憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

5月17日付東京新聞社説に、「日本の平和主義 「改憲ありき」が透ける 」との見出しで、憲法改正のことが載った。

今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条改正は、自民党結党以来の「悲願」である。

 しかし、安倍晋三首相の9条改正論は、内容にかかわらず、憲法の改正自体を目的とする姿勢が透けて見える。」と切り出した。

 続けて社説は、「まずは、自民党の政権復帰直後のことを振り返りたい。

 安倍首相は2013年1月、本紙のインタビューに「憲法改正は衆参両院ともに3分の2の賛成があった初めて発議できる。

 極めて高いハードルだ。現実的なアプローチとして、私は96条の改正条項を改正したい」と答えている。

 憲法改正がしやすいよう、発議の要件を「2分の1」以上に緩和した上で、具体的な改正に取り組む段階論である。しかし、「姑息な手段」などと猛反発に遭い、首相もその後、言及しなくなった。

 首相が次に持ち出したのは、大地震など自然災害や武力攻撃を受け場合に政治空白を避けるために「緊急事態条項」追加だ。

 衆参両院の憲法調査会では、その是非についても各党が見解を表明したり、参考人から意見を聞くなど、議論を続けている。

 しかし、自民党の改憲草案が緊急事態の際、内閣が法律と同じ効力の政令を制定できることや、一時的に私権制限を認める内容を盛り込んでいることもあり、議論が前進していないのが現状だ。

 そこで首相が5月に持ち出したのが9条1.2項を残しつつ、3項を設けて自衛隊の存在を明記する新たな改憲論である。

 国防軍の創設を盛り込んだ党の改憲論よりも穏健に見えるが歴代内閣は自衛隊を合憲と位置づけ、国民の多くも自衛隊の存在を認めている。わざわざ憲法に書き込む必然性は乏しい。」と指摘した。

 最後の筆者は、「一連の経緯を振り返ると、首相の改憲論からは、改正を必要とする切迫性が感じられない。

 あるのは、首相在任中に憲法改正を成し遂げたいという(改憲ありき)の姿勢だ。

 東京五輪の20年を改正憲法施行の年と期限を区切ったのも、自らの在任期間を念頭に置いたものだろう。

 そもそも憲法の改正は、多くの国民から求める声がわきあがったときに初めて実現すべきものだ。

 憲法に縛られる立場にある行政府の長が、この部分を変えてほしいと指定するのは、立憲主義はもちろん、憲法擁護義務に反し、幅広い合意を目指す憲法審査会の努力も踏みにじるものである。

 党総裁との使い分けも、正当な主張とはおよそ言えない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「一連の経緯を振り返ると、首相の改憲論からは、改正を必要とする切迫性が感じられない。」との指摘、

 「あるのは、首相在任中に憲法改正を成し遂げたいという(改憲ありき)の姿勢だ」と指摘、

 「そもそも憲法の改正は、多くの国民から求める声が湧き上がったときに初めて実現すべきものだ」との指摘、等々の指摘はよく理解できた。

 何かをしたいので、既存の憲法の規定が障害だからとか、新しい憲法の条項が必要だとか、そういう具体的な政策目標が明らかにされないままの憲法改正って、国民エネルギーの究極の無駄使いではでないか。

 「戦争のない平和な世界」の実現とそこでの「日本国家・国民」の貢献に、ベーシックインカムを実現に、医療・介護・教育・労働の社会化を実現に、いま日本国憲法を変える必要はないような気がするが。

 


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# by sasakitosio | 2017-05-28 09:24 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月27日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、アナウンサー・師岡カリーマ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 外国人を対象とした日本語教育では、言語の節々に表れる伝統文化や礼儀作法も紹介し、それに倣うように促す。

 代表的なものが謙孫の美徳だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「褒められても「ありがとう」ではなく「それほどでも」「まだまだです」と言おう。

 高価な贈り物でも「つまらないものですが」と言おう。

 となると、観光客が集まる京都各地に「日本人で良かった」というポスターを貼るのは、右だ左だの議論を通り越して、日本の礼儀作法や言語文化に反すると思われる。

 伝統再生をうたう団体主導なら違和感もひとしおだ。」と指摘した。

 さらに筆者は、「「日本人でよかった」は外国人が聞くと「あなたの国じゃなくてよかった」と言われるようなものだが、その国は例えばどこだろう。

 中国?

