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by sasakitosio

結び合いを創造する政治


11月1日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、哲学者・内山節氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「かって日本の人びとは、すべてのものは奥の方で結び合っていると考えてきた。見えない世界でつながっていると。
 見える世界では「私」は「私」だ。森の木々も一本一本独立しているし、そこにさまざまな生き物たちも暮らしている。だが奥の方ではすべての人間も、自然の生き物たちも、山や岩や川や海も、つながりあう世界をもっていると考えてきたのである。
 そしてこのつながりあう世界を守っているのが、神や仏だとも感じてきた。だからつながりにトラブルを起こすようなことをすると、神罰や仏罰を受けると思っていた。他の人たちや自然に対して悪いことをすると、奥の方のつながりあう世界に問題が生じ、それが自分に帰ってくるのが神罰や仏罰ととらえられていたものでる。
 不思議に思われるかもしれないが、宗教や信仰は明治時代に外国語を翻訳するためにあてられた言葉で、それ以前の日本では宗教,信仰という言葉は用いられていない。
 だから、明治以前の日本には、厳密に言えば、宗教も信仰もなかった。
 結びあう世界の無事を祈るのが神仏への祈りであり、この祈りをとおして自分たちの生きる世界や人間のあり方をつかみとっていただけである。だからそれは、宗教、信仰という特別なものではなく、ごく日常的な、日本の人びとの世界観、生命観だったといった方がいい。」と教えてくれる。
 つづけて筆者は、「もちろん私も、すべてのものを奥の方で本当に結びあっているのかと聞かれたら困ってしまう。
 それは証明できるものではないのだから、そうかもしれないし、違うかもしれないと答えるほかない。
 つまりそれが真実かどうかではなく、つながりあう世界の無事を祈りながら暮らしていた人間たちの姿に、私たちが忘れてきた大事なものが隠されているように感じているだけである。
 全てのものは結びあっているという精神を忘れたとき、人間たちは自分の表面的な都合だけで自然を破壊するようになった。人間同士も、ともに暮らしていこうという精神を失った。その結果はバラバラになった個人の社会の出現であり、孤立し、追い詰められていく人たちの拡大であった。」と指摘した。
 さらに筆者は、「私は今の政治には基本デザインがないと感じている。
 政治の基本デザインとは、これからの日本の社会はどんな結びあいをつくって運営していったらよいかを提示することである。
 人間同士も、自然とも、諸外国の人びととも無事なつながりをつくっていく。その方向性を示すのが、基本デザインであるはずだ。
 そしてそのデザインにしたがって、つながりを断ち切っていくような今日の社会や経済の在り方を変える方策を提起する。さらに自然とも、諸外国の人びととも結びあって生きていくための政策を提案する。それがいま求められている政治のはずだ。
 それらの根底にあるのは。無事なつながりの創造である。」と指摘した。
さらに筆者は、「集団的自衛権や環太平洋連携協定(TPP)を成立させることによって、米国と協調していけば何とかなるとか、金融緩和をすれば経済成長する、原発再稼働は必要だとか言っているだけでは、政治をつかさどるための基本デザインにはなっていない。
 もっと根本的な基本デザインが必要だということに気づかない政治は、社会を退廃させてしまうばかりなのである。」として締めくくった。
 読んで、大変面白く、刺激的であった。
 「かって日本の人びとは、すべてのものは奥の方で結びあっていると考えてきた。見えない世界でつながっている、と。」、
 「このつながりあう世界を守っているのが神や仏だとも感じてきた」、
 「他の人たちや自然に対して、悪いことをすると、奥の方のつながりあう世界に問題が生じ、それが自分に帰ってくるのが神罰や仏罰ととらえられていたものである。」、
 「結びあう世界の無事を祈ることが神仏への祈りであり、この祈りをとおして自分たちの生きる世界や人間のあり方つかみとっていただけである」、等の筆者の指摘は、よく理解出来た。
 幼児の頃から、今まで、すべてのものは「奥の方で」、「元のところで」結びあっている、つながっている、と思われる事象に出会ってきた。なぜかを考えた時、思い浮かんできたのが、「ビックバン」であり、「遺伝子情報」のことであり、「生命の誕生と成長」の不思議であった。
 また筆者は、「私は今の政治には基本デザインがないと感じている。」、
 「政治の基本デザインとは、これから日本の社会はどんな結びあいをつくって運営していったらよいかを提示することである。」、
 「それらの根底にあるのは、無事なつながりの創造である。」、
 「もっと根本的な基本デザインが必要だということに気づかない政治は、社会を退廃させてしまうばかりである。」、等の指摘は、その通りであり、いまが「社会の退廃途上」かもしれないという気がしてきた。この流れは、止まるものなのか、止められるものなのか、止めなければならないことは確かだが?
 
 
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by sasakitosio | 2015-11-03 06:55 | 東京新聞を読んで | Trackback