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by sasakitosio

「災前」の備えに最善を <転ばぬ先の杖もなく、転んだあとの知恵もなかったのは「原発事故」!!?>

 6月5日付東京新聞社説に、巨大地震への備えについてが載った。今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「百年から二百年の間隔で巨大地震が東海地方から西日本を襲う。宿命というべき南海トラフ地震、私たちはどのように備えたらいいのでしょうか。
 南海トラフ地震が今後30年間に発生する確率は70%。最悪の場合、マグニチュード(M)9の地震が起き、広い範囲が震度7の揺れに襲われる。高知県などに最大34メートルの津波が押し寄せる。
 2012年発表の新想定です。
当時、想定の厳しさに避難をあきらめる人がかなりいるといわれた高知県を訪ねました。」と切り出した。
 つづけて社説は、「東日本大震災後、「災後」といわれる言葉が使われるようになりました。
 高知県は「西日本大震災」前の「災前」でした。それを実感する話を聞きました。
 4月1日の三重県沖地震です。
 尾崎正直・高知県知事は「本当にドキッとした。気象台に電話し、地震のメカニズムが南海トラフ地震と同じと聞いたので、すぐに、市町村に「次に揺れたら南海トラフ地震と思え」と連絡した」と話してくれました。各市町村役場は、連絡を受けて災害無線のチェックをしたそうです。地震学者に聞くと、大地震は起きなかったけれど、知事の判断は的確だと評価しました。
 もちろん、いつおきるかという予知はできません。危険性が高まっていると予測できるかもしれませんが、公示方法が決まっていません。
 自治体も住民も、自ら情報を集め、判断しなければならないのです。
 高知市は地震が起きると地盤沈下を起こし、その後、津波が襲うと考えられています。
 高知城の近くで「津波避難ビル」の掲示があるマンションをみました。「避難場所 4階から7階までの廊下及びエレベーターホール」と書かれていました。いざという時に逃げ込む一時避難場所です。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「同市下知地区は、三角州を埋め立てた住宅地が広がっています。標高0~2メートルがほとんど。そこに約16000人が住んでいます。
 住民は「下知地区減災連絡会」を組織して災害に強い町づくりを進めています。
 連絡会は災害時の疎開を前提に愛媛県境に接っする仁淀町と交流を始めました。
 高さ34メートルの津波が襲うとされた黒潮町。人口約12000人。65歳以上の人が4割近くを占めています。
 想定が出た直後、大西勝也町長が出した指示は「平静を装え」だったそうです。地元では避難をあきらめる声が相次ぎました。避難放棄者と言うそうです。
 「大津波、きたらば共に死んでやる 今日も息子が言う 足萎え吾に」。町内の女性の短歌です。
 町の目標は「避難放棄者ゼロ」となりました。
 町内6カ所に津波タワー建設を進め、五基が完成しました。小規模でも一基数千万円。現在建設中のものは6億円です。
 役場職員は全員が担当地域を決めていて、地元の人たちと一緒に避難路を確認し、必要があれば避難路を整備しています。各家庭には「避難カルテ」を作ってもらい、いざという時に助けてくれる近所の人も決めました。
 地震が起きても、生き残るメドが立ってきました。同じ女性が、二年後につくった短歌です。「この命 落としはせぬと足萎えの 君は行きたり避難訓練 」ととらえていると書きました。が、災害はすでに始まっていました。
 津波の想定地域は土地が売れなくなり、価格も低下しました。担保価値も下がり、中小企業が困っているとも聞きました。
 転居する人も現れ、過疎化に拍車をかける恐れもあります。
 悪いことばかりではありません。「防災は外敵なので、町民の利害は一致する。助け合わなくてはいけないので、隣近所の関係がよくなる。地域社会がよくなり、災害に強い町から災害にも強い町を目指そうと意識が変わってきている」と大西町長はいいます。
 東日本大震災で、コミュニテイーがしっかりした地域は復興が速いと言われました。その経験を踏まえて、自治体も住民組織も、災前から備えているのです。」と指摘した。
 最後に社説は、「戦後、日本は巨大地震や大噴火に遭わなかったおかげで復興に成功し、高度成長を成し遂げました。専門家は「幸せな時代は終わった」と言います。
 発生確率が高いのは、首都直下型地震と南海トラフ地震です。
 トラフ地震は、東海、東南海、南海地震が、同時か、又は連続して起きます。
 つづいてあちこちでM7クラスの余震や誘発地震が起きる可能性があります。
 誰もが、どこに住んでいても、旅先でも、地震や津波への備えを考えなければなりません。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 2012年発表の新想定で、黒潮町は「高さ34メートル超の津波が襲うとされた」とのこと。
 黒島町の「地元では避難をあきらめる声が相次ぎました。避難放棄者と言った」とのこと。
 「津波の被害想定地域は土地が売れなくなり、価格も低下しました。担保価値が下がり、中小企業が困っているとも聞かれる」とのこと。
 「転居する人も現れ、過疎化に拍車をかける恐れもある」とのこと。等等を初めて知った。
 「避難放棄者」と言う言葉は、絶望を超越し、地球に身を任せる「ある種の悟り」さえ感じた。
 その後、町の目標は「避難放棄者ゼロ」となったとのこと。
 さらに「役場職員は全員担当地域を決めて、地元の人たちと一緒に避難路の確認をし、避難路をせいびしている」とのこと。
 「各家庭には「避難カルテ」を作ってもらい、いざというときに助けてくれる近所の人を決めた」とのこと。等等は、災害の不安から、隣近所の関係がよくなったということは「災い転じて福となす」のいい例であり、人間の素晴らしさを感じた。
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by sasakitosio | 2016-06-08 06:13 | 東京新聞を読んで | Trackback