 製紙や印刷などの発明を生み、私たちに文字をくれた中国?

 誇れる伝統は、どこの国にもある。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「そういう私も、日本で良かったと思う。

 たとえば、日本は(一応)非戦国で職業に貴賤のない平等社会だと海外の友人に話す時。

 たとえ自己責任となじられても、弱者を助け、真実を伝えるために戦地にも赴く立派な市民がいるおかげで、同じ日本人の私まで敬意を表される時。

 国家権力に内心を(今のところは)裁かれない人権優先国であることを思う時、憲法がうたう個人の尊厳を実感する時。

 そんな日本人の誇りを切り崩そうとする人ほど、日本を誇れという。」として締めくくった。

 読んでためになった。

 「日本は(一応)非戦国で職業に貴賤のない平等社会だと海外の友人に話す時」、

 「たとえ自己責任となじられても、弱者を助け、真実を伝えるために戦地にも赴く立派な市民がいるおかげで、同じ日本人の私まで敬意を表される時」、

 「国家権力に内心(を今のところは)裁かれない人権先進国であることを思う時」、

 「憲法がうたう個人の尊厳を実感する時」、等に筆者が日本で良かったと思うとのことを知ることができた。

 自分的には、豊かな緑あふれる日本、日本語が通じる日本、妻子や孫子や知人友人がいる日本、戦争しない日本国、等々いい国だと、外国旅行から帰ってきて必ず実感していることだ。

 自然と歴史は輸出できないが、平和憲法はぜひ輸出したいものだ、と思っている。


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# by sasakitosio | 2017-05-28 07:07 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月16日付東京新聞社説に、日本の平和主義のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「自衛のための戦争なら何でも許されるーーー、そう考えるのは誤りである。

 振り返れば、日本に限らず「自衛」の名を借りて、侵略戦争を起こしてきたからだ。

 1946年6月。新憲法制定の帝国議会おける吉田茂首相の答弁を振り返ってみよう。

 <近年の戦争は多く自衛権の名において戦われたのであります。満州事変しかり、大東亜(太平洋)戦争しかりであります。今日わが国に対する疑惑は、日本は好戦国である。いつ再軍備をなして復讐戦をして世界の平和を脅かさないともわからないということが、日本に対する大いなる疑惑であり、また誤解であります>

 だから、9条を定めこの誤解を正さねばならないという吉田の主張である。導き出されるのは、9条は自衛戦争も含めた一切の戦争という戦争を放棄したという、憲法の読み方である。」と切り出した。

 続けて社説は、「最も主権国である以上、自衛権をも否定するものではないと解されてきた。

 そして政府は自衛のため必要最小限の実力を保持することは憲法上認められるとしてきた。その実力組織こそが自衛隊だった。

 学問の上では違憲・合憲のやり取りは今も続くが、国民の生命や自由を守るための実力組織としての存在は、国民から支持を得ているのは間違いない。

 ところが、安倍晋三政権下で他国を守る集団的自衛権の行使の問題が起きた。 

 歴代の内閣法制局長官「憲法改正をしないと無理だ」と述べたのに、一内閣の閣議決定しただけで押し通した。「憲法の破壊だ」と声があがったほどだ。安全保障法制とともに「違憲」の疑いがもたれている。

 今までの個別的自衛権は自国を守るためであったし、「専守防衛」が任務であった。それなのに任務が”突然変異“してしまった。他国や同盟国の艦隊などを守る任務は明らかに9条の枠内から逸脱している。歴代の法制局長官もそう指摘してきた。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「安倍首相は9条一項、二項はそのまま残し、三項以降に自衛隊を書き込む改憲案を提唱している。もともと不意の侵入者に対する自衛権だったのではなかったか。

