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by sasakitosio

伊方原発 住民の安全を願うなら

 11月4日付東京新聞社説に、「住民の安全を願うなら」という見出しで、伊方原発3号機の再稼働のことが載った。
 今日は、この社説を学習することにした。
 まず社説は、「四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の再稼働に中村時広知事が同意した。誰もが事故が起きないとは言ってはいない。逃げ場所さえ定かでないままに再稼働を許すのが、住民のためだと言えるだろうか。
 知事の判断は重い。
 電力会社との信頼関係に基づく“紳士協定“とはいうものの、事実上、原発を動かすための最終的なゴーサインになるからだ。
 立地自治体だけでなない。たとえば愛媛県の場合であれば、150万県民の生命の安全を担うという意味で、その責任は限りなく重い。ましてや原発事故の影響は、県内だけにとどまらない。
 中村知事は決断を下すに際し、安倍首相から「再稼働を推進する責任は政府にある」との言質を引きだした。県民の安全を思うその姿勢は評価したい。
 しかし、もし事故が起きたとき、具体的にどのように責任が取れるのか。福島第一原発のその後を見れば、原発事故の責任など、首相にも取りようがないのは明らかだ。事故が起きてしまってからでは遅いのだ。」と指摘した。
 つづけて社説は、「九州電力川内原発1.2号機(鹿児島県)、そして、伊方原発と、福島とはタイプの違う加圧水型原子炉の再稼働の“流れ“ができつつあるようにもうかがえる。
 ”ひな型“に当てはめるようにして事を急ぐというのであれば、あまりにも危険ではないか。
原発の立地地域には、それぞれに地理的な特殊性がある。伊方の場合は、それが特に顕著である。
 佐田岬という細長いといわれる半島の付け根のあたりに、伊方原発は位置している。
 事故が起きれば、多くの県民が船で四国の外へ脱出することになる。災害史上前例のない大作戦になるだろう。
 福島のように、自然災害が重なるばどうなってしまうのか。
 国は8日と9日に総合防災訓練を実施するという。せめてその結論を見届けてから、知事としての判断を下すべくではなかったか。
 中村知事は記者会見で「「(原発は)あるかないかでいえば、代替エネルギーが見つかるまで・・・」と内心の苦悩をのぞかせた。
 最後に社説は、「いまからでも遅くはない。避難に責任が持てない以上、自らに判断を見直して、そのかわり代替エネルギー産業、あるいはその研究機関など国策として立地地域に誘致できるよう、政府に強く働きかけるべきではないか。」として締めくくった。
 読んで、なぜ知事は、鹿児島県も、愛媛県も、福島の原発事故の責任の取りようのない「現実」を、今も目の当たりにしながら、原発再稼働に「NO!!」といえないのだろうか?
 不思議でならない。その点、新潟県知事、沖縄県知事の頑張りが、光輝いて見える。
 社説の指摘の通り、知事の同意が「事実上、原発を動かすための最終的なゴーサイン」になるわけで、その責任は限りなく重い。逆に知事が任期中ゴーサインを出さなければ、その期間中は、稼働中よりも格段の安全性が保たれる。
 又、たとえ、次の選挙で、自民党や公明党や東京電力の支援が無くて、落選しても、知事の責任を全うしたことになると思うのだが。
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by sasakitosio | 2015-11-06 05:54 | 東京新聞を読んで | Trackback