憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

戦前教育繰り返すな <振り返れば幼い日からの教育は、天皇陛下のために「死ぬ」ことにつながり、天皇陛下万歳を叫んで兵が死ぬのが到達点であった?!!!>

414日付東京新聞社説横に、「ミラー」と言う欄がある。今日の筆者は、世田谷区の無職・大石弘子さん(92)だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「小学1年生になった時、まず聞かされたのは「教育勅語」だった。

 「天壌無窮の皇運を扶翼すべし...」と声をそろえて暗唱した。

 校庭の奉安殿に掲げられた陛下の御真影に最敬礼し、百里かなたの宮城を遥拝した。」と切り出した。

 続けて筆者は、「振り返れば幼い日からの教育は、天皇陛下のために「死ぬ」ことにつながり、天皇陛下万歳を叫んで兵士が死ぬのが到達点であった。

 天皇の名の下に隊長は「命令」し、私的制裁し、若者を肉弾とした。

 海上挺進戦隊のべニアボートに爆雷と共に詰められ、夜の海に放たれた1618歳の少年兵の孤独。

 食も弾もなく切り込み隊に指名された生き残りの幹部候補生らは、ルソン山中で肩をたたきながら声をあげて泣いた。

 戦前の私たちがいかに育てられ、何に滅びたかを、今、学び直さなければ、また戦争はやって来るだろう。

 72年前のように、

 命は自分のものではなく、

「共謀罪」に思想言論の自由を奪われ、

 戦争の惨禍に巻き込まれ、

 若者は近づく死を見つめて生きなければならないのか。

 再び「死ぬことを決められた弾の一つ」となってしまうのだろうか。

 神兵となり軍神となり、

 靖国神社に祀られのであろうか。

 それが幸せなのか!と死者の声の木霊が聞こえてくる。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「知り合いの東部第6部隊見習士官は手紙に「私の最大の執着は人間なのだ。愛しい、貧しい家族であるのだ」と書いた。

 昭和18年、彼は治安維持法で陸軍刑務所に繋がれ、毎日水を浴びせられ、「転向文を書け」と強制されたが、転向すべきなにものもなく、2年間とらわれ命を失いかけた。

 私は何としても共謀罪法案を止めたい。」として締めくくった。

読んで、大正末期、昭和初期に生まれた人々が受けた、逃げようもなく「教育勅語・戦争」に飲み込まれていたことが、少しわかったような気がした。

 「72年前のように、命は自分のものではなく、「共謀罪」思想言論の自由を奪われ、戦争の惨禍に巻き込まれ、若者は死を見つめて生きねばならないのか」、

 「再び「死ぬことを決められた弾の一つ」となってしまうのだろうか」、

 「神兵となり軍神となり、靖国神社に祭られるのであろうか」、

 「それが幸せなのか、と死者の声が木霊が聞こえてくる」、との筆者はの問いを重く重く受け止めた。

 筆者の知人が「私の最大の執着は人間なのだ。愛しい、貧しい家族であるのだ」と書いて、治安維持法で陸軍刑務所に繋がれ、毎日水を浴びせられ、「転向文を書け」と強制させられ、二年間囚われ命を失いかけた」とのことを知って、ひどい時代だったことが分かった。

 共謀罪法案は通してはならない、と思った。

  


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by sasakitosio | 2017-04-16 06:20 | 東京新聞を読んで | Trackback