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by sasakitosio

「平和の扇動者」 古びない <ヒトラーの絶頂期に、敢然とファシズムに立ち向かったもう一人のチョビひげ、喜劇王のチャップリンだ!ヒトラーの不気味な予言に、いまも平和の扇動者チャップリンに出てほしい!!>

416日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。

 筆者は、編集委員・福島伸二氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「カギ十字ほどではないけれど、ファシズムの時代を想起させるものの一つは鼻の下のチョビひげであろう。

 ゆえに世界中で、人々はしばしば気に食わない為政者の写真にあのチョビひげを書き加える。

 するとたちまちある種のイメージをまとうものだから、死してなおヒトラーの残像は恐ろしい。

 そのヒトラーの絶頂期に、敢然とファシズムに立ち向かったもう一人のちょびひげがいた。

 喜劇王のチャップリン。

 ヒトラーを痛烈に笑い飛ばした名作「独裁者」を作るに至る憂いを、自伝の中で回想している。

 「戦争の気配がふたたびただよいだした。ナチスが隆々と伸びていた。それにしても、第一次大戦とあの死の苦しみの4年間を、なんと早く忘れたものか」(中野好夫訳)。

 トレードマークのチョビひげを武器に独裁者と町の床屋の二役を演じ、両者が取り違えられるストーリーは、巨大で恐ろしく見えるものの姿を矮小にし、権威をはぎ取り滑稽さをあばく。

 改めて映画をみると、現実より5年早くヒトラーとファシズムの敗北を予告したかのような洞察に脱帽せざるを得ない。

 その喜劇王の今年は没後40年、今日は生誕128年の日である。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「独裁者」の政策にはナチスの妨害だけでなく、ドイツを刺激したくない他の方面からも圧力がかかった。

 しかし、ニューヨークで上映されると連日の大入りとなる。

 80年近くを経た今も心に響いてくるのはラストシーンの名高い演説だ。

 中野好夫氏の名訳を抜粋して拝借する。

 「わたしたちは、他人の不幸によってではなく、他人の幸福によって、生きたいのです。憎みあったり、軽蔑し合ったりしたくありません」

 「(地球の)大地は肥沃で、すべての人間を養うことだってできるのです」

 「独裁者というのは、自分だけ自由にするが、人民は奴隷にするのです」

 「世界の開放のために戦おうではありませんかーー国と国との障壁を毀ちーー貪欲や非寛容を追放するために」

 チャップリン自身が練りに練った渾身の演説を、映画史上最も感動的なせりふという人もいる。

 一方で、言葉が胸にしみるのは、おびただしい理不尽が今も地上から消えない証しでもあろう。

 深刻がきわまるシリアでは、今世紀最大の人道危機とされる内戦で30万人は落命し、数百万という人が難民になって流浪する。

 古今の独裁者の例にもれず、アサド大統領は自分が生き延びることにしか頭にないのかもしれない。

 東アジアに目を向ければ北朝鮮の独裁者は飢える民をよそに、なけなしの体力を核やミサイルにつぎ込んで体制の維持を図る。

 独裁国でなくても、一日1.25ドル未満で暮らす極度な貧しさに今も世界で8億人があえぐ、小学校へ通えない子は5670万人、5歳までになくなる子は年600万人。

 政治的にも経済、社会的にも「他人の不幸」は地球上に満ち満ちている。

 天の采配ひとつで自分がそうであったかもしれないというまなざしを、私たちはもちえてえいるだろうか。」と指摘した。

 最後に筆者は、「戦後になって、チャップリンはユーモアを交えて自らを「平和の扇動者」と称したそうだ。

 その作品と人生は、排他と非寛容、貪欲と憎悪に蝕まれてやまない世界への絶えざる問題提起でもある。

 ゆえにいつも新しい。

 悲しむべきか古びている暇などない。

 でも、もう一人のチョビひげはすっかり過去に葬られたのだろうか。

 NHKスペシャル「新・映像の世紀」がヒトラーが自殺の前に語ったという言葉を伝えていた。

 「(ナチズムはわたしと共に消滅するが)100年後には新たな思想が生まれるだろう。宗教のように新しいナチズムが誕生するだろう」

 不気味な予言だ。

 しかし、欧米で起きているポピュリズムへの傾斜、喝采を見ると、それを妄言ともいえない空気が時代を包みつつあるかに思えてならない。

 歴史に学べば、なにごとも始まりの小さな芽の中に結末が包摂されているのに気づく。

 むろん、他国だけの話ではない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ヒトラーの絶頂期に、敢然とファシズムに立ち向かったもう一人のチョビひげがいた。喜劇王のチャップリン」」とのこと、

 「その喜劇王の今年は没後40年、今日は生誕128年の日である」とのこと、

 「「独裁者」の政策にはナチスの妨害だけでなく、ドイツを刺激したくない他の方面からも圧力がかかった。不気味な脅迫も相次いだ。 しかしニューヨークで上映されると連日の大入りとなる」とのこと、

 「80年近くを経た今も心に響いてくるのはラストシーンの名演説だ」とのこと、

 中野好夫氏の名訳によれば、「 「わたしたちは、他人の不幸によってではなく、他人の幸福によって、生きたいのです。憎みあったり、軽蔑し合ったりしたくありません」、

 「(地球の)大地は豊沃で、すべての人間を養うことだってできるのです」、

 「独裁者というものは、自分だけは自由にするが、人民は奴隷にするのです」、

 「世界の開放のために戦おうではありませんかーー国と国との障壁を毀ち、-貪欲や憎悪や非寛容を追放するために」、」とのこと、

 「独裁国でなくても、11.25ドル未満で暮らす極度な貧しさに今も世界で8億人があえぐ。小学校へ通えない子は5670万人、5歳までに亡くなる子は年600万人。」とのこと、

 「戦後になって、チャップリンはユーモアをまじえて自らを「平和の扇動者」と称したそうだ」とのこと、 等々を知ることができた。

  なかで、NHKスペシャル「新・映像の世紀」がヒトラーが自殺の直前に語ったという言葉が気にかかる。

 それは、「(ナチズムは私と共に消滅するが)100年後には新たな思想が生まれるだろう。宗教のように新しいナチズムが誕生するだろう」とのこと。「浜の真砂は尽きるとも、世に泥棒の種は尽きまじ」と似ていることに驚きだ。

 2014年の年末から2015年の年始にかけて、ヒトラー終焉の地に立ちたくて、ベルリンを訪れ短い滞在中3日間三回歩き回った。高層マンション群に囲まれた駐車場になっていた。中に歴史の証人であろう「大きなポプラが一本」立っていた。そして、ベルリンではナチズムの復活は全く感じられなかった。

 


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by sasakitosio | 2017-04-17 06:36 | 朝日新聞を読んで | Trackback