憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

自由・人権と国家 不都合な真実に牙むく権力<札幌・円山、北東側に明治中期からの墓地があり、最高点付近に「HROLD M LANE]「PAULINE R S LANE]の墓石がある!>

3月9日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「札幌・丸山一帯は雪が積もっていた。北東側に明治中期からの墓地がある。

 太ももまで雪に埋まっり悪戦苦闘して上ると、最高点付近に英語で刻んだ墓石があった。

 「HAROLD M LANE」「PAULINE R S LANE 」。

 戦前戦後北大で英語を教えたレーン夫妻だ。

 学生に慕われ、週末の夜は北大構内にある官舎を開放し,子弟の会話を楽しんだ。

 敬虔なクエーカー教徒で、第一次大戦の際,ハロルドは信条に従って、良心的兵役拒否を貫いたのち、来日した。

 穏やかな生活が生涯続くはずだった。だが、1941年(昭和16年)12月8日、日本海軍機がハワイ・真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争が勃発してから暗転する。

 8日の札幌は粉雪が舞っていた。官舎のベルが鳴った。扉を開けると特別高等警察の捜査員が立っていた。

反体制運動や反戦反軍活動を取り締まる政治警察である。

 軍機保護法違反。

 軍事上の機密探知、収集、漏洩を罪とする戦前の法律で、最高刑は死刑。

 夫妻はその容疑で逮捕され、北大工学部学生の宮沢弘幸らも連行された。

 大審院(現最高裁)の確定判決などによると、北海道根室の海軍飛行場の存在などいくつかの「軍機」を、宮沢がレーン夫妻を経て、米国側に漏らした、とされた。

 根室飛行場は何度も新聞記事になったほか、地元紙が作った売った絵葉書にも描かれていた。公判で弁護士が「「周知の事実」と主張したが、「軍機」になった。

 ハロルド、宮沢は懲役15年,ポーリンに12年。宮沢は43年6月、網走刑務所に収監され、夫妻は同月米国に送還された。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「宮沢を冤罪から救出したのは、戦後、日本を占領した連合国軍総司令部(GUQ)が45年10月4日に出した「人権指令」だ。政府に政治犯の即時釈放や政治警察の廃止、軍機保護法や治安維持法など自由を弾圧する全法規の廃停止を求めた。

 6日後、宮沢は出所した。

 捉えられて4年近く、衰弱しきっていた。感染した結核に抗しきれず47年2月22日になくなる。

 自由や人権を否定した暗黒事件だが、宮沢の死と戦後、北大に復帰したレーン夫妻が口をつぐんだことに加え、事件が秘密ベールに包まれて容疑をかけられた人が分断されてしまい長く知られなかった。

 摘発当時も詳しく報じられなかった。朝日新聞は宮沢らが逮捕された翌日、他の事件とまとめて「外国人スパイ一斉検挙」とだけ掲載した。

 新聞が真実追求の力をなくし、権力の言いなりになった証拠だ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「先の指令や日本国憲法で、私たちには基本的人権、思想信条や言論出版の自由が与えられた。しかし、権力の行使に不都合な事実の公開に、今も国家は牙をむく。

 72年5月の沖縄返還の際、日米協定では米側が「自発的に支払う」となっていた変換される土地の原状回復費400万ドルを日本が「確保する」とする密約を結んだのに、政府はその密約の存在を否定し続けた。

 密約の存在を示す極秘公電を持ち出した外務事務官と受け取った毎日新聞記者(当時)西山大吉さん(86)は国家公務員法違反で起訴され有罪が確定した。

 起訴状では「ひそかに情を通じて」と書き、国家が男女関係を暴露した。)は訴える。

 返還により佐藤栄作元首相はノーベル平和賞に輝いた。

 米国立公文書館の情報公開で、2000年5月、交渉と最終結果を記した公文書が開示され、400万ドルを含む2億ドルの「裏負担」が明らかになった。

 だが日本政府は公式には認めていない。

「米国の情報公開がなかったら、半永久的に表沙汰にならなかった。権力はウソをつくんだぞ、ということを密約事件は今も警告しています」と西山さんは話す。

 14年12月に防衛機密などの漏洩を防ぐ特定秘密保護法が施行され、いま、犯罪を計画した段階で処罰できる共謀罪の趣旨を盛り込んだ法律が導入されようとしている。

 自由や人権への牙を強める道具の賛否で新聞界は割れ、逆に肩入れする人さえいる。

 宮沢の妹。秋間美江子さん(90)は訴える。

 「私たちのような家族をまた作ってはいけない。あなた方これからの時代の人たち、頑張ってください」。

 この言葉が今ほど新聞人に突き刺さる時代はない」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 1941年12月8日、「軍機保護法違反、軍事上の機密の探知、収集、漏洩を罪とする戦前の法律で、」最高は死刑。夫妻はその容疑で逮捕され、北大工学部生の宮沢弘幸も連行された」とのこと。

「ハロルド、宮沢は懲役15年、ポーリンには懲役12年。宮沢は43年6月、網走刑務所に収監され、夫妻は同9月米国に送還された」とのこと。

 「宮沢を冤罪の獄から救出したのは、戦後日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)が45年10月に出した「人権指令」だ。

 政府に政治犯の即時釈放や政治警察の廃止、軍機保護法や治安維持法など自由を弾圧する全法規のはい停止を求めた」とのこと。

 「6日後、宮沢は出所した。捉えられて4年近く、衰弱しきっていた。感染した結核に抗しきれず47年2月22日に亡くなった」とのこと。

 75年5月の沖縄返還の際の密約問題で、

 「密約の存在を示す極秘公電を持ち出した外務事務官と受け取った毎日新聞記者(当時)西山大吉さん(85)は国家公務員法違反で起訴され有罪が確定した」とのこと、

 「返還により佐藤栄作元首相はノーベル平和賞に輝いた。米国立公文書館の情報公開で、2000年5月交渉と最終結果を記録した公文書が開示され、400万ドルを含む2億ドルの「裏負担」が明らかになった。だが、日本政府は公式には認めていない。」とのこと。

 「14年12月に防衛機密などの漏洩を防ぐ特定秘密保護法が施行され、いま、犯罪を計画した段階で処罰できる共謀罪の趣旨を計画した段階で処罰できる共謀罪を盛り込んだ法律が導入されようとしている」とのこと。等々を知ることができた。

 為政者は、近々に戦争を準備・想定して、戦争反対の国民運動を封じ込めようとして得いるのだろうか?

 今は戦前ではない、基本的人権を保障した日本国憲法が存在している。

 曲がりなりにも70年以上、国民主権、民主主義を経験してきている。

 人権規制の法律や戦争法が強行されても、憲法はまだ変えられていない。

 憲法の砦があり、立憲主義を守る「戦い」が残っている。 また、佐藤栄作元首相のノーベル平和賞の受賞は、ノーベル平和賞の価値に疑問を持った瞬間だった。いご、その感情は今も続いている。


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by sasakitosio | 2017-03-20 14:49 | 朝日新聞を読んで | Trackback