憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

2017の希望<それは「本音のコラム」の執筆者にかかっている!そんな気がしたこの3年だ!!>

 1月1日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。
 筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「読者の皆さま、明けましておめでとうございます。今年も「本音のコラム」で、世の不条理と戦いたいと思います。
 昨年末の安倍首相による真珠湾メッセージの中にあった「寛容」と「和解」という言葉は、今の日本と世界に最も必要な価値である。
 これらを自分よりも強い者にへつらうメッセージでなく、自分自身の生き方の原理、他者に接するときの価値の基準にしたい。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「特に昨年では排除、差別がまん延し、多くの悲惨な事件が起こった。
 国内の社会で周辺に追いやられている人々の一部は、近隣の国民にいじめや差別の矛先を向けることで憂さを晴らそうとしてきた。
 こうした問題は、米国や欧州諸国にも広がっている。
 人間の歴史を振り返れば、16.17世紀の宗教戦争による破壊を経験した人々は寛容と共存の必要を学び、市民革命後、個人の尊厳という価値を定着させた。今の人類は、その400年の歩みを逆転させるか否かの瀬戸際に立っていると言っても過言ではない。」と指摘した。
 最後に筆者は、「この流れに対して、寛容と和解を実現するとともに、私たち一人ひとりの生き方のテーマでもある。
 身近な場所での差別やいじめを許さない、困難な状況にある人に手を差し伸べる。こうした一人一人の行動の積み重ねが、寛容な社会をつくっていくはずだ。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「人間の歴史を振り返れば、16.17世紀の宗教戦争による破壊を経験した人々は寛容と共存の必要を学び、市民革命以後、個人の尊厳という価値と定着させた」との指摘、
 「その400年の歩みを逆転させるか否かの瀬戸際に立っている」との指摘、等々を知ることができた。
 戦争や革命という「破壊」を通過しなければ、「寛容と個人の尊厳」という価値が生まれ定着しなかったのだろうか?
 今日の排除と差別の蔓延は、寛容と個人の尊厳という価値の定着の先に、何をもたらそうとしているのだろうか?
 
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by sasakitosio | 2017-01-07 06:43 | 東京新聞を読んで | Trackback