 もし米軍とともに他国まで出かけていく自衛隊に変質していくのなら、9条の精神は死文化すると言わざるを得ない。

 平和憲法を粗末にすれば、「自衛」の名を借りた、自衛戦争をまた引き起こす恐れが出てくる。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1946年6月。新憲法制定の帝国議会における吉田茂首相の答弁。<近年の戦争は多く自衛権の名において戦われたのであります。 満州事変しかし、大東亜戦争然りであります。 今日わが国に対する疑惑は,日本は好戦国である。いつ再軍備をなして復讐戦をして世界の平和を脅かさないとも分からないということが、日本に対する疑惑であり、また誤解であります>」とのこと、

 「もっとも主権国である以上、自衛権をも否定する者ではないと解されてきた」とのこと、

 「今までの個別的自衛権は自国を守るためであったし、自衛隊は「専守防衛」が任務であった。

 それなのに任務が突然変異してしまった」とのこと、

 「もし米軍とともに他国まで出掛けていく自衛隊に変質していくのなら、9条の精神は死文化する」とのこと、等々を知ることができた。

 「平和憲法を粗末にすれば、「自衛」の名を借りた、自衛戦争を引き起こす恐れが出てくる」との、社説の危惧は至極もっとだと思った。

 日本国憲法の制定時、圧倒的多数で可決したが、「我が国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある」との主張で、反対したごく少数の政党と個人がいたと、聞いている。

 が、その政党は今日、社説や吉田茂首相の「自衛の名の下で戦争が行われる」との主張についてどのように考えているのだろうか?


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# by sasakitosio | 2017-05-27 17:36 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月26日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「編集者から「今,いちばん会いたい人は誰ですか」という質問を受けることがある。そういうときに「私は人見知りをするので・・」と言葉を濁しているが、実は一人だけ会いたい人がいる。東京拘置所に収監されている坂口弘確定死刑囚(70)だ。

 連合赤軍幹部だった坂口死刑囚は、山岳ベース事件や浅間山荘事件で殺人を犯した。」と切り出した。

 続けて筆者は、「筆者は鈴木宗男事件に連座し、2002年5月から2003年10月まで東京拘置所に拘留され、最後の8か月間、坂口死刑囚の隣の独房に収監されていた。

 拘置所の規則で、筆者は他の囚人と言葉を交わすことが禁止されていたので、坂口死刑囚とは一言も会話したことがない。

 しかし、獄中でのストイックな坂口死刑囚の姿は印象に強く焼き付いている。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「率直に告白するが、筆者がもう少し早く生まれ、キリスト教神学に触れることなく、学生運動に関与していたならば、坂口死刑囚と同じような道を歩んでいた可能性が十分あったと思う。

 外交官時代、筆者は北方領土が返還されるならば、文字通り命を捨ててもいいと思っていた。この思考事態に問題があったと今では思っている。絶対に正しいことがあると思い詰め、それ以外の世界が見えなくなっている状況から、人はどうすれば抜け出せるかについて坂口死刑囚と率直に話し合ってみたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「筆者は鈴木崇男事件に連座し、2002年5月から03年10月まで東京拘置所に拘留され、最後の8カ月間、坂口死刑囚の隣の独房に収監されていた」とのこと、

 「獄中でのストイックな坂口死刑囚の姿は印象に強く焼きついている」とのこと、

 「外交官時代、筆者は北方領土が返還されるならば、文字通り命を捨ててもいいと思っていた」とのこと、

 「絶対に正しいことがあると思い詰め、それ以外の世界が見えなくなっている状況から、人はどうすれば抜け出せるかについて坂口死刑囚と率直に話し合ってみたい。」とのこと、等々を知ることができた。

 坂口死刑囚と同じ年代の読者にとっては、坂口死刑囚の所業は、狂気としか言いようがなかった。同志を殺して、なにが革命だ。同志さえ信用できず殺してしまう集団や個人に、個人の解放ができるわけはない、と当時思った。

