憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

終戦の日 戦争は今もつづいている<日本は今日も平和だ!今日の平和を明日につなげ未来へつなげよう!!>

 8月15日付東京新聞社説に、戦争のことが載った。
 今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「戦争はさまざまに語られるけれど、ではどれほどの実感を持って私たちは知っているのか。防衛はただの外交用語では無論ない。今も戦争は続いている。
 先月半ば、英国の新首相メイ氏が議会で初演説をした。
 議題は英国唯一の核戦力である潜水艦発射型弾道ミサイル・トライデントを搭載する原潜4隻の更新の可否。
 核兵器の行使は首相のみが命令できる。
 野党議員の質問。
 <罪のない男女や子ども、10万を超す人を殺すかもしれないが、あなたはその(核の)スイッチを押す覚悟があるのですか>
 メイ首相は、即座に、堂々と答える。
 <あります。抑止力とはわれわれにその用意があると敵に知らせることです>
 敵がいるから抑止力は必要だ。
 理屈は無論その通りであり、英国を含む同盟国は米国とともに冷戦時代はソ連と、今はロシアと核ミサイルを持ちつつにらみ合っている。
 首相の即答に対し、筋金入りの反戦主義者で労働党党首コーピン氏は問うた。
 <われわれは核兵器なき世界について議論してきました。その実現方法では意見が分かれても目指そうという決意では同じでした。
 大量破壊兵器による抑止が正しい方法とは思わない>
 採決は、労働党議員を含む断然多数で原潜の更新を認めた。」と切り出した。
 つづけて社説は、「二つのこととに注目したい。
 一つは、核保有国の中に核を持たなくともいいのではないかという議論が正面から出てきたということである。
 原潜基地が地元にある地域政党スコットランド民族党はこぞって反対した。
 原潜更新は、建造の巨費と雇用の創出を伴って国中の話題となっていた。
 軍事面ではBBC{英国放送は核を必要とする意見と、抑止力は高度な通常兵器で十分という元軍幹部の賛否両論を紹介していた。
 核に対する異論は小さなうねりの始まりかもしれない。
 二つ目は、議会で核兵器使用はおびただしい無辜の血を流させるという具体的な指摘がなされたことだ。
 戦争では兵士の死のみならず住民の多数が巻き添えになる。
 戦争について、英国民の記憶になお新しいのはアメリカに
引きずられるように参戦したイラク戦争だろう。
 兵士4万人以上を送り出し、179人が死亡した。連日のように盛大な葬列が進み、沿道は黙して頭を垂れた。
 英国での戦争の議論は常に肉薄したものにならざるを得ない。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「日本の昨年の安保法論議を振り返るなら、流血のまるで見えないような、法文言のうえでの理非整合を問うだけのような国会のやりとりは、果たして実際の戦闘のむごさをどれほど国民に意識させたであろうか。
 戦争を知る世代は、戦争を知らない世代たちの戦争論議をはらはらしながら聞いていたのではないか。
 想像すべきは、戦争の実相である。
 想像を超える戦場の現実である。
 核の非人道性はかって広島、長崎に実在し、核の恐怖は核を持つ者に潜在し、中東で進行中の戦争は刻々命を奪い、テロは世界の何処にでも起こりうる。
 話を英国に戻せば、イラク戦争参戦の英政府の誤りを調べつくした独立調査委員会の報告書は先月公表され、内外でおおむね称賛された。
 しかし、英兵の死者は記しつつも、住民を含め10万人規模というイラク人死者にほとんど言及がなかったのはどういうことか。
 委員会の目的が自国政府の責任追及だったといえばそうでもあろうが、その政府の誤りによっていかに多くの無辜の人が死んだのかということに口をつぐんでもいいものか。
 英国はもちろん特段の好戦的な国ではない。
 優れた議会制民主主義国でもある。それでも戦争は初めてしまえば、味方にも、敵にも、また住民にも多数の死者を出すことになる。
 戦争は悪ということである。
 英国という優れた「普通の国」が、平和と正義の名の下に戦争に突き進んでしまう。
 そこに戦争のワナはあり、世界の国々がそのワナにはまり、人類はそれを繰り返している。 」と指摘した。
 最後に社説は、「イラク戦争で英兵士の息子を亡くした父は「無駄死にした」と嘆き、同じ嘆きはイラクには無数にあるだろう。
 戦争をなくすのは容易ではないが、なくそうという決意は増やすことができる。
 一人の決意は集まれば大きな力になる。
 8月15日は先の対戦の犠牲者を悼む日である。
 同時に戦争の罪過をかみしめる日でもある。世界では戦争は今も続いている。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 英国の国会で、
 野党議員の「罪のない男女や子ども、10万を超す人を殺すかもしれないが、あなたはその<核>のスイッチを押す覚悟があるのですか」との質問に対し、
 メイ首相は即座に「あります。抑止力とは我々にその用意があると敵に知らせることです」と堂々と答えた、とのことを知った。
 そのやりとりの中に、英国では、今日ただいま「敵」が存在し、「核の恐怖」の中にあることを改めて知った。  この現実こそ恐ろしい。
 また、社説の「英国という優れた「普通の国」が、平和と正義の名の下に戦争に突き進んでしまう。
 そこに戦争のワナはあり、世界の国々がそのワナにはまり、人類はそれを繰り返している」指摘は、よく理解出来た。
 そこで、この「ワナ」にかからない、「ワナ」にかかっても外す「智慧」を絞り出さないと、人類は地球に住めなくなるかもしれない、と思った。
 日本国は平和憲法の下で、今日も平和だ。ブラジルのリオでは、オリンピックで世界中の人々が平和の裡に技を競い合っている。
 日本の70余年の「非戦の歴史」は、平和憲法を守り続けてきた日本国民の歴史は「人類の平和の歴史」として「人類の歴史」に燦然と輝いているような気がする。
 また、オリンピックという世界中の人々が集い、平和で刺激的な日々の実体験は、人類が平和の裡に共存できる「証し」であり、その日々を一日延ばしにしていけば、千年の平和も夢ではない、そんな気がする。
 
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/23405372
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2016-08-17 06:41 | 東京新聞を読んで | Trackback