憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「助けてくれ」と言わせないで  <トランプ氏のことらしい>

 4月10日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想うという欄」がある。筆者は、編集委員・福島申二氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「起きて見つ、寝て見つ、蚊帳の広さかなーー・10日前まで「天声人語」を書いていた身に、このコラムの敷地はずいぶん広い。長年住み慣れた4畳半から、いきなり大広間のふすまを開けたようで落ち着かない。
 とはいっても字数のゆとりはありがたく、これまでより急がぬ旅が出来そうだ。途中に抽象画の小庭もある。窮屈だった木靴を脱いで、ほどよく道草も食いながら筆を進めていければと思う。
 さて海の向こう、アメリカからニュースでその名を聞かぬ日はない、不動産王のトランプ氏である。
 センセーショナリズム(煽情主義)全盛の昔、米国の名高い新聞経営者はこんな訓辞をしたそうだ。
 「一面を眺めた読者が”これはすごい“と言い、2面を見て”これは大変だ“と言い、3面を見て”助けてくれ“と言うような新聞を作りたまえ」。
 大統領選をかき回すトランプ氏の言動と旋風をそのまま書けば、訓示通りの紙面になる。
 先日のウィスコンシン州で相手に敗れたものの、なお共和党指名争いの首位を走る。「助けてくれ」と叫びたいリベラル派は少なくないようだ。だが、何よりも、暴言王の勢いに当の共和党内主流派が恐慌を来たし、ゴジラの上陸を阻止するごとき背水の陣を同州で敷いた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「もっとも、過去の大統領選を振り返れば、トランプ人気のような現象はあながち例外ではないらしい。
 米国には元来「反インテリ」の気風が根強い。
 実際、頭が良ければ大統領が務まるというものでもない。トランプ現象を予言したような「反知性主義」(新潮選書)という一冊を昨年著した国際基督教大学の森本あんり学務副学長は、第7代ジャクソン大統領を例にあげる。
 生涯を通して本を読むことが稀だった人らしい。軍の英勇ながら「無学な荒くれ男」という評判だったが、名家の出でハーバード大教授も現職アダムスを破った。ちなみに選挙制度改革をめぐって昨今よく聞くアダムス方式は、負けたほうの人物名に由来する。
 思い出すのは、特派員として取材した12年前の大統領選だ。現職だったブッシュ氏(共和党)と折しも来日中のケリー国務長官(民主党)が争った。ギリシャ彫刻を思わせる風貌のケリー氏は怜悧なエリートのイメージ。方やブッシュ氏はスピーチの言葉をよく間違えた。
 インターネットのアニメに、簡単な足し算がちんぷんかんぷんのブッシュ氏を尻目に、難解な数式をすらすら解くケリー氏が登場して笑わせた。
 結果は、俗物風で、分かりやすい善悪二分法を得意とする現職が勝った。身にまとうエリート臭が、ケリー氏の有権者への浸透を阻んだ面は否めなかった。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「とはいえ今回は、やはり異形にして甚だしい。「トランプ氏のような人は大衆社会にたまった負のエネルギーを嗅ぎ取るセンスに長けている。」と森本さんは見る。民衆の鬱憤や怒りを、憎悪と排除のレトリックで希望と熱狂に変えていく怪しい「魂の錬金術師」である。
 米国民は政治家に名演説を求め、政治家の言葉を楽しむ。心に響く言葉によって人々が連帯感を深め合う光景は、日本とはだいぶ違うと、取材を通じて感じたものだ。大統領選が「民主主義の祭り」と呼ばれるゆえんでもある。
 しかし、憎悪と排除の言辞が人々を一つに束ねるとしたら、それは忌むべき光景だ。
 英国の作家オーエルが小説[1984年]で描いた全体主義社会を見るようで怖い。そこには日々、「二分間憎悪」という義務的儀式があり、参集した人々は口を極めて「敵」を悪罵し、怒号の中で高揚感に包まれるーーーー。
 国力が陰ったとはいえ、米大統領は世界で最も重い政治職の一つだろう。ときに他国を地獄へも突き落す。12年前大統領候補だったケリー長官は遊説で「皆さんには世界に対する責任がある」とよく語った。11月本選挙で世界に「助けてくれ」と言わせるなかれ。
 ふさわしいのは誰?
 わがポケットに選択の一票が無いのが悔しい。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 センセーショナリズム(煽情主義)全盛の昔、米国の名高い新聞経営者は、
 「一面を眺めた読者が「これはすごい」と言い、
 二面を見て「これは大変だ」と言い、
 三面を見て「助けてくれ」というような新聞を作りたまえ」と、こんな訓辞をしたとのこと。
 この訓示は、今でも役に立ちそうだと思った。
 「トランプ氏のような人は大衆社会にたまった負のエネルギーを嗅ぎ取るセンスに長けている」と国際基督教大学の森本あんり学務副学長は言い、
 筆者はトランプ氏を「民衆の鬱憤や怒りを、憎悪と排除のレトリックで希望と熱狂に変えていく怪しい「魂の錬金術師」である」といい、「憎悪と排除の言葉が人々を一つに束ねるとしたら、それは忌むべき光景だ」と危惧する。
 だが、選ぶのは、民主主義の国、選挙の国、アメリカ国民だし、アメリカの文化だ。
 グローバル化した世界は、経済も、文化も、地球規模だ。情報は光の速さで世界をかけめぐるし、世界中で拡散・蓄積される時代だ。
 放言、暴言も個人の発言の自由として尊重しなければならない。しかし、大統領など公人になったら、それなりに、内外のブレーキが効くのが、民主主義の機能であり、仕組みではなかろうか。
 
 
 
 
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by sasakitosio | 2016-04-13 06:15 | 朝日新聞を読んで | Trackback