憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

少数者の迫害

 12月20日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「選択制夫婦別姓をめぐる最高裁の判決には失望した。この訴えは結婚しても姓を変えたくない人の自由を許容してほしい。それは憲法の基本的原理である個人の尊厳そのもだという主張であった。
 もちろん結婚して同姓を名乗りたい人はそうすればよい。それを望まない人間にも、結婚という制度を適用できるようにしてほしいという訴えを、なぜ最高裁の判事たちは退けたのか。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「多数意見は選択的別姓という制度にも合理性があるので、後に国会で検討してほしいと述べた。しかし、国家の多数派がこの問題について理解していないからこそ、原告は裁判に訴えたのである。最高裁の姿勢はたらい回しの責任転嫁である。
 今回違憲判決を出せば政権から激しい反発を受けて、後々面倒なことになるという官僚主導的配慮が判決の背後に合ったと私は考える。多数者の無知、偏見から少数者の自由を守れないような最高裁に、憲法の番人を名乗る資格はない。」と指摘した。
 最後に筆者は、「日本の社会は他人と違ったことをする少数者に意地悪で、抑圧的だとつくづく感じさせられる。
 それこそが安倍政治を支えているだろう。
 夫婦別姓は共産主義の陰謀などとタワゴトを言う一方、恥ずかしげもなく女性が輝くなどと叫ぶ首相の存在を許している日本の現状をあの判決は反映している。」として締めくくった。
 読んで面白かった。
 「最高裁の姿勢はたらい回しの責任転嫁である」との指摘、
「多数者の無知、偏見から少数者の自由を守れないような最高裁に、憲法の番人を名乗る資格はない。」との指摘、いずれも理解し、納得した。
 そこで、憲法の番人の「意識」も「意欲」も「自信」も喪失した最高裁判所を、真に憲法の精神を実践でき、憲法の番人たる役割を果たさせるには、どうしたらいいのだろうか。
 個人の資質だけに負わしていいのだろうか。
 憲法を変えないで、国民投票で直接選挙し、その結果を内閣が尊重する、というような立法は可能だろうか。
 ここのところは、有識者の知恵を借りたいところだ。
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by sasakitosio | 2015-12-23 16:16 | 東京新聞を読んで | Trackback