憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

成果主義の嵐のあとに

 12月6日付東京新聞社説に、「成果主義の嵐のあとに」の見出しで、正社員と非正規社員のことが載った。
 今日は、の社説を学習することにした。
 まず社説は、「狭き門の正社員と増え続ける非正規社員。この国はすでに二つの階層に分断されてしまったのではないかーー。そんな不安さえよぎるのです。
 猫の目なのか、朝令暮改なのか。こうもルールがころころ変わっては本人はもちろん、大学生の子を持つ親御さんも心配でならないはずです。
 安定した収入を得て暮らしの土台をつくる就職は、進学や結婚と並ぶ人生の一大事。収入も安定も手に入る正社員になる大きなチャンスが卒業時の「新卒一括採用)です。その就職活動の解禁が、昨年までは4月、今年は8月、来年は6月とめまぐるしくかわるのですから。」と切り出した。
 つづけて社説は、「新卒一括採用は混乱と見直しの歴史です。どの企業も優秀な学生が欲しい。学生は一日でも早く希望の会社に内定してもらいたい。強制力のない紳士協定で「解禁日」を決めても、抜け駆けがでて仕組みは揺れ動いてきました。
 優秀な学生に内々で内定を出す「青田買い」という言葉まであったほどです。
 ならばやめて、通年採用にすればいい・・・と簡単にいかないのは新卒一括採用が終身雇用、年功序列という日本型雇用の入り口になっているからです。
 卒業予定者を一括採用し、企業内で研修、訓練して時間をかけて育てる。働く人も定年までの数十年、同じ会社で安定して働き、勤め上げればそれなりの給料と地位を得られる。
 実はこの仕組みは日本独自のモデルです。欧米などの企業は通年採用が基本です。経営戦略や仕事に応じて必要な能力、専門性のある人を必要な時期に採用する。働く側も経験と実績を積み上げながら、よりよい待遇の会社へと移っていきます。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「戦前に始まった日本型は戦後、中小企業にまで広がり、日本企業の強みとして高度成長の原動力になりました。
 その日本型雇用が危機にひんしたのがバブル崩壊後の長期不況です。1990年代半ば以降、多くの企業が行き詰まります。
 同じころ、米国では自由放任のレーガノミクスで金融革命、IT革命が進行。
 英国でも競争重視のサッチャリズムが成功を収めると、日本型の雇用 は時代遅れとみられるようになりました。
 身分が保証される代わりに組織の中で長時間労働に耐え、定年まで滅私奉公――という日本型は「新たな発想を生まない高度成長期の遺物」と批判されたのです。
 コスト削減のリストラとともに米欧型の成果主義、能力主義が広がりました。リストラと競争重視の成果主義の嵐が吹き荒れたのです。
 さて、嵐が去ったあとに何が残されたのかーー。目の前に広がるのは「4割以上の非正規雇用」という荒涼とした現実です。パートや契約社員、派遣社員などの非正規雇用が4割を超えました。
 その一方で大学生に人気のある企業ほど、終身雇用を維持しています。人件費の削減を迫られて一時、成果型の賃金体系などを導入しましたが、うまくいかず日本型に戻したのです。
 「終身雇用、年功序列、手厚い給与と社会保険」という恵まれた正社員と「低賃金、不安定な身分、不十分な社会保険」の非正規社員。気が付くと、働く現場は二つの階層に分断されてしまったようです。
 ここが胸突き八丁、踏ん張りどころです。
 今、有力な処方箋として語られているのは「労働市場改革」というさらなる規制緩和です。
 派遣法や労働基準法の改正だけではなく、「終身雇用は能力の高い人材の中途採用や流動化を妨げ、労働市場を硬直化させている」と正社員も俎上に載せられています。
 そもそも能力の高い人はどこでも活躍できます。能力があるのですから、大切なのはそれほど能力のない人が、それなりに安心して夢を持って暮らしていけるかどうかです。」と指摘した。
 最後に社説は、「20年の景気低迷が続く中、弱者対策は後手後手に回ってきました。民主党政権の「コンクリートから人へ」は素晴らしかったが、実現する力がなかった。
 いま求められているのは競争よりも、傷ついた多くの働く人たちを癒すこと。働く人たちの分断を食い止め、修復することであるはずです。
 このままでは強い者はさらに強く、弱い者はさらに弱くなってしまう。政権にある自民党や公明党が戦後、目指してきたのはそんな世の中ではないはずです。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
「「終身雇用、年功序列、手厚い給与と社会保険、」という恵まれた正社員と「低賃金、不安定な身分、不十分な社会保障」の非正規社員。
気が付くと、働く現場は二つの階層に分断されてしまったようです。」との社説の指摘は、そんな気がするが、この現状は固定化させてはいけないと、思った。
 「働く人たちの分断を食い止め、修復すること」を社説は指摘する。その通りだだと思った。
 問題は、どうやってそれを具体的に食い止め、修復するかだ。
 非正規労働者本人、その家族たちが、まず全ての「差別や格差」が制度によってもたらされるものであることを深く自覚することから始まり。  
 そして、この「差別・格差」を是正することは、憲法に保障されている「平等」を実現することだと、気づき行動することではないかと思うのだが。
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by sasakitosio | 2015-12-13 11:58 | 東京新聞を読んで | Trackback