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by sasakitosio

スモールイズ・ビューティフル 今こそ問われる成長の質<質を計る万国共通の「計量器

スモールイズ・ビューティフル 今こそ問われる成長の「質」 <質を測る万国共通標準の「計量機」が欲しいなあ!!>

 9月2日付朝日新聞朝刊15面に、「異論おすすめ」という欄がある。筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。公はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「本」というものは不思議なもので、かなりの年月を経て読み返せば、以前と相当異なった印象を受けるときがある。
 前にはたいへんに面白く感銘を受けたものが、再び読めばどうも色あせて感じることもあればその逆もある。
 先日、シューマッハ-の「スモール・イズ・ビューティフル」という本を読み返した。原書が出版されたのが1973年、邦訳が76年。世界的なベストセラーとしてあまりにも有名で、ある年代のものには、たいへんになじみの深い書物であろう。
 この頃、私は大学院生であった。
 この書物も読んではみたが、差したる感銘も受けなかった。別に異論があるわけではなく、書かれていることは至極当然であるものの、至極当然のことしか書かれていない、という印象であった。おまけに、「小さなことは美しい」というタイトルにも、何とも言えない偽善を感じたのである。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「ところが、それから40年たって、たまたま再読した。私の考えが変わったわけでもない。多少の経験故に読解力が鋭くなったのである。もっと正確に言えば、本書でシューマッハ‐が訴えている「当然」のことが、実に新鮮に響くところまで、時代が進んでしまったのである。
 シューマッハーは、ドイツ生まれで、戦後はイギリスの石炭公社の顧問をしていた文明論者である。
 高度に発展した先進国の工業文明がもたらす、経済拡張主義や巨大化する技術を批判することが本書の意図であった。
 書名から見当がつくように、化石燃料資源をふんだんに使い、自然や環境を破壊し、効率化を目指す技術革新を遂行して、より大きく、より多く、より遠くまで、を目指して経済成長を続ける先進国の工業文明はもはやもたない、というのが彼の基本的な考え方である。
 この工業文明に対し、シューマッハーは、人間が、人間的な仕事をし、安定した生活をし、よい社会的な関係を作っていくには、物事には適切な規模がある、という。
 巨大信仰、効率信仰、成長信仰ではなく、もっと、人間の身の丈に合った経済活動があるはずだ、という。
 科学技術の力を使って経済成長を生み出す現代の巨大な機械技術は人間が楽しんでする仕事や、頭や手を使って行う想像的能力をも破壊しかねない。
 そうではなく、人間の創意工夫や楽しみと結びついた、より機械化のレベルの低い「人間的な技術」があるはずだ。
 また、より小規模ではあるものの、土地や地域とつながった経済活動がありうるはずだ、という。
 「小さくてもだいじな自分たちの土地や天然資源の面倒を見ること」が重要だという。
 つまり、物をやたら作り、企業も都市も大きい方がよいという「大きい規模 」を目指す現代文明に対し、自然や地方の生活、土地と農業を取り込んだ「適切な規模」を維持するもう一つの方向があり得ると主張する。
 これは一つの価値観の転換であり、シューマッハーの言葉を借りれば、新たな「形而上学」なのである。
 そのためには、まずは、今日の効率至上主義や物的な拡張主義を支えている経済学の考え方から解放されなければならない。
 60年代末から70年代にかけたは、一方で、工業社会は未曾有の豊かさを生み出し、日本でも大阪万博が開催されると同時に、他方で、公害問題や環境問題が叫ばれ、朝日新聞も「くたばれGNP」といった特集を組んだ時代であった。
 「人間性の回復」や「物質至上主義からの解放」などと言ったことは、ひとつの知的流行でもあった。
 だから、「人間復興の経済」という邦題を冠したこの書物など、まさしくこの知的流行に掉さしたもののように、私には思われた。
 「人間的」とか「人間らしさ」という形容詞がいかにも安直なヒューマニズムに思えて、まずそこに反発したのである」と指摘した。
 最後に筆者は、「しかし、それから40年たった。今日、かってなく、技術主義と拡張主義は至上命令になっている。
 IT革命は次にAI(人工知能)革命を生み出そうとし、機械はロボットへ置き換えられようとしている。
このような先端技術をいち早く採用した国や企業がグローバル市場を制覇しして経済成長を可能とする、という。
 第4次産業革命とやらだ。
アメリカもEU(欧州連合)もその方向で経済成長を追求し、日本も遅れまいと、これらを成長戦略に組み込んでいる。AIとロボットが人間を代替するような世界を目指している。
 こうなると、「人間回復の経済」などというタイトルが、妙に新鮮響くのである。今日、われわれは、グローバル競争に勝つために技術革新にやっきになっている。本末転倒であろう。
 シューマッハーは次のようなことを述べている。
 ある国のGDPがたとえば5%のびたといっても、それがよいことなのか、悪いことなのか、経済学者は答えられない。
 病的な成長、不健全な成長、破壊的な成長というものもある。
 「質」を問わねばならない、と。
 AIやロボットが、そしてグローバル競争が「人間」に対して何をもたらすのか。
 こうした問いをわれわれは発しなければならない時代なのである。」として締めくくった。
 読んで大変勉強になった。
 シューマッハーの「スモール・イズ・ビューティフル」という著書が、1973年に出版され、邦訳が76年、とのこと。
 シューマッハーは、ドイツ生まれで、戦後はイギリスの石炭会社の顧問をしていた文明論者である、とのこと。
 シューマッハ-は「物をやたら作り、企業も都市も大きい方がよいという「大きい規模」をめざす現代文明に対して、自然や地方の生活、土地と農業を取り込んだ「適切な規模」を維持するもうひとつの方向がありうる」と主張する、とのこと。
 シューマッハーは次のようなことを述べている。
 「ある国のGDPがたとえば5%伸びたと言っても、それがよいことなのか、悪いことなのか、経済学者は答えられない。病的な成長、不健全な成長、破壊的な成長というものもある。「質」を問わねばならない、と。等等を知ることができた。
 経済成長の質を考えるには、人類共通の価値の標準化が不可欠のような気がしている。が自由と、個人主義と、欲望肯定の社会では、経済成長の「価値の世界標準」作りは、極めて難しいような気がしている。 
 
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by sasakitosio | 2016-09-07 19:03 | 朝日新聞を読んで | Trackback