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by sasakitosio

負けることの意味<相手を喜ばしたと思い、敗北をやり過ごそう!ただ、年にだけは勝てない!?>

 8月21日付け東京新聞27面に、「本音のコラム」と言う欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「オリンピックに高校野球と、スポーツの試合を見てハラハラドキドキする半月だった。
 選手のひたむきなプレーには感動させられる。
 日本選手や地元の高校が活躍すればうれしい。
しかし、レベルの高い試合ほど、勝負はちょっとした運の傾きでどちらに転んでもおかしくない。
 勝てなかった選手が傍観者にすぎない国民にわびる様子を見ると、それは違うだろうと思う。
最後まで勝ち続けられるのは一人だけであり、大半の人間にとってスポーツとは負けるためにするものである。
 それは人生にも当てはまることで、普通の人間の人生は勝利や栄光より、敗北と悔しさで満たされている。
 敗北から教訓を得る前向きな態度も、敗北をやり過ごし、忘れる緩さも、人生を生きるうえで不可欠である。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「動物は生存競争に敗れれば淘汰される。負けを抱えながら生きていくのは、人間が人間たるゆえんである。
 「成長か、死か」などと動物のまねごとをしたがる経営者やそれをもてはやす学者が偉そうな顔をするようになって、この世は随分、住みにくくなった。
 スポーツに限らず、人より勝りたいという欲望が人間にとっての最大の動機づけの一つであることは間違いないが、勝てるのはいつもごく少数でしかない。
 スポーツ観戦は負けることの意味を思い出すよい機会である。」として締めくくった。
 読んでためになった。そして、考えるヒントを得た。
 「スポーツに限らず、人より勝りたいという欲望が人間にとって最大の動機づけの一つであることは間違いないが、勝てるのはいつもごく少数でしかない」、
 「普通の人の人生は勝利や栄光より、敗北と悔しさで満たされている」、
 「敗北から教訓を得る前向きな態度も、敗北をやり過ごし、忘れる緩さも、人生を生きるうえで不可欠である」、等々の筆者の指摘は、その通りだと得心した。
 そして、「勝ち負けは時の運」「勝って兜の緒を締めよ」、「勝った負けたと騒ぐじゃないよ、後の態度が大事だよ」、「年には勝てない」、いろいろの言葉が心に浮かぶ。
 ゲームでの勝ち負けは、勝った時は「自分が喜び」、負けた時は「相手を喜ばした」と思うと、気が楽になる。
 ただ、気分、心持は「30代」を引きずっているのに、旧知の人が次々とこの世を去ったり、公の場所に出てこなくなって、浦島太郎的気分を味わう機会が多くなった。年には勝てないことの証明か。
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by sasakitosio | 2016-08-22 06:14 | 東京新聞を読んで | Trackback