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by sasakitosio

大本営発表を教訓に<軍は機密費で記者を、電力会社は広告費でマスコミを、総理は大手マスコミと食事会?>

12月8日付東京新聞朝刊1面に、「「戦える国」に変質 言わねばならないこと」という欄がある。
 筆者は、近現代史家・辻田真佐憲氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「日本軍が米ハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争が始まってから8日で75年。
 「勝った」「勝った」と国民を欺き続けた戦時中の「大本営発表」は、日本のメディア史最悪の出来事だった。新聞が軍の動向をきちんとチェックしていれば、国民はそれを知ることができたし、軍もいいかげんなことはできなかった。最後の防波堤が壊れてしまった。
 軍の存在感が高まったきっかけは1931年の満州事変だった。
 陸軍に批判的な論調だった新聞各紙は、スクープをものにしたいために協力に転じた。戦争に便乗すれば新聞は売れた。
 軍は機密費で記者を接待するなど、一体化が進み、大本営は敗戦まで、でたらめな発表を繰り返した。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「大本営は太平洋戦争で連合国の戦艦43隻、空母を84隻沈めたと発表した。
 実際の連合軍の喪失は、戦艦4隻、空母11隻。
 米空母[サラトガ]は、昭和天皇が「沈んだのは今度で4度目だったと思うが」と苦言を呈したエピソードも残っている。
 戦果の誇張と損害の隠蔽も当たり前となり、守備隊の撤退は「転身」、全滅は「玉砕」と美化された。
 大本営の問題は福島第一原発事故にも通じる。
 それまでマスコミは原発にあまり関心を持たなかったうえに、電力会社が莫大な広告費を出し、批判しにくい風潮の中で事故が起きた。
 マスコミのチェック機能がマヒしていたわけで、戦後70年近くが経過しても大本営発表の教訓を学べていなかったのではないか。」と指摘した。
 最後に筆者は、「マスコミと政治権力の一体化は戦時下の異常な事態と片づけるのではなく、現在につながるものと考えた方がいい。
 政治と報道が再び一体化することを防ぐ為に、大本営発表という歴史の暗部を共有したい。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「戦争に便乗すれば新聞は売れた。軍は機密費で記者を接待するなど、一体化が進み、大本営は敗戦まで、でたらめな発表を繰り返した。」とのこと、
「大本営発表の問題は福島第一原発事故にも通じる。それまでマスコミは原発にあまり関心が無かったうえに、電力会社が莫大な広告費を出し、批判しにくい風潮の中で事故が起きた」とのこと、等等を教えてもらった。
 「なかで、「米空母「サラトガ」は、昭和天皇が「沈んだのは今度で確か4度目だったと思うが」と苦言を呈したエピソードも残っている」とのことは、統治権の総攬者さえもだまし続けられたほど、軍とマスコミの一体化の強固さであったことを示している。
 前に新聞に出た、大手マスコミの会長・社長と安倍総理の食事会は、大本営発表の教訓が生かされ過ぎているようで、怖い気がしている。 
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by sasakitosio | 2016-12-11 07:27 | 東京新聞を読んで | Trackback