 智慧の教えと言われている般若心経に「照見五蘊階空、度一切苦厄」の一説があるが、坂口死刑囚には是非熟考してほしい、と思った。


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# by sasakitosio | 2017-05-27 06:15 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月25日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「公害反対運動を率いた宇井純氏がなくなって10年以上がたつ。

 氏の初作品「公害の政治学」(1968年)は、水俣や阿賀野川流域での聞き込みや産官学による公害隠蔽と被害者抑圧の政治力学の体験などから得た知見を新書に圧縮したもので、30歳代半ばの作品としては異例の完成度と衝撃力で今なお読者に迫る。」と切り出した。

 続けて筆者は、「大企業主導の成長や知と権力の癒着がどう構造的暴力を弱者に振る舞ったか、宇井氏は次々に暴き出す。

 原発事故で露呈したのはこの基本構造が何一つ変わらなかったという陰鬱な現実だ。

 通産省(経産省の前身)の有名な逸話の一つ。

 1959年末、通産省の池田勇人が厚生相を閣議で怒鳴りつけて、水俣病の原因をチッソ工場廃液の有機水銀とした研究会を解散させたという。

 翌年に池田は首相として所得倍増計画計画を閣議決定する。高度経済成長と公害隠しは表裏一体だった。」と指摘した。

 最後に筆者は、「比較するのは残酷だが、経産省の若手による「不安な個人、立ちすくむ国家」なる文書がある。

 子どもの貧困やシルバー民主主義等の常套句を国家の問題として掲げ。

 個人の決断や自己責任といった陳腐な処方箋を並べる。老人の死に方にまで指南する。

 エリートしか与えられない選択の自由を官僚が説教するという滑稽さ。

 原発事故の国家責任を素通りする残忍さ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「公害の政治学」(1968年)」があること。

 「原発事故で露呈したのはこの基本構造が何一つ変わらなかったという陰鬱な現実だ」とのこと、
「1959年末、通産相の池田勇人が厚生相を閣議で怒鳴りつけて、水俣病の原因をチッソ工場廃液の有機水銀とした研究会を解散させた」とのこと、

「翌年に池田は首相として所得倍増計画を閣議決定する。」とのこと、

 「高度成長と公害隠しは表裏一体だったのだ」とのこと、等々を知ることができた。

 池田勇人と所得倍増計画は、サラリーマンをしていた若いころにまともに体験している。

その当時の経験は、今でも記憶にある。3年間にわたって毎年30%以上のベースアップがあったのだから。その陰で、公害隠しが行われていたとは、分からなかった。
 原発事故でも、まさに「知と権力の癒着」が構造的暴力を弱者に振るっていることを、改めて知ることができた。


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# by sasakitosio | 2017-05-26 06:31 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月15日付東京新聞社説に、憲法9条のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。 

 まず社説は、「憲法記念日に、安倍首相が自民党総裁としてとことわりつつも、九条改正を唱えたのを聞き、皆さんはどう思われただろう。

 自衛隊の存在を書き込むだけなら認めていいと思われたか、それとも不安を覚えられたか。

 私たち論説室は今年の元日前後に「日本の平和主義」と題した連載型の社説を掲げた。

 安保法が成立し次にはどんな形であれ、改憲の動きが出てくる。そうなれば焦点は9条、日本の平和主義が危うくなると考えたからだ。」と切り出した。

 続けて社説は、「連載の初回(12月30日)は、ずばり「憲法改正が来年の大テーマとなるでしょう」と書き出して、憲法の理想と現実の間には隔たりはあるが、現実を理想へと近づけることこそが正義の姿であると述べた。

