憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

戦争と平和をつなぐために <手だてとして、戦争と平和の貸借対照表・財産目録が欲しいなあ?>!

 9月23日付朝日新聞社説の下に、「社説 余滴」と言う欄がある。筆者は、国際社説担当・沢村亙氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「戦争の理不尽さは、はるか時空を隔てた平和な社会に果たして伝わるだろうか。戦争を体験した者たちが、しばしば発する自問である。
 写真一枚、動画一遍が多くの人々の胸を揺さぶることはある。
 戦火を逃れる途中でおぼれ、海岸で息絶えていた男児。
 空爆後にほこりまみれで助け出され、血だらけで茫然とする男児の姿は瞬時に地球を巡り、政治を動かした。
 短パンにスニーカー、人気アニメのTシャツ。あのシリア人の男の子たちの姿は、平和な世界にいる子どもたちとなんら変わりがなかった。
 現実の戦争ははるかに醜悪なのでは、との声はある。
 だが、ネットにあふれる悲惨な映像以上に、戦争を「わがことと」として訴えかけた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「この夏、「ワタシが難民だったら」と題して東京で開かれた子供向けの催しも、戦争と平和の「距離」を縮める試みといえた。
 「今すぐ隣国の難民キャンプに歩いて行かなければなりません。持ち物を7つだけ選んで」。水、薬、スマホが描かれたカードを手際よく選ぶ女の子。
「枕はいるかな」と首をひねる男の子。
 遠足気分の子供たちも「パパとはぐれた。どうする?」キャンプが満員。家に戻る?別の国に行く?」と、重い選択を迫られて次第に表情が真剣に。
 「遠い国のかわいそうな子供の話ではないことを感じてもらえれば」。
 主催したNGO「難民を助ける会」の担当者は話した。
 「時間」を埋めるすべはないものか。ベルリンで訪れた市民団体にヒントを得た
 その団体はナチス統治下から冷戦終結までの
各時代の証言者を、学校の歴史教育や企業研修に紹介する。ただし、必ずしも劇的な体験をもたない市井の人々だ。
 「日常の細部を話してもらう。自分があの時代に生きていたなら、どう振る舞ったか。
例えばユダヤの排斥にあらがえたかを考えるきっかけになる」と説明された。現代との「地続き感」を失わない工夫と理解した。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、日本でも戦後70年の節目を挟んで戦争や歴史が盛んに語られた。近隣国との緊張も手伝って、「どの国の歴史認識が正しいか」と優劣を競うかのような言説も飛び交った。
 むしろ克服すべきは「他者との競争」ではなく、「いかに時空の壁を越えて「わがこと」にするか」ではあるまいか。
 もちろん「国家」に任せる話ではなく、一人一人が向き合う営みとして。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「戦争の理不尽さは、はるかに時空を隔てた平和な社会に果たして伝わるだろうか。戦争を体験した者のたちが、しばしば発する自問である」との指摘は良く分かる。戦中に生まれ、しかも蒲原平野の小さな農村に生まれた者として、戦後のモノ不足を子供ににも孫にも全く伝えきれていない。それは、伝える側の発信力の問題より、受ける側の受信装置に問題がにあるように思えてならない。
 だから、戦争の理不尽さを知らせるよりも、戦争による暮らしの中の損得勘定を、事細かに知らせる。
 戦争によって、敵味方の双方に、一時的に得をする少数の人がいても、圧倒的多数の人が命や友人や家族を失い、家や家財や金銭を失い「大損」をするということならば、戦争を体験した人から、今の平和な社会に生きる人に伝わるし、伝えられるのではないだろうか?
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/23511633
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2016-09-25 17:45 | 朝日新聞を読んで | Trackback