憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「政治の言葉」の回復<「問題ない」、「仮定の問いには答えられない」、「指摘は当たらない」!?もはや、戯画のレベル!!この言葉が常套句になった時、言論の府である国会はその命を失う!!>

7月16日付東京新聞朝刊社説横に、「時代を読む」という欄がある。 筆者は、東大教授・宇野重規氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「東京都議会議員選挙の余熱がまだ冷めやらない今日、ある種の居心地の悪さを感じているのは筆者だけではあるまい。

 なるほど「共謀罪」を巡る与党の強引な議会運営、森友・加計学園を巡る疑惑の数々、そして閣僚や議員をによる失言の連続に対し、都民の厳しい判断が下されたことは一つの前進であろう。

 都議が大幅に入れ替わり新たな風が吹き込んだことにも一定の意義がある。

 しかしながら新たな都政与党となった都民ファーストの会の基本政策を含め、不透明な部分も多すぎて、今後の見通しは立ちにくい。

 そもそも、都議選を通じて、なにが語られたのか。

 築地市場の豊洲移転問題について、納得のいく議論は交わされたのであろうか。

 東京で五輪を開催する意義について、都民間の合意は形成されたのであろうか。

 都市部における少子高齢化や貧困問題について、改善策が検討されたのか。

 そのような実質的な議論を期待しても、しょせんは無意味だという諦念がどうしてもわいてくる。」と切り出した。

続けて筆者は、「 もちろん都議選とは単なる一地方議会選挙ではない。1300万人を超す人口を有する首都の選挙であり、日本全体にも大きな影響を及ぼす重要イベントである。

 1989年の都議選では社会党の土井たか子ブームが起こり、後の政治改革へとつながるうねりを生み出した。

 2009年の都議選もまた、続く民主党の政権獲得への先駆けとして記憶される。

 人口が多く浮動票の多い都議選の結果は、国政に対する大きな動きの跳躍台となりうる。

 それでは今回の都議選はいかなる動きの跳躍台となるのだろうか。

 筆者としては期待を込めて、政治における言葉の意義回復への一里塚となることを願いたい。

 今回の都議選で、有権者の不満を募らせた最たる要因は、安倍政権の「言葉の貧しさ」であった。

 森友・加計問題でもはや劇画のレベルにまで達したのが、菅義偉官房長官の「問題ない」「仮定の問いには答えられない」「指摘は当たらない」の繰り返しであった。

 なるほど政治の場において、どうしてもその時点で答えようがないこともある。

 断言的な口調で、とりあえず追求を避けざるを得ないこともあろう。とはいえ、この言葉が常套句になったとき、言論の府である国会はその命を失う。

 「印象操作」という言葉を、決めぜりふのように繰り返す安倍首相にも問題がある。

 言葉によって相互に攻め合うのが政治の本質である以上、相手に議論に根拠がない時、きちんと反論できなければ自分の印象が悪くなってもやむを得ない。

 「印象操作」とさえ言えば、反論になると考えるのは、あまりに独善的であろう。」と指摘した。

 最後に筆者は、「言質を取られまいと、ともかく答えを回避するか、さもなければ一言の下に切り捨てる。

 このようにして、国政の中枢において奇妙な「言葉の貧しさ」が居座る一方、政治であれ芸能であれ、会員制交流サイト(SNS)であれ、「言ったもの勝ち」とばかりの炎上商法も目立つ。

 これでは言葉の信頼は失われるばかりだ。

 そろそろ実のある言葉、中身のある論争が聞きたい。

 そのような有権者の欲求が、かってないほど高まったのが今回の都議選ではなかったか。

 残念ながら、まだ欲求はみたされていない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1989年の都議選では社会党の土井たか子ブームが起こり、後の政治改革へとつながるうねりを生み出した」とのこと、

 「2009年の都議選もまた、続く民主党の政権獲得への先駆けとして記憶されている」とのこと、

 「今回の都議選で、有権者の不満を募らせた最たる要因は、安倍政権の「言葉の貧しさ」であった」との指摘、

 「森友・加計問題でもはや戯画のレベルまで達したのが、菅義偉官房長官の「問題ない」「仮定の問いには答えられない」「指摘は当たらない」の繰り返しであった」との指摘、

 「印象操作」という言葉を、決めぜりふのように繰り返す安倍晋三首相にも問題がある。言葉によって相互に攻め合うのが政治の本質である以上、相手の議論に根拠がない時、きちんと反論できなければ自分の印象が悪くなってもやむをえない」との指摘、等々のはその通りだと、納得した。

 筆者の指摘によれば、戯画のレベルまで達した「菅義偉官房長官の言葉」が、常套句になった国会は命を失ったというべきか?

 であるならば、枯れ木と化した「国会」に「税金」という「水」をやるのは、無駄遣いの極みの一つではないか、と思った。


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by sasakitosio | 2017-07-17 07:31 | 東京新聞を読んで | Trackback