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by sasakitosio

事件の大量放置  緩みは大阪府警だけか

 2月9日付東京新聞社説に、「「緩みは大阪府警だけか」の見出しで、警察の捜査のほったらかし問題が記事になった。今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「開いた口がふさがらない。大阪府警で約5千事件に上る捜査がほったらかしにされていた。事件隠しの意図はなかったのか。市民への背信行為にほかならない。全国の警察は大丈夫だろうか。
 犯罪に巻き込まれ、わらにもすがるような思いで被害を届け出た人々に対し、警察官は本当に真剣に向き合っているのか。
 大阪府警の不祥事はそんな疑念を抱かせる。警察全体の信用が失われかねない重大事態と言える。
 3年余り前、羽曳野署の機械室にあった段ボール箱から、1992年6月の傷害事件の捜査資料が見つかった。逮捕状の請求書や凶器まで出てきたが、公訴時効は完成していた。
 事件処理の失態を重く見て、府警は捜査書類や証拠品がどう管理されているのか、全65警察署の実態を調べてきた。3月末までに最終結果をまとめるという。
 現状では,61署で4300事件の操作が放置され、時効を迎えていたことが確かめられた。
 殺人のような重大犯罪は含まれておらず、障害や暴行、横領などが目立つという。このうち千件では容疑者が特定されていた。
刑事責任を問われてしかるべきなのに、結果として〝逃げ得“を許された加害者が多くいるのではないか。
 被害者は警察によって泣き寝入りを強いられた形になる。
 これでは、倫理と正義、法の支配の土台が掘り崩されかねない。
 過去5年間を見ても、府警の刑法犯検挙率は年2割に満たず、ずっと全国最低である。日頃の事件処理への投げやりな態度が人々の信頼を損ね、いざというときの協力を得にくさせる。そんな悪循環に陥っている面はないか。微罪はおくとして、警察の告訴や告発を受けたり、犯罪を捜査したら関係書類や証拠品を検察に送致しなければならない。刑事訴訟法はそう定めている。
 なのに、約1万点が段ボール箱に詰め込まれ、車庫やロッカーなどに放置されていた。30年以上前の資料もあった。ずさんというほかない管理が常態化していた。
 似たような不祥事は、かって警視庁や愛知県警、福岡県警でも発覚した。治安情勢を示す犯罪統計の信憑性さえとわれている。
 もはや担当者の処分や指導だけではすまされまい。
 事件処理をキチンととげられるよう、組織体制や点検方法の抜本的見直しが急務である。
 軽微な犯罪がはびこる地域は、凶悪犯罪の頻発を招くことにもなりかねない。」として締めくくった。
 読んで、大変勉強になった。
 大阪府警の不祥事は「警察全体の信用が失われかねない重大失態といえる。」との指摘、その通りだ。
 警察の信用が無くなるということは、権力の存在根拠の「最小で最大」のものがなくなるということではないか。国内・地域の治安が保てない「政権」は、被支配者国民からすれば、税金を取りっぱなしで「仕事」を全くしない「集団」に見えるからだ。
 「現状では、61署で4300事件が放置され、時効を迎えていたことが確かめられた。」とのこと。
 「もはや、担当者の処分や指導だけではすまされまい」との社説の指摘は、理解出来た。
 国民の平穏な暮らしを守るために、組織体制や点検方法の抜本見直しをしてほしいと、思った。
 
 
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by sasakitosio | 2016-02-14 07:35 | 東京新聞を読んで | Trackback