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by sasakitosio

恩師の卒寿 < 佐藤優さん!48年ぶりの再会、いい話がいっぱいだねえ!!ーー>

3月17日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」と言う欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「12日に筆者が埼玉県大宮市立大砂小1~2年生の時の担任だった堀部先生の卒寿を祝う会があったので、久しぶりにさいたま市北区に出かけた。堀部先生と会うのは48年ぶりだった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「もっとも筆者が作家になった後、何度か手紙をいただき、電話で話したこともある。

 堀部先生は90歳になっても頭脳明晰で半世紀前の教え子たちのことをよく覚えていた。

 今回の幹事役を務めた村田君が小学校1年生のとき、50メートルを9.9秒で走った(筆者は12秒だった)こと、今はベテランの小学校教師の智ちゃんが、入学当初・お母さんに背負われ大泣きをしながら学校に通っていたことなどの記憶がよみがえってきた。

 大多数の同級生とは、中学まで同じ学校に通っていたが、小学3年生になるとき転校していった金谷多一郎君とは48年ぶりの再会だった。金谷君は1年生の時、大病をして学校を数か月休んだ。医師から激しい運動を禁止されたがゴルフだけは認められた。

 そして現在はプロゴルファーとして活躍している。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「筆者は幼稚園のときに登園拒否を起こし、引きこもり生活をしていた。

 両親は小学校に筆者がきちんと通うか心配していた。筆者が登校拒否を起こさなかったのも、堀部先生が細かな配慮をしてくれたからだ。感謝している。」として締めくくった。

 読んでためになった。

 筆者が「埼玉県大宮市立大砂小の生徒だった」とのこと、

 「筆者は50メートルを12秒だった」とのこと、

 「大多数の同級生とは中学まで同じ学校に通った」とのこと、

 「筆者は幼稚園のときに登園拒否を起こし引きこもり生活をしていた」とのこと、

 「筆者が登校拒否を起こさなかったのも、堀部先生が細かな配慮をしてくれたからだ」とのこと、等々を知ることができた。

 筆者の沖縄にかかわる記事を読んで、その思い入れの強さにてっきり沖縄で育ったものと勘違いをしていた、事に気付いた。


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by sasakitosio | 2017-03-18 07:02 | 東京新聞を読んで | Trackback