 だから9条の平和主義を高く掲げよ、と。

 私たちのその姿勢は今ももちろん変わらない。

 連載は被爆国日本の役割、不戦国の誇り、自衛隊らしい「人助け」、「非戦」は国家戦略であるとつづけた。

 訴えたかったのは、戦後70年余の長きにわたり戦争せず今日に至ることができたのは、それが国民多数の願いであり、願いの象徴的文言が9条であるということだ。

 政治に知恵を絞らせもした。

 自衛隊はたしかに憲法の字句外にある。

 戦力不保持という憲法下で発足し、国連PKO(平和維持活動)の名の下に今は外国へも行く。しかしそれでも9条を侵しはしない。

 守るべきは専守防衛、他国の侵害はしない。

 首相は9条の一、二項、すなわち戦争放棄と戦力不保持を維持したうえで、自衛隊を認める明文を加えたいという。巧みな言い方である。」と指摘した。

 最後に筆者は、「しかし、そもそも歴代の政府も多くの国民もその存在を認めてきた自衛隊を、急いで書き込む理由はなにか。

 しかも今の自衛隊は安保法により違憲濃厚な集団的自衛権を付与されている。

 展開次第では9条が歪められ、日本の平和主義が変質してしまうかもしれない。

 父や母、祖父や祖母、戦争体験者たちが命がけで守ってきた戦後日本の思いが霧消してしまう。

 キナ臭い現実をまだ見えぬ理想の現実に近づけよう。

 現実の追認は未来への否認である。

 人類の正義は理想へ向かう行動である。

 9条の精神を壊してはなるまい、」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「連載は被爆国日本の役割、不戦の国の誇り、自衛隊らしい「人助け」、「非戦」は国家戦略である」と指摘した、

 「キナ臭い現実をまだ見えぬ理想に近づけよう。現実の追認は未来への否認である。人類の正義は理想へ向かう行動にある。9条の精神を壊してはなるまい」と指摘した、等々を読んでその通りだと思った。

 今の憲法を生かした「日本社会のデザイン」、その先に「人類社会の平和と繁栄のデザイン」が書けないものか、と思っている。

 


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# by sasakitosio | 2017-05-26 05:57 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月24日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「国会や記者会見での菅儀偉官房長官の発言はいつも妙に強気である。

 「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などの記述があった加計学園の獣医学部新設をめぐる文部科学省の文書については「総理からの指示は一切ない」と断言し、「怪文書みたいではないか、出どころも明確になっていない」と切り捨てた(17日)。

 共謀罪法案への懸念を示した、国連特別報告者のジョゼフ・ケナタッチ氏の公開文書については「不適切なものであり、強く抗議を行っている」とし、さらに「特別報告者という立場は独立した個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であり、国連の立場を反映するものではない」とまで述べた(22日)。」と切り出した。

 続けて筆者は、「以上から分かる菅方式とは、

①政府に都合の悪い文書は無視する、

②無視する方便として文書そのものの正当性を否定する、の2点である。

 菅氏の頭の中では「不都合・好都合」のセンサーだけが発達しているんだろうね。

 内容を吟味する気はまるでなく、不要と判断したら即廃棄。

 でもさ、重要事件の証拠も、国連特別報告者からの警告も怪文書のレッテルを貼って廃棄物扱いするってどうかしてない?

 彼は廃棄したつもりでも、ブツはちゃんと残っている。怪文書や怪答弁を連発しているのはむしろ政府だ。官房長官が廃棄した件にこそ注目すべし。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 菅方程式の2点を知ることができた。

 筆者の「彼は廃棄したつもりでも、ブツはちゃんと残っている」の指摘はその通りだ。残った物は、ウイルスと一緒で、宿主の体力が強いうちは出てこないが、決して死に絶えないのではないか! 
 今日の朝刊一面で、前川前文部次官が当該文書は本物と証言、自ら反省しているとの記事が載った!
総理がどんないいわけをするか?見ものだな!!
 まさに、怪答弁になるのではないか?
 安倍首相は自分の言葉通り、辞職の道しかないのではないか、と思った。


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# by sasakitosio | 2017-05-25 05:57 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月23日付朝日新聞朝刊7面に、「波聞風問」という欄がある。

