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by sasakitosio

子どもの自殺報道 メディアは再検討を!

 3月14日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮子あずさ氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「先週から、広島県の中学校で起きた男子生徒の自殺事件が、テレビや新聞などで繰り返し報じられている。
 生徒は実際していない万引きの前歴を理由に志望した高校の推薦が受けられず、それが自殺の原因になった。本当に残念な結果で、学校側の責任は大きい。再発防止のため十分な検討が必要である。
 その前提に立っても、私はこれ以上、事件が詳細に報じてほしくない。思ったように進路が決まらず、強い嘆きの中にいる若い人が、報道に影響されないか。負の影響を心配している。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「自殺報道は特に若い層に影響を及ぼし、自殺を増やし得るとされる。
 そのため世界保健機構(WHO)は「自殺予防 メディア関係者のための手引き」の中で、自殺を「センセーショナルに・当然のように・問題解決の一つように」扱わぬように求めいる。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「残念ながら、今回の報道は、この三つのNGを全て満たしているように見える。
 確かに自殺した中学生は学校の落ち度によって死を選ばされた被害者であり、結果の検証は必要だ。
 しかし、報道するほど、「あれでは自殺も当然」のメッセージも流されてしまわないか。心配でならない。
 いかに検証を促す意図があっても、この点は見逃せない。メディアは自殺報道の原作を見直し、報道を再検討してほしい。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「世界保健機構(WHO)は「自殺予防 メディア関係者の手引き」の中で、自殺を「センセーショナルに・当然のように・問題解決の一つのように」扱わぬよう求めている。」とのことを、初めて知った。
 特に「問題解決の一つのように」扱わぬよう求めていること、についてはなるほどと思った。
 この点は、むしろ自殺は「周りの人々がどれだけ悲しみ、騒ぐ」ことで、新たな問題を起こすこと、それは自殺者本人に対する「周りの人々の期待」が大きいんだということを、しっかり自覚させる。自殺予防には、そんな対応が、報道も含め周りの人々に必要であることを教えてもらった気がする。
 自分の希望が達せられないと、自分の将来に絶望し、自分はこの世で生きていく価値が無い人間のように、思えた自分の青年時代を、ふと思い出した。
 年を取って、孫子を見ていると、みながみなキラキラ光って見える。むかし、父や母、祖父や祖母、みなが自分に期待していたことを、今頃あらためてしって驚いている。 
 
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by sasakitosio | 2016-03-15 06:49 | 東京新聞を読んで | Trackback