憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

拡散するナショナリズム われわれの「価値」は何か

 2月5日付朝日新聞朝刊17面に、「異論のススメ」という欄がある。筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「ナショナリズムが世界各地で勢いを増している。70数年前にあの悲惨な経験をしたわれわれが、ナショナリズムや愛国心という言葉を耳にするやたちまち拒否反応を示しことは分からないではない。
 しかし、われわれがそれを拒否しようが、現実に世界中に拡散しているナショナリズムをどう処置すればよいかとなると、「ナショナリズムはきけんだ」と唱えるだけでは何の解決にもならない。この数年、世界は急激にナショナリズムの引力に引き寄せられているという紛れもない現実がある。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「中東を見てみよう。過激派組織「イスラム国」(IS)というきわめて特異な武装組織がかってのスラム帝国の復権を訴えて世界中でテロを起こしている。ほぼ無政府状態になったシリアやイラクに対してアメリカのみならずロシアが介入している。ロシアとウクライナはクリミアをめぐって対立し、ロシアはまたトルコとも緊張を高めている。
 EU(欧州連合)は経済の不調と移民・難民に流入に動揺し、移民排斥や時には反イスラムの動きが表面化してくる。またEUも崩壊しかねない。
 中国は南沙諸島を中心に東南海への進出をもくろんでいる。
 台湾では久しぶりに独立派の民進党から総統が選ばれた。こうした背景にアメリカでは次期大統領選を前に、移民排斥を訴える共和党のトランプ旋風がおさまらない。
 書き出せばきりがないほどに、世界中のあちこちで国境をめぐる混乱が生じ、それが各国の国内政治にも影響を与え、ナショナリズムの引き金を引く。どの国でも、人々は他国に対する強硬派の強力な指導者を待望しているのである。
 もちろん、これらの混乱や紛争や軋轢すべて同じ平面で論じるわけにはいかないのだが、大きく言えば、自由や民主主義、市場競争などを軸にした戦後の既存の世界秩序をもくろむ欧米に対して、この欧米中心の「国際社会」に異を唱え、既存の国境線への挑戦を企てるロシアや中国、それにイスラム過激派が対峙するという構図になるどろう。
 彼らは、問題の発端は欧米の都合による政界秩序にあるという。
 そして、彼らの挑戦がまたブーメランのように欧米に跳ね返ってきて、そのナショナリズムを刺激している。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「では「われわれ」はどう考えればよいのだろうか。さしあたり、日本は、移民、難民、イスラムとの摩擦、テロといった問題は深刻ではない。
 中国との確執も小康状態にある。
 韓国とも多少は関係が改善した。そして、表面上を見れば、世界中から観光客が押し寄せ、京都は世界で人気都市1位に選出されたなどといい、「おもてなし文化」は世界中の人から歓迎されている。
 爆買いにやってきた人たちも、気が付けば、日本びいきにになって帰ってゆくそうだ。結構なことであろう。」と指摘した
 さらに続けて筆者は、「しかし、この結構さの背後には、深刻な事態が横たわっているように思われる。
 まずこの平穏はいつまで続くかわからない。
 世界中が混沌のさなかにあって、日本だけが平穏であるとは考えられない。
 近隣諸国との間に横たわる問題も決して解決したわけでもなく、また、テロが起きる可能性も排除できない。
 しかし、もっと大事なことがある。
 先に私は、今日の世界の混乱は、大きくいえば、戦後世界を形成した欧米(特にアメリカ)中心の既成秩序に対するロシア、中国、イスラムなどの挑戦ある、と言った。ここで国境線をめぐって各国が「力の政治」を繰り広げている。
 だが「力」が作用する国境線の背後には「価値の国境線」がある。価値をめぐる対立もあるのだ。
 戦後、欧米が世界秩序の原理とした自由や民主主義、市場経済、米国中心の法観念などはもはやうまく機能せず、それらの価値が挑戦を受けているとも見えるのである。
 ロシアも中国もイスラムも欧米の価値を認めない。
 彼らの国を支えている価値は欧米とは違うという。
 そこに彼らのナショナリズムがある。
 ナショナリズムとは、ある集団の人々を一つにまとめあげ、その結束をはかる価値にほかならないからだ。」と教えてくれる。
 そのうえに筆者は、「では。「われわれ」をまとめる価値とは何であろうか。
 政府はこういう。
 戦後日本の繁栄を支えたものは自由や民主主義や法に支配や市場経済や国際平和という価値であった。
 つまり、日本は戦後の欧米中心の世界秩序の受益者であった。だから、米国と共に、この既存の秩序を積極的に守らなければならない、と。
 「価値」とは、それに対する侵害者や破壊者に対しては身を賭しても守らなければならないものであろう。
 今日の欧米における反イスラムの風潮は、自由や民主主義を攻撃するイスラム過激派から彼らの価値を断固として守る、という信条をともなったものであり、そこに彼らのナショナリズムが生み出される。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「では「われわれ」はどうなのであろうか。果たして自由や民主やそれに平和主義さえ、それだけの確信と覚悟を置くことができるだろうか。
 そうではあるまい。
 どうやら「われわれ」は戦後、確かな価値を見失ったように見える。
 とすれば、日本には、実は本当の意味でナショナリズムさえ成立しないことになる。
 擁護する側も批判する側もせいぜい「ナショナリズムごっこ」をしているということだ。
 ナショナリズムの危険云々より前に、まず「われわれ」が確信をもって守るべきものは何かを改めて問うことから始めるほかない。」として締めくくった。
 読んで、刺激を感じたし、勉強になった。
 「ナショナリズムとは、ある集団の人々を一つにまとめあげ、その結束ををはかる価値にほかならない」、
 「ナショナリズムが世界各地で勢いを増している」、
 「世界中のあちこちで国境をめぐる混乱が生じ、それが各国の国内政治にも影響をあたえ、ナショナリズムの引き金を引く。どの国でも、人々は他国に対する強硬派の強力な指導者を待望している」、
 「これらの混乱や紛争や軋轢は、すべて同じ平面で論じるわけにはいかないのだが、大きくいえば、自由や民主主義、市場競争などを軸とした戦後の世界秩序の維持をもくろむ欧米に対して、この欧米中心の「国際社会」に異を唱え、既存の国境線への挑戦を企てるロシアや中国、それにイスラム過激派が対峙する構図になるだろう」、等々と教えてくれる。
 そして、筆者は、「「われわれ」は戦後、確かな価値を見失ってしまったように見える」、
 「ナショナリズムの危機云々より前に、先ずは「「われわれ」が確信をもって守るべきものは何かを改めて問うことから始めるほかない」、と筆者の考え方を知り、あらためて、考えさせられた。
 また、「欧米の価値」と「ロシアや中国、イスラム過激派の価値」の衝突が、核戦争につながらない方策を無いのだろうか?
 その時、インドをはじめ新興国はどうするのだろうか?
 ただ、自分的には、一人の人間として「自由や民主主義や法の支配」などの価値は、身を賭しても守らなければならないものだと思っている。
 ここ十数年の間に、ブルガリア、アメリカ、ロシア、中国、韓国、イギリス、フランス、タイ、ギリシャ、トルコ、エジプト、イスラエル、インド、スペイン、ドイツ等の数都市を歩き回って、いつも日本の自然・社会が一番いいと思って帰ってくる。外国へ行くたびに、愛国者になって帰ってきている。
 さらに、日本の平和憲法を世界へ拡げ、世界中の国々が、日本のように国民が平和で自由で民主的に暮らせないものかと、いつも考えている。

 
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by sasakitosio | 2016-02-06 18:00 | 朝日新聞を読んで | Trackback