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by sasakitosio

中東の要 対テロの道遠のく <年末年始、カイロもイスタンブールも街には武装軍人があちこちに!?>

 8月20日付朝日新聞朝刊13面に、「風」と言う欄がある。筆者は、中東アフリカ局長・翁長忠雄氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「トルコで7月15日夜に起きたクーデター未遂から10日後、ボスポラス海峡に面したイスタンブールの高級住宅街にエジプト総領事館があると聞いて訪ねた。
 築100年以上の白を基調とした館。海の青さによく映えていたが、人の出入りはまばらだった。
 首都アンカラやイスタンブールで反乱勢力の軍用車両や戦闘機が展開した時、カイロにいた私はトルコの政権崩壊後の混乱を案じはじめていた。
 だが、エジプトでは、著名なテレビキャスターや政治家が反乱勢力の蜂起を喜ぶツイートを発した。
 「エルドアン大統領よ、終わりだ」
 「西側諸君は暴君打倒を歓迎」。
 クーデターを礼賛するとは穏やかではないが、多くのエジプト人は3年前を思い起こしたに違いない。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「2013年夏、当時エジプト大統領だったムルシ氏は、反政府デモがたかまるただなかで、軍に拘束され解任された。軍出身のシーシ氏率いるエジプトの現政権は、軍の介入はイスラム組織「ムスリム同胞団」の支配を拒絶する民意を受けたものであり、ムバラク氏退陣に続く「革命」だとしている。これに対し、エルドアン氏は「ムルシ氏の失脚は自由世界にとっての危機だ」と、軍の行動を厳しく批判した。
 エルドアン氏を支える与党・公正発展党(AKP)は、親イスラムと言う点でムルシ氏出身母体のムスリム同胞団と思想的に近い。
 エジプトの暫定政権が同胞団をテロ組織に指定して指導者を次々逮捕するなか、トルコ同胞団はメンバーの格好の避難先となった。
 エジプト人ジャーナリスとのムハンマド・アバウドさん(38)はムスリム同胞団の支持者ではないが、ムルシの失脚後、エジプトを離れた。
 「私はムルシ氏もクーデターも支持しなかった。エジプトでは、もはや自由に発言できない。私は仕事ができなくなることが分かっていた」。
 マレーシア、インドネシアで3か月余り過ごしてから、トルコに移り、取材活動の拠点とした。
もっとも、メディア規制などエルドアン氏の手法も強権的だ。イスラム色の強まりを嫌がる人も多い。
 だが、エジプトで起きたことがなぜ、トルコで起きなかったのか 。
 エジプトの政府系アハラム紙記者で政治評論家のべシル・アブドゥル・ファタ氏(42)はこう説明する。
 「エルドアン氏はトルコの経済を発展させた実績がある。民主主義も促進したため、国民の50%以上がエルドアン氏を嫌いだとしたら選挙で排除できる。だからこそ、クーデターという手段に国民はノーを突きつけたのだろう」」と指摘した。
 最後に筆者は、「クーデター未遂の前、トルコとエジプトは関係改善の兆しがあった。トルコのユルドゥルム首相は6月下旬、「エジプトと経済関係を進展させることに障害はない」と語り、閣僚訪問にも前向きだった。
 期待が芽生えた矢先の政権転覆の企てを受け、エルドアン氏は「シーシ(大統領)は民主主義と無関係」と蒸し返した。
 中東の要である両国のにらみ合いは、対テロで団結すべき地域の不安定化を映し出している。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 イスタンブールとカイロは過日、年末年始の一人旅で歩き回った。
 街中には、軽機関銃やライフルを携帯した「武装軍人」がよく目に入った、ことを思い出した。イスタンブールでは、路面電車に乗ったとき席を譲ってくれたり、日本人だと言うと「チョコ」をあげると言われたり、日本人と言うだけで親切にしてもらった記憶がある。
 イスタンブールの街中で道路を隔てて、宮殿をライフル銃を持って警備していた「軍人」に、正面を見て「敬礼」をしたら、ライフルを左横に立てて、右手で「敬礼」を返された、ことは感動的だった。言葉を発しなくても、敬意が通じたことに!。
 いずれにしても、同じイスラム国同士仲良くしてほしい、と思った。
 
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by sasakitosio | 2016-08-25 17:21 | 朝日新聞を読んで | Trackback