憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

国威発揚 <メダルの獲得で?施設やイベントの豪華さで?日本は平和憲法と文化でいこう!>

 8月13日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。
筆者は、作家・楊逸氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「リオデジャネイロオリンピックは、予定通りに開幕した。ほっとしたと言うか意外だったというか、不思議な気持ちになりながら、開幕式を見た。思ったより、それなりに立派だった。
 工事はうまく進んでおらず開催に間に合うかどうかということは、前からささやかれ、また直近になってから、現地の空港で「地獄へようこそ」の横断幕を掲げ、警察官たちは「給料未払い」に対して抗議デモを行っていた様子が伝えられた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「何がどうなっているのか。おびえて大会に出ないとまで表明する選手さえ出た。
 4年に一度のスポーツの祭典、「その開催地と選ばれるなら、挙国体制で国民が一丸となって、どんなことだってやるし、どんな困難だって乗り越えてやる」という姿勢で臨むものだと、ずっと思い込んでいたのに。
 今大会を眺めて、ふと、自分がいつどうしてそんな「価値観」を持ったかについて考えてしまった。」と指摘した。
 最後に筆者は、「オリンピックの開催よりもお金がかかる行事はほかにあるかどうかは分からないが、世界に「国力」を見せつけるのにいい機会だから、自国民がぜいたくな生活を我慢して最善を尽くすべきなのかもしれない。
 家の近く、2020年東京オリンピックの選手村予定地のため、日夜工事をやっている。慣れつつあったその騒音が今は妙に気になる。」として締めくくった。
 国威発揚とは、何なんだろうか、考えさせられた。
 確かに、日本の選手が勝利した映像は何度見てもいい。世界の舞台で競い、勝利する日本の選手に凄さ素晴らしさを感じる。
 だが、メダル獲得数で、国威発揚の度合いを測っていいのだろうか?
 また、開催国の施設やイベントの豪華さで、国威発揚を見ることができるのだろうか?
 オリンピックのすばらしさは、選手個人のすばらしさの発見と、その選手を生んだ国や社会の素晴らしさの発見、戦争以外で「国を挙げて」の「結果に遺恨を残さない」闘いの素晴らしさ、等々にあるのではなかろうか。
 また、オリンピックは、世界中の人々の交流が増え、理解・好感が高まり、戦争が遠のき世界の平和がすこしでも持続する、そんなチャンスになっていることは間違いない、と思った。
 
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by sasakitosio | 2016-08-14 07:45 | 東京新聞を読んで | Trackback