憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

パラリンピック メダルより大切なもの <確かに、共生社会実現が目標。でもメダルも欲しいなぁー>

 9月21日付朝日新聞社説に、「パラリンピック」のことが載った。今日は、この社説を学習することにした。
 まず社説は、「閉会式には、選手たちのすがすがしい笑顔があふれた。
 南米初開催となったパラリンピック・リオデジャネイロ大会は、競技力が一段と向上し、これまでにも増して、アスリートの力強さを世界に印象付けた。
「リハビリの延長」との位置づけで始まった大会は、回を重ねるごとに、高いレベルの協議会と進歩している。
 日本の選手は24個の金メダルを獲得したが、金メダルは夏季大会で初めてゼロだった。
 一方、中国の金メダルは107個で4大会連続1位となった。
 中国だけでなく多くの国が強化に本腰を入れており、危機感をあらわにする声も聞かれる。
 だが、安易な勝利至上主義とは一線を画すべきだろう。」と指摘した。
 つづけて社説は、「強化が不要というわけでは無い。国の支援はもちろん大切だが、成果をメダルの数だけで評価するような考えは、大会の精神から大きく逸脱している。そういわざるを得ない。
 残された機能を最大限生かすという理念のもと、パラリンピックの選手たちは可能性を追い求めてきた。
 きのうより上の自分をめざして励む。その努力の過程が、何より大切だ。
 同時に、人びとの違いを認めあい、受け入れ、共に生きる社会を実現することも、忘れてはならない。
 パラリンピックの出場選手でつくる日本パラリンピアンズ協会の調査によれば、障害を理由にスポーツ施設の利用を断られ、あるいは条件付きでしか認められなかった経験を持つ選手が回答者の2割にのぼった。
 「知的障害だとばれたら、いじめられる」として、パラリンピックに出ることを隠している日本選手もいるという。
 私たちが取り組まなければならないのは、メダルの多寡を論ずることではなく、こうした現実を変えていくことだ。
 多様な生き方を受け入れる社会が実現すれば、スポーツ分野のすそ野も広がり、競技力に良い影響を与えるだろう。」と指摘した。
 最後に社説は、「パラリンピックだけではな。五輪憲章もまた、あらゆる差別を認めず、互いを理解し合うことを求めている。
 にもかかわらず、国威発揚の場ととらえ、選手に過大な荷を負わせる空気が厳としてある。
 その帰結がスポーツ界を揺るがしたロシアの組織ぐるみとされるドーピングである。
 相手への敬意を忘れず、自ら精いっぱい努力する。
 スポーツの意義を、いま一度確認し直して、4年後の東京五輪・パラリンピックに向けた次の一歩を踏み出したい。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「「リハビリの延長」との位置づけで始まった大会は、回を重ねるごとに、高いレベルの競技会へと進歩している」との指摘、
 「残された機能を最大限に生かすという理念のもと、パラリンピックの選手たちは可能性を追い求めてきた」との指摘、
 「同時に人びとの違いを認め合い、受け入れ、共に生きる社会を実現することも、わすれてはならない」との指摘、等等の指摘は、よく理解出来た。
 ただ、中国の金メダルは107個で4大会連続一位となったことを、どのように解釈すべきか?
 このことで、中国が「障がい者福祉」で世界一手厚い国だと評価すべきであろうか?識者やメディア関係者のみなさんは、どのように考えておられるのだろうか、知りたくなった。
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by sasakitosio | 2016-09-24 06:36 | 朝日新聞を読んで | Trackback