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by sasakitosio

戦禍を結ぶ二つマリア<スペインのゲルニカの聖母マリア像!長崎・浦上天主堂の「被爆のマリア」像!長崎への原爆投下の後に、ゲルニカへの無差別爆撃の後に、発見!!>

6月18日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・福島申二氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「梅雨入りの雨にぬれる長崎の浦上天主堂で、胴体を失って頭部だけが残った二つにマリア像を見た。

 同じ祭壇に安置された聖母はそれぞれに、20世紀に起きたむごい戦禍を私たちに伝える。

 長崎の原爆投下と、スペインのゲルニカへの無差別爆撃である。

 かって、浦上天主堂の正面祭壇には美しい寄席木造りのマリア像が置かれたいた。

 しかしあの日、爆心地から500メートルにあった天主堂は一瞬のうちに壊滅する。

 秋になって復員してきた一人の神父が、廃墟のがれきから奇跡のようにマリアの頭部を見つけた。かき抱くように持ち帰って大切にしたのが、今では知る人も増えた「被被爆のマリア」である。

 ゲルニカ空爆は、原爆より8年前の1937年4月26日に起きた。民衆を標的にした空からの無差別殺戮の先駆けとされ、ピカソが怒りの絵筆をとった対策でも知られる。

 ここでも破壊された教会から焼け残ったマリア像の頭部が見つかり、長く大切に保管されてきた。

似た過去を持つ二つのマリアは、互いの都市の人々を平和交流で結んだ。

 原爆投下から70年の一昨年には、先方から長崎にマリアのレプリカが送られて教会の祭壇に安置された。ゲルニカに始まる非人道の行き着いた先が原爆投下だったことを思えば、焦土に残った二つのマリアは、偶然とはいえ何かの意思が働いたかのように思われてならない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「この4月、ゲルニカは空爆から80年を迎えた。今度は長崎からの巡礼団が被爆マリアのレプリカを携えて追悼行事に出席した。

 マリアのほおは黒く焼け焦げ、水晶の両眼は失われて深い空洞となって、ひとたび見れば忘れがたい。

 「戦争の犠牲者や今も苦しむ人々に悲しげに寄り添い、もう争いはやめよと語りかけてくるお顔です」と、巡礼団を率いる高見三明大司教(71)は言う。

 自身も母親の胎内で被爆し、祖母ら身内が亡くなった。その高見さんが「被爆国の自覚がない。あまりにも」と言葉を強めるのが、核兵器禁止条約交渉への日本の不参加だ。

 3月末、国連議場の無人の日本政府代表席に、「あなたがここにいてほしい」と英語で書かれた嘆きの折り鶴が置かれたのを、ニュース写真などでご記憶のかたもあろう。

 日本政府の軍縮大使は核保有国に足並みをそろえるように、わざわざ核禁止条約への批判を強い調子で演説した上で議場から去って行った。

 いかにアメリカの「核の傘」を頼む立場にせよ、これで唯一の戦争被爆国として世界への役どころを捨ててしまったことになる。

日本は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を目指してきたはずだった。

 この15日から再開された詰めの交渉会議にも日本の姿はない。

 長崎で原爆に遭い、7年前に90歳で他界した歌人竹山広さんの最晩年の一首が被爆者の失望を集約していないか。

 <原爆を知れるは広島と長崎にて日本という国にあらず>

 核廃絶への願いを込めて日本から世界に広まった折り鶴が、今、現実を言い訳に理想を退ける日本政府への嘆きとなって差し向けられている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ゲルニカの無差別空爆はドイツ軍によって行われた。その後パリを占領したナチスの将校がピカソのアトリエを検問にきて,机上にあった怒りの絵「ゲルニカ」の写真を指して聞いたという。

 「これを描いたのはあなたか」

 ピカソは答えた。

 「いや、君たちだ」

 そのドイツも第2次大戦後期に連合国軍の激しい都市爆撃を浴びた。全土の死者は60万人とも言われる。

 米軍の空爆に焦土と化した日本も、中国では無差別爆撃を繰り返した。加害も被害も、正義も悪も、いともたやすく反転する。

 そうした中で、ピカソが描いたように、おびただしい無辜の生が断ち切られてきた。

 昨今の国際情勢は不穏できな臭く、現実的という言葉が幅を利かせる時代である。

 こんな時こそ、現実につき従うばかりの僕になることを拒みたい。

 理念の羅針盤、それを見失うまいと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 筆者は「梅雨入りの雨にぬれる長崎の浦上天主堂で、胴体を失って頭部だけ残った二つのマリア像を見た」とのこと、

 「同じ祭壇に安置された聖母はそれぞれに、20世紀に起きたむごい戦禍を私たちに伝える。

長崎への原爆投下と、スペインのゲルニカへの無差別攻撃である」とのこと、

 ゲルニカは「ピカソが怒りの絵筆をとった大作でも知られる」とのこと、

 「原爆投下から70年の一昨年は、先方から長崎にマリアのレプリカが贈られて教会の祭壇に安置された」とのこと、

 「この4月、ゲルニカが空爆から80年を迎えた。今度は長崎からの巡礼団が被爆マリアのレプリカを携えて追悼行事に出席した」とのこと、等々を知った。

 この二つのマリア像の惨禍と二つの教会の交流が、戦争のない世界への一歩となることを期待したい。ちなみに、ピカソのゲルニカは、新聞の記事で知って、2014年末から2015年正月にかけて、スペインへピカソのゲルニカを見に行ってきた。ピカソの直線的描写法が、苦痛にゆがむ馬の顔、人の顔をリアルに表わすことを、初めて知った。

 また、「核兵器禁止条約交渉への日本の不参加」を、高見さんが「被爆国の自覚がない。あまりにも」と言葉を強める「気持ち」は、よく理解できた。

 内村鑑三が「戦争ほど、人にとって最大罪悪はありましょうか」と言ったと聞いたが、戦争を罪悪と言い切れる「為政者」をどうやって誕生させるか、生きている限り追求し続けたい。

 


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by sasakitosio | 2017-06-20 15:18 | 朝日新聞を読んで | Trackback