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by sasakitosio

今、憲法を考える⑩戦後の「公共」守らねば <平和主義が自由を支え、9条が阻んだ軍拡社会!>

 9月9日付東京新聞社説に、「今、憲法を考える」というシリーズがある。
 今日は、この社説を学習することにした。
 まず社説は、「歴史の読み方として、1935年を分岐点として考えてみる。天皇機関説事件があった年である。天皇を統治機関の一つで、最高機関とする憲法学者美濃部達吉の学説が突如として猛攻撃された。
 なぜか。
 合理的すぎる。無機質であるーー。
 現人神である天皇こそが統治の主としないと、お国のために命を捧げられない。
 「天皇陛下万歳」と死んで行けない。
 機関説の排除とは、戦争を乗り切る種だったのだろう。」と切り出した。
 つづけて社説は、「それまで「公」の場では神道と天皇の崇拝を求められたものの、「私」の世界では何を考えても自由なはずだった。
 だが、事件を契機に「公」が「私」の領域にまでなだれ込んでいった。それから終戦までわずか10年である。
 だから、戦後のスタートは天皇が人間宣言で神格化をを捨てた。政教分離で国家神道を切り捨てた。
 そして、軍事価値を最高位に置く社会を変えた。
 憲法学者の樋口陽一東大名誉教授は「第九条の存在は、そういう社会の価値体系を逆転させたということに、大きな意味があった」と書いている。
 軍国主義につながる要素を徹底的に排除した。
 そうして平和な社会の実現に向かったのは必然である。自由な「公共」をつくった。
 とりわけ、「表現の自由」の力で多彩な文化や芸術、言論などを牽引し、豊かで生き生きした社会を築いた。
 平和主義が自由を下支えしたのだ。
 9条の存在が軍拡路線を阻んだのも事実である。
 ところが、戦後の「公共」を否定する動きが出てきた。戦後体制に心情的反発を持ち、昔の日本に戻りたいという勢力である。
 強い国にするには、「公」のために「私」が尽くさなければ。だから愛国心を絶対的なものとして注入しようとする。国旗や国歌で演出するーーー。そんな「公共」の再改造がすすんでいまいか。」と指摘した。
 最後に社説は、「憲法改正の真の目的も、そこに潜んでいないか。憲法は国の背骨だから、よほどの動機がない限り改変したりはしないものだ。
 動機もはっきりしないまま論議を進めるのはおかしい。戦後の自由社会を暗転させる危険はないか、改憲論の行方には皆で注意を払わなければならない。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「1935年、天皇を統治機関の一つで、最高機関とする憲法学者美濃部達吉の学説が突如として猛攻撃された。なぜか、合理的すぎる、無機質すぎるーー。現人神である天皇こそが統治の主としないと、お国のために命を捧げられない。
 「天皇陛下万歳」と死んでいけない。機関説排除とは、戦争を乗り切るためだったのだろう」と指摘した。
 「だから、戦後のスタートは天皇が人間宣言で神格化をしてた。政教分離で国家神道を切り捨てた。
 そして、軍事価値を最高位に置く社会を変えた」と教えてくれる。
 天皇機関説への攻撃を、不敬罪とのかかわりで教えてもらったことを思い出したが、戦争を乗り切るために仕組まれたと考える方が、真実だと思った。
 「憲法学者の樋口陽一東大名誉教授は「第九条の存在は、そういう社会の価値体系を逆転させたということに、大きな意味があった」と書いている、とのこと。
 「憲法は国の背骨だから、よほどの動機ががない限り改変したりしないものだ。動機もはっきりしないまま論議を進めるのはおかしい」という社説の指摘は、その通りだと思った。
 確かに、自民党の改憲案には、押し付け憲法論以外の動機が明確に語られたいない。
 そして、護憲論の側も、改憲を不要とする「現行憲法有益論、憲法活用論」を展開できていなことに気づいた。
 最後に、10回にわたる「今、憲法を語る」のシリーズは、護憲派の自分にとっては 、読み応えがあった。これからの運動に力になった。
 新聞社の企画と実践した3人の筆者に敬意と感謝を送りたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
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by sasakitosio | 2016-09-11 13:40 | 東京新聞を読んで | Trackback