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by sasakitosio

オバマ大統領、広島へ  反省示し謝罪求めては <安倍総理には荷が重すぎないか!?>

  5月18日付朝日新聞朝刊1面に、「オバマ大統領広島へ 私は考える②」という欄がある。発言者は日本女子大教授・成島龍一氏だ。
 今日は、この発言者に学ぶことにした。
 まず成田氏は、「占領から独立を遂げた1952年、広島の平和記念公園に慰霊碑が建立されたとき、「過ちは繰返しませぬから」という碑文をめぐって論争が起きました。
 「過ち」の主語はだれなのか。
 原爆を落とした米国なのか、戦争を起こした日本なのか。
 結局、明示されぬまま、主語は「人類」という解釈で決着しました。」と教えてくれる。
 続けて成田氏は、「占領・冷戦のもと封印されたこうしたタブーを、日本は戦後71年のいまも抱えています。原爆は、もう一つの「歴史認識問題」なのです。
 あの戦争をめぐり、日本は南京事件や慰安婦など、アジアに対する戦争責任を問われてきました。
 一方の原爆は、米国に代表される連合国側の戦争犯罪を提起します。
 なのに、今回のオバマ米大統領の広島訪問に対し、日本では日米関係の強化や核廃絶へのステップといった「未来志向」の意味づけばかりが強調され、深い歴史的な問いかけがかき消されてしまっています。
 「謝罪ではなく追悼」と主張する米国をおもんばかるように、日本国内の反応も「来て感じてくれるだけでいい」と遠慮がちです。
 加害者である米国の大統領が広島で何を語るのか。
 世界中が注目しています。
 オバマ氏自身、プラハ演説で「核を使用した唯一の保有国として道義的責任」に言及しているわけですから、日本が謝罪を働きかけるチャンスのはずです。
 実現できなくとも、そこに対話が生まれます。
 ただし、相手に謝罪を求める以上、当然、あなたはどうなんですか、と反問されるでしょう。原爆投下は戦争の最後の局面で起きたことです。そこに至るまでに、日本は何をしたのか。
 原爆という被害と、アジアへの加害と、二つの歴史認識問題は切り離せない関係にあります。日本が反省を示してこそ、米国に反省を促し、世界の国々から共感を得られのです。」と指摘した。
 最後に成田氏は、「日本では戦後50年の年、広島・長崎市長が国際司法裁判所で「核兵器の使用は国際法に違反する」と訴えました。
 でも、日本政府や世論には広がりませんでした。
 歴史認識においては、広島で軍事都市だった加害の歴史に目を向ける議論があり、改修前の広島平和記念資料館の展示に反映されました。このように、被害と加害が絡み合う重層的な戦争像が国内でも議論されましたが、近年は逆に、加害を認めず開き直る主張が目立ってきています。
 今回の広島訪問で見えてくるのは、米国への従属です。
 だからこそ、オバマ氏に原爆投下の謝罪を求めることは、日本が米国と対等に付き合い、同時にアジアへの加害と向きあい、戦争について平場で議論するきっかけになりうるのです。
 せっかくの好機を、逃しつつあるように映ります。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「1952年、広島の平和記念公園に慰霊碑が建立されたとき、「過ちは繰り返しませぬから」という碑文をめぐって論争が起きた」とのこと、
 「「過ち」の主語は誰なのか。原爆を落とした米国なのか、戦争を起こした日本なのか。結局、明示されぬまま、主語は「人類」という解釈で決着した」とのこと、等を初めて知った。知った上で、「人類」と言う解釈が、「戦争そのものの愚かさ」をより深く、より広く、より長く、反省している、と思えてならない。
 少なくとも「真珠湾を忘れるな!!」の言葉よりも、戦争による被害を「全部他人・他国」のせいにしない、と言う点では崇高なような気がしている。
 「日本が反省を示してこそ、米国に反省を促し、世界の国々から共感を得られるのです」との成田氏の提言は、そうかもしれないと思った。
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by sasakitosio | 2016-05-20 17:32 | 朝日新聞を読んで | Trackback