憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

科学者たちの誇大妄想

11月21日付朝日新聞15面に、「耕論」というページがある。「もんじゅ漂流20年」の横大見出しの下に、九州大学教授・吉岡斉氏、関西大学教授・小沢守氏、作家・高村薫氏の三人の発言が載った。
 今日は、九州大学教授・吉岡斉氏の発言の記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「もんじゅは、とっくの昔に無用のものになっています。
 もともと高速増殖炉は、ウラン資源節約のために始めた研究開発でしたが、技術の未熟さと建設費用の膨張から、1990年代初めに世界的に行き詰まっていました。
 それでも日本は推進したのですが、もんじゅのナトリウム漏れによる火災と、当時の運営主体だった動力炉・核燃料開発事業団(動燃)によるデータ隠しという不祥事が起きた。国民の不信が強まり、政府は計画の見直しを迫られた。」と切り出した。
 つづけて記事は、「97年末に出された原子力委員会の方針で、実用化に向けたもんじゅ以降の計画は白紙となり、高速増殖炉はゴールを失ったのです。
 にもかかわらず廃止をうたわなかったのは、国の核燃料サイクル政策自体の見直しとなるのを避けたかったからでしょう。
 非核保有国として唯一認められた核燃料の再処理という安全保障上の権利をもんじゅ廃止に引きずられる形で手放したくなかった。
 ですが結局、もんじゅはその後もほとんど運転できずに今日に至ります。復活を模索する動きが執拗に重ねられましたが、振り返ってみれば政策が空回りしただけ。
 まるで「飛べない不死鳥」です。
 この20年だけでも、もんじゅに向けられた国費は3千億円になります。廃止を決めていれば避けられた。私は当時「もんじゅを博物館とし技術者は学芸員として再雇用して技術保存を」提案しましたが却下されました。」と教えてくれる。
 さらに記事は、「原子力にかかわる科学者や技術者は、新技術に挑戦し続けることが重要だと主張します。
 しかし、科学的言説は、第三者によって検証可能な根拠を伴うことが求められます。もんじゅには何もない。
 希望的観測を膨らませて語るだけでは科学と言えません。
 企業や投資家も、実用化を見通せない技術にお金は出さない。ですから科学者や技術者は、政府から研究開発費を引き出すために誇大妄想的な将来像を語りがちです。もんじゅはその典型でしょう。
 東京電力福島第一原発の事故で、原子力を巡る政治的・社会的環境は一変しました。
 20年前は原子力発電の是非そのものを議論するには至らなかった。今は違います。原発を再稼働したい安倍政権の下でさえ、関単には動かせない。もんじゅはおろか、軽水炉をふくめて原子力は今後、加速度的に衰退するでしょう。」と指摘した。
 最後に記事は、「原子力規制委員会の勧告は厳しいようで政策の妥当性そのものには踏み込んではいない。運営組織を変えればいいという延命への逃げ道を与えたと見ることもできます。
 まはや誰も本気でもんじゅを動かせるとは思っていない。ここで廃炉を決め、核燃サイクル政策も見直しを俎上に載せるべきです。(聞き手 論説委員・高橋万見子)」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「高速増殖炉は技術の未熟さと建設費用の膨張から、1990年代初めに世界的に行き詰まっていた」とのこと、
 「97年末に出された原子力委員会の方針で、実用化に向けたもんじゅ以降の計画は白紙になり、高速増殖炉はゴールを失った」とのこと、
 「筆者の提案「もんじゅを博物館として技術者は学芸員として再雇用して技術保存を」は却下された」とのこと、
 「科学者は政府から研究開発費を引き出すために誇大妄想的な将来像を語りがち」だとのこと、
 「原子力規制員会の勧告は厳しいようで政策の妥当性そのものに踏み込んでいない」とのこと、
 等々を知った。
 そして、「非核保有国として唯一認められた核燃料再処理という安全保障上の権利を、もんじゅ廃止に引きずられて手放したくなかった」との指摘は、核燃サイクルが安全保障上の権利と関わっていることを教えてくれた。
 さらに「もんじゅはおろか、軽水炉を含めて原子力は今後、加速度的に衰退するでしょう」との意見は、「再生エネサイクル」が「産業政策」になることを早めるかもしれないと、つい「誇大妄想的」期待を持ってしまう。
 
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/22557991
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2015-11-25 06:49 | 朝日新聞を読んで | Trackback