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by sasakitosio

桐生悠々を偲んで 不安なる平成28年 <悠々を偲んだ後は、平成の悠々よ出でよ!平和と成功のために!>

 9月13日付東京新聞社説に、「不安なる平成28年」の見出しが載った。
 今日はこ社説を学習することにした。
 まず社説は、「時代は、ひょっとしたら再び悪い方向に進もうとしているのではないか。新聞は果たして、覚悟を持ってそれに抗っているのか。胸騒ぎと深思の秋です。
 9月10日は、1941年(昭和16)に亡くなった反骨の新聞記者、桐生悠々を偲ぶ命日でした。
 明治後期から大正、昭和初期にかけて健筆を振るい、本紙を発行する中日新聞社の前身の一つ、新愛知新聞でも編集と論説の総責任者である主筆を務めました。われわれの大先輩に当たります。
 新愛知の後、長野県の信濃毎日新聞で主筆を務めていましたが、33(同8)年、自らの筆による評論「関東防空大演習を嗤う」が在郷軍人会の怒りに触れ、同社をおわれます、戻ってきたのが、新愛知時代に住んでいた今の名古屋市守山区。糊口をしのぐために発行を始めたのが個人誌[他山の石]でした。
 その37(同12)年2月26日には、「2・26事件」が起きています。旧陸軍の青年将校ら反乱部隊が首相官邸などを襲撃し、当時の高橋是清蔵相らが殺害された事件です。同29日までに鎮圧されましたが、軍部の影響力が強まる契機となりました。
 悠々は、新年を迎えて「昭和」という時代に語りかけます。昭和は最初、その名が示す通り明朗な時代だったが、年を重ねるに従ってその名に背き、5・15事件や2・26事件後は「昭」は「暗」となり「和」は「闘」となった。
 「「昭和」よ、お前は今日から、その名を「暗闘」とあらためよ。これが、お前に最もふさわしい名である」と。」と切り出した。
 つづけて社説は、「悠々は「武門政治の再現を歓迎してはならない。歓迎してはならないどころか、黙視していてもならない。況や、これを期待することをや」と、軍部の台頭に対して警鐘を鳴らす。
 そして昭和12年に忍び寄る危機をこう記します。
 「不安は益募ってきた」
 「来りつつある1937年のそれこそは、何人も想像し得なかった振古未曾有の危機、しかも世界の一大危機であろう。ヨーロッパでは、スペイン内乱を発火点として、東洋では支那の紛乱を発火点として」
 悠々の見通しは的中します。
 この年の7月7日に起きた盧溝橋事件を発端に日中間の戦闘は 本格化し、やがて太平洋戦争へと発展します。
 4月26日にスペイン内戦でゲルニカを空襲したナチス・ドイツは2年後の39(同14)年、ポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発します。
 悠々の文章は、海外にまで視野を広げた豊富な知識と判断力に基づいて、時代の本質と行く末を言い当てたものです。その慧眼を恐れたのでしょう、当局は「他山の石」をたびたび発禁処分にします。
 この不安なる昭和12年」も検閲で文章に一部が削除され、次の号は発禁となりました。
 「「昭和」よ、悲しいことには、私たちは無手だ。武力、武器を擁するものに対しては、私たち無手のものは、言葉通りに太刀打ちはできない。」
 「今日の世界では筆の力は零なのだ」(不安なる昭和12年)
 悠々は言論統制に無力感を正直に吐露することもありましたが、亡くなるまで「他山の石」の発行を続け、ペンの力で軍部や官僚の横暴と闘うことをやめませんでした。
 「言いたいこと」ではなく、「言わねばならないこと」を言い続けた記者人生です。
 不安なる昭和12年から80年近く。日本国民だけで310万人という夥しい犠牲を強いた戦争の時代を経て、70年以上にわたって平和な時代が続いています。
 しかし、この平和がひょっとしたら壊れてしまうのではないか、そんな不安を感じる昨今です。
 安倍晋三首相の時代を再び迎えてから、国民の「知る権利」や人権が著しく脅かされない特定秘密保護法や、外国同氏の戦争に参加する「集団的自衛権の行使」をできるようにする安全保障関連法が強行されました。」と指摘した。
 最後の社説は、「そして、政権はテロ対策を理由に「共謀罪」を創設する法案を国会提出しようとしています。
 捜査機関による拡大解釈で人権侵害の恐れが指摘される法案です。
 戦前・戦中のように犠牲を恐れて権力の言い分をうのみにし、警鐘を鳴らすことを忘れるなら、新聞に存在価値はありません。
 日本を再び「戦前」にしてはならない。
 悠々の文章と奮闘は、今を生きる私たちに、志と覚悟を問い掛けつづけているのです。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 9月10日、1941(昭和16)年に亡くなった反骨の新聞記者、桐生悠々を偲ぶ命日でした」とのこと。
 個人誌「他山の石」の37(同12)年1月5日号に「不安なる昭和12年」という悠々の文章が掲載されている」とのこと。
 「悠々の見通しは的中します。この年の7月7日に起きた盧溝橋事件を発端に二中間の戦闘は本格化し、やがて太平洋戦争へと発展します。4月26日にスペイン内戦でゲルニカを空爆したナチス・ドイツは2年度の39(同14)年、ポーランドを進攻し、第二次世界大戦が勃発します。
 悠々の文章は、海外にまで視野を広げた豊富な知識と判断力に基づいて、時代の本質と行く末を言い当てたものです」とのこと。
 等々を知り、悠々の偉大さを今知ることができた。その、知力、胆力、信念はどのように培われたのであろうか。そこが知りたくなった。
 因みに、2014~2015年の年末年始にマドリッドへピカソのゲルニカを見に行ってきた。ピカソの絵が戦争のすさまじさをリアルに表現していることを、現物の前にしばし立って感じることができた。
 
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by sasakitosio | 2016-09-19 11:13 | 東京新聞を読んで | Trackback