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by sasakitosio

国警<国警(滑稽)と市警(失敬)との対立と揶揄された縄張り争い?マッカーサー時代の話らしいが!>

 1月24日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。
 今日はこ筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「戦後日本民主化の一環として、マッカーサーは警察を国家警察と自治体警察に二分、中央集権的な警察権力を地方分権にした。
 ところが残念なことにも国警(滑稽)と市警(失敬)との対立、と市民から揶揄された縄張り争い、有力議員との癒着などで現状に戻った。
 いま沖縄の辺野古・高江米軍基地建設反対運動に対して、大量の機動隊を差し向けた中央政府の露骨な弾圧政策を目にすると、戦後の民主化の不徹底を痛感させられる。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「大阪から派遣された若い機動隊員ふたりが、沖縄の市民に投げつけた「土人」「シナ人」の悪罵は支配者意識丸出しのものだった。
 その運動のリーダー山城博治さんなど3人を微罪を口実に次々にたらいまわし逮捕、もう3か月以上も恣意的に拘禁している。
 この中央政府の敵意と焦りと差別意識こそが、機動隊員の野蛮さを作り出した。
 裁判所は人権擁護の重責を果たさず「共謀罪」の先取りに追随、内外の刑法学者、法律家、表現者が批判する「不当に長い拘禁」を認めている」と指摘した。
 最後に筆者は、「「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声を上げなかった。私は共産主義者でなかったから」。自分も強制収容所に収容されたドイツの牧師マルティイン・ニーメラーの悲痛な詩である。
 「そして、彼らが私を攻撃した時、私のために声を上げるものは、誰一人残っていなかった」」として締めくくった。
 読んでためになった。
 マッカーサーが警察を国家警察と自治体警察に二分、中央集権的な警察権力を地方分権にした」とのこと、
 「ところが国警(滑稽)と「市警」(失敬)との対立、と市民から揶揄された縄張り争い、有力議員との癒着などで現状に戻った」とのこと、等を知ることができた。
 そしていま、辺野古・高江米軍基地反対運動のリーダー山城博治さんなど3人を微罪を口実に次々たらい回し逮捕、もう3か月以上も恣意的に拘禁している、とのことも、知ることができた。
 また、「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声を上げなかった。私は共産主義者ではなかったから」、「そして、彼らが私を攻撃した時、私に為に声を上げる者は、誰一人残っていなかった」と、ドイツの牧師マルティン・ニーメラーの悲痛な詩を知ることができた。この詩は戒めとして、よく理解出来た。
 
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by sasakitosio | 2017-01-26 06:47 | 東京新聞を読んで | Trackback