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by sasakitosio

安全は”神話”のままだ  大飯・高浜原発

 12月25日付東京新聞社説に、「安全は“神話”のままだ」の見出しで、大飯原発の再稼働差止めのことが載った。
 今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「福井県にある高浜原発、大飯原発の再稼働差止めを求める司法判断が、覆された。だが待てよ。誰もまだ安全を保証するとは言っていない。大事故が起きた時、責任を取る覚悟も力もないままだ。
 逆回転が加速し始めたということか。「原発ゼロ」の歯止めがまた一つは外された。
最大の争点は、3.11後に定めた原子力規制委員会の新たな規制基準を、原発再稼働の”お墨付き“とするか、しないかだ。」と切り出した。
つづけて社説は、「規制委は2月、高浜原発3.4号機を新規制基準に適合しているとした。
 それを受け、関電は再稼働の準備に着手。しかし、福井地裁は4月、「新規制基準は合理性を欠く」として、周辺住民が求めた再稼働差止めを認める決定を下していた。新規制基準の効力に根本的な疑問を投げかけたのだ。
 関電の不服申し立てを受けた福井地裁は、その決定を180度覆したことになる。
 安全対策上想定すべき最大の揺れの強さ(基準地振動)、その揺れや津波に対する関電側の対策、使用済み核燃料保管の危険性・・・。
 どれをとっても規制委の審査に 「不合理な点はない」として、原発が周辺住民の人格権、個人が暮らしや生命を守る権利を侵害する恐れはないと判断した。
 昨年5月、同様に運転差し止めを認めた大飯原発3.4号機に関しても「規制委員の審査中であるから」と差し止めを却下した。
 高浜に関しては、西川一誠知事が22日再稼働に同意して、地元同意の手続きを終えている。関電はまず3号機から運転開始を急ぐという。」と教えてくれる。
 最後に社説は、「だが、よく考えてもらいたい。
 裁判所は事業者の取った対策が「新規制基準に適合する」という規制委の判断を「合理的」としただけだ。規制委自身が何度も表明してしているように、その判断は「安全」を保証するものではない。
 今回の福井地裁も「過酷事故の可能性がまったく否定されたものではない」とはっきり述べているではないか。
 知事の判断も同じである。
 安全確保は事業者の責務。
 事業者の規制は国の責務。
 県は監視するだけという、及び腰の最終同意である。
 事業者にも、国にも、“責任能力”などないことは、福島の現状を見れば、明らかではないか。
 安全性の責任の所在もあいまいなまま、再稼働へひた走る。その状況が何も変わっていないということを、忘れてはならない。」として締めくくった。
 読んでその通りだと思った。
 特に、唯一の稼働のカギである「知事の同意」が、「①安全は事業者の責務。②事業者の規制は国の責務。③県は監視するだけ。」という及び腰の最終同意である。
 事業者にも国にも“責任能力”などないことは、福島の現状を見れば、社説指摘の通り、明らかである。
 このような状態で、地震、津波、温暖化による浸水等で原発事故が発生した場合、福島と同じような「全国民的な温かい支援」ができるのだろうか?
 反対を押し切って、独断で、勝手に「立地の知事が同意」したではないか、という気持ちが「周辺地域の市民県民」に起きないだろうか?
 それこそ、国民的悲劇のような気がするが?
 それは心配し過ぎでしょうか?
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by sasakitosio | 2016-01-06 14:38 | 東京新聞を読んで | Trackback