憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

無意識に根差した「9条は文化!」 <選挙で負けても、改憲には国民投票でかてる!いいねえ!!>

 6月14日付朝日新聞15面に、「オピニオン&フォーラム 9条の根源 憲法を考える」というページがある。
 発言者は哲学者・柄谷行人さん、聞き手は依田彰さん。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「憲法改正論の本丸が「戦争放棄」をうたった憲法9条にあることは明らかだ。自衛隊が米軍と合同演習をするような今日、この条文は非現実的という指摘もある。だが、日本人はこの理念を手放すだろうか。9条には別の可能性があるのではないか。9条の存在意義を探り、その実行を提言する柄谷行人さんに話を聞いてみた。
 ――安倍晋三首相は歴代首相と違い、憲法改正の発議に必要な議席数の獲得を目指す意向を公にしています。改憲に慎重な国民は参院選の行方を懸念していますが、柄谷さんは講演などで「心配には及ばない」といっています。 との質問に対し、柄谷さんは答えます。
 「昔から保守派は改憲を唱えていましたが、いざ選挙となるとそれについて沈黙しました。
 改憲を争点にして選挙をやれば、負けるに決まっているからです。保守派はこれを60年以上繰り返しているのです。
 しかし、なぜ9条を争点にすると負けてしまうかを考えず、この状態はそのうち変わると考えてきたのです。
 それでも、変わらない。
 事実、改憲を唱えていた安倍首相が、選挙が近づくと黙ってしまう」
 「実は、そのようなごまかしで、選挙になっても、そして万一3分の2の議席を取ったとしても、改憲は出来ません。
 なぜなら、その後に国民投票があるからです。
 その争点は明確で、投票率が高くなる。だから負けてしまう。改憲はどだい無理なのです」。
と切り出した。
 つづけて記事は、「--安倍政権は今のところ憲法はかえられないので、解釈改憲して安全保障関連法を整え「海外派兵」できる体制をつくった。そうなると9条は形だけになりますね。  
 との質問に対し、柄谷さんは次のように答えています。
 「しかし、この「形」はあくまで残ります。
 それを残したままでは、軍事活動はできない。訴訟だらけになるでしょう。だから、どうしても改憲する必要がある。だけど、それはできないのです」と答えています。
 ――なぜ9条はかえられないと言えるのですか。との質問に、柄谷氏は次のように答えています。
 「9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題だからです。
 無意識というと通常は潜在意識のようなものと混同されます。潜在意識はたんに意識されないものであり、宣伝その他の操作によって変えることができます」
 「それに対して、私がいう無意識はフロイトが「超自我」と呼ぶものですが、それは状況の変化によって変わることはないし、宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。
 フロイトは超自我に就いて、外に向けられた攻撃性が内に向けられと時に生ずると言っています」
 「超自我は、内にある死の欲動が、外に向けられて攻撃欲動に転じたあと、さらに内に向けられと時に生ずる。
 つまり、外から来たように見えるけれども、内から来るのです。その意味で、日本人の超自我は、戦争の後、憲法9条として形成されたといえます」と。
 ―――九条は占領軍が敗戦国日本もたらしたが、日本人が戦争体験の反省からつくったと考える人もいます。そうではないと。と質問されると、柄谷さん次のように答えます。
 「9条は確かに、占領軍によって押し付けられたものです。しかし、その後すぐ米国が再軍備を迫ったとき、日本人はそれを退けた。そのときすでに、9条は自発的なものとなっていたのです」
 「おそらく占領軍の強制がなければ、9条のようなものはできなかったでしょう。
しかし、この9条がその後も保持されたのは、日本人の反省からではなく、それが内部に根ざすものであったからです。この過程は精神分析を持ってこないと理解できません。」
 「たとえば、戦後の日本のことは、ドイツと比較すると分かります。
 ドイツは第2次大戦に対する反省が深いと称賛されます。が、ドイツには9条のようなものはなく徴兵制もあった。意識的反省にもとづくと、そのような形をとるのでしょう」
「一方、日本人には倫理性や反省が欠けると言われますが、そうではない。それは9条と言う形を取って存在するのです。
 いいかえれば、無意識において存在する。
 フロイトは、超自我は個人の心理よりも「文化」において顕著に示される、といっています。
 この場合、文化は茶の湯や生け花のようなものを意味するのではない。むしろ、9条こそが日本の「文化」であると考えます」と答えています。
 ―――近著では、戦後憲法の先行形態は明治憲法ではなく「徳川の(国制)」と指摘していますね。との質問に対し、柄谷さんは次のように答えています。
 「徳川時代には、成文法ではないけれども、憲法(国制)がありました。
 その一つは、軍事力の放棄です。それによって、後醍醐天皇が「王政復古」をとなえた14世紀以後つづいた戦乱の時代を終わらせた。
 それが「徳川の平和」と呼ばれるものです。それは、ある意味で9条の先行形態です」
 「もう一つ、徳川は天皇を丁重にまつりあげて、政治から分離してしまった。これは憲法1条、象徴天皇制の先行形態です。徳川体制を否定した明治維新以後、70年あまり、日本人は経済的・軍事的に猛進してきたのですが、戦後、徳川の「国制」が回帰した。9条が日本に根深く定着した理由もそこにあります。
 その意味では、日本の伝統的な「文化」ですね」と。
