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by sasakitosio

玄海原発 安心安全はどこにある <国会の福島事故調査委員長を務めた黒川清氏は「原子力規制委がOKすれば再稼働というレトリック(修辞)はない」と言う!だがそのレトリックで、再稼働は司法にも次々容認??>

614日付東京新聞社説に、玄海原発のことが載った。

 今日は、この社説を学習することにした。

 まず社説は、「国会の福島事故調査委員長を務めた黒川清氏は「原子力規制委がOKすれば再稼働というレトリック(修辞)はない」という。だが、そのレトリックに従って、再稼働は司法にも次々容認されていく。

 黒川氏の批判は12日、衆院原子力問題調査特別委員会で飛び出した。

 九州電力玄海原発再稼働さし止めの仮処分。

争点は大きく二つ、

 一つは基準地振動。

 設計上、それだけの強さも地震に耐え得れば、大丈夫という目安である。

 仮処分を求めた周辺住民側は「その目安は過小評価。それより強い揺れもこりうる」と主張した。

 もう一つは故障の恐れ、地震の揺れで配管などが破損して、重大事故につながる恐れがあるのでは、という疑問を提起した。

 これらに対し、佐賀地裁は「最新の科学的知見に基づき、合理性がある」と判断。

 住民側の求めを退けた。」と切り出した。

続けて社説は、「基準地振動は、数学的に算出される。式の立て方次第で得られる“答え”も変わる。

 例えば、関西電力大飯原発の基準地振動について、島崎邦彦・前原子力規制委員長代理は「過小評価」と訴えている。

 関電が採用した関係式を用いると、実際より、小さな揺れが産出されるというのである。

 地震の専門家である前委員長代理の問題提起が、専門家不在の規制委に十分検証されないままで、再稼働に進んでいる。

 一方、福島第一原発事故では、津波による被災のまえに、揺れによる破損が生じていたとの指摘が根強くある。

 事故原因は未解明。

 設備をゆれから守るため、どのような対策が必要か、それさえわかっていないということだ。

 いずれも「科学的合理性」からは、ほど遠い。

 電力事業者側のデータと主張を踏襲した規制委の「適合基準」判断を、司法が追認しているだけではないか。

 「安全」の保証はどこにもない。」と指摘した。

 最後に社説は、「原発事故はもう二度と許されない。

 にもかかわらずそれを動かす根拠としては、合理性そのものを欠く判断と言うしかない。

 ましてや、大洗で起きた日本原子力機構の被爆事故の直後である。あの程度の安全認識の下で核物質がが扱われ、人が働かされていることに、国全体が驚き、あきれ、恐怖さえ感じている。

 原発再稼働の可否は、「合理性」はもとより、国民全体の不信や不安を効力入れて、総合的に判断されるべきであ。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「黒川氏の批判は12日、衆院原子力問題調査特別委員会で飛び出した」とのこと、

 「九州電力玄海原発再稼働さし止めの仮処分。争点は二つ。」とのこと、

 「仮処分を求めた住民側は「その目安は過小評価。それより強い揺れも起こりうる」と主張した。もう一つは故障の恐れ、地震の揺れで配管などが破損して、重大事故につながる恐れがあるのでは、と疑問を提起した」とのこと、

 「これらに対し、佐賀地裁は「最新の科学的知見に基づき、合理性がある」と判断。住民側の求めを退けた。」とのこと、

 「基準地振動は、数学的に算出される。式の立て方次第では得られる“答え”も変わる」とのこと、

 「一方、福島第一原発事故では、津波による被災の前に、揺れによる破損が生じていたとの指摘が強くある。事故原因は未解明。設備をゆれから守るため、どのような対策が必要か、それさえ分かっていない」とのこと、等々を知ることができた。

 「電力事業者側のデータと主張を踏襲した規制委の「基準適合」判断を、司法が追認しているだけではないか」との、社説の疑問はその通りだと思った。

 原子力ムラの力が、司法へも及んでいるということか。

 また、「原子力事故はもう二度と許されない」との社説の指摘は重い。その重みを、全く感じられない、佐賀地裁の判断だった、と思った。

 


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by sasakitosio | 2017-06-18 16:16 | 東京新聞を読んで | Trackback