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by sasakitosio

幽霊を飼うようなもの

11月21日付朝日新聞15面に、「耕論」というページがある。「もんじゅ漂流20年」の横大見出しの下に、九州大学教授・吉岡斉氏、関西大学教授・小沢守氏、作家・高村薫氏の三人の発言が載った。
 今日は、作家・高村薫氏の発言の記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「もんじゅの計画段階では石油危機もあり、資源小国として新しいエネルギー源が必要だったし、高速増殖炉という最先端の科学技術に夢を託したい。その発想は理解できるんです。半世紀前なら。」と切り出した。
 つづけて記事は、「しかし、状況は刻々と変わります。事業や計画は当然、常に見直さなければならないのにそれが出来ず、走り出したら止まらない。なぜか。
 日本の官僚機構には事業を評価し責任を取るシステムがないからです。
 だから見直す理由がない。時代状況に合わなくなっても事故を起こしても、採算が取れなくなっても。
 政治が見直しを促すべきですが、その意思も能力もないまま、全く実現する見通しのない巨大プロジェクトが意味もなく続いてきました。この国の20年、30年先のことをまともに考えていないということです。
 もんじゅは幽霊を飼っているようなものですね。あたかも生きているかのように皆で守っている。」と指摘した。
 さらに記事は、「装置が落下するなど、お粗末な事故も続きました。人間はロボットではないから必ずミスをする。東京電力福島第一原発でも、事故から4年以上たつのに汚染水の処理すらできていない。そんな現実が私たちに突き付けているのは、原子力という技術は人間の手に余るということです。
 昔は技術と人間の身体はつながっていました。機械化されてもかろうじてつながっていましたが、コンピューター制御になり、現場の技術者は山のように出てくるデータと自分がやっている作業とを正確に関連付けるのが難しくなってしまいました。
近づけない、見られない、データを通して知るのみ、原子力はまさに、人間の身体と切り離された巨大技術の典型です。
 技術と人間の身体感覚の関係でここまでなら何とかなる、という限界を超えてしまった怖さがあります。
 技術と人間の関係も見極めて決断する、そういう英知を政治家が持つべきですが、それが無理ならせめて。総額1兆円もの税金を投じて何ひとつ動いていない、そのことに恐れおののくべきでしょう。
 国民の側も「もんじゅ、なにそれ」では? 加担している部分がないとはいえません。」と指摘した。
 最後に記事は、「小説「神の火」では丸腰の人間による原発テロを描いたのは、湾岸戦争で米国の地下貫通型爆弾が砂漠の防空壕の厚さ5メートルの天井を突き破ったことがきっかけでした。ミサイル技術も進んでおり、1メートル程度のコンクリートなどひとたまりもない。そんな状況で原発を動かしていることの危うさに気づかないのか、という思いでした。
 国の防衛をいうなら、日本海側にずらりと並んだ原発をどうするんだと。持ってはいけない施設だったのです。
 ただ、廃炉のためにも技術を絶やしてはなりませんが。(聞き手・辻篤子)」として締めくくった。
 読んで、圧倒された。作家の紡ぎ出す「言葉」に。
 なかでも、「日本の官僚機構には事業を評価し責任を取るシステムがないからです。だから見直す理由がない、時代状況に合わなくなっても事故を起こしても、採算がとれなくても」の指摘は、日本の基底を揺るがす視点だと思った。
 そして、「政治が見直しを促すべきですが、その意思も能力もない」との指摘は、悲しくもなさけない現実だと思った。
 また、「もんじゅは幽霊を飼っているようなものですね。あたかも生きているかのように皆で守っている」との指摘は、ホトケを幽霊にしてしまう皮肉に思わず笑っちゃいました。
 そして、「国の防衛をいうなら、日本海側にずらりと並んだ原発をどうするんだと。持ってはいけない施設になったんです」指摘は、いま自爆テロが世界へ恐怖をまき散らしているが、国内の原発が、いつでも日本国の「自爆装置」になりかねない現実を教えてくれたような気がした。
 
yuurei
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by sasakitosio | 2015-11-24 06:35 | 朝日新聞を読んで | Trackback