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by sasakitosio

日本に見合った思想を <アメリカ経済学から飛躍を!>

 4月1日付朝日新聞朝刊15面に、「異論のススメ」という欄がある。筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「この3月政府の「国際金融経済分析会合」に3人のアメリカ経済学者が招かれ、首相官邸で意見を陳述した。安倍首相はじめ、主要閣僚と黒田日銀総裁を前にして、ステグリッツ、ジョルゲンソン、そしてクルーグマンといった著名な経済学者が意見を述べた。国際経済の現状とアベノミクスについて、さらには消費増税に関する見解を聞くという。当然、日本の経済政策にそれなりの影響を与える。
 そのテレビ・ニュースを見ていて私は何ともいえない居心地の悪さ(見心地の悪さ?)を覚えた。おそらく、このグローバル経済の時代に、アメリカ経済学者の意見を聞くことは実に結構なことではないか、というのが常識的な反応だろう。
 そうかもしれない。しかし、どうして著名なアメリカ経済学者をわざわざ首相官邸まで呼んでくるのか、という気もする。日本にもいくらでも経済学者はいるではないか。
 さらにアベノミクス道半ばの現在、わざわざ意見を聞く必要があるのか、という気もする。
 前者に対してはどうせ日本の経済学者の大半はアメリカ経済学の受け売りなのだから、それなら本場のアメリカ経済学者を連れてきた方が手っ取り早いではないか、とある人が述べていた。
 後者については、どうせアベノミクスの正しさを証言してもらい、またいずれ議論になる消費税増税において、アメリカ経済学者の権威を拝借して、マスコミのや財務省を封じ込めたいのだろうという人もいる。皮肉まじりに言えば、私もそんな気がする。
 確かにアベノミクスの成果が思うほど上がらぬ現在、3人の著名なアメリカ経済学者からお墨付きを得たい、という思惑を感じないわけでもない。実際、彼らは、アベノミクスには好意的であり、いっそうの推進を唱えていた。うがった見方をすれば、アベノミクスに対する批判をかわすためにこれらの経済学者が招待されたともいえる。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「しかし、このテレビ映像を見ての私の居心地の悪さは必ずしもそういうことではなかった。むしろ、日本の経済政策、もしくは広い意味で日本人の経済についての思考がますますアメリカ経済学に呑みこまれてゆく、といった不快感であった。
 概括的にいえば、日本の経済政策はこの30年ほどずっとアメリカ経済学の圧倒的な影響下にあった。そして、それでよかったのかと問えば、関単にうなづくことはできない。
 考えてみれば、1980年代の日米経済摩擦を機に、日米間での政策上の協調(たとえば85年のプラザ合意)が唱えられ、事実上、日本の経済政策にアメリカの意向が強く反映されるようになった。
 90年代には、アメリカ発の構造改革要求によって日本経済はアメリカ型の市場中心主義へと向かった。同時に、90年代にはアメリカ経済学が後押しとなって、世界を巻き込む金融グローバリズムが出現し、日本もこのグローバる経済路線へと突入した。
 果たしてそれらは日本の利益になったのだろうか。
 アメリカ型の市場中心主義は、我々の社会生活の土台を掘り崩し、過剰なまでのグローバル競争は過激なコスト競争によってデフレ経済をもたらしたのではなかったか。またアメリカ発の金融グローバリズムは、アメリカの投機的資本に大きな利益をもたらすとともに、世界経済を著しく不安定化したのである。
 アメリカの経済学は、果たしてわれわれを「幸せ」にしたのだろうかと問えば、私は否定の方向へ傾く。
 むしろアメリカ経済学への従属こそが日本の社会を著しく不安定にしたのではないだろうか。
 アメリカ経済学には、大規模な自由競争こそが経済を成長させるとする市場中心主義と、不況時には政府が積極的な財政・金融政策を導入すべきとするケインズ主義がある。
 80年代以降、市場中心主義が経済政策を圧倒した。ところが、その結果、グローバル市場が世界経済を不安定化し、格差を生み出すや、こんどはケインズ派が息を吹き返してきた。
 今回首相官邸に招かれた3名はケインズ主義に近い人たちである。
 その意味では、確かに経済政策の流れは変わったとも言えよう。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「しかし、大事なことはそこにあるではない。今日、日本経済のおかれた状況は、市場中心主義かケインズ主義か、という選択ではない。
 アベノミクスがかってない大規模な 財政と金融の組み合わせによって景気を浮揚させようとしたにもかかわらず十分な効果をあげえないのは、過度なグローバル競争によって国内にデフレ圧力がかかるからだ。さらに加えて、人口減少、高齢化社会、の到来が将来の経済に対する楽観的な期待を砕いてしまったのである。
 しかも、今日、われわれはすでに物的に「豊かな経済」の段階に達しており、いくらイノベーションを起こしても、消費需要は大きくは伸びない。今日の日本社会がおかれたこれらの状況を直視しなければ、いくらお金をじゃぶじゃぶ出そうが、増税を延期しようがどうなるものでもない。
 効率主義、成長主義、能力主義、自由競争などの価値観によって組み立てられたアメリカ経済学では、今日の日本の現状を先へもって行くことは難しいだろう。
 それらの価値観こそが問われているからであり、日本には日本の状況にみあった経済思想が求められている。アメリカ経済の「権威」を借りて何とかなるという時代ではない。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「アメリカ経済学には、大規模な自由競争こそが経済を成長させるとする市場中心主義と、不況時には政府が積極的な財政・金融政策を導入べきだとすすケインズ主義がある」との指摘、
 「アメリカ型の市場中心主義は、われわれの社会生活の土台を掘り崩し、過剰なまでのグローバル競争は過激なコスト競争によってデフレ経済をもたらしたのではなかったか」との指摘、
 「またアメリカ発の金融グローバリズムは、アメリカの投機的資本に大きな利益をもたらすとともに、政界経済を著しく不安定化したのである。」との指摘、
 アベノミクスが十分な効果をあげえないのは、「過度のグローバル競争によって国内にデフレ圧力がかかるかだ。」、さらに加えて「人口減少、高齢化社会の到来が将来の経済に対する楽観的な期待を砕いてしまったのである」との指摘、等等は良く分かった。
 「効率主義、成長主義、能力主義、自由競争などの価値観によって組み立てられたアメリカ経済学では、今日の日本の現状を先へゆくことは難しいだろう」との指摘は、納得した。
 それで、「日本には日本の状況にみあった経済思想が求めらている。」との筆者の指摘は、その通りだと思った。日本の有識者の皆さん、期待してます!
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by sasakitosio | 2016-04-08 06:13 | 朝日新聞を読んで | Trackback