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by sasakitosio

赤ずきんちゃんの寄り道 <若者が「現状分析よりまず理想」だと思う!いいね!!振り返れば一瞬の人生、理想を追い続けた方がズート楽しいと思うよ!?>


49日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。今日の筆者は、編集員・曽我豪氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「昨年10月のある日のこと、東京大手町のビルの一室で、東京の8大学の若者50数人が、2030年の日本はどうあるべきか、侃々諤々やっていた。

経済人や学者らが人材育成を議論する日本アカデミア(共同筆頭=佐々木毅・元東大総長ら)の学生組織の面々だ。

 今年で2回目と歴史は浅いが、3月には班別で政策提言を一人一分づつ語ってから2時間、班分けも若者に任された。

 「外交に関心のある人はここ」 「地方創生はこっち」。

 安全保障やエネルギー問題を含め、テーマごとに集まり、まず現状を分析して改善策を練る。9班のうち8班まではそんな「王道」の進め方をした。

 ひとつだけ異質の班があった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「学校や大人の価値観と違う寄り道を誰もが経験できる社会にしたい。現状分析よりまず理想だと思う」

 東大で少子化問題を学ぶ女子学生(23)のこんな訴えは面白いと思った一橋、慶応、上智、御茶ノ水の仲間が集まった。

 7人のはその日、自分たちのことを「寄り道班」と名乗った。

 理想の実現に向け、克服すべき課題を整理し、裏付けデータを集めた。

 月2回の定例の講義の後で顔を合わせる以外はLINEを通じて意見を集約した。

 内閣府調査などで、いかに日本の若者が諸外国と比べてやる気が出ないと感じているか、出世意欲も低いかがよくわかった。それは、幼児期の教育で義務(マスト)が一方的に課され、主体的なやる気や想い(ウィル)が養えないでいるからだ。いじめ防止もマスト教育を教え込むだけでは限界がある。

 だから勉学以外の可能性や仲間をみつける「よりみち広場」を官民連携で地域社会につくる。

 学生インターンや教師も参加し、他者のウィルを尊重する法教育をこの広場で行い、学校に広げる・・・。

 ところが提言の方向性が見えてきた矢先の昨年12月、アカデメイアの大学教授から厳しい指摘があった。

 「これはエリート論にすぎないのではないか。国民全体に訴える広がりがあるんですか」

 そこで原体験を語り合い思いを共有し直すことにした。

 「大学に入ったらやりたいことがなかった」。そう告白したメンバーもいた。試験やゼミの経験からすれば、提言の細部を詰めた方がずっと得だと思った。だが、訴えをほんものだとわかってもらうには、これもまた必要な寄り道だと考えた。

 最初に訴えた彼女にはもうひとつ、発見があった。

 これまで自分の長所は、人の話をよく聞いて議論の流れの見取り図を示す整理役だと思ってきた。ところが、発表の1週間前、班のリーダーから任された自分の役割に驚いた。

 「10分間のスピーチの最後の1分間で、自分の体験に基づいた想いを語ってくれ」

 313日の発表会で、寄り道班は賞を逃した。

 幼保一元化による幼児学校の創設など三つの班が入賞した。その副賞の10万円と5万円の図書カードは惜しかったが、寄り道班の打ち上げのたこ焼きパーテーは暗くなかった。

 想いの共有にかけた時間はどの班にも負けないと思ったし、想いが物事を動かす新しい自分の可能性を知った。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「あらかじめ想定された解答などない中で、若者が仲間と共に社会の最適解を試行錯誤で探し、合意形成の技術を体得する。

 主権者教育はそのためにある。

 ただ、いつの時代も若者は本当の自分を探してさまよい寄り道をしてきたのだろう。

 半世紀前、学園闘争の吹き荒れるなか生まれた庄司薫の「赤ずきんちゃん気を付けて」で主人公の薫くんも、エリートコースに乗る自分を嫌悪し、それでも「みんなを幸せにするために」の答えを求めて東京の街をさまよう。

 そして、東大に行かずの自分でやってみようと決心してこう誓うのだ、

 「誰のものでもないこの僕自身のこんなにも熱い胸の中から生まれたものである限り・・・さまざまな苦しい戦いのさ中に、必ずスレスレのところでぼくを助けぼくを支えぼくを頑張らせる大事なものになるだろう」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「経済人や学者らが人材育成を議論する日本アカデメイア(共同塾長=佐々木毅・元東大総長ら)の学生組織がある」とのこと、

 「今年で2回目と歴史は浅いが、3月は班別で政策提言を発表する決まりだ」とのこと、

 「9班あり、中で「寄り道班」という班ができた」とのこと、

 「勉学以外の可能性や仲間をみつける「より道広場」を官民連携で地域社会につくる」とのこと、

 「昨年12月、アカデメイアの大学教授から指摘があった「これはエリート論にすぎないのではないか。国民全体に訴える広がりがあるんですか」」とのこと、等々を知ることができた。

 筆者の「あらかじめ想定された解答などないなかで、若者が仲間と共に社会の最適解を試行錯誤で探し、合意形成の技術を体得する。主権者教育はそのためにある」との指摘は、なるほどと思った。

 そして、この種の試みは、定年後の高齢者にこそ必要な「主権者教育」のような気がした。キレる年寄り、事故る高齢者、等々社会のお荷物でなく、いつまでも社会の荷物を担げる年寄りを増やしたい。


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by sasakitosio | 2017-04-11 07:02 | 朝日新聞を読んで | Trackback