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by sasakitosio

電気の価値 安物買い・・にならないか <原発で作った電気に「社会的価値」がない!!そうだよね!?>

 7月14日付朝日新聞朝刊社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員の上田俊英氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「「安物買いの銭失い」ということわざがある。
 私は子どものころ、両親からよく聞かされた。
 出展は「江戸いろはかるた」のようだが、いわばわが家の家訓である。
 原発の再稼働へと突き進む政府と電力会社をみて、このことわざが頭から離れない。
 政府は2014年に閣議決定した「エネルギー基本計画」で、原発の利点を「優れた安定供給性」「運転コストが低廉」などと記す。
 原発が1キロワット時の電気をつくるコストは、政府の翌15年公表の試算で10.1円程度。おもな発電方法の中で一番安いとされた。原発推進の人々はこの「経済的優位」をしばしば喧伝する。
 試算自体、根拠はほころびつつある。たとえば東京電力福島第一原発のような大事故が起きた時の賠償費用は5兆7千億と計算しているが、実際に福島の事故の賠償費用は、東電が支払済みの分だけですでに6兆2千億円を超える。
 こうした事故対応の費用は結局、私たちが電気代や税金を通じて払っていく。試算が誤っていれば、「銭失い」になるのは私たちだ。
 しかし、私が一番疑問に思うのは「そもそも、安ければいいのか」ということだ。
 ことわざは、そうして考えを戒めている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「なにかものを買うとき、値段は確かに重要だ。しかし、私たちが商品に求めるのは、安さだけではないだろう。
 商品の質も大切だし、いざ買うとなれば、その商品をつくった人や売り手が信頼できるかどうかも、気になる。関単に壊れたり、壊れた時に対応がずさんだったりしたら、それこそ「銭失い」である。
 そしてどうせ買うなら「社会的な価値」があるものが欲しい、と思う。
 人の経済活動における「倫理観の果たす役割」の重要性を指摘したのは、インド出身の経済学者アマーティア・セン氏だ。1998年ノーベル経済学賞を受けた。
 たしかに人は自分の利益にならなくても、他人の窮状をみかねて行動することがあるし、道徳的に評価もされたい。
 人は社会の役に立っていると感じたいのである。
 原発がつくった電気はどうか。
 原発事故による放射性物質汚染で立ち入りが原則禁じられた「帰還困難区域」は330平方キロを超え、山手線の内側の5倍もの広さに達する。いまも、バリケードが入域を阻む広大な国土の惨状は、その地を追われた2万4千余の人々はもとより、すべての国民に巨大な損失の危険性を教える。
 そんな原発でつくった電気に「社会的な価値」を見出せるのか。私には難しい。」と指摘した。
 さらに筆者は、「宮城県丸森町。福島県と境を接する筆甫地区はいま、630人ほどが暮らす。
 集落に小さな阿弥陀堂がある。別名[マリア観音堂]。江戸初期の1610年ごろ、この地に逃れたキリシタン武士、東海林備後の一族が立てた。一族は製鉄技術をもたらし、地区の発展につくした。
 その子孫で、町会議員の庄司一郎さん(63)を訪ねると、観音堂が見下ろす旧筆甫中学校の校庭で、地区の人たちと太陽光発電パネルを置く架台を組んでいた。筆甫の人々は事故から5年の今年3月11日、「ひっぽ電力」を設立。まずは出力50キロワットの太陽光発電所の建設を目指す。
 原発事故で地区の暮らしは大きく変わった。放射性物質汚染が隣接する福島県の自治体と大差なく、伝統産業だった炭の注文は激減。原木シイタケ栽培は壊滅した。
 正司さんは地区を活性化しようと、03年から移住者を募り、住居提供の世話などを続けてきたが、その活動も中断した。
 「自分たちで動かないと、なにもかわらない」。庄司さんひっぽ電力の社長についた目黒忠七さん(64)ら有志が思い立ったのが、再生可能エネルギーだった。
 中心メンバーの一人、吉沢武さん(39)は庄司さんの活動を通じ、04年に筆甫に移り住んだ。子どもの健康を考え、いまは町外で暮らしながら、筆甫に通い、地区新興連絡協議会の事務局長を務める。
 「放射能の被害を受けたのも、自分たちがエネルギーに無関心だったから。自分たちでお金を出し、身近なところでエネルギーをつくっていきたい」
 そのエネルギーには、社会とつながった価値が、確かにある。」として締めくくった。 
 読んで勉強になった。
 「人の経済行動における「倫理観の果たす役割」の重要性を指摘したのは、インド出身の経済学者アマーティア・セン氏だ。1998年にノーベル経済学賞を受けた」とのこと、
 「原発で作った電気はどうか。原発事故による放射性物質汚染で立ち入りが原則禁じられた「帰還困難区域」は330平方キロを超え、山手線の内側の5倍もの広さに達する。
 いまも、バリケードが入域を阻む広大な国土の惨状は、その地を追われた2万4千余の人びとはもとより、すべての国民に巨大な損失の危険性を教える。
 そんな原発で作った電気に「社会的な価値」を見出せるのか。」との指摘、
 「筆甫の人々は事故から5年の今年3月11日、「ひっぽ電力〕を設立。まずは出力50キロワットの太陽光発電所の建設を目指す」とのこと、等々を知ることができた。
 こう見てくると、巷では「反社会的勢力」とのかかわり合いが取引上かなり厳しく規制されているが、東電はもはや、いわゆる「反社会的勢力」の範疇に属してしまったのではないだろうか、との疑問さえ湧いてくる。ならば、東電の命脈は尽きたかもしれない、とも思った。
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by sasakitosio | 2016-07-18 14:17 | 朝日新聞を読んで | Trackback