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by sasakitosio

今こそ 河上肇

 12月7日付朝日新聞34面に、「文化・文芸」という欄がある。筆者は、野波健祐氏だ。
  「「貧困と格差」論 まるでピケティ」、
 「人道と社会主義に探った解決策」、との見出しで、河上肇のことが載った。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「99年前の師走、、日本国内が第一次世界大戦下の好景気にわくなか、大阪朝日新聞には夏目漱石[明暗]とともに、「貧乏物語」が連載されていた。筆者は京都帝国大教授、河上肇。社会問題になり始めていた貧困を経済学者の視点で取り上げ、翌年ベストセラーになった。「物語」とあるが小説ではない。
 「いかに多数の人が貧乏しているか」
 「何ゆえに多数がびんぼうしているか」
 「いかにして貧乏を根治しうべきか」
 の3章構成で、先進国における格差の広がりを、統計を図示しながら説明した経済書。ん、どこかで見たような。テーマと言い、論のすすめ方といい、まるで今年話題となったトマ・ピケティ「21世紀の資本」ではないか。
 「豊かさの中の貧困に注目した点では、1世紀前のピケティと言ってもいい」と経済学者の田中秀臣・上武大教授は話す。
 河上は執筆前年までの約一年半、欧州に留学し、最強の先進国だった英国の貧困の現状を目の当たりにした。
 「それまでの日本で貧困問題と言えば、都市と農村の格差でした。しかし、近代化が進むなか、豊かなはずの都市にも取り残される人が出てきた。先進国へと向かっていた日本に、警鐘を鳴らした学術書として新鮮だった」
2章までの論述はさすが学者らしい。人間は怠ける者だから貧乏は人間を働かせるために必要との意見に対し、今日の西洋の貧乏はいくら働いても免れない「絶望的の貧乏」と指摘し、貧困の構造を解き明かしていく。
 日本はさらに貧しく、書籍刊行の翌年には米騒動が起きた。」と教えてくれる。
 つづけて記事は、「ではどうするか。ざっくりまとめると「みなぜいたくをやめよう。特に金持ちは。生産者はぜいたく品をつくらなくなり、生活必需品が安価に行き渡るようになる」。ぇ、個人の心がけで解決するんですか、先生。実際本人も「実につまらぬ夢のようなことを言うやつじゃと失望されたかたもあろうが」と書いている。
 経済学者の故・大内兵衛はこの時期の河上について「経済学を持って倫理の学と考えていた」と書いた。
 田中教授も「若い頃にキリスト教思想の内村鑑三に影響を受け、利他的に生きることが結果的に社会の幸福を導くと考えていた。個人のエゴイズムをどう制御するかは、河上思想に一貫するテーマです」。
 「貧乏物語」は他の経済学者から批判を受け、河上は著書を自ら絶版にする。そして貧困の解決を当時の最先端思想のマルクス経済学に求めていく。貧乏をなくすのには労働が必要だが、苦役ではなく楽しく働くのはどうすればいいか・・・。
 そんなことをあれこれ考えながら、新興国のソ連を、個人主義(資本主義)に対抗する理想社会と考え、教職を辞し、政治活動としてのマルクス研究に専心する。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「「河上経済学は富を人生の目的ではないと考えるところから始まっている」と話すのは、河上の近代中国への影響力を詳述した「甦る河上肇」(03)の著者、三田剛史・明治大学専任講師だ。「貧乏が問題なのは、一個人が人生の目的を達するためのスタート地点に立てないから。解決のため、制度改革と人心改革をどうすればいいかを悩み続けた。社会主義と人道主義がまじり合うのが河上思想です」
 しかし、私たちはなお「貧乏物語」を解決できない時代を生きている。河上が期待した実験国家はとっくに滅びた。河上思想もまた滅びるだけなのか。三田さんはいう。
 「河上は貧困の解決を生涯考え続けた。その姿勢こそ学ぶべきです」」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 貧乏物語の「いかに多数の人が貧乏しているか」
 「何ゆえに多数の人が貧乏しているか」、
「いかにして貧乏を根治しうべきか」、の三章構成は、今でも魅力的だ。
 なかでも、「いかにして貧乏を根治しうべきか」が今の私たちに課せられているのではないか。
 時代に併せて変幻自在に出没する「貧乏」を、根治する「人道主義が心に芽生える<ウイルス>」を誰がどうやって開発するか?
 貧乏根治のために、「平等主義が実現する<ヘッドスタートの妙薬>」を、いつまでに開発できるか?
 
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by sasakitosio | 2015-12-11 05:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback