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by sasakitosio

トランプ氏勝利の意味 新時代に向き合う覚悟を<それは「子供・労働者・老人」天国なら、いいねえ!>

11月18日付朝日新聞朝刊15面に、「月刊安心新聞」という欄がある。筆者は、千葉大教授・神里達博氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「「時代の節目」というものは、その規模が大きい場合、渦中にいる者には分かりづらい。とりわけ、世が変わり始めた最初の段階では、あらたな時代に入りつつあることに、なかなか気づかないものだ。
 昨年私は、「文明探偵の冒険――今は時代の節目なのか」という新書を上梓した。
 これは、時代に節目とは何か。
またそれが生じる原因や背景、いかなる要因が節目の規模を決めるのかなどについて試みた。
 詳細については別の機会に譲るが、そもそもこのような一風変わったテーマで本を書こうと思ったのはなぜか。それはやはり、いまが「本格的に」時代の節目ではないか、と感じていたからである。
 「本格的」とは、要するに長い周期の節目ということだ。
 たとえば、10年続いたことが終わるという節目よりも、百年ぶりの節目の方が本格的であろう。」と切り出した。
 さて、私たちが節目の到来に気づきにくい理由は、いろいろ考えられる。
 まず、社会心理学者が明らかにした、「正常性バイアス」がヒントになる。
 これは自分にとって不都合なことが起きても「きっと大したことではないはずだ」と、都合よく解釈してしまう心理的な特性のことである。
 実際、2003年に韓国で起きた「大邸地下鉄放火事件」では、煙が充満しているにもかかわらず、乗客が逃げようとしない姿を撮った写真が残っている。その結果、200人近い犠牲者を出す歴史的大事件となった。
 原因の一つには、この心理的メカニズムの悪影響があったとされている。
 もちろん、普段と違うシグナルを検知したからと言って、それが真に警戒すべきものの前兆を捉えているとは限らない。だから私たちは「まれなことは、まず起きない」という「常識」によってフィルターをかけ、認知的な負荷を軽減させて暮らしている。
 だがこれは要するに、センサーの感度を鈍くする、ということだ。目先のことに集中しているうちに、時代に追い越されていたという事も起り得るだろう。
 もう一つ、私たちの世界が、個別の要素が互いに作用しあう「システム」として存在していることも、「時代の節目」が見えにくい理由かもしれない。
 例えば精密な機械は、その部品の一つが故障しただけで機能しなくなることがよくある。
 これは逆に言えば、機械を組みたたていき、最後の部品を組み込んだ瞬間、やっと全体が動き出すという事である。
 大きな時代の変化も 、その本質がシステムとして作動するものならば、新時代の要素のほとんどすべてがそろったとしても、最後のピースがはまるまでは、私たちはそれを認識できないことになる。
 他にも理由はあるだろうが、いずれにせよ私たちは、「時代の節目」というものを、基本的には懐古的に認識するよりないのだろう。
 だから、大多数の人たちが「これは時代の節目ではないか」などと思い始めた時には、世界はもうすっかり新時代に呑みこまれた後、という事になる。」と指摘した。
 最後に筆者は、「実に長い前置きになった。私は米大統領選でトランプ氏の勝利は或る意味で、その「さいごのピース」だったようにも感じている。
 ではこの変化の始まりは、どこまでさかのぼれるんか。どのくらいの長さの周期の節目なんだろうか。
 これは簡単ではない。
 だがトランプ氏の登場は少なくとも、欧州統合というプロジェクトに対して英国民から離脱の意思が示されたことや、近年の世界各国におけるナショナリズムの高揚などと、同期していると考えられる。
 そこに浮かび上がってくるのは、いわば「国家の逆襲」である。
 グローバル化の中で弱体化していくかに見えたそれが、再び主役の座を占める時代に逆戻りしたことは、ほぼ間違いないのではないか。
 これは「冷戦後」という時代の終焉を意味する。
 ただ、今が別のもっと長い周期の節目と重なって可能性もある。
 たとえば、トランプ氏の身もふたもない言葉遣いに人々が票を投じた本当の理由は、長年、アメリカ人を支えてきた重要な軸の一つが折れたためではないだろうか。かって、メイフラワー号に乗って新大陸にわたり、自らを「神に選ばれし民」と信じて歯を食いしばって、世界に対しおせっかいなまでに、「理想の旗」を掲げ続けてきた。
 あのまじめなアメリカ人たちは内心、そろそろやせ我慢は限界だ、と思っていたのかもしれない。
 そのような集合的な無意識と彼の穏やかならざる言葉が見事に共鳴してしまった。
 むろん、米国が内向きになることは過去にもあったから、この見立ては軽率かもしれない。
 だが仮に正しいとすれば、米国は建国以来の大きな大きな曲がり角に来たことになろう。
 ともかく、状況に深刻さついて、各国政府もメディアも専門家も、適切に評価できなかったことは、事前の選挙予想に現われている。そりわけエスタブリッシュメント(既得権層)といわれる人びとほど、「正常性バイアス」にとらわれる傾向が強かったように思う。
今のところ、日本政府の対応も、ほぼ従来の通りのままだ。 確かに、トランプ政権は未知数の部分もおおいが、本質的には「次の時代」に私たちがもう投げ込まれてと覚悟すべきだろう。
 さもなくば、いたずらに時間を浪費することにもなりかねない。トランプ氏の言葉を都合よく解釈せず、新時代と真正面から向き合うことが、もとめられている。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「正常性バイアス」という言葉があり、その意味が「自分にとって不都合なできごとが起きても、「きっと大したことではないはずだ」と、つい都合よく解釈してしまう心理的な特性」だという事を、教えてもらった。
 また「私たちの世界が、個別の要素が互に作用し合うシステムとして存在している」とのこともおしえてもらった。
 さらに筆者は「本質的には、「次の時代」に私たちがもう投げ込まれていると覚悟すべきだろう。」と指摘した。
 それでは。次の時代は、格差の固定と拡大という世界的問題を、解決する方向にむかうのだろうか。
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by sasakitosio | 2016-11-20 14:04 | 朝日新聞を読んで | Trackback