 筆者は、編集委員・堀篭俊材氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「安倍晋三首相が憲法9条などを見直す方針を打ち出した。財界でも経団連と経済同友会が、憲法問題について久しぶりに議論を始める。

 経済同友会で14年前、憲法について意見書をまとめた伊藤忠商事元常務の高坂節三さん(80)は思い起こす。

 湾岸戦争前年の1990年夏、「イラクがクウェ―トに侵攻した」のニュースが入ると、米コロンビア大学であった経営者セミナーは重い雰囲気に包まれた。

 教授は「あなたの国はどうする」と聞かれ、各国から集まった企業の幹部たちが「イラクを武力で制裁すべきだ」と口にする中で、唯一の日本人だった高坂さんは黙っていた。

 昼食を共にした米ボーイング社の幹部から「ペルシャ湾のタンカーはほとんど日本向けだ。日本は何もしないのか」と問われた高坂さんは「憲法上の制約で、武力による制裁は応援できない」と答えるのが、やっとだった。

 企業の海外展開が進み、日本の国際貢献の在り方が問われ、「財界も憲法について真剣に考えるようになった」と高坂さんは振り返る。」と切り出した。

 続けて筆者は、「同友会が2003年に改憲に踏み込んだ意見書をまとめると、日本商工会議所や経団連も続いた。

 憲法9条について当時、同友会が「改めるのをためらうべきでない」としたほか、日商は「戦力の保持」、経団連は「自衛隊の保持」の明記を提言した。

 戦争体験を持つ護憲派の財界人が退いた。

 米国での同時多発テロや北朝鮮の核開発など、今と似た国際情勢も改憲論の背景にあった。

 「国のかたち」を改めて議論する以上は、前回の蒸し返しや政権を後押しすることに終わっては、財界の存在意義が問われる。」と指摘した。

 さらに筆者は、「米大統領選や英国の欧州連合(EU)離脱で、財界が最も警戒したのは反グローバリズムのうねりだった。

 仏大統領選で歯止めがかかったとはいえ、先進国における格差への不満が明らかになった。

 経済開発協力機構(OECD)によると、所得が全体の真ん中の半分に満たない人の割合を示す相対的貧困率は、日本は16%とOECD平均の11%を上回る。移民問題は深刻ではないが、成長の果実が行き渡らない日本でも、格差問題は他人事とは思えない。

 生活困窮者を支援するNPO[もやい]理事長の大西進さん(30)は「貧困の連鎖を防ぐという意味で、首相が掲げる高等教育の無償化は評価できる。だが、教育だけが焦点ではない」と話す。

 「憲法の理念は実現されていないものが多い。その実現にこそ政治の力を使ってほしい。」と話す大西さんは、憲法25条の「最低限度の生活を営む権利」の確立を訴える。

 「社会福祉や社会保障の向上」を25条は国にに課す。

 グローバル化は貧困や格差の問題も突きつける。

 改めるだけでなく、憲法の理念をどう実現するか。

 財界人ならではの議論を期待したい。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「同友会が2003年に改憲に踏み込んだ意見書をまとめると、日本商工会議所や経団連も続いた。憲法9条について当時、同友会が「改めるのをためらうべきでない」としたほか、日商は「戦力保持」、経団連は「自衛隊の保持」の明記を提言した」とのこと、

 「米大統領選や英国の欧州連合(EU)離脱で、財界が最も警戒したのは反グローバリズムのうねりだった。」とのこと、

 「経済協力開発機構(OECD)によると、所得が全体の半分に満たない人の割合を示す相対的貧困率は、日本は16%とOECD平均の11%を上回る。」とのこと、

 「グローバル化は貧困や格差の問題も突きつける」とのこと、等々を知ることができた。

 日本国憲法は、前文で

 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きないようにすることを決意し」と明記し、

 「主権が国民に存することを宣言し」と明記し、

 「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と明記し、

 「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達することを誓う」と明記している。 

 全文を読んだだけでも、日本国憲法の崇高さがわかる。

 また、各条項で、基本的人権の保障、生存権・国の生存権保障義務、教育を受ける権利・教育を受けさせる義務・義務教育の無償、勤労の権利・義務、勤労者の団結権・団体交渉権その他団体行動権、等々国民の自由を守る条項がキラ星のごとく並ぶ。

