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by sasakitosio

原発避難者訴訟 国・東電の責任は当然だ<「前橋地裁判決」!原発事故のため穏やかに生きることができなかった」と国・東電の責任を真正面から問うた裁判だった!!>


318日付東京新聞社説に、原発避難者訴訟が載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「原発事故によって平穏に生きる権利を侵された。そう避難者が慰謝料を求めた裁判で前橋地裁判決は国と東京電力の過失を明白に認めた。

 生活は戻らない。原発の再稼働を急がず立ち止まるべきだ。

 どこに住むのか、どんな仕事を選ぶか、人には自分の人生を決める権利がある。

 しかし、原発事故でもたらされた放射能の恐怖や不安がそれをかなわなくする。

 「原発事故の為に穏やかに生きることができなくなった」と国と東電の責任を正面から問う裁判だった。

 判決は原発の電源を喪失させる大規模な津波発生など、事故を予見しながら適切な対策を怠った東電と、原発事業に対して適切なに規制権限を行使しなかった国の責任を全面的に認めた。

 各地では約30の同種の裁判が争われている」と切り出した。

 続けて社説は。「争点の一つは、原発の敷地地盤面を超え、非常用電源を浸水させるほどの巨大津波の発生を予見できたかどうかにあった。

 判決は「地震、津波は予見できた」と認めた。被害を防ぐ措置についても「一年でできる電源車の高台配備やケーブル敷設という暫定的対策さえ行わなかった」と東電の対応のずさんさを断じ「経済的合理性を安全性に優先させたと評価されてもやむをえない」などと強い言葉で表した。

 原発規制を担う国に対しては「東電に対して技術的適合命令など規制権限を行使すべきで、権限を行使していれば事故は防げた」と、不適切な行政が事故を招いことを認めた。

 慰謝料の算定で問題になってきたのが国の原子力損害賠償紛争審査会が決めた中間指針である。裁判では指針を上回る賠償が認められるかどうかが注目された。

 判決は国と東電の過失は認めたものの指針の合理性を認めており、賠償額は低い。

 指針より上積された人がおる一方、半数が棄却されたのは残念である。」と指摘した。

 最後に社説は、「原発事故がもたらした放射能汚染は甚大で、国が線引きした避難区域の内と外でその被害は本質的に違いはない。

 にもかかわらず、区域外の被害者にまともな賠償が行われないのは差別である。 指針は是正されるべきである。

 原発事故は国策が招いた人災である。政府は原発回帰を強め各地で再稼働を進めているが、事故がひとたび起きればその被害は償い切れない。

 この判決を重く受けとめ、一刻も早い被害の回復にこそ努めるべきだ。」と締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「判決は原発の電源を喪失させる大規模な津波発生など、事故を予見しながら適切な対策を怠った東電と、原発事業に対して適切に規制権限を行使しなかった国の責任を全面的に認めた」とのこと。

 「争点の一つは、原発の敷地地盤面を超え、非常用電源を浸水させるほどの巨大津波を予見できたかどうかにあった」とのこと、

 「判決は、「地震、津波は予見できた」と認めた。被害を防ぐ措置についても「1年でできる電源車の高台配備やケーブルの敷設という暫定的対策さえ行わなかった」と東電の対応の杜撰さを断じ、「経済的合理性を安全性に優先をさせたと評されてもやむをえない」などとした」とのこと、

 「原発事業の規制を担う国に対しては「東電に対して技術基準適合命令など規制権限を行使すべきで、権限行使をしていれば事故は防げた」と不適切な行政が事故を招いたことを認めた」とのこと、等々はごく常識的な判断を、判決は示したような気がした。

 社説は「原発事故は国策が招いた人災である」と断言する。その通りだが、経産省をはじめ政府は、それを認めようとしないで6年間きたことが司法の側から指摘された。裁判所は、なぜか地裁が最高裁より国民の権利を守る点において、上のような気がしてならない。

 

 


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by sasakitosio | 2017-03-26 06:55 | 東京新聞を読んで | Trackback