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by sasakitosio

魯迅が生きていたならば

 1月23日付朝日新聞朝刊15面に、「風」という欄がある。筆者は、北京総局長・古谷浩一氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだーー。
 そう書いた魯迅が上海で死去したのは1936年。今年で80年になる。
 「中華民族精神の象徴」とされる中国の近現代文学を代表する作家である。中国共産党の評価も高く、毛沢東主席は好んで全集を執務室に置いたとされる。
 指導者の演説や公式文書で、魯迅は常に作家の序列トップで紹介され、これに郭沫若、茅盾、巴金、老舎と続く順序が崩れることはない。
 習近平国家主席もまた、魯迅好きのようだ。昨年末、中国中央テレビが映した映像では、習氏の執務室の書棚に18冊の魯迅全集があるのが見えた。2年前の映像では確認できなかったから、おそらくそれ以降、執務室に運び込んだらしい。
 習氏は昨年10月に発表した演説でも魯迅の名に計6回も言及している。
 魯迅の作品は、すでに時代に合わないとして、数年前から中国の教科書への掲載数が減ってきたことが話題になっていたが、昨年から逆に、一部の教科書では増える傾向にあるとも聞いた。ひょっとすると、これも習氏の意向の表れかもしれない。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「しかし、なぜ今さら魯迅なのだろうか。すでに共産党の現状とは一致しないものも多いのに・・・・。
 たとえば、中国では今、代表作「阿Q正伝」に出てくる裕福な趙家の人々「趙家人」という言葉が、流行語になっている。共産党の高官やお金持ちの一家を示す批判を込めた隠語だ。
 ネット上では削除が進んでいる。
 魯迅研究で有名な老学者は私にこう言った。
 「魯迅は反体制の作家なんですよ。当時の国民政府への批判は、共産党と方向が同じだった。でも、立場は変わった。一部の人人は魯迅を通じて共産党を批判しようとしている」
 もし、今も魯迅が生きていたら、何を思うだろうか。 
 中国の友人にそんな話をする、過去に同じような質問を、毛沢東が受けたことがあると教えてくれた。
 57年、上海で開かれた文芸関係者らの座談会。毛はあっけらかんとした調子で答えたという。
 「(魯迅が生きていれば)牢獄に入れられ、そこで書き続けるか、あるいは何も言わなくなっているかだな」」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「毛は分かっていたのだろう。魯迅が生きていれば、その批判精神は共産党政権にも必ず向かってくるだろうことを。
 そして、共産党はそうした魯迅を許さないことを。毛は、あくまでも過去の人物として魯迅を評価し、利用した。
 さて話は戻るが、習氏はどうか。単に毛スタイルをまねているだけか。それとも、魯迅が描いた、横暴な権力に翻弄され、なすすべなく、それを受け入れる民族の悲哀に思いをはせているのか。
 願わくば、後者であると思いたい。」として締めくくった。
 読んで、勉強になった。
「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだーーと書いたのは魯迅だったことを、初めて知った。
 また、魯迅研究で有名な老学者が筆者に「魯迅は反体制の作家なんですよ。当時の国民政府への批判は、共産党と方向が同じだった。でも、立場は変わった。一部の人々は魯迅を通じて共産党を批判しようとしている」と話した、とのこと。
 また、中国の友人から「57年、上海で開かれた文芸関係者らの座談会で、毛はあっけらかんとした調子で「(魯迅が生きていれば)牢獄に入れられ、そこでおかき続けるか、あるいは何も言わなくなっているかだな」と答えたとのこと。
 これらを、知っただけでも、中国の今が少しわかったような気がした。そして、中国社会の民主化への道は、歩く人が大きなる流れは、日々加速しているような気がした。
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by sasakitosio | 2016-01-30 06:13 | 朝日新聞を読んで | Trackback