 経営者の皆さんには、特に知り合いの中小零細会社の社長には、従業員に給料を払い続けているという点で、尊敬している。財界人の人々には、日本人全体の所得を保証する気概を持って、憲法の理念をどう実現するか、ぜひ議論してほしいと、思った。

 


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# by sasakitosio | 2017-05-24 19:18 | 朝日新聞を読んで | Trackback

5月19日付東京新聞社説に、「日本の平和主義 憲法主権者ここにあり」との見出しで、日本国憲法のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「憲法を改正するにあたっては、主権者たる私たち自身が、将来に負うべき責任の重さをしっかりと自覚しておくことが、まず肝要ではなかろうか。

 とりわけ9条には、この条文をよすがに戦後日本の平和主義が70年も、脈々と守り継がれてきた重さがある。

 それを改めるということは、例えば9条の空文化で、まだ見ぬ将来世代の人々を、戦地へ送ることになるかもしれない。そういう先も見据えての、歴史的な選択の重さである。」と切り出した。

 続けて社説は、「これほどの重大事だからこそ、改憲の選択を国民に求める手続きも、よほど厳重でなければなるまい。そもそも改憲は、憲法の主権者の責任において国民が主体的に判断することだ。手続きの基点には何世代にもわたる議論の末に、国民の過半が改憲を望むような世論の醸成がなければならない。

 この本筋にたてば、安倍晋三首相が唱えた9条改憲の道筋がいかに無理筋か、見えてくる。

 二つの側面から指摘したい。

 一つは、立憲主義の本旨に照らして、だ。

 憲法に縛られる側の権力者が、恐らく縛りを緩める方向で改憲の議論を率いる。

 しかも、自らの政権運営に都合よく議論の期限を切ると言うのでは、国民主権の本筋に真っ向から逆行する。

 もう一つは、国民投票への国会発議に関して、憲法上「全国民を代表する」国会議員の本分をはき違えていることだ。

 首相には、改憲派議員が発議要件の「3分の2」を超す今のうちに、発議を急がせたいとの思惑があるのだろう。だが、国会は無論、一権力者の意向を代表するだけの多数決機関ではない。

 国民の代表者である議員は、まず改憲を望む世論の広がりを受けてこそ、その民意を代表して発議にも動く。

 それが本来の手順ではないか。」と指摘した。

 最後に社説は、「今ある「3分の2」超も、改憲をあえて”争点隠し“にした選挙の結果であって、改憲を望む民意の反映とは到底言い難い。

 その国会が発議を先行させ、短時間の議論で国民に重い選択を迫ることになれば、国民は責任ある判断を尽くせず、歴史に取り返しのつかない禍根を残す危険性も高まる。

 ここが問題なのである。

 国会発議に向けては、首相の期限切れにも「縛られることなく」幅広い合意を目指している憲法審査会の議論を、粛々と積み上げるべきだ。

 開かれた議論がいつか、私たちの責任ある改憲判断の素地にもなればと期待したい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「憲法に縛られる側の権力者が、恐らく縛りを緩める方向で改憲の議論を率いる。・・・・・・国民主権の本筋に真っ向から逆行する」との指摘、

 「まず、改憲を望む世論の広がりを受けてこそ、その民意を代表して発議に動く。それが本来の手順ではないか」との指摘、等々をよくわかった。
 この社説の指摘が、為政者、自公維の議員に全く理解されていない事が不思議でならない。これも、憲法も保証する「思想信条の自由・表現の自由」の具体だろうか?

