憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

湛山の改憲論 悲劇に寄り添い掲げた大志

 2月18日付朝日新聞朝刊社説下に「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野 剛氏だ。
 今日はこ筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「同じ政治家から、およそ色彩の異なった外交・安全保障戦略が語られたことがある。
 場面は国会本会議。安倍晋三首相の祖父、岸信介による施政方針演説である。
 1957年2月4日の朝日新聞。
 「終戦以来ともすればありがちな他力依存の思想を一掃し、独立自主、自力更生の思想を思い起こし、国力の増進を図らねばならない」
 「国際連合を中心として、世界の平和と繁栄に貢献することを、わが外交の基本方針にすべきものと思う」
 対米一極依存から脱却し、国連の集団的安全保障の枠組みに、日本の平和を委ねよう、と主張しているように思える。
 対して、59年1月27日夕刊。
 「自らの安全を保障するに当たり、志を同じくする自由民主主義国と固く提携し、国際社会における信義を貫きたい考えである。わが国が日米安全保障条約を締結したゆえんもここにあったのである。」
 安倍首相が進めてきた集団的自衛権の行使容認の基礎となる、日米同盟基軸の防衛態勢の構築、強化こそ、日本の平和維持には欠かせないという哲学に立っている。
 けして、岸が二枚舌だったわけでは無い。57年の演説の際、岸は石橋湛山内閣で首相臨時代理を務めていた。直前、急病で倒れ療養中だった首相に代わり、「石橋内閣の施政の方針を述べ」たのだ。
 従って、前者の国連主義は石橋湛山の理念にほかならない。だが、2か月ほどの短命に終わった政権の主張は、政治の表舞台から退場し、遠い記憶の地平に去った。」と切り出した。
 続けて筆者は、「そして役60年―――――――。
集団的自衛権を仕上げた安倍首相は、国会で憲法9条の改正の必要性を言及するようになった。祖父が懸案として掲げ、生前、未完に終わった悲願を孫の手で成就しようというのだろう。
 自民党は9条を含む改正草案を作成済みだ。
 戦力不保持を定めた9条2項を削除し、新たに「自衛権の発動を妨げるものではない」との条項を加える。
 自衛隊を国防軍に変え、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保する」としている。
 来る参院選や衆院選で、改憲派が改正を発議できる総議員の3分の2以上を占めれば、悲願成就は現実味を帯びてこよう。
 私は、そんな今だからこそ、自民党の中に「日米同盟基軸」でなく「国連中心主義」の理想の下に、憲法を位置づけようと挑んだ先人がいたことを強調したい。
 湛山は9条を「改正の際にこれを全然削ってしまうことは、誠に残念」とし、「そのまま残し、ただ「世界が安定し、その実行が可能になるまでの期間、しばらく効力を停止する」という意味の但し書きを1条として加え、9条を、その但し書きの範囲において無効であるが、いつかはそれを復活しうることを明らかにしておいたらどうか」と提唱した。
 戦争放棄が「全人類に率先して先見の明を示した日本人の熱情と誠意」だからだ。
 自ら次男を戦死、友らを失った人は「多くの血と犠牲を支払った大東亜戦争の失敗によって学びえた貴重な教訓を地に捨て去る結果となる。憲法を冷静に読みかえす時、私は日本がそのような悪路を踏んでいくことにしのび難い」と叫ぶのだ。
 日米同盟の効用は認めつつ、さりとて仮想敵との対抗からは恒久平和は築けない。
 極東では「日中米ソ(現ロ)平和同盟」を結び、世界の安定には「国連を強化し、国際警察軍の創設によって」「各国の独立と安全を守る」ことこそ最終目標と説く。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「「単なる空想に過ぎぬという向きもあるかもしれぬ」と具体化の難しさを自覚した。
 「けれどもそれ以外にどうゆう方法があるだろうか」。 故に湛山の大志なのだ。
 生前湛山は、札幌農学校に招かれ、教え子らに多大な影響を与えたクラーク博士の肖像写真を身近に掲げた。旧甲府中学でクラーク門下の恩師大島正健を介して、深く感銘を受けた言葉を授かったのだ。
 「Boys be Ambitious!」
 後身の甲府一高に湛山の書が残る。
 「9条削除」か「絶対護持」の2項対立でない第3の道。実現は途方もなく険しい道だろう。しかし、未曾有の戦禍から立ち上がった私たち日本人だからもてる「大志」のあることを、湛山は教えてくれる。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
「湛山は9条を「改正の際にこれを全然削ってしまうことはまことに残念」とし、「そのまま残し、ただ「世界が安定しその実行が可能となるまでの期間、しばらく効力を停止する」という意味の但し書きを1条として憲法に加え、9条を、その但し書きの範囲において無効であるが、いつかはそれを復活させることを明らかにしておいたらどうか」と提唱した」とのこと、
 又湛山が「日米同盟の効用は認めつつ、さりとて仮想敵との対抗からは恒久平和は築けない。
 極東では「日中米ソ(現ロ)平和同盟」を結び、世界の安定には「国連を強化し、国際警察軍の創設によって」「各国の独立と安全を守る」ことこそ最終目標と説く」とのこと、等を知った。湛山の考え方は理解はしたが、納得はできない。
 戦後間もなく、そして、米ソ冷戦の時代に総理大臣になった「人」の考え方としては理解できる。
しかし、今われわれは、高度情報化社会、経済的に世界は一つの社会、地球温暖化の時代、地球破壊につながる核戦争は出来ない世界、平和憲法を護持して70年余の日本社会の存在、等等をかんがみるに、現実に憲法を合せる「改憲」より、憲法の理想に「現実」が変わるような努力するこそ大切ではないか。
 また、(戦勝国中心の国連)中心主義から世界連邦へ、平和憲法を世界へ未来へ、と今日の「日本国民・日本国家」こそ大志を抱くべきではないか。
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by sasakitosio | 2016-02-19 06:09 | 朝日新聞を読んで | Trackback