憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

教育勅語 復権など許されない <とりわけ道徳教育で持ち出すべきでない!「国民主権や基本的人権の尊重といった現行憲法の理念に根ざしていないからだ!!そうだ、そうだ!!>

4月5日付東京新聞社説に、教育委勅語のことが載った。今日は、この社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「戦前回帰の動きとすれば、封じ込めねばならない。安倍政権は、教育勅語を道徳教育の教材として認める姿勢を鮮明にした。個人より国家を優先させる思想である。復権を許せば、末路は危うい。

 教育勅語について、政府は「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定しない」との答弁書を閣議決定した。

 菅儀偉官房長官はさらに踏み込み、道徳の教材としての使用も容認する考えを記者会見で示した。

 政府のこうした言動を深く憂慮する。

 国会議員の質問主意書への答弁書とはいえ、政府が個別の教材の位置づけを明示することは、教育に対する介入に等しい。ましてや国民を戦争へ駆り立てた教育勅語の取り扱いである。肯定的な姿勢は国内外の疑念を招く。」と切り出した。

 続けて社説は、「教育勅語は1890年、明治天皇が国民が守るべき徳目を説いた言葉として発布された。自由民権運動や欧化主義と儒教主義や皇国主義との対立を収め、教育の基本理念を定める狙いがあった。

 学校での朗読が強制され、神聖化が進んだ。

 天皇制の精神的支柱の役割を果たし、昭和期の軍国主義教育と結びついた歴史がある。

 親孝行や夫婦の和、博愛といった徳目は一見、現代にも通じるものがある。

 だからだろう、安倍政権を支持する保守層には、教育勅語を評価する向きが少なくない。

 しかし、その徳目はすべて「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、もって天壌無窮の皇運を扶翼すべし」に帰結する。

 国家が非常事態に陥った時には天皇のために身命を賭すことが不変の真理であると国民に植え付けたわけだ。

 だからこそ、教育勅語は戦後の1948年に衆院で排除の、参院で失効の決議がされた。

 閣議決定はこれをたがえるものである。」と指摘した。

 最後に社説は、「もちろん、かっての天皇制や教育の仕組みを学ぶ歴史教育のための資料としては有効だろう。

 それでも、とりわけ道徳教育では持ち出すべきではない。

 国民主権や基本的人権の尊重といった現行憲法の理念に根差していないからだ。

 「憲法や教育基本法に反しない形」で、教材として使うのはおよそ不可能である。

 小中学校の道徳の時間は、特別の強化に格上げされるが、個々の徳目に惑わされてはならない。それこそが教育勅語の教訓だろう。

 自民党は復古的な憲法改正草案を掲げる。

 戦前の価値観を志向するような閣僚ぞろいの安倍政権が唱える教育観には警戒したい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「教育勅語について、政府は「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまで否定していない」との答弁書を閣議決定した」とのこと、

 「菅儀偉官房長官はさらに踏み込み、道徳の教材としての使用も容認する考えを記者会見で示した」とのこと、

 「教育勅語は戦後の1948年に衆院で排除の、参院で失効の決議がされた。閣議決定はこれをたがえるものである」とのこと、等々を知ることができた。

 社説の「「憲法や教育基本法に反しない形」で、教材として使うのはおよそ不可能である」との指摘は、その通りだと思う。

 教材としてではなく、かっての天皇制や教育の仕組みを「反面教師的に」学ぶ歴史教育のための「資料」として使うのであれば、「憲法や教育基本法に反しない形」での使い方の一例になるかもしれない、と思った。

 また社説の「戦前の価値観を志向するような閣僚ぞろいの安倍政権が唱える教育観には警戒したい」との指摘は、国民全体に広めたい視点だと思った。

 

 


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by sasakitosio | 2017-04-06 06:39 | 東京新聞を読んで | Trackback