                  


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# by sasakitosio | 2017-05-24 06:35 | 東京新聞を読んで | Trackback

5月22日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。

 筆者は、編集委員・国分高史氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「安倍晋三首相は、憲法改正論議を「政局化」した。

 これが5月3日に首相が出した「9条改正」メッセージの本質である。

 政局化とはどういうことか。自民、公明、日本維新の会の3党で憲法改正案の国会発議に持ち込み、あわせて党内改憲積極派と慎重派がいる民進党の分断を図ろうというものだ。民進幹部は「野党共闘つぶしの意図は明らかだ」と身構える。

 憲法論議は政局にからめず、与野党が合意できる改憲案を練り上げる。これが衆院憲法審査会の主な議員の共通認識だった。

 政局化が極まれば、3党は改憲案の採決強行すらしかねない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「そのために首相が投げてきたのが、9条1項、2項は残しつつ、自衛隊の存在を新たに書き加えるという曲玉だ。

 自民党幹部は「低めいっぱいの絶妙な変化球だ」と表現する。

 自民党結党以来の改憲論の核心は、戦力不保持と交戦権の否認を定めた9条2項の変更または削除だ。2005年と12年に党がまとめた二つの改憲草案はいずれもそれを踏まえている。

 2項削除を「ど真ん中の直球」とするならば、首相が投じた球は「ねじ曲がってはいるが、ぎりぎりストライク」というわけだ。

 ただ、党内には首相の案には「今までの議論にはなかった」(石破茂・元防衛相)という「直球派」からの批判のほか、「いまさら自衛隊を書くことに意味があるとは思えない」との声もある。

 「9条」はどのようにせよ日本人の琴線に触れるだけに、評価は一様ではない。

 自衛隊は献身的な災害救助活動などを通じ、高い評価を受けている。

 それだけに、その存在を明記することに限れば、多くの国民は受け入れると首相はふんだんだろう。

 首相に近い改憲派は「共産党以外はだれも反対できないはずだ」という。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「だが、そんな単純な話ですむはずがない。

 昨年施行された安保法制で、自衛隊に集団的自衛権の限定行使が認められた。新たな条文追加で2項が空文化し、自衛権の行使の範囲がさらに拡大する恐れはないか。

 「1項と2項は残す」という首相の言葉の裏側に、細心の注意をめぐらす必要がある。

 首相の意思表明を受け、9条改正に向けた党内の歯車は回り始めたが、党改憲本部のベテランは「首相は大きなリスクを背負った」と語る。

 「どんな形であれ9条に手をつけるとなれば、安保法案の時を上回る反対運動が起きる。国民投票で否決されたら、首相退陣だけではすまされない。自衛隊が否定されることになるのだから」

 朝日新聞の世論調査では、首相が唱える9条改正が必要か必要でないかは41%対44%で拮抗している。

 国会内の議席だけをみれば自公維3党は圧倒的な多数派だ。

 だが、国会の外に目を転じれば、首相の9条改正論に懐疑的な人たちは決して少数派とはあなどれない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「政局化とはどういうことか。自民、公明、日本維新の会の3党で憲法改正案の国会発議に持ち込み、あわせて党内に改憲積極派と慎重派がいる民進党の分断を図ろうというものだ。」とのこと、

 「自民結党以来の改憲論の核心は、戦力の不保持と交戦権の否認を決めた9条2項の変更または削除だ。2005年と12年に党がまとめた二つの改憲草案はいずれもそれを踏まえている。」とのこと、

 「党改憲本部のベテランは「首相は大きなリスクを背負った」と語る。「どんな形であれ9条に手をつけるとなれば、安保法案の時を上回る反対運動が起きる。国民投票で否決されたら、首相退陣だけではすまされない。自衛隊が否定されることになるのだから」」とのこと、等々を知ることができた。

 ここまで来たら、憲法9条改正反対の国民投票の準備をした方がいいかもしれない。

 そして、この機会に、グローバル時代の日本と世界と地球の将来展望を見据えた「日本国憲法」を構想したいものだ、と思った。 


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# by sasakitosio | 2017-05-23 06:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback