや北朝鮮の核開発など、今と似た国際情勢も改憲論の背景にあった。

 「国のかたち」を改めて議論する以上は、前回の蒸し返しや政権を後押しすることに終わっては、財界の存在意義が問われる。」と指摘した。

 さらに筆者は、「米大統領選や英国の欧州連合(EU)離脱で、財界が最も警戒したのは反グローバリズムのうねりだった。

 仏大統領選で歯止めがかかったとはいえ、先進国における格差への不満が明らかになった。

 経済開発協力機構(OECD)によると、所得が全体の真ん中の半分に満たない人の割合を示す相対的貧困率は、日本は16%とOECD平均の11%を上回る。移民問題は深刻ではないが、成長の果実が行き渡らない日本でも、格差問題は他人事とは思えない。

 生活困窮者を支援するNPO[もやい]理事長の大西進さん(30)は「貧困の連鎖を防ぐという意味で、首相が掲げる高等教育の無償化は評価できる。だが、教育だけが焦点ではない」と話す。

 「憲法の理念は実現されていないものが多い。その実現にこそ政治の力を使ってほしい。」と話す大西さんは、憲法25条の「最低限度の生活を営む権利」の確立を訴える。

 「社会福祉や社会保障の向上」を25条は国にに課す。

 グローバル化は貧困や格差の問題も突きつける。

 改めるだけでなく、憲法の理念をどう実現するか。

 財界人ならではの議論を期待したい。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「同友会が2003年に改憲に踏み込んだ意見書をまとめると、日本商工会議所や経団連も続いた。憲法9条について当時、同友会が「改めるのをためらうべきでない」としたほか、日商は「戦力保持」、経団連は「自衛隊の保持」の明記を提言した」とのこと、

 「米大統領選や英国の欧州連合(EU)離脱で、財界が最も警戒したのは反グローバリズムのうねりだった。」とのこと、

 「経済協力開発機構(OECD)によると、所得が全体の半分に満たない人の割合を示す相対的貧困率は、日本は16%とOECD平均の11%を上回る。」とのこと、

 「グローバル化は貧困や格差の問題も突きつける」とのこと、等々を知ることができた。

 日本国憲法は、前文で

 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きないようにすることを決意し」と明記し、

 「主権が国民に存することを宣言し」と明記し、

 「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と明記し、

 「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達することを誓う」と明記している。 

 全文を読んだだけでも、日本国憲法の崇高さがわかる。

 また、各条項で、基本的人権の保障、生存権・国の生存権保障義務、教育を受ける権利・教育を受けさせる義務・義務教育の無償、勤労の権利・義務、勤労者の団結権・団体交渉権その他団体行動権、等々国民の自由を守る条項がキラ星のごとく並ぶ。

 経営者の皆さんには、特に知り合いの中小零細会社の社長には、従業員に給料を払い続けているという点で、尊敬している。財界人の人々には、日本人全体の所得を保証する気概を持って、憲法の理念をどう実現するか、ぜひ議論してほしいと、思った。

 


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by sasakitosio | 2017-05-24 19:18 | 朝日新聞を読んで | Trackback