憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

今日のまんまと明日のなにか <目に見えない明日を信じる力がほしい!!>

 7月3日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、政治部次長・高橋純子氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「映画のDVDを1.5倍速でみるという人の遭遇し、心の底から驚いたことがある。
 倍速再生でも話の筋は十分追えるし、感動の涙を流すこともある。結果は同じ、いや、むしろ得じゃね?短い時間で同じ効果を得られんだから・・・・といわれれば、返す言葉がない。
 けれどもやはりそれはたぶん、映画を見るということとは根っこが違うと、私は思う。
 無駄なような、無くてもいいような細部に、映画的生命は宿っているのだと。
 考えてみれば、現下の日本政治もまた、1.5倍速的だ。議論をする、説得を試みる。
 合意を調達する。手間と時間をかけて織り成すプロセスこそが民主主義であるはずなのに、シュルッと早回しされ、民主主義は多数決であるかのごとく矮小化されている。
 「結果」がすべて。
 そんな倍速政治において、人間は単なる「1票」におとしめられ、勝者の「道具」にされてしまうわけだが、さて、そもそも私たちは選挙で何を選んでいるのだろう?
 「勝者」ではない。代表を選んでいるのだーーはいはい、うそくさいよね、そんなの。
 でも、うそくさいからからこそ、結果ではなく、プロセスを大事にしないと壊れてしまう。
 民主主義はなぜ大事か。
 皆が大事に扱うからである。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「元より映画は、見るたびに新しい発見がある。このほど見返した「昭和残侠伝」もそう。これまでまったく記憶になかったシーンが、生き生きと立ち上がってきた。
 「あっしら、明日のことを考える余裕がないんだ。今日のおまんまが食えりゃ、それでいいんだ」
 舞台は敗戦直後の東京・浅草。長年世話になったテキヤの関東神津組から、新興勢力の新誠会乗り換えた露天商が、その理由を吐露する。
 「今日のおまんま」と「明日のなにか」。
 英国の国民投票を眺めても、日本の参院選をみても、詰まるところ、天秤にかけられているいるのはこのふたつなのかもなあと、神津組5代目・寺島清次を演じる高倉健の色気に酔いつつ思う。
 露天商の、いかにも今日のおまんまのことしか考えてなさそうな笑顔はまぶしく、切ない。彼はだまされているのだ。新誠会に、まんまと。」と指摘した。
 最後に筆者は、「うそをつく、力にものを言わせる。己の利益になるなら手段を択ばないのが新誠会。やり口は汚い、汚いがゆえに、傘下に入れば「得」をする。
 これに抗する寺島が提示するのは、「渡世の仁義」だ。
 世の中には、どんなに力を持っても、やっていいことと悪いことがある、と。
 社会は、実はそういう目に見えないものに底支えされているのだけれど、皆が自分のおまんまのことしか考えなくなれば、あっさり崩れる。社会の底が抜ける。
 参院選。結果が日本の今後を左右するのは間違いない。
 しかし結果よりはるかに大事なのは、誰が勝者になろうとも、「道具」されない私たちであること。
 目には見えないそれぞれの明日を、信じる力を持ち続けることだろう。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「民主主義はなぜ大事か、皆が大事に扱うからである」との指摘、
 「世の中には、どんな力を持っていても、やっていいことと悪いことがある」とのこと、
 「社会は、実はそういう目に見えないものに底支えされているけれど、皆が自分の今日のおまんまのことしか考えなくなれば、あっさり壊れる。社会の底が抜ける。」との指摘、は良く分かった。
 ただ、どうやって、目には見えないそれぞれの明日を、信じる力を持ち続けられか。どちらかというと、切実さの点で、今日のおまんまに負けそうな気がする。
 

 
 
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by sasakitosio | 2016-07-03 17:56 | 朝日新聞を読んで | Trackback