 ―――9条と1条の関係にも考えさせられます。現在の天皇、皇后は率先して9条を支持しているように見えますとの問いに対し、柄谷さんは次のように答えています。
「 憲法の制定過程を見ると、次のことがわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので、何をおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。彼がとったのは、歴代の日本の統治者がとってきたやり方です。
 ただ当時、ソ連や連合軍諸国だけでなく米国の世論でも、天皇の戦争責任を問う意見が強かった。その中であえて天皇制をを存続させようとすれば、戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったんです」
 「だから、最初に重要なのは憲法1条です。9条は副次的なものに過ぎなかった。今はその地位が逆転しています。9条の方が重要になった。
 しかし、1条と9条のつながりは消えていません。たとえば、1条で規定されている天皇と皇后が9条を支援している。それは、9条を守ることが1条を守ることになるからです」と。
 ―――憲法9条はカントの「永遠平和のために」、またアウグスチヌスの「神の国」にさかのぼる理念にもとづくとされます。それが他ならぬ戦後日本の憲法で実現されたのは興味深いですね。との問いに対し、柄谷さんは次のように答えています。
 「私は、9条が日本に深く定着した謎を解明できたと思っています。それでも、なぜそれが日本に、というが残ります。
 日本人が9条を作ったのではなく、9条のほうが日本に来たのですから。それは困難と感謝の二重の意味で「有り難い」と思います」と。
 ――――日本は国連安全保障理事会の常任理事国入りに熱心ですが、それは9条とどう関係しますか。との問いに対し、柄谷さんは次のように答えています。
 「今の国連で常任理事国になる意味はありません。しかし、国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば、すぐに常任理事国になれます。9条はたんに武力の放棄だけではなく、日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。
 日本に賛同する国が続出し、それがこれまで第二次世界大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。
 それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で、9条を持った日本だけにできる平和の世界同時革命です」と。
 ―――現状では、非現実的という指摘が出そうです。との質問に対し、柄谷さんは、次のように答えています。
 「しかし、カントの考える諸国家連邦は、人間の善意や反省によってできるものではない。
 それは、人間の本性にある攻撃的欲望は発露され、戦争となった後に出来るというのです。
 実際に国際連盟、国際連合、そして日本の憲法9条も、そのようにして生まれました。どうして、それが非現実的な考えでしょうか」
 「非武装など現実的でないという人が多い。しかし、集団的自衛権もそうですが、軍事同盟がある限り、ささいな地域紛争から世界規模の戦争に広がる可能性がある。第一次大戦がそうでした」と。
 ―――無意識が日本人を動かすとすれば、国民はどう政治にかかわっていくのでしょう。との質問に対し、柄谷さんは次のように答えています。
 「日本ではここ数年の間に、デモについての考え方が変わったと思います。これまでは、デモと議会は別々のものだと思われてきた。しかし、どちらも本来、アセンブリー(集会)なのです。デモがないような民主主義はありえない。デモは議会政治に従属すべきではないが、議会政治を退ける必要もない。デモの続きとして、議会選挙をやればいいのです」
 「現在はだいたい、そういう感じになっています。野党統一候補などは、デモによって実現されたようなものです。このような変化はやはり、憲法、とりわけ9条の問題が焦点になってきたことと関連していると思います」と。
 」として記事は締めくくった。
 大変勉強になり、勇気づけられた。
 特に「9条は確かに、占領軍によって押し付けられたものです。しかし、その後すぐ米国が再軍備を迫った時、日本人はそれを退けた。そのときすでに、9条は自発的なものとなっていったのです」との指摘、
 「憲法の制定過程を見ると、<中略>
  ソ連や連合諸国だけではなく米国世論でも、天皇の戦争責任を問う意見が強かった。その中であえて天皇制を存続させようとすれば、戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです」との指摘、
 「今の国連で常任理事国になる意味はありません。しかし、国連で日本が憲法九条を実行すると宣言すれば、すぐに常任理事国になれます。
 <中略> それはある意味で、9条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です」との指摘、
 「<前略>  デモは議会政治に従属すべきではないが、議会政治を退ける必要もない。デモの続きとして、議会選挙をやればいいんです」との指摘、すべてが勇気やこれからの行動の指針を与えてくれたような気がした。
 あらためて、「平和憲法を世界へ未来へ」、これを追求し続けことにした。
 
 
 
  
 
 
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by sasakitosio | 2016-06-16 05:53 | 朝日新聞を読んで | Trackback