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by sasakitosio

原発避難いじめ 被害広げた大人たち<再稼働後の事故では、立地市からの避難民への風当たりが心配だ!>

 11月22日付東京新聞社説に、原発避難いじめのことが載った。今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「愚かな大人がいかに子どもを追い詰めるか、福島第一原発事故で、福島から横浜避難した転校生へのいじめ問題は、大人世界のゆがみを映し出した。
 人の痛みへの想像力が欠けているのだ。
 「いままでなんかいも死のうとおもった。でもしんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」
 今は中学1年の男子生徒が、小学6年だった昨年7月に書いた手記である。
 非道ないじめを耐え忍びながら、大震災で学んだ命の重みをかみ締めて、生きる道を選んだ。正しい決断だったとおもわれる社会でありたい。
 同じ苦境に立たされている子どもたちの励みになればと願い、公表したという。本来、こうした勇気や思いやりを培う事こそが使命であるはずの教育現場で、全く倒錯した仕打ちが行われていた。」と切り出した。
 続けて社説は、「小学2年だった2011年8月に横浜市立小学校に転入してきた。
 直後からいじめられ、やがて不登校になる。暴言、暴力、恐喝まがいの行為に日々さいなまれた。
 「ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった。福島の人はいじめられると思った。」
 残念ながら、原発事故で、福島には、放射能と賠償金のイメージがつきまとうようになった。
 心無い大人の偏見や差別意識にもあおられ、いじめの標的にされ安いことは容易に察しが付く。
 学校と教育委員会はそうした特殊事情を配慮し、見守るのが当たり前である。にもかかわらず、いじめを放置した背景には、事なかれ主義と呼ぶべき体質が浮かぶ。
 生徒の持ち物が隠されても、自己管理の甘さのせいにした。
 150万円もの遊興費が巻き上げられても、警察の領分として取り合わなかった。
 学校の対応である。」と指摘した。
 最後に社説は、「不可解なのは、警察を通じて金銭トラブルの実態が伝えられても、学校も、教委も腰を上げなかたことだ。
 小学生同士のやりとりである。金額の多さから異常事態を疑うのが当然ではないか。
 調査した第三者委員会は「教育の放棄に等しい」と難じたが、いまの教育環境のままでは、子どもにとって有害でさえある。
 「いままでいろんなはなしをしてきたけど(学校は)しんようしてくれなかった」
 学校は「忙しい」と、耳を傾けなかった。子どもの命や心を守ることより大切な仕事があるのか。
 文部科学省も、指導するだけではなく、自省すべき責任がある。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 欧米の「移民・難民」への対応で生じている「社会の分断」のことは日日の報道で分かっていたが、日本にも原発再稼働への対応や、原発避難民への対応の違いが、日本の社会を分断していることが、改めて分かった。
 また、「不可解なのは警察を通じて金銭トラブルの実態が伝えられても、学校も、教委も腰を上げなかったことだ」との指摘、
 「調査した第三者委員会は「教育の放棄に等しい」と難じたが、今の教育環境環境のままでは、子どもにとって有害でさえある。」との指摘、 等々はよく理解出来た。
  自分が校長や教育長・教育委員会会長なら、辞職したいと思ったが、これからの成り行きを注視したい。
 
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by sasakitosio | 2016-11-24 07:04 | 東京新聞を読んで | Trackback