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by sasakitosio

歴史の消去 <開戦と敗戦の責任も、原発事故の責任も、消せる消しゴムはないんじゃん!!?>

 8月14日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「また敗戦の日を迎える。
 ポツダム宣言の受諾を決定するやいなや、当時の軍の指導者は戦争に関する膨大な量の文書を焼却させた。
 ポツダム宣言の受諾をためらい、原爆投下、ソ連参戦などの巨大な犠牲を招いたくらいに知性と責任感を欠いた指導者だったが、それゆえに、自分たちにとって不都合な証拠は隠滅するという浅知恵を働かせたのだろう。
 その意味で、日本の戦後は歴史の否定と記憶の消去から出発した。」と切り出した。
 続けて筆者は、「戦争の歴史に関する解釈について、日本とアジア諸国が争う「歴史戦」という言葉も聞かれる。
 しかし、歴史を否定する日本が外国と歴史解釈を争うなど、おこがましい。
 歴史の否定は、現在の日本の政治に対しても、さまざまな悪影響を及ぼしている。
 東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故について、敗戦に匹敵する大きな転機だという議論もあったが、歴史の否定という態度は震災の後も引き継がれている。」と指摘した。
 最後に筆者は、「原発再稼働は、その典型である。
 事故の真相究明を放棄したまま、目先の金もうけの為だけに再稼働を急ぐ経営者、官僚、それにお墨付きを与える学者、これらの人種は書類を焼却した軍の指導者と同類である。
 敗戦から時間が経てばたつほど、歴史が持つ政治的重みは増している。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 筆者の「ポツダム宣言に受諾を決定するやいなや、当時の軍指導者は戦争に関する膨大な量の文書を焼却させた」との指摘、
 「その意味で、日本の戦後は歴史の否定と記憶の消去から出発した」との指摘、
 「原発再稼働は、その典型例である。事故の真相究明を放棄したまま、目先の金もうけのためだけに再稼働急ぐ経営者、官僚、それにお墨付きを与える学者、これらの人種は書類を焼却したぐんと指導者と同類である」との指摘、等等は、よく理解出来た。
 その上で、あらためて、戦前の軍の指導者は、信念を持って戦争を開始し、責任を持って戦争を収束させたのではなかった、ことを知り腹が立った。
 昔、こんな話を聞いたことがある。「泥棒は怖くない、せいぜい持てるだけしか、失わない」、「火事も怖くはない、家はなくなっても、地べたは残る」「せがれの出来の悪いのは、地べたまでなくなるので一番怖い」と、それに今付け加えれば、「無知で無責任な指導者をもった国民は、命も財産も未来も、根こそぎ失うことになる、これは人生最大の不幸だ」と。
 
 
 
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by sasakitosio | 2016-08-16 15:13 | 東京新聞を読んで | Trackback