憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

選挙民主と協商民主 < 選挙民主も賞味期限切れの様相だが、協商民主はとっくに賞味期限キレじゃん!?>

 1月27日付朝日新聞社説下に、「社説 余滴」という欄がある。筆者は、国際社説担当・村上太輝夫氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「米国初のニュースに日々驚かされながら、北京で大学に勤める友人と雑談した昨年夏の事を思い出している。
 英国の欧州連合離脱という予想外の国民投票結果の後だったせいで、話題はおのずと民主主義に及んだ。
 「中国共産党は野党のチェックを受けない。それでも間違いの少ない政策運営をしてきた。なぜだか分かるか?」
 彼の答えは「我々のような専門家の意見を党が吸収しているから」だ。たとえ無名の学者でも党中央の目に留まれば「速やかに報告をまとめて出せ」と連絡が来る。
 そこで党・政府への厳しい批判がむしろ歓迎される。だが同じ内容を新聞に出せば」弾圧対象になる。
 あくまで内部に限られた「言論の自由」だという。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「政治学者の房寧氏は「欧米のような選挙は社会の分裂と混乱をもたらす」とし、中国式の民主政治を発展させよと論じている。
 米国の現状を考えれば、説得力がないわけではない。
 米国式の「選挙民主」に対して、中国式は「協商民主」と呼ばれる。
 現行制度でいえば、各種団体代表が参加する政治協商会議のような仕組みを指す。そこに競争や対立はない。せいぜい政権に提案を出す程度だ。
 これが表の顔だとすれば、中国式の裏の顔は、友人の言う巧みな情報収集・管理であろう。
 結局、14億人の大半は政治的意思決定の塀の外に置かれたままとなる。」と指摘した。
 さらに筆者は、「100年余り前、長く皇帝が治めていた国を共和制へと変化するにあたり、当初の先行モデルは米国だった。しかし飛躍が過ぎたか、途中でモデルはソ連に替わり、米国とは似ても似つかぬ一党支配体制に落ち着いた。
 習近平政権のもと、それはいっそう磨きがかかっている。
 中國にも市民の政治参加の機会はある。5年に1度の地方議員選挙だ。毎回、共産党の推薦を受けずに立候補する動きがあり、昨年秋は100人前後が届けでたが、地元の警察に徹底的に妨害され、ほとんど当選できなかったと聞く。
 これもまた、中国式ということだろうか。」と指摘した。
 最後に筆者は、「すでに民主化した台湾は2大政党が競い、まさに米国式である。5年前に台湾総統選を取材した際、中国から来た大勢の観光客が集会や演説を興味深げに見物するのを見た。
 その目の輝きは、選挙の混乱ぶりを軽蔑するものではなかったと、私は思っている。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「政治学者の房寧しは「欧米のような選挙は社会の分裂と混乱をもたらす」とし、中国式の民主政治を発展させよと論じている」とのこと、
 「100年余り前、長く皇帝が治めていたこの国を共和制へと変革するにあたり、当初の先行モデルは米国だった。しかし、飛躍が過ぎたか、途中でモデルはソ連に替わり、米国とは似ても似つかぬ一党支配体制に落ち着いた」とのこと、等々を知ることができた。
 いずれも、国家的課題を国民の代表が決める仕組みであるところは同じだ。
 その代表に選ばれる「人」の決め方が違うだけだ。
 現代は、 国民一人一人の「経済力、学力、精神力」等々が飛躍的に向上した。
 しかも、電子機器の目覚ましい発達によって、時間の壁も空間の壁も言語の壁も無くなろうとしている。
 今日の世界的な文化事情の変化は、集団意思の決定方法にも、集団意思の実行方法にも、その維持管理方法にも、大きな変革を促しているのではないだろうか?
 
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by sasakitosio | 2017-02-05 08:16 | 朝日新聞を読んで | Trackback